第四章② 五人組
入江に靄が立ちこめる中、小型ガレオン船が息を吹き返していく。
船を動かす人手はたった四人。ジャスパーの号令に合わせ、マテオとニールが錨鎖に取りつく。重い鉄が軋み、滑車が唸る。コリンは自作の装置——帆布の自動上げ下げ機と称しているが、実態は綱と滑車を無理やり組み合わせただけの代物——のストッパーを外し、全身でハンドルを回した。
「いくよ!」
コリンの声と同時に帆が一気に開く。白い布が空気を孕み、船体がわずかに傾いた。接岸側ではニコラが必死に綱を支えていた。船が動き出す直前まで彼は手を離さない。
「気をつけて! 絶対、生きて!」
ニコラの叫びにマテオが振り返り、笑うように手を振る。ニールもコリンも、声が枯れるまで叫びながら手を振り続けた。
「またね!」
「生きてたら、また会おう!」
ジャスパーは舵を握りしめたまま、ほんの一瞬だけニコラに視線を送る。船はゆっくりと入江を離れていった。
その頃、船長室。ルキフェルは椅子に縛られたまま、歯を食いしばりながら身体をずらしていた。縄が食い込み、筋肉が悲鳴を上げる。窓の近くまで辿り着き、彼は外を見た。冬を越した入江。ベルナルドがかつて教えてくれた、誰にも知られない秘密の場所。波の癖も潮の流れも、すべて身体で覚えている。
——もう、二度と戻らない。
その事実がルキフェルの胸の奥を鋭く刺した。ふと彼は視線を棚に移す。そこに置かれているのは、フランソワの帽子。使い古され、縁は擦り切れ、血と海水をたっぷり吸い込んだまま。彼が生き、自由を掲げていた証。数少ない、遺されたもの。ルキフェルは目を伏せなかった。復讐を諦めてはいない。椅子に縛る縄に微かな違和感がある。気づかれぬよう、少しずつ擦り続けた結果だ。緩んでいる。船が入江を抜け、外海へと向かっていく振動が、床越しに伝わってくる。ルキフェルは窓の向こうの水平線を睨みつけた。まだ終わっていない。何一つ、終わってなどいない。獣は、檻の中で牙を研ぎ続けていた。
入江に波の音だけが残った。ニコラは船影が完全に見えなくなるまで、しばらく立ち尽くしている。さっきまでそこにあったものが、もう存在しない。そんな喪失感が、彼の胸の奥にじわじわと広がっていく。ニコラが息を吐き、ふと振り返る。
「……びっくりした」
いつの間に来ていたのか。数歩後ろに、ティエンが立っていた。相変わらず下町の人間そのものみたいな格好で。手をポケットに突っ込み、彼もまた沖を見ている。
「あそこに、君の先輩たちがいるのか」
ニコラは一瞬だけ迷ってから頷いた。
「そう。人数は少ないけどさ……強い人たちなんだよ。マジで」
自分でも驚くほど少しだけ自慢げ。誇れるものがある、という感覚が久しぶりだった。ティエンは何も言わず、しばらく黙っていた。波の音に混じって、帆が風を受ける音がもう届かない距離にある。やがて、彼は踵を返した。
「じゃあ、行こうか。オレたちはこれから、真実の探究だ」
ニコラは一瞬だけ目を瞬かせ、深く頷いた。
「おし。お誘いの通り、ついていくからな」
入江を背に冬を越した場所を二人で後にする。船は去り道は分かれたが、それは終わりではない。それぞれが、それぞれのやり方で新しいスタートを切っただけ。
小型ガレオン。いや、今はもう貿易船の皮を被った海賊船は入江を離れた。順調だ、少なくとも出港だけは。甲板に大きな揺れはない。帆もきれいに風を孕んでいる。それなのにジャスパーは舵を握ったまま、どこか腑に落ちない表情を浮かべていた。
「……風が読めん」
