第8話 事実のみを申し上げます
帝城に戻ったリカルドは皇帝の眼前にて報告を始めた。
「……報告いたします」
室内には重い沈黙が落ちている。彼は一度だけ息を整え、静かに口を開いた。
「結論から申し上げます。白陽学宮を占拠していた氷の狼は、無差別な殺戮行動を行っておりませんでした」
玉座の間がざわつく。
「何だと?」
「しかし救助隊との連絡は――」
「途絶していた理由は不明です。ただし、私が確認した限り、学園関係者および救助隊は氷の中で生存しておりました」
リカルドは淡々と続ける。
「氷は水晶状で、内部の者たちは皆、穏やかな表情で眠るような状態でした。呼吸も確認しております。少なくとも、私が目視した範囲では死者はおりません」
「……確かに、行方不明となっていた者たちの無事は確認できたな」
皇帝は深く頷く。
「……では、あの狼は何のために?」
「分かりません。しかし、奇妙な点がございました」
リカルドは視線を上げた。
「狼たちは、私を殺そうとしていなかった」
ざわり、と再び空気が揺れる。
「急所を外して攻撃してきました。加えて、私が抵抗を止めると、狼も攻撃を停止。……まるで、特定地点へ誘導するかのように行動していました」
「誘導?」
「はい。私はそのまま狼の先導に従い、学園中央の尖塔へ向かいました」
リカルドの声がわずかに低くなる。
「そこで、フェルナンド殿下と、イルヴェリア王国次期女王ルミ殿下を確認しました」
玉座の間がどよめいた。
「やはりイルヴェリアが――」
「静かにしろ」
皇帝の声で騒ぎが抑えられる。
「続けなさい」
「フェルナンド殿下は氷の中に閉じ込められていましたが、意識はありました。そして殿下は、私に“二歩前へ出ろ”と指示されました」
「……二歩?」
「はい。私は従いました。その直後です」
リカルドは一瞬だけ目を閉じる。
「私は氷に閉じ込められました。しかし、呼吸は可能で、冷たさも感じませんでした。身体の自由だけを奪う特殊な封印に近いものだったと推測されます。その直後のことでした」
彼は、ゆっくりと言葉を続ける。
「空から、極大規模の光属性攻撃が降下しました」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
「……それはこちらからも見えている。……学園を飲み込むクラスだったな。……熱は感じたか」
「いえ、全く。氷の中にいる私には、熱は一切感じられませんでした。」
彼は断言する。
「……太陽の檻の可能性があるな」
皇帝はぽつりと呟く。
「太陽の檻?」
「記録が抹消された古代破壊兵器だ。……報告を続けろ」
「はっ。もし、あの時氷がなければ、私とフェルナンド殿下は死亡していた可能性が高いと判断します」
玉座の間からざわめきが消える。
「……待て。つまりお前は、イルヴェリア次期女王がフェルナンド殿下を守ったと言いたいのか?」
「事実のみを申し上げます」
リカルドは一切揺るがない声で答える。
「ルミ殿下は、攻撃の瞬間まで防御魔法を維持しておりました。そして攻撃終了後、重度の高熱状態に陥り、倒れました」
「……フェルナンドは?」
「ご無事です。即座に治療を指示されました。非常に切迫した様子でした。現在は病院でルミ殿下の付き添いをしております」
彼は最後に、静かに言った。
「以上が、私の見たすべてです」
「そうか……。すぐに議会を招集せよ。緊急案件だ」
皇帝の言葉だけが、玉座の間を支配した。
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