第三章② ルキフェル
甲板には潮の匂いと血の匂いが混ざり合い、昼気が張りつめたように重く沈んでいた。
ルキフェルは膝をつき、血に濡れたニールの髪をそっと撫でながら寄り添っている。ニールは荷箱に体を預け、荒く波打つ呼吸をかろうじて繋いでいた。頬には紫色の痕が広がり、右腕には短剣の柄が突き立ったまま、皮膚の下で冷たい鉄が脈打っているかのようだった。滴る血はシャツを深紅に染め、木目の隙間へと細い筋を描きながら落ちていく。
操舵輪に手をかけているジャスパーも船の進路を見据えつつ、時折横目でニールを見守っていた。心ここにあらずといった面持ちで、今にも手放して駆け寄りたい衝動を押し殺している。
階段を上がる足音が三つ。コリン、船医、手に器具をぶら下げた助手が現れた。船医は一歩ニールに近づいただけで、痛みの深さを読み取ったかのように声の調子を変える。
「まず短剣を抜かなくては。骨に触れてる可能性もある、放置すれば傷口が広がる」
「じゃあ、口を塞ぐもの探してきます!」
コリンが踵を返しかけ、船医は即座に首を振る。
「後だ。時間が惜しい。動けば動くほど出血が増える」
船員の言葉の鋭さに、空気がさらに強く張り詰めた。その瞬間、ルキフェルは外套を脱ぎ去った。迷いのない動きでニールの背に腕を回し、自分の胸元に抱き寄せる。
「ニール、俺の肩を噛め。痛みが来たら逃がすな。噛みついていれば、安全だから。離れるな」
ニールは荒い息をひとつ吐き、震えながらルキフェルの肩に顔を埋めた。歯が布越しに触れ、噛みしめる力が震えを帯びて伝わってくる。ルキフェルは彼の背を抱え直した。
「コリン。船医室へ戻りなさい。寝台の準備をしておくんだ」
船医の声にコリンはぐっと唇を噛み、走り去った。船医は器具を広げ、助手が酒精をニールの腕に流す。濃い血が酒精の透明さの中で揺れ、瞬く間に薄い赤へと広がっていく。ジャスパーは息を吐き、操舵輪から手を離すと船医の隣に膝をついた。
「おれが押さえる。動かせるか?」
「頼む。短剣に触れぬよう慎重にな」
船医の指が付け根に深々と刺さった短剣をそっとつかんだ。ニールの肩に食い込む歯が強くなる。ルキフェルは痛みを代わりに受け止めるように、指先でニールの背中を必死に支えていた。船医が息を吸い、ジャスパーも固く頷く。
「いくぞ。ひと息で終わらせる」
短剣の根元に指がかかる。捻れた刃が肉の中で抵抗し、音もなく擦れる。ニールの全身がびくんと跳ね、ルキフェルの肩に噛んだ歯がぎり、と深く沈んだ。ルキフェルは自らの肩に痛みが走るのを無視し、強く抱き寄せる。船医は刃の角度を微調整し、骨を避けるように慎重に引き抜いていく。肉を裂く湿った感触が、手元の動きに伝わった。どろりとした血が一気に溢れ、酒精に混じり甲板を濡らす。ジャスパーは腕を強く押さえながら、息を呑んだ声を漏らす。
「……こんな深く……っ」
「もう少しだ。耐えろ、ニール」
最後の抵抗が外れ、短剣が血に濡れたまま解放された。鉄の匂いが昼気の中に広がった瞬間、ニールの全身から力が抜け、ルキフェルの胸へと倒れ込む。肩に噛み跡が残り、布がわずかに裂けていた。船医はすぐさま圧迫止血に移り、助手が包帯を広げる。ジャスパーは短剣を見つめ、血に濡れた刃を不快そうに唇を歪めた。ニールの腕から抜かれた短剣には、昼光が鈍い光を落としている。その光沢は、つい先ほどまで彼の肉の中にあったことを考えると胸を締めつけるほど生々しかった。船医はすぐさま清浄な布を押し当て、助手が包帯と器具を広げていく。ルキフェルはニールの頭を支えたまま、微動だにしない。ニールの歯形が残る自分の肩の痛みなど、まるで意識していないようだった。
