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第二話 風のせいにして
夏は、夜がよい
——などと、誰かが言っていた気がする。
たしかに、そうかもしれない。
昼の暑さが嘘のように、風がやわらぐころ、
ことばもまた、少しだけ遅くなる。
御簾の向こうで、風が揺れている。
ときおり、かすかな虫の声。
扇をひらき、ゆるくあおぐ。
それだけで、夜はすこし整う。
女房が、そっと料紙を差し出した。
淡い色に、砂子がわずかに散っている。
月の光を受けて、気づくかどうかのひかり。
指にのせると、すこしだけすべる。
書けば、ことばまで軽くなりそうで。
——書くつもりは、なかったのだけれど。
筆をとる。
置く。
もう一度、紙を見る。
誰に宛てるとも、決めてはいない。
けれど、ことばは、どこかへ向かおうとしている。
——とどめじと、思ふ心も、なきままに。
ようやく、ことばが形になる。
とどめじと 思ふ心も なきままに
月にゆだねて 夜ぞ更けゆく
書き終えて、筆を置く。
しばらく、そのままにしておく。
風が、またひとつ、通り過ぎた。
文は、折られぬまま、御料紙の上に置かれていた。
夜が明けるころにも、きっと、そのままだろう。
——今は、まだ。
風のせいにして。




