第一章① マクシム
*偉人の言葉
真っ当な船乗りは食い物がひどく、給料は低くて仕事はきつい。
ところがこっち(海賊)へ来りゃ、豊かさと満足があって毎日が楽しくラク、自由で何でもある。
こんなうまい仕事、やらずにいられる奴がいるかい? 誰だってこっちの方をとるさ。
最悪な時は縛首にもなるだろうが、「人生は太く短く」が俺のモットーってもんよ。
——バーソロミュー・ロバーツ(Black Bart Roberts)
——夜明けの海が燃えていた。
鉛色の空の下、濃霧を裂いて砲火が閃く。重低音のような轟きが大気を震わせ、フランス艦隊の一隻が炎を噴き上げながら横転する。黒煙が渦を巻き、甲板に倒れ込む兵士たちの悲鳴が霧の中へと吸い込まれていった。
「風、右舷寄り! 距離、まだ保て!」
甲板を駆け抜けながら、朗々とした男の声が響く。
フランソワ・ノワール。海賊団の船長にして、冷静と激情の間を泳ぐ男。
彼の号令に従い、砲手マテオが笑い声を上げながら火縄を点けた。
「おらよッ! フランスの尻に火をつけてやれ!」
再び轟音。白煙の向こうで王国の軍艦が船腹を裂かれて沈んでいく。帆柱にかかるのは黒地に白の砂時計と鎖、そして銀翼。フランソワ海賊団の紋章だった。
「全艦、撤退準備! 潮が変わる!」
フランソワの低い声が響き渡り、火と煙の中でヴァイオレットの瞳が獣のように光る。彼の視線の先、海は血を混ぜたような紅に染まっていた。
——そして、報せは瞬く間に内陸へと渡る。
「号外だ! 号外! フランソワ海賊団、またも王国艦隊を撃沈!」
街角で少年が声を張り上げ、群衆が押し寄せる。誰かが新聞を奪い合い、誰かが笑い、誰かが神に祈る。
《黒旗、ブルターニュ沖に現る。王国の威信、またも海に沈む》
《自由か、暴虐か。フランソワ海賊団の影、再び濃く》
号外の紙面が風に舞った。それはブレストの港を越え、空へと舞い上がる。空の下では子どもたちが棒切れを振り回して海賊ごっこをしていた。笑い声が響く傍ら、軍服の男たちが険しい顔で新聞を睨む。
「……これが、自由の代償か」
誰かが低く呟く。空は晴れ渡り、海は再び静けさを取り戻しつつあったが、その波間のどこかで黒き帆がまた風を孕んでいる。その旗のもとに運命を狂わせる者たちが集い始めていることを、まだ誰も知らなかった。
ブレスト、キール通りの宿舎。
陽光が斜めに差し込む朝、外のざわめきが窓硝子越しに響く。
マクシミリアン・ブーケは執務机に肘を突き、新聞の一面を無造作に放り出した。
《フランソワ海賊団、第三艦艇部隊を襲撃。生還者わずか数十名》
黒々とした活字がやけに目に焼きつく。
「……まるで怪談だな」
伸びをしながら、マクシムは天井を見上げて小さく息をついた。紙面の隅には国の威信に関わる大問題と大げさな見出し。それを見て、彼は鼻で笑う。
「威信も何も、情けない話だよ。どれだけ艦を沈められたら気が済むんだ」
誰に言うでもなくぼやきながら、マクシムは椅子の背にもたれた。外では隊員たちの掛け声が遠くに聞こえる。日常は続いているが、空気のどこかに不安が混じっていた。民衆は怯え、街ではフランソワという名を聞くだけで顔を曇らせる。海軍の士気も知らず知らずのうちに沈みつつあった。
「……とはいえ、僕たちにできることなんて限られてる」
天を仰ぐように呟き、マクシムは苦笑する。
「神出鬼没な奴らに、どう対抗しろってんだ」
言葉は溜息と一緒に天井の木梁へと消えていったが、彼の眼差しの奥には火種のような光が宿っていた。いつまでも他人事では済まない、そんな予感だけが胸の奥に残る。扉をノックする音がした。マクシムは眉を上げ、新聞から視線を外す。
「入れ」
マクシムが応えると扉が開いた。現れたのは副官のリラ・シャネル。薄紫のスカーフを整えた姿はいつものように端正で隙がないが、彼女の瞳の奥に緊張の色が見えた。