「次は縫うぞ。手早くやる」
船医が言い、助手が器具を酒精に浸す。ニールは薄く目を開けていたが、焦点は定まらない。昼の光が彼の蒼ざめた肌を一層白く見せ、まるで命の輪郭が薄れていくように見えた。
「ニール、しっかりしろ」
ルキフェルの声は落ち着いているのに切迫した響きを孕んでいた。縫合針が血で濡れた肌に触れ、ニールの背がわずかに反った。船医は動じず、昼の暑さも忘れたように淡々と針を進めていく。汗がにじむのは暑さだけのせいではなかった。ジャスパーは腕を組んでその作業を見守っているが、拳には白く力が入っている。ルキフェルはニールの額にかかる前髪をそっと払った。やがて縫合が終わり、船医が包帯をきつく巻く。圧迫された腕から血が滲まないか、慎重に確認しながら頷く。
「すぐに医務室へ運ぶぞ。熱が出るかもしれん」
船医の言葉に、ジャスパーは迷わずニールを抱き上げた。ニールの血に濡れた体はまるで重りのように沈んでいたが、ジャスパーはその重さを全て受け止めた。そんなジャスパーを見上げながら、ルキフェルは側に置いた外套を手繰り寄せて静かに畳み始める。その時、コリンが船医室の準備を終えて戻ってくるなり、息を呑んだ表情で彼らを迎えた。
「ルキフェル……ニールは……」
「大丈夫だ。ジャスパーが運ぶ。道を開けてくれ」
昼の甲板に緊張と焦燥の熱がこもったまま、彼らは医務室へ向かっていく。
船医室には昼光が小さく差し込み、板張りの床に細い帯となって落ちていた。その光の上にニールの影が揺れる。ルキフェルは船医と助手が処置を終えるのを見守りながら、ニールの顔色が少しでも良くなるよう祈るような気持ちで椅子に腰を掛けていた。ニールの腕には新しい包帯が丁寧に巻かれ、肩口には乾ききらない血の痕がある。呼吸は浅く、胸がかすかに上下するたびに痛みが走るのが分かった。船医が「後は休ませるしかない」と言って奥の戸棚を漁っていると、ニールが微かに指を動かし、掠れた声が空気を震わせた。
「……ルキフェル……話したいことが……」
ルキフェルは椅子を引き寄せ、身を屈める。
「後にしよう。今は休まなくては。喋るな」
ニールは従わなかった。言葉を吐くたびに傷が痛むのか眉をひそめ、喉を震わせながら続ける。
「……あいつが……いた……ベルナルドを殺した……あいつ……」
ルキフェルの指がわずかに震えた。翡翠の瞳は普段の涼しげな色を失い、怒鳴り声に変わる寸前のような色を宿した。怒りとも焦燥ともつかない何かが胸をかき回す。憎しみの渦が喉元まで迫ってくるが、ニールの弱々しい呼吸がその渦を押し返した。今は彼を苦しませるべきではない。そんな理性がぎりぎりのところで踏み止まらせた。ルキフェルは拳を膝の上で強く握った。肉がきしむ音が聞こえるほどだった。
「……わかった」
ルキフェルはニールの頬に落ちかけた前髪をそっと払った。その仕草だけは、暴風の向こうに隠された静けさのように優しい。
「でも、今は休もう。目が覚めたら聞かせてくれ」
ルキフェルの言葉がニールの耳に届いた途端、彼の体から力が抜け落ちたようだった。痛みと恐怖の糸がぷつりと切れ、深い泥の底へ沈むように意識が遠のいていく。ニールはそのまま眠りに落ちた。ルキフェルは数秒、動けなかった。胸の奥が軋むように重くて、息を吐くことさえ億劫だった。やがて、医務室の入口から影が二つのぞく。ジャスパーとコリンだった。ジャスパーは眉尻を下げ、入口に手を掛けたまま沈痛な眼差しでニールを見つめた。
