第百一話 地図から消えた十三人
ラトナ村の朝は、もう俺の合図を必要としなかった。
トトが荷札を読み、ミリが受領簿を開き、カイトが車輪を確かめる。
俺は共同倉庫の隅で、空になった保存倉庫の表示を眺めていた。
容量五百キロ。
食料と飲み水だけを入れられる、王宮で役立たずと笑われた力だ。
「タクト、手紙だよ」
ミリが封筒を持ってきた。
差出人の欄には村の名がなく、山の絵が描かれている。
中の紙には短く書かれていた。
『十三人は、救援対象から外してください。
数えないでください』
「食料が要らないってこと?」
「そう書いてはいない」
俺はもう一度読んだ。
食べ物を断るなら、食べ物を送るなと書けばいい。
数えるなという言葉が、妙に引っかかった。
会議で使った配達地図を広げる。
北の山地に、街道から細い線が伸びていた。
線の先には何も書かれていない。
トトが身を乗り出した。
「そこ、昔の炭焼き道だよ。橋が落ちてから使われてない」
「住んでいる人は?」
「いないことになってる。前に荷車を出そうとしたら、領地の役所が送り先なしって返してきた」
カイトが受領簿を持ってきた。
二度の照会記録がある。
どちらも『登録住民なし』
配達員は決まりに従って引き返していた。
「俺たちが見落としたのか」
「見落とさないよう、二度聞いたんだ」
カイトの声は硬かった。
責める相手を探すより、次に何を確かめるかを決めなければならない。
山の麓へ行く便があった。
俺はカイトに同乗を頼んだ。
「タクトが行くなら、また全部背負うつもりか?」
「十三人いるのかどうか、まず見てくる。食料は勝手に配らない」
カイトは荷車の積荷を確認し、別の御者へ引き継いだ。
定期便を止めてはならない。
俺たちが新しい用件で動く間も、いつもの村にはいつもの食料が届く必要がある。
麓の詰所では、年老いた番人が炭焼き道の名を聞いて顔を曇らせた。
「崩れた村から来た連中が、あの先にいるって噂だ。だが、役所の名簿には載ってない」
「なぜです?」
「元の村が流されたとき、土地の境界まで揉めた。誰が引き受けるか決まらんまま、何年も過ぎた」
人が暮らす場所に、責任を引き受ける役所だけがなかった。
道は荷車を通せなかった。
俺たちは詰所に馬を預け、歩いて登った。
カイトは足場の悪い斜面で何度も立ち止まり、帰りに使える道標を探した。
日が傾くころ、煙が一本見えた。
山腹の石壁に、板を寄せた小屋が三つ。
薪の山は小さく、畑には痩せた菜が残っている。
小屋の前に立っていた老人が、俺たちを見るなり言った。
「手紙を読んだなら帰れ」
「食料を持ってきました」
「だから帰れと言ってる」
老人の背後から子供の咳が聞こえた。
カイトが一歩進みかけたので、俺は袖を引いた。
「配るために来たんじゃありません。なぜ数えてはいけないのか、聞きに来ました」
老人は長い間黙っていた。
「数えられたら、ここから追い出される」
ようやく老人が答えた。
名はロウ。
元の村が洪水で消え、逃げ延びた者たちがこの山の空き地に小屋を建てたという。
「役人は土地の許可を取れと言う。許可には住民票が要る。住民票を作るには住む土地の証明が要る。どっちも持ってねえ」
「役所へ相談は?」
「三度行った。三度とも帰された。四度目は小屋を撤去すると言われた」
俺は手紙を握り直した。
十三人を消したのは誰か一人の悪意ではない。
誰も引き受けなかった空白が、十三人を地図から消していた。
「今日の食事はありますか」
「ある、と言えば帰るか」
「嘘をついても、子供の咳は止まりません」
老人の目が揺れた。
山へ入る前、詰所の番人は古い木札を見せてくれた。
炭焼きの荷を数えるための札で、数字の横に小さな刻み目がある。
「昔は、この札の数だけ人が山へ入った。帰ってこない者がいれば、麓から探しに行ったもんだ」
「今は使わないんですか」
「道が閉じてからな。誰も通らん道の札を数えても仕方ないと思った」
俺は札を受け取らなかった。
山にいる人の持ち物だからだ。