「ライラック。どうしたのです?」
マクシムが問いかけると、リラは一礼しながら答える。
「お客人ですよ。リー・ウェンさんです」
彼女の背後から一人の男が姿を現した。絹のように黒く艶のある髪を後ろで束ね、深い茶の上着を纏った東洋の男。穏やかな笑みを浮かべつつも、その瞳は観察者のそれだった。
「どうも。ご無沙汰してます」
「……リー・ウェンか」
マクシムは軽く片眉を上げながらも、どこか警戒を解かない。
「今日は何の用ですか?」
「もう、三年くらいになりますか」
リー・ウェンはゆっくりと歩を進めながら机上の新聞に視線を落とす。
「フランソワ海賊団が現れてから、です」
マクシムは椅子の背から身を起こす。
「商人仲間と協力して、沿岸部の動きを追っていました」
リーは懐から巻物のような地図を取り出し、机の上に広げた。
「集まった情報を照らし合わせてみたら、どうやら面白い法則性が見えてきたんです」
「法則性?」
マクシムの声色が変わり、軍人の顔になる。リーが頷いた。
「ええ。これはただの偶然ではないかもしれません」
マクシムは思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「詳しく聞かせてもらいましょう」
リーは机の上に広げた海図の端を押さえた。
「こちらの地図は、フランソワ海賊団が過去に襲撃を行った地点に印をつけたものです。印の横には、日付も書き添えてあります」
淡々と語りながらリーは紙の上に指を滑らせた。マクシムは身を乗り出し、彼の指先を追う。海図にはすでに幾つもの赤い印が打たれていた。
「一番古い記録では……まず、ここ。ガスコーニュ湾」
マクシムが呟きながら地図をなぞる。
「そこから北上しながら、沿岸部を縫うようにして襲撃を繰り返している。けど……ブレストで、記録が途切れている?」
リーが頷いた。
「お気づきのとおりです。ブレスト付近で彼らは、まるで姿を消したかのように消息を絶っています」
マクシムは眉間に皺を寄せ、唇の端を噛む。
「……これ、意図的に避けてますね」
「仰るとおりです」
リーは声を低くして応じた。
「この海域は数多の商船と海軍船が出入りする、ブレスト停泊地を含んでいます。略奪と襲撃には格好の場所。にも関わらず、彼らは一度たりとも此の地を襲っていない」
リラが息を呑み、言葉を選ぶように口を開いた。
「……軍港があるから、でしょうか」
リーはゆっくりと彼女に視線を向ける。
「おそらく。彼らは海軍を目の敵にしていながら、このブレストの存在、その脅威を明確に認識しているようです」
海図の上、赤い印が点々と海岸線を染めている。その中で、ブレストの一角だけがぽっかりと空白になっていた。まるで海賊たちの中に刻まれた暗黙の境界線のよう。マクシムは地図に記された印の横の日付を、古い順からひとつずつ辿っていった。最も古い記録から始まり、順に北上する形で海賊団の襲撃パターンが浮かび上がる。やがて最新の印に目を留め、彼は唇を噛みながらぶつぶつと整理し始めた。
「北上しながら襲撃、ブレスト近辺に差し掛かると姿を消し、しばらくして北大西洋で商船を襲撃し、また姿をくらます……」
マクシムは何度も指先で地図の線をなぞり、頭の中で軌跡を重ねると途端に目が輝いた。
「あっ、わかった! 日付によると襲撃は三月の出現以降、九月ごろまでに集中しています。冬の間、海賊団は活動していません!」
リラは一瞬考え込み、頷いた。
「そうでしょうね。ヨーロッパの冬の海は、凍えるように荒れますから……」
「それと、もう一点。注目すべき箇所が……印の分布です。彼らは、僕たちがいるブレスト一帯を警戒して、姿を消しているだけじゃない! ブレストより北上した先に拠点があるんだ、きっと!」
マクシムの言葉に、リーは微笑みながら頷いた。
