第一話 名残りばかりの春
春うららかな日。
小侍従というより、藤原の姫として、実家で日を受けていた。
——ああ、大学生に戻ったみたい。
なんて、思う。
まさかの姫生活で、ここのところ、心せわしなかった。
——大学生?
そんな言葉が、ふと浮かんでは消える。
和歌をつくらされ、筆をとらされ、ただ静かに座る時間。
どこかで知っているような、知らないような。
衣擦れの音が、すぐそばで止まった。
「姫さま、伯母上さまがお待ちにございます」
……来た。
——ああいうことも、あったのだし。
通されたのは、いつもより奥の間だった。
御簾の向こうに、人の気配がある。
——逃げ場は、なさそうだ。
伯母上は、相変わらずでいらした。
凛とした面差しに、わずかに伏せられた眼差しさえ、隙がない。
言葉はまだ交わされていないのに、
この場のかたちは、ことばに先んじて整っている。
——少し、おそろしい。
「よく参りましたね」
「お呼びにあずかり、参りました」
「春のうちに決まるご縁は、やはり良いものですから」
そう言って、声がわずかにやわらぐ。
——逃げ場は、なさそうだ。
「ありがたきことにございます」
そう答えながら、視線を少しだけ落とす。
断る理由は、どこにもない。
けれど、進む理由も、見つからない。
ふと、春の霞がよぎる。
——ことばにするなら。
結ばずも 春の霞に まぎるれば
名残ばかりの 風ぞやさしき
その話は、春の中に、ほどけるように消えていった。