「フランソワが呼んでる。……離れたくないなら、代わりにおれが行くけど」
コリンは気まずさを抱えたように肩を縮め、声を潜めてルキフェルに問う。
「ニール……助かるよね……?」
ルキフェルは答えようとして喉の奥で言葉が絡まり、少し間を置いてから無理に整えた声を出した。
「助かる。必ずだ。こいつを信じよう」
ルキフェルの声は落ち着いているように聞こえたが、二人には気付かれていた。彼の拳がまだ震えていることを。ジャスパーは息を吐いてからルキフェルの肩に手を置く。
「……何があったかは知らねえけど。お前が怒ってるのは、見りゃ分かるよ。でも、まずはニールだ。あいつが安心できる顔だけしてやれ」
コリンも隣で小さく頷いた。
「ぼ、ぼくも……手伝いたい。水でも薬でも何でも運ぶから」
ルキフェルはようやく視線を二人に向けた。瞳の奥ではまだ炎が燻っていたが、口元にはわずかな落ち着きが戻っていた。
「……頼む」
ルキフェルは船医室を出て甲板へ戻った瞬間、ひとつ息を吐いた。潮風が胸の奥のざわつきを撫でていくはずなのに、まるで逆に煽られているようだった。彼は歩を進めて船長室の扉を押し開けると、室内にはすでにフランソワとマテオがいた。フランソワは椅子に腰掛け、ルキフェルの姿を見るなり、ぴしりと指を伸ばして彼の肩を指差した。
「血、出てるぞ」
ルキフェルは反射的に「これぐらい」と口にしそうになり、寸前で呑み込んだ。代わりに搾り出したのは、少し息のくぐもった声。
「あとで船医に診てもらう」
それだけ言って、ルキフェルは神妙な面持ちで続けた。
「ニールが言ってた。ベルナルドを、殺した奴がいたって」
室内の空気が沈んだ海底みたいに重くなった。フランソワは何も言わずに頷く。マテオも同じように頷いた。否定も、慰めも、軽口もない。その静寂が、逆に現実を突きつけてきた。胸の奥にたまっていたものが一気に溢れ、ルキフェルは堪えきれず壁に拳を叩きつけると、乾いた衝撃音が船長室に跳ね返った。
「……怖かった」
呼吸がうまく掴めない。波が胸の内を打ち続けるように、言葉が勝手にこぼれていく。
「また……守れないかと思った。仲間たちが捕まって、ニールまで……奪われるかと思った」
自分の指先が震えていることに気づく。
「今度ばかりは、もう……あいつの声が聞けなくなるんじゃないかと……」
フランソワもマテオも口を挟まない。ルキフェルは荒い呼吸を整えようとしたが、波はまだ引かない。拳を壁につけたまま、ルキフェルは喉の奥で震える空気がうまく声にならず、しばらくの間、肩だけが上下する。
「ベルナルドのことだって、まだ終わってないのに」
搾り出すような声だった。ルキフェルは息を呑み、目を閉じた。奥歯がきしみ、眉間に皺が寄る。自分の声が、聞きたくないほど弱々しいことに気づいているのに、止められなかった。
「……怖い。怒りなのか、悔しさなのか……失う予感なのか、自分でもわからない。でも、胸の真ん中が焼けるみたいにざわついて……」
ルキフェルはようやく拳を壁から離して腕を落としたが、手の震えがまだ止まらない。
「……もう失いたくない」
言葉を吐き出したあと、ルキフェルはしばらく口を閉ざした。自分の胸の内がまだ荒れ潮のようにざわめいていて、何を掴んでも砂のように指の隙間からこぼれ落ちる。肩に走る噛み痕の痛みが、ようやく現実の境界を示してくれる。それすらニールを守れた証なのか、守れなかった恐怖の名残なのか分からなかった。自分は怖がってばかりだ。その事実に思い当たると胸の奥にぐらりと重みが乗る。