「ご明察です」
二人の洞察力に、突然リラの表情が強ばる。
「まさか、冬が来る前に別の場所へ……?」
リーは確信をもって答えた。
「おそらく場所は……カリブ海です」
リラが眉をひそめ、少し面食らった様子で口を開く。
「それならカリブ海とフランス北部に、それぞれ拠点を持っているということ?」
マクシムの瞳が鋭く光った。頭の中で情報を組み合わせ、次の言葉を吐き出す。
「間違いありません。北部は……サン・マロしかないでしょう。あそこは、かつて私掠船団たちの拠点でした。彼らが今もあの街に潜んでいても何ら不思議ではありません」
リラは疑念を隠せず、眉を寄せる。
「ですが……どうやって拠点に? あの街は海軍の管理下にありますよね」
執務室に一瞬、沈黙が落ちる。かつて海軍士官が私掠船団と賄賂や裏取引をしていた汚職の記憶が、誰の頭の中にも甦った。マクシムは微かに笑みを浮かべ、すぐに真剣な顔で呟く。
「……まさかね」
マクシムはリーに向き直り、頭を軽く下げた。
「貴重な情報をありがとうございます。このことは、僕の方から司令部に報告させていただきます」
リーは柔らかく笑い、応える。
「いいのですよ。マクシムさんはお得意先ですから」
その後、マクシムは報告書を手に、足早にラド・ド・ブレスト沿いの歩道を進んでいた。朝の冷たい風が頬を撫で、海から漂う潮の香りが鼻腔をくすぐる。街路を縫うように歩く人々の視線は彼に向けられず、忙しげに仕事や買い物に向かっていた。だがマクシムの目は一点に定まり、心の奥では次の作戦への焦燥が燃えていた。彼の足取りは自然に早くなり、報告書の紙面に視線を落としながらも頭の中では襲撃ルートや海賊団の動きを反復している。
「春の出航から北上、ブレストで姿を消す……その先に拠点……」
街灯に反射した朝の光が報告書の文字を照らし、マクシムの鋭い瞳をより引き立てる。
「これで司令部が動けるはずだ……」
やがてマクシムは石畳の道は街並みを抜けると、ブレスト城の堂々たる姿が視界に現れた。城壁に刻まれた年月の痕と、城門を守る兵士の姿を横目に見やりなが更に歩幅を広げ、城門へと向かっていく。馴染みの士官たちが軽やかに挨拶を交わした。
「ブーケ中尉、ここへ来るとは珍しいですね」
「おお、今日は自ら足を運んだのか」
彼らは微笑を返しながら、マクシムは城内の石畳を参謀部へと進む。士官たちの談笑や行き交う兵士の足音が城の壁に反響し、やがて中庭に差し掛かり、マクシムはふと足を止めた。視界の隅で、かつての記憶が呼び覚まされる。
ゼフィランサスの船で共に過ごした日々。
まだ青年だったフランソワが自分の面倒を見てくれたこと。船上での些細な会話や、笑い声、時折の助言。あの頃の彼の温かさは今も微かに心に残っている。だが、新聞や報告書で知る大海賊フランソワの姿。フランス艦隊を次々と沈め、沿岸の商船を襲う彼の名前を見るたび、マクシムの心は複雑に絡み合った。
恩と憎しみ、尊敬と軍人としての敵意。まるで毛糸のようだ。どうにも整理しきれない感情の塊となって胸に沈む。
息を整え、マクシムは再び歩みを進めた。思い出と現実の間で揺れながらも、自分にできる任務を果たすために。
ブレスト司令部、参謀部。室内には静かな緊張が漂っていた。再び姿を現したフランソワ海賊団の影響で、参謀官たちは手元の資料や地図に目を落とし、書類の間を行き来する筆先に神経を尖らせていた。重厚な扉が押され、マクシムが姿を現す。整った歩みで参謀部に入ってきたその姿を見て、参謀官たちは思わず顔を曇らせた。
第七艦艇部隊の一部隊、マクシミリアン・ブーケ隊。マクシムが若くして率いる、海上治安のための精鋭部隊だ。士官学校を卒業して間もない若さでの隊長就任は軍内でも話題になったが、その実態は少し違う。集められた隊員たちは確かに優秀だったが、何かしら問題を抱えた者ばかり。女性であること、他部隊でのトラブルで謹慎を受けたこと、外国出身であること、家柄や素行に難のあること。