誰に言うでもなく呟く。数秒目を閉じ、肌で空気を探るが、確信が持てない。
「ま、波は止まることないからな」
自分に言い聞かせるように言って、軽く伸びをする。強がりだと自分が一番よく分かっていた。やがて左手に、サン・マロの街並みが見えてきた。 石造りの家々と、港に残る人影。見慣れた輪郭がゆっくりと遠ざかっていく。
「ここから先は、海軍の巡回海域」
ジャスパーは頭の中で航路をなぞる。サン・マロ湾を抜け、ラ・マンシュ海峡……いや、イギリス海峡か。どちらでもいい。問題は、その途中にある。イギリス領、ジャージー島とガーンジー島。あのあたりは、目も手も多い。油断すれば即、捕捉される。ジャスパーは無意識に舵を握る手に力を込めた。以前なら、ここまで考えなかっただろう。多少危なければ笑って切り抜ける。それで済んだが、今は違う。守るものが多い。船だけじゃない。甲板の下で縛られている狼も、 何も知らずに帆を扱っている仲間たちも全部だ。
「まずは、あの海域だな」
独り言のように呟き、船首をわずかに切る。風はまだ味方とも敵とも言えない。不自然なほど静かだった。それが何を意味するのかを、この時のジャスパーはまだ言葉にできずにいた。
一方、マクシミリアン・ブーケ隊は任務に急ぐため海上を突き進んでいた。マクシムは声の調子を意図的に落とさずに口を開く。平静を装うためというより、自分の中に湧き上がる確信をあえて抑えないためだった。
「あなたもすでに聞いていると思いますが、相手は五人しかいないそうです。で、あなたはどう思います? 率直に」
問いかけながら、マクシムの脳裏にはすでに一つの像が浮かんでいた。 少人数。静かで鋭く、無駄がない。試験問題か何かか、ダヴィットは一瞬そう思いながらも思考を切り替え、言葉を選ぶ。
「……貿易商の証言が正確なら、二十数人いた船団を武力だけで圧倒したとは考えにくいです。おそらく人質を取っていたか、あるいはその中の一人が飛び抜けた戦闘力を持っていたのではないかと」
「そうですよね」
マクシムは即座に頷いた。その反応の速さに、ダヴィットはわずかに眉を寄せる。
「君と僕の見解は、だいたい一緒ですね。ですが——」
マクシムは一呼吸置いた。この先は分析ではない。自分自身の感覚に踏み込む領域だ。
「そもそも僕が引っかかるのは、そこじゃないです」
「……と、言いますと?」
「なぜ、彼らは『たった五人』なのか?」
マクシムは甲板を一歩、二歩と歩きながら続ける。
「仮に彼らがフランソワの残党だとして。かつてフランソワの指揮下には四隻と、ざっと五百人の船員がいたとされてます。もちろん全部が生き残ってるわけじゃないにせよ、それでも数十人単位での行動は可能だったはずなんです」
ダヴィットは黙って聞いていた。理屈としては否定しようがない。
「……確かに。しかも彼らは精鋭でしょう。並の海兵じゃ太刀打ちできない」
「ですよね?」
マクシムの声にわずかに熱が滲む。
「それなのに今回、現れたのはたった五人。協力を呼びかけて、仲間を集めることだってできたはずなのに、あえてそれをしなかった。つまり——」
ここでマクシムは立ち止まり、甲板の中央で振り返った。
「最初から、僕たちと戦うために動いている。彼らは僕たちの部隊構成。つまり、最小構成の部隊ってことを、彼らはすでに知っていたんです」
マクシムの言葉に甲板が静まり返る。いつの間にか、周囲の隊員たちも耳を傾けていた。ダヴィットは一歩近づき、険しい目つきで声を落とす。
