第三話 頃合いというもの
いつの間にか、季節はひとつ進んでいた。
夏の夜に書いた文も、そのままにしておいたはずなのに。
風は、少しだけ、ものをはっきりさせる。
「姫さま、中納言殿の御方がお見えにございます」
……姉様か。
ため息は、つかないことにしている。
けれど、胸の内では、すでに一度、落としていた。
——はぁぁ、である。
通された先は、見慣れた奥の間。
季節が変わっても、人の配置は変わらないらしい。
「よく来てくれましたね」
「お呼びにあずかり、参りました」
ひと息の間。
「それで——」
声はやわらかいまま、先へ進む。
「お心に、寄るところはあるのかしら」
「……まだ、決めかねております」
「そう」
それだけで、話は終わらない。
「急ぐところもないけれど——」
声が、すこしだけやわらぐ。
それでも、言葉の行き先は、変わらない。
扇がわずかに動く。
音は、立たない。
「——理子」
呼ばれて、顔を上げる。
逃げ場は、ないわけではない。
ただ、どこへ出ても、同じところへ戻されるだけだ。
「こちらを、預かってほしいの」
差し出されたのは、一通の文。
見覚えのある料紙。
夏の夜に触れたそれとは、少しだけ質が違う。
こちらは、もう行き先が決まっている紙だ。
「お届けすれば、よろしいのですね」
「ええ」
間を置いて、姉様は続ける。
「あなたの手のほうが、やわらぐでしょうから」
やわらぐ、とは。
誰のために。
問うことはしない。
「承りました」
それで、すべては整う。
文は、受け取られた。
ことばは、そのまま。
意味も、そのまま。
ただ——
頃合いだけは、選べる。
外に出ると、風が少し冷たい。
秋は、はっきりしすぎる。
だから、少しだけ、遅らせる。
それくらいは、許されるだろう。
文は、そのまま届けられた。
——ほんの少しだけ、遅れて。




