表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
報復の航路 【第二作 ルー・ブレス】3・4巻「覚醒編」  作者: セキユズル
第二章「派手にやれよ……海の亡霊ども。俺たちの道を切り開け」
13/67

第二章⑤ フランソワ海賊団

 大海賊フランソワが居座る、ガレオン船の甲板。波音と風の音が心地よく響き、操舵輪を握るジャスパーは欠伸をしていた時、胸の奥に鋭いざわめきが走っや。背筋に冷たい電流が走るような感覚。手のひらの汗がじんわりにじみ、耳の奥に微かな高鳴りが響く。視界の端にある揺れる帆、波のさざめき、甲板を伝わる微振動が不穏に連鎖した。


「……なんだ」


 第六感──いや、潜在的な感覚がまるで全身を通して警告を鳴らしていた。その時、階段を上がる足音が響き、ルキフェルとコリンが甲板に姿を現す。ルキフェルは船尾の装置に視線を固定したまま慎重に近づく。


「これか。お前が作ったという装置」


 コリンは胸を張り、誇らしげに答える。


「でしょ? これがあれば、帆を畳むのも広げるのもずっと楽になるよ」


 コリンが装置に手をかけようとした瞬間、ジャスパーが鋭く声をかけた。


「待て!」


 コリンは手を止めると、ジャスパーは操舵輪から手を放して立っていた。ジャスパーの瞳に浮かぶ真剣な色。それを見たルキフェルはわずかに顔を顰め、コリンも思わず手を引く。


「ジャスパー、どうした?」


 ルキフェルの問いかけにジャスパーは操舵輪を握ったまま、目を半分閉じてつ呟く。


「……しばらく、このままでいたい」


 ルキフェルの目が鋭く光った。


「なぜだ このままでは船は進まないぞ」


 ジャスパーは唸るように言葉を絞り出した。


「勘だ」


 ルキフェルはますます怪訝な顔をした。普段なら軽口で交わせるはずのジャスパーの態度が、今日はまったく通用しない。


「具体的に報告しろ」


 ジャスパーは少し間を置き、言葉を選ぶように言う。


「この先に……なんか、嫌な予感がする」


 ルキフェルの苛立ちが顔に現れる。彼は見張り台に目をやり、力を込めて声を張った。


「ニコラ、何か見えるか!」


 見張り台の船員——若者ニコラは顔を上げることなく、やや気だるげに答える。


「特にありません!」


 ルキフェルは舌打ちをし、拳を縁に叩きつける。


「ほらな。仲間は何も無いと言っている。分かったなら舵を取れ!」


 だが、ジャスパーは動かない。ルキフェルの声も届かぬように、全神経を張り詰めたまま操舵輪に集中している。下方の二人のやり取りを尻目に、見張り台のニコラは退屈を紛らわすため懐から望遠鏡を取り出した。視線を水平線に走らせ、前方を行く傘下の船団を一隻ずつ確認していく。ふと先頭を走っているはずのフリゲート船の周囲に複数の帆船が囲い込むように配置されているのを捉えた。ニコラは眉をひそめ、望遠鏡を握る手に力を込める。状況は、これまでの平穏から一変しようとしていた。


「先頭の追跡船! 囲われています!」


 ニコラの声が甲板に響き渡る。ルキフェルや海賊たちは一瞬にして視線を前方に向け、状況の深刻さに息を呑むが、ジャスパーだけは顔に緊張の糸を張り巡らせ、全神経を研ぎ澄ませてその事態を受け止めていた。舳先付近でニールが手元の望遠鏡を覗き込み、追跡船を注視する。周囲に集る複数の帆船。それぞれに蒼い軍旗がはためいているのを確認すると、ニールは即座に叫んだ。