「……隊長、声が大きすぎます。少し抑えていただけますか。さっきからお聞きしていると、隊長は興奮しすぎて冷静さを欠いているように見えます。これでは俺のほうが困惑してしまいますよ」
マクシムはダヴィットの視線を受け止めたまま、口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ダヴィット。でも、僕はもう確信しているんです」
それは分析官の顔ではなかった。経験者の顔だ。復讐する側は、無駄を嫌う。大人数は目立つし、制御も効かない。五人。多すぎず、少なすぎない。確実に獲物を仕留めるための数だ。
「——これは、“復讐”です。彼らは自分たちのリーダーを殺された復讐を果たすために来ている。それ以外に、こんな面倒なやり方を選ぶ理由なんてありません」
ダヴィットは即座に首を振った。
「まだ残党と決まったわけではありません」
彼の言葉には冷静さ以上に抑制があった。
「……二時の方向、小型ガレオン船が一隻!」
見張り台からジョルジュの声が響く。
「報告にあった、被害に遭った貿易船ですか?」
「いえ……あの船は、二日前に調査に出た警備隊のものです!」
「なに? あの連絡を遣さなかった隊か? ……嫌な予感がする」
ダヴィットが低く呟き、マクシムを見る。
「隊長、戦闘準備を?」
マクシムはほんの一瞬だけ黙った。自分の推理が正しいと信じている。だが同時に、どこかで引っかかる感覚もあった。
「……今のところシャルルから特別な作戦命令もないですし、調査を優先しましょう」
そう言って、マクシムは視線を前方に据える。
「万が一、敵がいたとしてもまずは僕が降伏を促してみる。……ソフィーを呼んできてくれ」
「ソフィー? ま、構いません。現場は俺が仕切りますから、ソフィーには用件を早く伝えてください」
ダヴィットは即座に号令を飛ばし、隊員たちは散っていく。ダヴィットの背中を見送りながら、マクシムは胸の奥に残る違和感をまだ言葉にできずにいた。五人。それは復讐に最適な数ではなく、逃げ切るためにどうしても必要な数だったのだと彼が知るのは、もう少し先の話。
マクシミリアン・ブーケ隊は甲板に集結していた。調査の準備。縄梯子の用意。銃の安全装置を外す音。全てが、これから何かが起きるための段取りだった。そのすぐ傍らを一隻の船が通り過ぎていく。距離はある。互いの舷側に刻まれた細部までは見えない。
海賊船の甲板に立つジャスパーはチラリと視線を投げただけだった。小型ガレオン。威圧感もない。過剰な武装もない。どこにでもいる、商人向けの船。
「……関係ないな」
そう判断するには、十分すぎるほどの情報しかなかった。だが、船長室。椅子に縛り付けられたままのルキフェルは歯を食いしばり、最後の力で手首を捻った。軋む音。縄がわずかにずれる。
——いける。
椅子を引きずるようにして窓際へ。ルキフェルの視界に入ったのは、先ほどまで気にも留めていなかった一隻の船。その帆の上、はためく布。——海軍旗。一瞬、理解が追いつかなかったが、胸の奥が瞬時に焼けるように熱を持つ。
「……あ?」
ルキフェルは視線を凝らした。甲板に並ぶ人影。整った隊列。そして、その中央に立つ男。見覚えのある、あまりにも忌々しい背中。
「……っ」
ルキフェルの喉の奥から息が漏れた。
「……いた、フランソワを奪った奴ら……」
記憶が一気に蘇る。血の匂い。海の冷たさ。あの日、全てを奪った光景。
「あいつらが、いる……!」
ルキフェルの瞳の奥で何かが完全に切り替わった。理性が音もなく後退する。残ったのは、獲物を見つけた獣の視線だけだった。