参謀官たちからすれば、マクシム隊は「面倒な人材の寄せ集め」に過ぎない。しかもそのリーダーが自らやって来る。
室内に静寂が落ちた。ざわめきにも似た緊張が書類をめくる手の間に漂う。参謀官たちの視線は自然とマクシムに集まる。嫌悪と警戒が微妙に混ざった表情で。マクシムは彼らの視線をものともせず、真剣な顔で歩を進めた。執務室の空気が、次の行動を待つように固まる。参謀官たちは表向き丁寧な挨拶を返した。
「ブーケ中尉、こちらにいらっしゃるとは珍しいですね」
「ご無事で何よりです、閣下」
口調は柔らかく、敬意を示す言葉を並べているが、軽く歪んだ口元や片眉の上がり方には、どこか小馬鹿にしたような色が滲んでいた。彼らにとって、若き隊長の自発的訪問は面倒事の予感に過ぎない。マクシムは報告書を取り出し、手元で書類を整え、深く息をついて参謀官たちに目を向けた。
「今回の件で、フランソワ海賊団の襲撃パターンに関する情報を整理しました。ご覧ください」
彼は手渡した報告書に地図と日付、襲撃の軌跡を示す印がびっしりと並んでいる。参謀官たちは丁寧に受け取り、ひと目で内容を確認するそぶりを見せるが、紙面に目を落とした瞬間、軽いため息をもらす者や、こっそり舌打ちする。表向きは「ご説明ありがとうございます」と頭を下げているものの、その心中は「こんな若造に何が分かる」と呟いているかのようだった。マクシムは報告書を前にして声を張った。
「襲撃は北上しながら行われています。ブレスト付近では一旦姿を消し、その後、北大西洋で商船を襲撃。再び姿をくらませています」
参謀官たちは書類の上に目を落としながらも内心では若き隊長の洞察に半ば呆れ、半ば不安を覚えていた。
「これにより、彼らは我々が守るこの海域を意識していることが分かります。恐らく北上先に拠点を構えており……」
マクシムの声がさらに力を帯びる。参謀官たちは互いに目を合わせ、表情には複雑な感情が入り交じるが、報告書の内容は明確だった。フランソワ海賊団の軌跡と季節的活動範囲、そして彼らが拠点を持つ可能性のある場所が図式化され、視覚的に一目で把握できる。マクシムは指で最後の印を示し、参謀官たちの目を真っ直ぐに見据えた。
「襲撃は春から秋の初めまで。冬の間は活動しておらず、恐らくその間にカリブ海へ移動していると考えられます」
室内に一瞬の沈黙が落ちる。マクシムは深呼吸し、再び地図に指を置いた。
「以上が、現在把握できるフランソワ海賊団の行動パターンです。この情報を基に、次の行動を司令部に提案させていただきます」
その瞬間、参謀官たちの表情に緊張が走る。若き隊長マクシムの報告は、海上の戦局を動かすだけの重みを持っていた。参謀部の空気は重く、張り詰めていたが、マクシムの報告を聞き終えた参謀官たちの反応は、緊張とはまるで別物だった。最年長の参謀官が資料を閉じ、わざわざ丁寧に微笑んだ。
「……なるほど。よく調べてくださいました、中尉。——それで?」
もう一人が肩をすくめた。
「我々にどうしてほしいと言うのです?」
マクシムの呼吸が一瞬だけ止まった。胸の奥に燃えるような怒りが湧くが表情は崩さず、穏やかな声音で返す。
「どう、というより……すべきことが明確です」
参謀官たちの目がわずかに細まる。マクシムは落ち着いた声で続けた。
「待ち伏せして叩きましょう。我々も動くべきです。フランソワ海賊団はいずれ、必ずこの海域に来ます」
参謀官たちは一瞬言葉を失う。若い隊長にしては、あまりに確信に満ちた口調だったからだ。ひとりが苦笑まじりに言う。
「……中尉。君の部隊が優秀なのは聞いていますが、我々が今すぐ動く必要があると?」
「ええ。あります」