「海軍だ! 追跡船が、捕まった!」


 甲板上に響き渡るニールの声に、ルキフェルは咄嗟に指示を出す。


「おい! 今すぐ他の船に知らせろ、そっちに行くな!」


 伝令係が旗を必死に振るが、前方を進むガレオン船二隻は前だけを見据え、警告には気づかない。ルキフェルの苛立ちが甲板に緊張をもたらす時、ジャスパーが操舵輪に手をかけ、船の進路を大胆に変える。


「進路を変えよう! 遠回りだけど、追手を撒くには別のルートから行くしかない!」


 ルキフェルは舌打ちをしつつも状況を飲み込み、手段を選ぶ余裕はないと覚悟を決める。


「全員、逃走するぞ! 他の船団には引き続き通信を送れ!」


 号令に従い、海賊たちは瞬時に各々の持ち場へ走り出す。コリンは装置に手を伸ばして帆を一瞬で広げると帆布が風をはらみ、船は加速する。風と波を受けて新たな航路を取るガレオン船だが、敵の追跡網はなおも迫ってくる。ルキフェルは甲板を駆け回りながら仲間たちの動きを確認し、緊迫の中で確実に船を操る指示を飛ばした。



 第七艦艇部隊は次の標的を捕えるため帆を張り、船を進める。海軍の緻密な作戦網がまさに現場で動き始めていた。マクシム隊はこの場に残って捕らえた海賊たちをしっかりと押さえ、他の部隊への引き渡しを待つだけの任務に徹する。海賊たちは手錠や縄で縛られ、逃げ場のない状態でうろたえていた。やがて他部隊の船がやってきて、捕虜たちの引き渡しが淡々と進む。海賊たちは縄で拘束されたまま、怒りと恐怖を交えた目でマクシム隊を見つめるが、抵抗する余裕はない。引き渡しが完了するとマクシム隊は自分たちのフリゲート船に飛び移り、甲板に足を踏み入れた。


「おかえりなさい」


 彼らが甲板に戻った瞬間、アニータが明るく声をかける。


「誰も怪我をしてません。いても膝を擦りむいたくらい。相変わらずの化け物っぷりだ」


 マルセロは冷静に報告しつつ苦笑を漏らした。


「いや、あなたも軍医なら後方に控えなさいよ……」


 アニータはあきれ顔で突っ込みを入れる。


「この部隊は人が少なすぎるんだよ。僕だって戦うし、必要あればすぐに応急処置くらいできる」


 マルセロは真剣な面持ちで答えた。シャルルがマクシムに向かって軽く笑みを浮かべながら言う。


「これで参謀部に戦果報告できますね。自分たちが見つけましたって」


 マクシムはすぐに首を振る。


「いや、まだ」


 彼の視線は甲板の先、広がる海原へ向けられていた。


「敵はまだいるんです。夢を見るのはまだ早い」


 ダヴィットが肩をすくめて口を開く。


「それにしても今年はガレオン船二隻か。フランソワ海賊団、勢力が落ちてるな」


 リラが彼の横から頷きながら言う。


「本当ね。一番新しい報告にはガレオン船が三隻と記載されていたけど」


 サミュエルが腕を組み、少し間を置いて口を開く。


「一隻は別行動かも。あの船長も、一定の間隔を空けて航行してるって言ってたんだ」


 マクシムはサミュエルの言葉を聞き、一人呟く。


「別行動、か」


 しばし沈黙が続いた後、マクシムは甲板を見渡して声を強めた。


「僕たちは見張りを続けましょう。必要あれば、巡回も視野に入れて」


 隊員たちはそれぞれ頷き、再び海と空を見据えた。甲板に吹く風が、戦いの余韻とこれからの警戒を運んでいる。



 大きく舵を切ったフランソワのガレオンは荒れた雲を裂くように進路を変え、先を走っていた一隻の仲間船と横腹を並べた。黒ずんだ船体が並んだ瞬間、上空には潮の匂いをまとった風が渦を巻くように吹いた。伝令係が甲板の欄干へ跳び乗り、赤と白の通信旗を振り抜いた。