「……殺す」
縛られたままの身体が軋む。縄がさらに緩む。外では誰も気づいていない。二つの船が同じ海を進んでいることも。その一方に、復讐者が乗っていることも。嵐はまだ来ていないが、火種はすでに火を噴いていた。その後、船長室の扉が内側から蹴り破られた。鈍い破裂音。木片が甲板に散り、外気が一気に流れ込む。
「——っ!?」
舵を取っていたジャスパーが振り返るより早く影が甲板へ飛び出した。縄の切れ端を腕に絡めたまま、息を荒げて立つ男。目は据わり、焦点が合っていない。
「ルカ……!」
マテオが名を呼ぶが、ルキフェルは誰も見ず一直線に海を睨む。
「——引き返せ。今すぐだ。あの船に……」
ルキフェルの震える指先が遠くの小型ガレオンを指し示す。
「フランソワを奪った部隊がいる」
一瞬甲板が凍りつき、マテオが声を漏らす。
「……は? 何言ってんだ、お前……」
ニールが息を呑み、コリンが反射的に一歩下がる。ジャスパーだけは動かずゆっくりと舵から手を離した。
「……無駄だ。諦めろ、ルキフェル。これ以上の復讐に意味はない。逃げるんだ。トルチュ島へ行く」
「……はは」
ルキフェルが乾いた笑いを漏らす。翡翠の瞳が仲間たちを一人ずつ貫いた。
「逃げる? だったら……俺一人でいい」
その瞬間、金属音が甲板に落ちた。ジャスパーがカットラスを抜いている。
「そうかよ。だったら——」
ジャスパーの刃先がまっすぐルキフェルを向く。
「止めてやる」
マテオが、ニールが、コリンがそれぞれ無言でカットラスを抜いた。四方向から刃を向けられる。囲まれているのは、かつて仲間だった男。ルキフェルは一瞬、目を見開いてゆっくりと口角を上げた。獣のような笑み。
「いい顔だ。来いよ」
張りつめた空気が一瞬で破裂した。最初に動いたのはマテオ。距離を詰め、横薙ぎ。だが、ルキフェルは踏み込まない。
「遅い」
ルキフェルは体を沈めるだけ。マテオの刃が空を切る瞬間、ルキフェルの足が甲板を蹴った。回転。人の重心を外すためだけの、無駄のない跳躍。マテオの視界から影が消える。次の瞬間、鳩尾に肘。
「ぐっ!」
息が抜ける。マテオは膝をつき、そのまま意識を失って倒れた。
「マテオ!」
ニールが叫び、間髪入れずに突くが、ルキフェルは刃を受けない。ニールの腕を絡め、捻り、太極拳の円運動で力を逃がす。そのまま相手の体重を借りて前へ。肘、肩、背。三点が一直線に落ちる。鈍い音と共に、ニールは甲板に伏した。目は開いたまま、焦点が合っていない。
「……くそっ!」
コリンが歯を食いしばる。年齢も、経験も足りない。それでも彼は踏み込んだ。
「……戻ってこい!」
コリンの声が震えている。ルキフェルは一瞬だけ躊躇ったが、目を伏せる。
「……ごめんな」
低く呟くと足払い。コリンの体が浮き、ルキフェルは彼の背中から落ちる寸前に彼の喉元に手刀を喰らわせた。最後に残ったのは、ジャスパーだった。二人はしばらく動かなかった。波の音。軋む帆柱。倒れ伏す仲間たちの呼吸。
「本気でやる気か」
ジャスパーの声は低いが、刃は僅かに下がっている。その迷いをルキフェルは見逃さなかった。
「最初からだ。お前たちは俺を止められない」
ルキフェルが踏み込み、ジャスパーが反応するより早く懐へ駆けた。ルキフェルは距離を殺し、肩、肘、掌。呼吸を断つための打撃をお見舞いする。ジャスパーの視界が揺れたが、それでも倒れない。
「……っ、まだ」
ジャスパーの執念に、ルキフェルの表情が歪んだが、掌底がジャスパーの顎を打つ。
「終わりだ」
