第5話 氷の手に堕ちた
朝9時50分。誰もいない尖塔に集まったルミとフェルナンドは、特に苦労することもなく尖塔に登れた。
「……ん、この位置だな。……あ」
「どうしたの?」
「コミュニケーション手段、考えてなかったわ。……まあでも、魔法をつなぐから俺たち同士なら話はできるか」
「……氷の外に声は届かないけど」
「ん、十分だ。じゃあ頼んだ」
「うん。フェルが解除できるようにするね」
「分かった」
フェルナンドが頷いたのを見て、ルミは絶対防御を発動させる。解放条件は「フェルナンドが指示したら」。その瞬間、彼の体は透明な氷に包まれた。
『おお、すげえ。快適だな。ルミ、聞こえてるか?』
「聞こえてるよ。……制御は取れそう?」
『……すまん。狼だけ出してくれ』
「何匹?」
『とりあえず十匹で頼む』
「分かった」
冷気が集まり、氷の狼たちが姿を現す。彼らは独りでに遠吠えをあげた。
「……あ、動いた」
『よし。制御取れたぞ。……しまちゃんを飛ばしてくれないか?』
「なんで?」
『太陽の檻は発射時に空が光る。発射タイミングがわかったほうがいいだろ』
「わかった。しまちゃん」
「ぴぃ」
ルミが呼ぶと、しまちゃんは空に向かって羽ばたく。
『ブーストかけるから補強始めてくれ』
「いいよ」
フェルナンドは眉間にしわを寄せて集中する。その瞬間、ふっ、と魔法が軽くなった。
「周辺部からな。じわじわと頼む。……動かすぞ」
「お願い」
ルミは静かに頷く。その瞬間、狼たちが尖塔から四方八方に飛び降りた。
◇
とある生徒は頬杖をつきながらペンを動かしていた。今日の授業はいつにもましてつまらない。何気なく視線を窓の外に向けた瞬間だった。
「……え?」
壁が凍りつき始めている。ここは南国だ。そんなことなどあり得ない。
「……は?」
事態が飲み込めない。ぽかんと口を開けていた時だった。
――狼の遠吠えが響く。窓が割れる。飛び込んできたのは、氷の狼だった。人間一人ほどの大きさだ。狼は低く唸る。次の瞬間には、口を開けた。鋭い牙が見える。
「逃げろ!」
誰かが叫ぶ。生徒たちが我先へと飛び出していく。一人の令嬢が廊下を飛び出したその時だった。
「がうぅぅぅ!」
目の前に冷気が集まり、氷の狼が現れる。腰を抜かした令嬢の手を、騎士志望の生徒がつかんだ。
「こっちだ!」
「は……はい!」
生徒たちが非常口へと追い立てられていく。
「獣め、覚悟しろ!」
一人の勇敢な騎士候補が狼に模造剣を向ける。狼は飛び上がると、その腕に噛みついた。驚いた拍子に剣を落としてしまう。狼は容赦なく迫りくる。……彼は逃げることしかできなかった。
一人の少年は婚約者である令嬢をなんとか逃がす。だが、氷に阻まれて逃げ遅れてしまった。とにかく隠れようと机の影に身を隠した。
「……なんとか、逃げないと……」
彼は狼たちがうろつく廊下を見る。どうにか逃げ出せないか、そう思った瞬間だった。
冷気が一瞬にして集まる。何が起きたか認識する前に、彼は強力な眠気に襲われる。意識が黒く塗りつぶされる中、視界の端では氷が一気に成長するのが見えた。
――帝国歴512年、3月10日。ヴァイデソル帝国最高峰の学園、白陽学宮は氷の手に堕ちた。
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