 退避せよ。この先、敵が迫る。即時離脱。

 相手側のクォーターマスターが旗の意味を読み取るのは早かった。わずかな逡巡すら見せず、胸元に下げていた小さな鉄鍵を仲間船長へ渡す。その瞬間、指揮権は正式に移譲され、船長とクォーターマスターが舵輪脇で小声の協議に入る。波間のざわめきより小さな声だが、決断だけは重量のある音で落ちた。


「フランソワを逃がす。自分たちは最後に暴れ回る」


 すぐに通信旗でフランソワの船へ送られた。旗の動きを読み取ったフランソワは甲板の中央で足を止め、弾けるように怒鳴る。


「ふざけるな! 今さら英雄気取りか、馬鹿どもが! 全船団、命令だ。別行動は許さん。全員で生き延びる。勝手に散るな!」


 向こうの船長はゆっくりと首を横に振った。彼の背後でクォーターマスターは操舵手に合図し、船体をわずかに海軍側へ寄せ、旗が再び振られる。


「自分たちが囮になる。あんたらは逃げろ」


 フランソワは歯噛みした。互いの甲板から叫びが飛び交う。怒声、懇願、罵倒、説得。それでも、彼らの意志は荒れ狂う海より揺るぎなかった。そして、前方の水平線に軍旗を掲げた帆船群が影を伸ばし始めた。第七艦艇部隊。海色の巨獣が迫ってくる。逃げ場は、一瞬で薄氷になった。ついにフランソワは肩を落とすように息を吐き、誰にも聞かせたくない声で呟いた。


「……馬鹿野郎」


 次にフランソワが顔を上げた時には、あの豪胆な海賊船長の眼だった。


「やるなら派手にやれ。海軍の面子を一枚くらい剝がしてこい。生きて戻れたら酒でも奢ってやる。勝手に沈むなよ」


 相手船の船長は胸に拳を当て、力強く頷いた。そして、高く掲げられた帆の中央へ、黒地に翼を広げた砂時計と断ち切られた鎖、フランソワ海賊団の旗が一気に巻き上がった。布が風を裂き、旗が翻った瞬間、それは宣言となる。


「我らはここで海軍と戦う」


 炎が灯るように士気が上がり、隣の船は海軍側へ舳先を切る。戦の狼煙が潮風に混じって立ちのぼった。フランソワの本艦は仲間船から距離を取り、別ルートを切り裂くように舳先を海原へ向けた。仲間船はそれを見守りつつ、逃げる本艦を気遣うように海賊旗を掲げたまま静かに進む。


 一方、先頭を走っていた別の船団は、既に捕らえられた追跡船のことを察していた。前方から迫る海軍艦隊の帆船を見て、船長たちは無言で覚悟を決める。船員たちの手元は緊張でこわばり、舵を握る手に力が入った瞬間、見張りが後方を走る仲間船が海賊旗を掲げているのを確認する。旗は風になびき、仲間がまだ戦う意思を持っていることを示していた。この船の船長が頷くと、自分たちもマストに黒い旗を掲げた。海賊旗が二隻の船上で翻り、波間に黒い影が増えていく。二隻の仲間船は互いに並走し、やがて横向きになって砲門を開けた。船員たちは火薬の匂いを吸い込み、砲弾を手にしながら狙いを定める。甲板の上は緊迫感で震えるようだった。


 その頃、海軍側。第七艦艇部隊も同じように警戒を固めていた。帆船を海賊の位置に向け、砲門を開く。砲弾を詰める音が甲板に響き、隊員たちは互いに目を合わせて距離を測る。海賊の動きに合わせ、風と波を読みながら戦闘準備は完璧に整えられていた。静寂の中に一瞬の呼吸が過ぎると、両者の甲板上で一斉に火縄が鳴り、砲撃が炸裂する。砲弾が海面を叩き、白煙が立ち上る。波しぶきが舞い上がる中、二隻の仲間船と海軍艦隊は互いに火力を測りながら、ついに戦闘の幕が開かれた。砲撃の轟音とともに、二隻の海賊船は互いに距離を保ちながら海軍艦隊に立ち向かう。海賊船長は砲口から火を噴く海軍艦を睨みつけ、指示を飛ばした。