ただ、番人に尋ねた。
「次に人が通ったら、また使えますか」
「使える。だが札があっても、帰ってこない者を迎えに行く足が要る」
その言葉を聞いて、カイトは詰所の壁に残った道具を確かめた。
縄、灯り、雨具。
救援の仕組みは、食料の袋より前に、帰ってくるための準備から始まる。
道中、カイトは何度も俺の歩幅を確かめた。
「五百キロの倉庫があっても、足は二本だろ」
「分かってる」
「分かってる人は、崖の手前で立ち止まる」
俺は苦笑した。
昔なら急いでいた。
食べ物がないと聞けば、夜でも山を越えようとしたかもしれない。
「もし向こうに人がいたら、今夜は戻れないな」
「だから詰所には、明朝までに戻らなければ探してくれと伝えてある」
カイトは平然と言った。
俺の知らないところで、もう準備ができていた。
山の小屋のそばには、石を積んだ小さな墓標があった。
ロウはそこへ目を向けてから、俺たちに背を向けた。
「ここへ来るまでに、何人か失った。だから残った連中を数えられるのが怖い。次に数が減ったら、誰が責任を取る」
俺は答えを探したが、見つからなかった。
「減らさないと約束はできません。でも、減ったことを誰も知らないままにはしたくない」
ロウは振り返らなかった。
許されたわけではない。
それでも俺たちは、追い返されずにそこに立っていた。
カイトは道の入口に小さな石を置いた。
帰り道で迷わないための目印だ。
俺はその位置を帳面に写した。
小屋から若い女が出てきた。
腕には空の器を抱えている。
「おじいさん、もう隠せないよ。昨日から薄い汁だけだもの」
彼女の名はセラ。
身重の腹を片手で支えていた。
俺は食料を置こうとして、手を止めた。
渡せば済むと思った瞬間に、彼らが恐れているものを見失う。
「受け取った記録を、今すぐ役所へ送るつもりはありません。ただし、俺たちだけの秘密にして終わらせることもできません。明日も来られる方法を一緒に考えたい」
ロウは言った。
「明日なんて言葉を、ここで口にするな」
俺は封筒の裏に残った、薄い四角い跡を見た。
何かを剥がしたような跡だ。
「これ、最初からこうでしたか」
ロウは目を細めた。
「役所へ出した控えには、昔の集落名を書いた札が付いていた。戻ってきたときにはなくなっていたな」
「誰が剥がしたかは分からない。でも、消えたのは地図の線だけじゃないのかもしれません」
俺はその場で犯人を決めつけなかった。
古い地図と申請書の控えを照らせば、どの段階で名前が失われたか分かるはずだ。
ロウは返事をせず、箱の底から折り目のついた紙を出した。
三度出した申請の、最初の一枚だった。
そこには小さな字で『受理』と記されている。
しかも受理印の横には、今の地図には存在しない集落番号が残っていた。
「受け取った人間はいたんですね。番号まで付けているのに、なぜ地図から消えたんだ」
「いたさ。だから、誰にも知られていないと言われるのが一番こたえる」
俺は控えの番号を、詰所で見た炭焼きの古い荷札の番号と見比べた。
末尾の二桁が一致している。
偶然かもしれない。
だが、道が閉じる前からこの場所が人の行き来する土地だったことを、別々の記録が示していた。
「この番号の原簿を探します。受理されたあと、どこで止まったのかを」
ロウは初めて俺の顔をまっすぐ見た。
「探すなら、消した者を罰するためだけにするな。今いる子供が、また消されないようにしてくれ」
俺は頷いた。
紙を持つロウの指は震えていた。
俺は番号を書き写した。
誰かの悪意と決めつけるには早い。
それでも、受け取った記録が残っているなら、消えた場所を追える。
十三人が存在した証拠は、ここにあった。
そのときセラが壁に手をつき、顔をしかめた。
「お腹が……」
カイトが振り返る。
山の向こうで、低い地鳴りがした。
俺は十三人の顔を一人ずつ見た。
数えるなと言われた人々が、今、確かに目の前にいる。
地図に名前がないことと、ここに命がないことは同じではなかった。