力ではない。位置と角度だけで決まる一撃。ジャスパーはそのまま後ろへ倒れた。甲板に残ったのは意識を失った四人と、ただ一人立ち尽くす者。ルキフェルは肩で息をしながら仲間たちを見下ろす。
「……弱いんじゃない。優しすぎるだけだ」
血の匂いはしないが、決定的な断絶だけがあった。ルキフェルはゆっくりと海軍船の方角へ振り返る。復讐者の目で。ルキフェルは倒れ伏したジャスパーの手からカットラスを抜き取ろうと手を伸ばした。一瞬だけ躊躇いが走るが、それも刹那だった。カットラスを剣帯に収め、甲板に横たわる四人を順に見下ろす。マテオ。ニール。コリン。ジャスパー。ルキフェルの胸の奥が微かに軋んだ。
「ここまでだ」
そう呟いてから、彼は動き出した。一人ずつ、小舟へ運ぶ。抱え上げる腕は乱暴ではない。むしろ慎重で、無駄がなかった。櫂はそのまま残す。奪わなかった。——生きてほしかったから。最後に、銃を四丁。弾薬袋も迷いなく放り込む。
「……せめてもの情け」
小舟が降ろされる。波間に揺れ、ゆっくりと船体から離れていった。気絶した仲間たちは何も知らず、ただ流されていく。ルキフェルは見送らず、振り返りもしなかった。彼は船長室に戻り、外套を羽織る。血の匂い汗の冷えも、すべて覆い隠すために。船長室を出ると、目の前の舵輪に手をかける。重いが、躊躇はない。海軍船の隣へ進路を変える。向こうの甲板では、何人かの海軍兵がこちらを気にも留めず、何かを調べて話し合っているようだった。関係ない。
今の彼にとって、世界は二つしかなかった。——奪った者。奪われた者。
「行くぞ」
舵輪を切る。二隻の距離がゆっくりと縮まっていく。やがて、ルキフェルは海軍船の舷側に並ぶように海賊船を寄せた。舵輪を切る音も船体が波を切る音も最小限に抑える。二隻の船が擦れ合う寸前で動きは止まった。向こうの甲板を見下ろす。誰もいない。正確には、いないのではない。海軍員たちは哨戒船に移動し、船内で犠牲者たちの身元特定と遺体の確認に追われている最中だった。名札の擦れた制服、腐敗の進んだ死体。誰の部下で、誰が生き残っているのか。そんな作業に集中していて、彼らの背後に忍び寄る気配に意識を割く余裕はない。ルキフェルは低く息を吐いた。
「手薄か」
ルキフェルは腕を組み、状況を測った。このまま待つこともできるが、空を見上げた瞬間にその考えは捨てた。雲が妙だった。灰色と黒を無造作に混ぜたような濁った色。陽の光を飲み込み、輪郭を失わせる厚み。風がほんのわずかだが強まっている。
「……待つ理由はないな」
彼の視界に入ったのは海軍船のマスト。張り巡らされた索具。そして、風を受けてわずかに軋む帆桁。ルキフェルはもう動いていた。フードを深く被り直し、足場を確かめる間もなく、海賊船から海軍船へと跳ぶ。音はほとんどなかった。着地の衝撃は膝と足首で吸収する。そのまま影に溶ける。足音を殺す、という意識すらない。もう身体に染みついた動きだった。索具に手を掛け、するすると登る。縄が軋む音は風の唸りに紛れた。やがてルキフェルは帆桁に腰を下ろし、マストに背を預けて視線だけを下へ落とす。甲板。遠くから聴こえる騒めき。ルキフェルは口角を上げた。
「まだ気づかれてない」
心臓の鼓動は一定だ。昂りも恐怖もない。灰色の雲がさらに空を覆っていく。風が帆を揺らす。帆桁の上は思ったよりも静かだった。風はあるが音を立てるほどではなく、帆布と索具が時折息を吐くように軋むだけだ。ルキフェルはマストに背を預け、膝を軽く曲げたまま下を見下ろしていた。