「全員、舷側の防御を固めろ! 反撃のタイミングを逃すな!」


 船員たちは波の揺れに必死で踏ん張りつつ、次々に砲弾を詰めて火を放つ。隣を走る仲間船も同様に舵を握り、海軍艦の動きに合わせて旋回する。甲板では海賊たちが互いに声を掛け合い、砲弾の着弾音に耳を澄ませながら、次の射撃に備えた。一方、海軍側も攻撃の手を緩めない。第七艦艇部隊の指揮官たちは旗信号で連携を取り、海賊の動きを読みながら正確に砲弾を送り込む。砲弾が海賊船の甲板に直撃し、火花と煙が立ち上がった。海賊船の砲主長が舷側から叫ぶ。


「もう少しだ! 全員、砲口を下げるな! 耐えろ!」


 船長は鉤縄を片手に移動しながら船員たちに指示を飛ばす。


「舷側を死守しろ! 下がるな!」


 海軍艦隊も負けじと反撃を加え、砲弾が海賊船の甲板をかすめる。木材が砕け、火花が舞い、海賊たちはそれでも息を乱さずに砲撃を返した。両船団の距離が縮まり、海はすでに怒声と砲煙のゆりかごと化していた。海賊船の甲板では副舵手が舵輪を抑え込み、揺れる船体を制御している。砲弾が近くの舷側に着弾し、木片が飛び散るたび彼の腕は白くなるほど力を込めていた。


「まだ沈むなよ、持ちこたえろ……!」


 船腹からは仲間の一人が身体半分を乗り出し、海水を被りながら叫んでいた。


「右舷砲、次で三発目いけるぞ! 芯がズレてねぇ、行ける、行けるぞ!」


 彼の声に呼応するように砲手たちが次々に火縄を構え、砲門から黒煙が噴き出す。砲弾は海軍艦の舷側に吸い込まれ、木材を粉砕する音が響き渡る。もう一隻の海賊船も応戦していた。甲板では、髪を後ろで結んだ若い海賊船長が自ら火薬樽を蹴飛ばしながら走り回る。


「次の装填! 急げ!」


 彼の周囲では火縄があちこちで火花を散らし、黒煙が頬にまとわりついていく。若い船員が火薬を運びながら転びそうになり、彼が背中を叩いて怒鳴る。


「こけてる暇あるか! 命は重いけど足は軽く動かしな!」


 この若き船長の背後では砲手長が両手を口に添え、大声で命令を吐き出していた。


「仲間船に合わせるぞ! 横隊は崩すな! 絶対に割られるなよ!」


 海軍側の第七艦艇部隊も黙ってはいない。旗艦の砲術長が冷静に距離を測り、軍旗の下で次の命令を静かに告げる。


「一番、二番砲列。目標は左の海賊船、左舷中央。狙いはそのまま」


 号令とともに砲列が火を噴いた。続けて副砲列も発射し、海賊船の甲板が震えるほどの衝撃が続く。砲弾は船尾近くの階段を粉砕し、そこで作業していた海賊二人が転がり落ちた。クォーターマスターは血を拭いながら立ち上がる。


「びびるな! これはまだ挨拶代わりだ! 撃ち返せ!」


 海賊たちは恐怖と興奮の境目を踏みながら、火薬の匂いにまみれて次の砲を押し出した。海軍艦と海賊船の間には、砲弾によって生まれた水柱が絶え間なく立ち上り、海面は荒れ狂う怪物の背中のように揺れていた。


