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第四章① パリ総司令部

【ブレスト司令部 第二部隊 調査・隠密班 事件調査報告書 / 第二十七号】


 件名:監獄内における海賊収容者の不審死について


 以下、先月未明に発生した監獄内異常事案に関する調査結果を報告する。


 一、遺体の状況および医師による所見

 A,各船団の船長三名は、いずれも喉部を鋭利な刃物で一撃により切断されており、即死と断定された。

 B,その他の海賊については解剖の結果、体内に異物反応は認められず、毒物の摂取痕跡も確認されていない。ただし、同時刻に錯乱状態となった牢番の症状から、毒または幻覚剤を含む煙状の物質が使用された可能性が高い。


 二、監視記録について

 見張り担当兵の記録には、当該時間帯における不審な出入りや騒音は一切記載されていない。


 三、付随した不審事案

 事件後、司令部所属兵より数名が無断離脱しており、現在も行方不明のままである。


 四、犯行時間の推定

 牢獄の状況、遺体の温度および見張り交代時刻から犯行は夜間、灯の落ちる時間帯に行われたと推測する。


 五、凶器について

 船長三名を殺害した凶器は、現場および監獄内部のいずれからも発見されておらず、外部から持ち込まれ、持ち去られた可能性が高い。


 六、内部関与の可能性

 以上の状況から実行犯が司令部内部に潜伏していた、もしくは内通者および協力者が存在した疑いを排除できない。


 七、尋問結果

 司令部所属の士官・兵員全員に対して尋問を実施したが、犯行に関する有力な証言は得られず、特定可能な該当者も確認されていない。


 以上、当調査における暫定報告とする。

 引き続き、情報収集および内部調査を継続する。



 パリ総司令部、執務棟最上階。大窓の向こうでは街路樹に積もる雪が風に揺れ、色のない世界に消音の帳を下ろしている。報告書から視線を上げたエリオットは、机の前に恭しく立つアルフォンスへと目を向けると、指先で紙面を軽く叩きながら吐息を漏らした。


「まあ、おおかた予想通りの結果だな」


 聖夜祭など遥か彼方の出来事だった。祝祭どころか、ここしばらくは誰一人として笑っていない気がする。アルフォンスが迷いを押し隠した声音で尋ねた。


「大元帥は今回の件、どうお考えなのですか」


 エリオットは椅子に深く身を預け、指を組んだ。茶色い瞳は淡々としているのに、底に沈む思考は荒海のように止まらない。


「不気味だな。というのも、動機が分かっていない。船長三名を殺す理由は分かるが、一味を皆殺しにする必然はどこにある。牢番を錯乱させた意図は。それと、凶器を持ち去り兵が姿を消した理由は」


 エリオットは報告書を指で折り曲げながら続ける。


「やり口が妙に洗練されすぎている。個人的な恨みにしては手際が良すぎるし、海軍に対する見せしめにしては静かすぎる」


 アルフォンスは背筋を伸ばしつつ、わずかに息を飲んだ。


「まるで何かの始まりのために口を塞いだようだ、と?」


 エリオットは目を細める。


「その可能性を捨てきれん」


 窓の外で雪が強まった。エリオットは報告書を再び手に取り、紙面の端を指先でゆっくり折り曲げる。その仕草は考えが煮詰まり、出口を探している証のようでもあった。


「フランソワ海賊団が生きていては都合の悪い連中がいるのか。そいつらの仕業か? いや、考えられないな。そんな大胆な真似をして得をするやつが見当たらん。単純に考えれば口封じだろう。ただ……三人の船長は、何をされても決してフランソワの居場所を吐かなかったそうな。あれほどの口の堅さだ。口封じにしては、急ぎすぎている。……もう少し様子を見ることにしよう。今は判断材料が足りん」


 エリオットにしては珍しいお手上げの言葉だった。アルフォンスは遠慮がちに声をかける。


「大元帥」

「何だ」


 アルフォンスは言葉の形を慎重に選ぶように少し間を置いた。


「ちょっと……言葉にするのが難しいんですけど」


 エリオットが視線だけで続きを促す。


「海賊たちは基本、生け捕りですよね。現王党と我が軍の方針で、『海賊は犯罪者。犯罪者は悪』という枠組みをつくって、『悪は民衆の前で裁くことで、王権と正義を示す』という理念があって……」


 エリオットはわずかに顎を引いた。アルフォンスはさらに言葉を絞りだす。


「たぶんですけど、その理念をよく思わない人たちがいるんじゃないかと。フランソワ海賊団の『見せしめの処刑』を阻止するために、先に海賊を殺した」


 エリオットの瞳が揺らいだ。驚愕ではなく、想定外の角度から光が差した時の揺らぎだ。アルフォンスは続ける。


「彼らを救ったわけではなく、ただ公の処刑台に乗せたくなかった。正義の見せしめに利用される前に、その手を折るつもりで……」


 エリオットは椅子に背を預けながらゆっくり目を閉じた。


「理念に反発する連中の独断か。あるいは理念そのものを憎む者たちの、最初の一撃か」


 エリオットは再び目を開き、鋭い光を宿した。


「アルフォンス。この仮説は記録に残すな。しばらくは私の胸にしまっておく」


 アルフォンスは息を呑み、静かにうなずく。エリオットは思考に沈んだまま天井へ視線を泳がせ、それからゆっくりとアルフォンスへと顔を戻した。紙の擦れる微かな音もない。時間だけが積もる雪のように降り積もっていく。


「……まあ、君の仮説の線でいくなら、やるとしたらあいつらしかいないだろう」


 薄い影がエリオットの瞼に落ちる。彼の脳裏に浮かんだのは、歴史の裏側で未だ息を潜める旧ブルボン派。


「……あいつらの一部には、熱狂的なフランソワ信者がいたそうだな。フランソワ海賊団の一味を、正義の見せしめの小道具にされる前に殺した。そういう理屈か、やることが極端だ」


 エリオットの言葉の余韻を切り裂くように、アルフォンスが鋭い声で呼びかけた。


「大元帥」


 エリオットはわずかに肩を震わせ、思考の深海から浮上したように瞬きをした直後、首を横に振って苦い息を吐いた。


「……分かっている。私は何も海賊に同情しているわけじゃない」


 エリオットは机の上に組んだ手を握り直した」。


「私は海軍の象徴だ。嫌というほど理解している」


 外の雪は一層強く降り続けていた。祝祭の余韻さえ凍てつかせる冬の静けさが、二人の間に張り詰めている。

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