ベルナルドの死の現場で感じた、あの底冷えする無力感。仲間が捕らわれ、戻ってこないかもしれないと考えた、あの瞬間。そして、さっきニールの腕に刺さった短剣を見た瞬間の、世界の色が褪せる感覚。どれもひとつも消えていない。むしろ蓄積し、重層になり、背骨の裏側に貼り付いている。ベルナルドも、ニールも。あの二人の顔が浮かぶたびに心がひっくり返りそうになる。
失うことが怖い。守れなかった事実が怖い。守れなかった自分が一番怖い。
それを認めたくなくて、いつも表面だけ冷静な指揮官の面をつけていた。命令を下す側の顔は、感情を押し殺せば殺すほど似合ってしまうから。責任という言葉にすると安っぽい。もっと湿り気のある、重たい縄のようなものが心に巻き付いている。それでも、ルキフェルはその縄を振りほどこうとは思わない。苦しいのに握りしめて離したくない。守りたいから怖いんだ。ようやく自分の中の本当に簡単な真実が胸の底から浮かんできた。守りたくて失いたくなくて、だからこそ仲間という言葉がこんなにも重たい。
フランソワは腕を組んだまま、長く息を吸い、吐いた。
「……お前が怒るのは、当然だ。怖かったってのもな。別に隠すことじゃない。むしろ、それ言えたなら十分だ」
ルキフェルは顔を伏せる。慰めや正論は欲しくなかったが、フランソワの言葉は妙に胸に引っかからなかった。彼の声は心に余計な重りを置かず、ただ痛んだ場所の形だけをそっと撫でていった。そこへ、マテオが片手で頭を掻いた。
「ルカ」
その呼び名だけで、ルキフェルの肩がわずかに揺れる。
「お前はさ、怖くても動ける奴だろ。怖かったって言葉はな……逃げなかったって証明でもあるんだよ」
ルキフェルはゆっくり顔を上げた。目の奥に痛みと安堵が並んでいる。マテオは続けた。
「それに捕まった仲間も、ニールも、お前のせいじゃねぇ。それは絶対にだ。ベルナルドの件とも違う。過去の罪みたいなもんと、今の現実を一緒に抱え込むな」
マテオの口調は普段の粗暴な皮肉屋な海賊ではなかった。フランソワが顎をしゃくって付け加えた。
「仲間を守りたいってのは、俺たち全員同じだ。お前ひとりが背負うな。背負いたいなら、まあ好きに背負え。けど俺たちも勝手に分け前受け取るからな」
「……フランソワ」
「俺は船長だ。お前はクォーターマスター。マテオは……まあマテオだ」
「そこはもっと言い方あるだろ」
マテオがぼやいたが、フランソワは無視した。
「ルキフェル。お前が折れなきゃ、この船は沈まない」
ルキフェルは揺れる息をようやく一つ整えた。
「……ありがとう」
マテオがわざと大袈裟に伸びをした。
「……で、だ。肩から血出てんのに平然としてんじゃねぇよ。まずは船医室に行くぞ。お前が倒れたら、ニール怒るからな」
ルキフェルはわずかに顔をしかめた。
「平気だって……」
「平気な顔する奴ほど平気じゃねぇの。副長がふらつくのは縁起でもねぇ」
マテオは立ち上がり、ルキフェルの腕をぐいっと取る。その手つきはふざけているようでいて、実際はとことん気遣いに満ちていた。ルキフェルは反論しようとしたが、結局押し切られるように連れられた。
「……あとで必ず見てもらえ。いいな」