 一方、フランソワの本艦は完全に別ルートへと進み始めていたが、フランソワは船尾から目を離せずにいた。仲間船同士が黒煙の中、互いに背中を預けるように砲撃を繰り返す姿が小さく小さく見える。


「……馬鹿め」


 フランソワの声はかすれ、胸の奥を掻きむしるような痛みが走った。操舵輪のそばにいたジャスパーも、そっと横目でフランソワを見る。フランソワが口にする言葉はどれも荒いが、握られた拳には決して怒りだけではないものが宿っていた。コリンは帆を調整しながら、遠くの戦闘音を聞き取ろうとしている。


「……聞こえる。すごい音だ。あいつら、本気で暴れてる」


 ルキフェルは声を押し殺して言う。


「託されたんだ。逃げ切るしかない。」


 フランソワは彼の言葉には答えず、遠ざかる仲間船を見つめていた。波がその姿を少しずつ隠し始めると彼はようやく振り返り、低く呟く。


「派手にやれよ……海の亡霊ども。俺たちの道を切り開け」



二隻の海賊船は、いよいよ至近距離での砲撃戦に突入していた。海軍の砲弾が一方の船のマストに直撃し、帆の一部が焼け落ちる。倒れたマスト断片を避けながら、あの年若い船長が叫ぶ。


「帆は後でいい! 今は撃ちな!」


 もう一隻の仲間船では右舷の砲手が火薬箱の上で立ち上がり、煙の向こうに海軍艦の影を捉える。


「見えたぞ……今だあああっ!」


 彼が火縄を落とすと砲弾は海軍艦の舷側に突き刺さり、木材の破片が外側へ爆ぜ飛んだ。旗艦の甲板では、砲術長が眉一つ動かさず命令を続ける。


「海賊船、砲門を全て開いている。距離はこれ以上縮めさせるな。次弾、用意」


 艦隊全体が整然と動き、鉄と火薬の息遣いだけが海風に溶けていく。やがて砲撃が一段落し、甲板上に漂う硝煙が晴れかけた瞬間、海賊たちは互いに警戒の目を光らせた。海軍艦隊も砲撃を止め、舷側に整列した兵士たちが板張りの甲板を踏みしめる音が響く。双方が息を整えた瞬間、緊張の空気は白兵戦への気配に変わった。


「舷側に注意!奴らが乗り込んでくるぞ!」


 船長の叫びに、海賊たちは剣や斧を握り直す。誰もが鉤縄を手に取り、砲門から身を翻して隣の甲板へ飛び移った。砲撃に紛れて海軍兵が接近し、海賊船の船員たちの耳元に鋭い声が響く。


「突撃だ!」


 板張りの甲板で海軍兵と海賊たちが剣を交わす。鉄と木がぶつかる音、短剣がかすめる音、甲板を踏み鳴らす足音、怒号が入り混じった。海賊船長自らが海軍兵に立ち向かうも、海軍兵の連携は圧倒的で次々と取り囲まれる。もう一隻の海賊船の甲板でも同様の光景が広がった。周囲の海軍兵に包囲されて動きを封じられ、仲間船の船長も遂に捕縛され、海賊たちの士気は一気に低下した。


「海賊たち、生捕!」


 部隊長の声が甲板全体に響く。海軍の方針通り力ずくで殺すことはせず、捕虜の制圧に徹する。海賊たちは剣を下ろし、次々と拘束された。年若い船長も制圧される際に悔しさを滲ませながらも、抵抗を諦めるしかなかった。

 その後、第七艦艇部隊は嵐を追い払うような勢いで二隻の海賊船に乗り込み、船腹から船首まで木材の隙間ひとつ残さぬほど徹底的に調べ上げたが、彼らが喉から手が出るほど求めていた大海賊フランソワの姿は、どこにも影すら落としていなかった。

