第2話 冬になるしかない
移動教室のため、白い石畳の庭をルミはのろのろ歩く。
「しまちゃん、暑いね〜」
「ぴ」
しまちゃんの頭を指でくりくりと撫でていると、「……学園は木っ端微塵だ」という声が聞こえてきた。
「……ん?」
ルミは足を止め、物陰に身を隠す。視線の先には教師のようにも見える男性がいた。少なくとも、ルミやフェルナンドを受け持っている先生ではない。彼は視線を斜め上空に上げていた。
「……しまちゃん」
ルミがそう言うと、しまちゃんは静かに羽ばたいて近寄る。男はぶつぶつと何かを言った後、立ち去った。彼女は肩に戻ってきたしまちゃんに話しかける。
「なんて言ってた?」
「ぴぴっ」
「……大量……破壊兵器……」
「ぴ」
「……太陽の……檻?」
「ぴい」
「明日の昼頃……」
ルミは男が見上げていた方向を見ると、片手を掲げて氷の鳥を作った。鳥はキラキラと輝きながら空へと羽ばたく。彼女は鳥と感覚を共有する。
「……うん、何も見えないけど……でも……」
氷の鳥から雫が落ちる。
「……なんか、暑いかも。あと、魔力濃度が高いな……」
氷の鳥が完全に溶けた。
「……これは……」
ルミは振り返る。学園の尖塔があった。イルヴェリアの伝承、『女王は最期に冬となり、民を守る』が頭をよぎる。
「……冬になる、しかないか……」
青い瞳に静かな決意が宿っていた。
◇
「……これは……こっちの公式か」
夜の帳が下りる頃。フェルナンドは自室で宿題を進めていた。その時、こんこんと部屋の扉がノックされた。
「フェル」
「ルミ? どうした?」
こんな時間に来るなんて珍しい。そんなことを考えながら、彼は扉を開ける。
「とりあえず、入れよ」
「うん」
「冷房下げるから、ちょっと待ってな」
「……フェル、ぎゅってしてもらってもいい?」
フェルナンドはぴたりと動きを止める。普段は「暑い」と嫌がるのに。
「……フェル?」
「ああうん、ハグな」
彼はそっと彼女を抱きしめる。いつも通りほんのり冷たい。
「フェル……」
「どうした?」
「……フェルは、王配になっていいからね」
フェルナンドはルミの顔を見る。
「……何があった」
「……なんにも、ないよ?」
ルミはとぼける。彼は彼女から視線をそらさない。
「……話せ」
「……フェルには、関係ない」
「関係ある」
沈黙が痛い。やがてルミは観念したように口を開いた。
「……絶対防御、使おうと思って」
フェルナンドは息を呑む。
「氷で包むやつ?」
「うん」
「……何が、あった?」
「……まだ。明日の昼、ここに大量破壊兵器が打ち込まれるって」
「大量破壊兵器?」
「……太陽の檻、って言うらしい」
「……それは、本当か?」
「……って、言ってた。……上空に高い魔力濃度と高温があったことは確認してる」
フェルナンドはぽつりと「……なんで……封印が……」と呟いた。
「……知ってるの?」
「……ああ。……帝国の機密だ。誰にも言うな。……かつて研究されてたビーム型古代兵器の名前だ。一分とかからず城一つを塵にできる。ばかげた威力に計画は凍結、研究成果は抹消された」
彼は眉間にしわを寄せる。
「……んなもんが学園に降ったら……」
今、白陽学宮には世界中の指導者たちの子弟――未来の指導者たちが集まっている。
「世界中が大混乱になる。だから、みんなを凍らすの」
「絶対防御の間、ルミは学園から離れられないんだろ? その上、自分に絶対防御は使えない。危険だ」
「……絶対防御は、術者が死んでも消えないよ」
彼女は静かに微笑みを浮かべる。フェルナンドは目を吊り上げた。
「そういう話じゃねえ。ルミが死んじまうだろ」
「……女王の、役目だから」
「役目?」
「……イルヴェリアの女王は、いざというときは身を挺して民を守るの」
ルミの目は揺らがない。
「……私がやらなきゃ、みんなが死ぬ」
「ルミだってイルヴェリアの次期女王だろ」
「……お母様もお父様も元気だから。すぐ……とはいかないかもしれないけど、妹が生まれるよ」
ルミは穏やかに笑った。
「……ねえ、フェル。私を想うなら証言して。みんなを守るためだった、って」
「……お前の覚悟は、分かった」
「……じゃあ」
「俺にも噛ませろ」
窓の外でヒュウ、と鋭い風が吹いた。
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