マクシムが即答した瞬間、室内の空気がひきつったように揺れる。マクシムは構わず続けた。
「何度でも言いますが、彼らは必ず南から北上します。そしてブレスト近辺で姿をくらませるのは……この司令部を、我々を警戒しているからです」
参謀官が鼻で小さく笑う。
「海賊が、我々を?」
「ええ。海賊ですが、フランソワの率いる連中はただの海賊ではありません」
マクシムの瞳が鋭く光り、資料を指し示しながら言葉を重ねた。
「だからこそ、我々が出し抜く側に回らなければならない。彼らは春に来て、秋の終わりには消える。そして冬。海は荒れ、北部での活動は不可能になる。つまり、今年彼らがフランスで動ける時間は、もう限られている」
参謀官たちは互いに視線を交わした。軽く舐めていた若造が思った以上に状況を正確に捉えているが、素直に認めたくない。そんな態度が露骨に滲む。
「……それで、中尉のご提案は?」
促す声は丁寧で、どこまでも底意地が悪い。マクシムは一歩前に出た。
「ですから、奴らがブレスト近辺に姿を消す時期を狙い、討伐隊を配置して待ち伏せます。海上の奇襲なら、こちらが主導権を握れます。いずれ彼らは来る。なら、迎え撃つべきです」
参謀官たちは再び資料に目を落とし、低い声で議論を始める。軽蔑と不信が混じった視線だが、瞳の奥にわずかな警戒と畏れが生まれたことを、マクシムは見逃さなかった。
——やっと、話を聞く耳を持ったな。
胸の奥の怒りはまだ燻っていたが、それでも彼は任務のためにひとつだけ祈った。
——どうか、この判断が間に合いますように。
最年長の参謀官が資料を整えながら立ち上がった。
「お話はよくわかりましたよ、中尉」
マクシムは思わず背筋を伸ばすが、続く言葉は期待とはまるで逆方向だった。
「ですが、すぐに動くわけには参りません。まずは我々の間で議論し、方針を固める必要があります。貴殿の報告は……そうですね、判断材料として“手元には”置いておきますので」
「……えっ、いやちょっと!」
マクシムは思わず前に出た。
「言ったでしょう、時間がありません! 今年の海賊団の行動期間は——」
マクシムが言い終わる前に、彼の背後から二人の参謀官が肩を押さえた。
「はいはい、中尉。お気持ちはよくわかりますから」
「ご苦労でした。あとは我々で判断しますのでね」
「待ってください、だから——!」
必死の声も虚しく、マクシムはずるずると部屋の外へ押し出されていった。重厚な扉が彼の目前で乱暴に閉じ、ドン、と低い音が鳴る。廊下に取り残されたマクシムは呆然と立ち尽くした。
「……あの連中……」
マクシムが拳を握りしめ、噛みしめる歯がきしむ。
「……もう少し背が高かったら、あんな奴らにビクともしなかったのに」
情けなさと怒りと悔しさを押し殺した声が、石造りの廊下にひどく小さく響いた。
海沿いの道をマクシムはせかせかと足を運ぶ。彼の背後でブレスト城の重厚な壁が遠ざかっていき、潮風が顔を撫でる。誰もいないこの道は、今の彼にとって格好の独り言タイムだった。
「クソったれ……」
マクシムの口元から漏れるのは、参謀部の愚鈍に対する怒りの言葉。
「何だあの連中、おれの目の前で態度ひとつ変えずに『手元に置いておきます』だと? 手元に置くって、要するに知らんぷりかよ」
足取りを早め、石畳に靴がカツンと音を立てる。潮の匂いが鼻をくすぐるが、気にも留めずに舌を尖らせた。
「ったく……中尉の話に耳を傾けるくらいできんのか、あのポンコツ共……あんな老耄ども、戦場にでも放り込めば一発で迷子になりやがる!」
マクシムは拳を握りしめたまま、視線は遠くの水平線を見据える。怒りと苛立ちが胸の奥で波のようにうねった。
「……くそ、ほんと、あの連中にやらせてたら何も動かん。おれが隊を動かすしかないんだ……!」
吐き捨てるように毒づき、マクシムの憤怒が風に混じって飛んでいった。