 海軍の一隊が縄で括られ甲板に座らされた二人の海賊船長を見下ろす。隊長は太陽に焼かれたような鋭さで視線を落とした。


「さて……親玉はどこだ?」


 年若い船長の方が、ふてぶてしい笑みを浮かべて肩をすくめた。


「親玉? 知らないな。そもそも俺たちは今日、ちょっと風に流されただけでね。潮の流れってのは読めないんだ」


 隊長は鼻で笑った。軽く砂を払うように。


「とぼけるな。大海賊フランソワだ。いないはずがない」


 その名が空気を裂いた。海賊たちの背後で壊れた帆柱がギシ、と乾いた音を立てた。


「お前たちの追跡船、あのフリゲートの船長が言ったぞ。『自分たちの後ろから、ガレオン船が二隻ついてくる』と。はっきりとな」


 隊長の声は疑いではなく確信そのものだった。すると年若い船長と、もう一人の傷だらけの老練船長が互いを見る。言葉は交わさないが、瞳の奥に同じ理解が灯っていた。


 ——あの追跡船長、見事な芝居だった。さすがだな、最後の最後で自分たちごとフランソワを守ったか。


 彼らの目の奥で誇りの火がふっと赤く燃えた。縄に縛られ、血が乾ききらぬというのに、胸の内にだけは風が自由に吹いていた。自分たちは裏切られていない。守るべき背中を最後の瞬間まで見誤っていなかった。だから、どれだけ拘束されても構わない。この誇りだけは誰にも奪えない。海軍の隊長は彼らの沈黙に含まれた意味を読み取れず、訝しげに眉をひそめた。


「……何を企んでいる?」


 海賊船長たちは答えず、微かな笑みとして唇に浮かべていた。埒が明かないと悟ったのか、部隊長は舌打ちを押し殺して踵を返した。


「こいつらは後で尋問だ。一度ブレスト司令部に戻る。全員、撤退準備にかかれ!」

 

 号令が甲板を貫いた瞬間、第七艦艇部隊の一員たちは動き出した。捕縛された海賊たちは、次々と縄を引かれて海軍船へ移されていく。その列の中で、あの二人の海賊船長は頑として笑みを消さなかった。歯を食いしばる者もいる。憤りに荒く息を吐く者もいるが、この二人は違った。部隊長は背筋に冷たいものが走る。怒りでも不安でもない。名状しがたい、妙な寒気だった。


「……気味が悪い連中だ」


 だが、それが何を意味するかを彼は知らない。海軍の船が風に押されて方向を変え、ブレストへ向けて帆を張る。戦いの残滓を引きずりながら、第七艦艇部隊は戻り始めていた。



 ペンフェルド川の流れが鈍色の光を揺らし、海軍船は接岸しようとしていた。甲板には捕らえられた追跡船の海賊たちが膝をつき、縄の擦れる音と、疲労の吐息が混じり合う。その中央で、追跡船の船長が俯いていた。髪は風に乱れ、肩は泥にまみれ、縄は手首に深く食い込んでいるが、彼の唇はわずかに震えていた。笑っていた。


「……ほんと、馬鹿だな。海軍は数も数えられねえのか」


 誰にも聞き取れないほど小さな声だが、声音の奥には鋼のような誇りが宿っていた。自分の芝居は完璧だった。


 あの二隻のガレオンは幻、フランソワの背中は自分たちが守った。


 船長の目がゆっくりと上がる。造船所の向こうに広がる空は曇天のままなのに、彼の瞳だけは夕陽を飲んだようにぎらついていた。


 遠く離れた海上で捕縛された二人の海賊船長も同じように笑っている。距離は関係ない。三人とも胸の奥にはまったく同じ確信があった。


 自分たちはもう終わるかもしれない。名も自由も、船も仲間も取り上げられるだろう。だが、自分たちの親玉は終わらない。自分たちの誇りも折れない。片道の未来へ押し流されているはずなのに、彼らの中だけに不思議な灯火が残り続けている。


 それは、フランソワ海賊団という名の消えない焔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