念押しするフランソワに、ルキフェルは頷いた。船長室の扉が開き、マテオが先に出て「ほら、行くぞ」と肩越しに声をかける。ルキフェルは一度だけフランソワを振り返り、それからマテオの後ろに続いた。二人の背中が扉の向こうへ消えていく。船長室にはフランソワだけが残った。彼はゆっくりと視線を落とし、自分の左の手のひらを見つめた。マクシムの首を無造作に捕らえ、じわじわと追い詰めたときに強く握ったせいか、皮膚がまだ赤く火照っている。フランソワはその赤みを指先でなぞり、苦い色の表情を浮かべた。怒りの余熱がまだ抜けきらず、後味の悪さも共に残る。
「……あいつが誰なのか、調べないとな」
小さく漏らした声は冷えた船室の空気に沈んでいった。その声音には、単純な復讐とは違うもっと深い色が混じっていた。ベルナルドの死、仲間の負傷、そしてあの男。フランソワの胸にもまた消えない疑問と怒りが燻っていた。
船医はルキフェルの肩口の血で濡れた布地をそっとめくり、噛み跡をまじまじと見つめた。皮膚は鋭い歯の形に沿って薄く裂け、赤黒い滲みがまだ乾いていない。
「裂けてるが深くはない。縫う必要はないさ。洗って薬を塗るだけで済む」
船医室の奥では、ニールが浅い寝息を立てている。眠りは深いけれど、安らぎというより、力尽きて落ちたような静けさだ。胸が上下するたびに、白い布がほんの少しだけ揺れた。マテオは彼の寝顔を見つめながら呟く。
「……肩を差し出すなんて、無茶にもほどがあるだろ」
ルキフェルは答えず、視線でだけ返した。船医は手を止めずに言う。
「誰のせいでもない。あんな状況で完璧を望むのは無理だ」
ルキフェルはニールの寝顔を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。船医が薬を塗り終える。
「はい終わりだ。噛まれたにしては上等な傷だ。二、三日で塞がる」
「……そっか」
ジャスパーは気まずそうに舌打ちをひとつして、ルキフェルに声をかけた。
「それで……さっき、なんで怒ってたんだ? あんな怖い顔して」
ルキフェルが口を開こうとした瞬間、マテオが力強く口を挟む。
「お前ら、覚えてるか? 三年前、あのベルナルドを殺したやつ。あいつが、ニールに短剣を突き立てた」
ジャスパーは顔をしかめ、拳を握る。
「……あいつか」
コリンも悔しそうに顔を歪める。部屋には嵐が過ぎたあとの静寂と、四人の複雑な心境が漂っていた。
沿岸警備の眼を掻い潜り、フランソワ海賊団は夜の闇に紛れながら幾度も危うい航路を通り抜けた。数日間に及ぶ彷徨の末、彼らはついにサン・マロの一画にある、小さな入江へと潜り込む。
ニールは高熱にうなされ、ベッドに横たわったまま苦しげに呻いていた。額には汗が滲み、顔は普段の冷静な色を失っている。コリンは船医室を行ったり来たりしながら彼の体温を測り、冷やしたり温めたりして看病を続ける。ルキフェルも時折、船医室に顔を出しては虚ろな目で寝ているニールの様子を確認した。
日が経つにつれ、入江での生活は静寂と緊張に満ちたものとなった。戦力を一気に削がれた海賊団は本来の計画を維持できず、生き延びるために取った選択がさらなる制約を生んでいた。
冬の寒さが近づく中、船団の自由な航海は夢物語となる。トルチュ島へ戻ることもままならず、フランソワたちは苛烈な現実を受け止めるしかなかった。荒れた海と追撃者から逃れた安堵と引き換えに、彼らが得たのは疲労と先の見えない未来だった。それでも海賊団は生き延びるため、サン・マロのこの小さな入江を拠点に冬を越す決断を下す。船上の者も陸にいる者も誰も声を荒げず、冬の訪れを静かに受け止めていた。夜の潮騒が船体を優しく揺らす。
静寂の中、眠るニールの額に光が反射し、ルキフェルは彼を見つめながらまだ解けぬ疲労と心配の中で来るべき春を思い描いた。




