第21話「友好的な」
玉ねぎのスープ。
牛肉の包み焼き。
香草入りパン。
魔王の執務室の隅で黙々と書き取りをしていると、後ろから覗き込んだヴァルが首を傾げた。
「これは何だ」
「一昨日の夕御飯」
「興味のあるものの方が、名前を覚えやすいですからね」
同じく後ろから覗いたジェンが補足する。
リィの書き取り練習は、毎日のんびりと続けられていた。
ここ数日は、フィーにメニュー表を貰ってきて書き取りをしている次第である。
後方からのびてきた手にペンを奪われ見上げれば、取り上げたヴァルがさらさらとリィの筆跡を訂正していく。
ようやく文字を認識出来るようになってきたリィにも、それがお手本とすることが相応しい、美しい筆跡であると分かった。
冬野菜のサンドイッチ。
根菜のスープ。
いちごのゼリー寄せ。
「これは今日の朝食だな」
さりげなく今日の献立も書き加えてくれる。
魔王の親切である。
「大分字が書けるようになってきたようだな」
言われてリィは少し考えた。
ヴァルからペンを受け取り、紙に文字を書き付ける。
「書けるようになった」
その文字の羅列を見て、ヴァルとジェンが面映ゆい表情になる。
イェリアオークゼルヴァルド。
ジェンティーノ。
そして最後にリルファーリアと書き足した。
何度も練習したので、間違いないはずだ。
リィは無言の二人を見上げた。
すると腕をのばしたヴァルに頭を撫でられた。
紋章入りの指輪を身に付けた手が、さらりと髪を滑る。
「ヴァル?」
「いや、何でもない」
リィの呼び掛けに静かに首を振る主を、ジェンが冷めた目で見遣る。
「我が主。貴方に少女愛の毛色があったとは知りませんで」
「おい」
「ろり?」
「……何でもない」
リィが首を傾げると、ヴァルが会話を変えにかかった。
「リィ、確かシリルと会ったことがあったな」
「シリル?」
言われてリィの脳裏に、案山子顔が浮かぶ。
そういえば最近見ていない。リィの心の平穏のために、会わない方が有難いのだが。
「先ほど、珍しくシリルがお前のことを気にしていた」
「えぇー……」
魔王への魔力提供役を辞退しろと迫られたことを思い出した。
リィがシリルについて知っていることなど、ほぼ皆無であるがそれでも、彼が主であるヴァルに執着していることは知っていた。
彼の中でリィは、主を脅かすものとして認識されているらしいから、気にしていたというのもろくな理由ではあるまい。
微妙な表情のリィを見て、ヴァルが苦笑する。
「あれで真面目な奴なんだ。上手くやれとは言わん」
程々にやってくれと言うヴァルに、リィは「がんばる」と返した。良いのは返事ばかりだ。
ヴァル達が仕事に戻ったので、リィも書き取りに戻った。
サンドイッチと書いて考え、その後に覚えたての文字で“シリル”と記してみた。
……何故だか不快な気分になったので、上から塗り潰す。
魔王の望む友好への道は遥かに遠そうだった。




