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D、もしくはクボの街々  作者: ベイズ335
あらしのまえのしずけさ
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20/38

蓋をされた臭いものたち

「ハンマーが打ち据える先を見てください。蓋が付いているでしょう? 裏には雷汞が詰まっています。この蓋のおかげで水が入らないので、雨が降っても大丈夫」

 

と、男に説明を受けながら、僕は五十センチ程度の短筒を構え、引き金を引いた。

店の裏のゴミ捨て場に転がっていた腐りかけの黒くて丸い西瓜が撃ち抜かれ、ここからでは確認できない申し訳程度の穴が開く。

火薬のもたらした轟音も前謝祭の賑わいの中では大して注意を引くものではなく、ざわめきは、人々は、流れていく。


「へえ、こりゃいいね、これ。いくら?」

「お買い上げありがとうございます。それでは銀三枚を頂戴します。領収書はいかがされますか?」

「ああ、領収書は結構。へえ、馬鹿に安いね」


僕たちが所有している骨董品のような歯輪式の銃でさえ、銀六、七枚したはずだ。


「お客さん、火薬と弾を買っていただかないと。十発分ご用意いたしましょう。そちらの方は合わせて、銅七枚になります」


 消耗品の方はむしろ割高だった。

それでも、艶やかに黒光りする銃身と武骨な銃把の魅力は言いようもないし、防水、実用性は高い。加えて歯輪式より反応が早く射撃の精密さもよさそうだ。護身用にはもってこいではないか。僕は購入を決めた。


 銃を僕が持ってきた箱に入れてもらうことにする。彼は包装用の紙をくしゃくしゃにして箱の空いたスペースに詰める。弾薬と火薬袋も入り、手にズシリとくる結構な重さになった。最後の最後に、店主はこう言って初めて笑った。


「粗悪な火薬と弾を使うと銃身が痛みますよ。銃に関する消耗品は自信を持って、うちが一番ですと言えます。ご購入の際には是非是非このアーメイ鉄砲店にご用命を」


表通りから一本裏の通り。慣れない昼の営業で目呆け眼の周旋屋たちをあしらいながら、露店で買った牛乳の瓶と箱を抱えて歩く。カタログをもらったので、読めば、最新の商品案内、弾や火薬はもちろん、整備用の油等の紹介までされている。また、住所が明記されていて、転送局を介しての転送販売も行っている旨も書いてあった。


「おさないで!」

「……ちゃん! 何処行ったの?」


 子供が泣き叫んでいるのが聞こえる。道をよく知る地元民が二三人、僕と同じように表の混雑を避けて歩いている。日陰では犬の糞がしれっと潜んでいたり、白い粉を嗅ぎながら男が恍惚とした表情を浮かべていたりする。堤防を起点として始まる幹線道路には人が入り乱れシモクボの外れまで続いているので、避けたかった。


 表では何かの芝居をやっているのだろう、馬の嘶きを真似た声が一閃、漠々とした空を裂き、また喧騒が立ち上がり始める。アゴタじゃ毎日がこんなふうだったな。


 あれ? この節を知っているぞ。

 破裂しそうにがなるトランペットの音を罅割れた石灰石の壁越しに聞く。


 部屋に戻ると、フェルが寝巻のシフトドレスのままベッドに腰掛けていた。青白い顔で口を半開きにしている。ジージに至ってはまだ布団の中。


「おいおい、前謝祭の前に飲み潰れてどうするんだ」

「はあ……まさかDさまがこんなに酒にお強いとは……」


 布団から聞こえる声に、フェルもだるそうな顔でこくこくと頷く。

「大学時分はこんな乱痴気騒ぎをよくやったものだよ。明日は何も食べられないんだぞ。冷たい水で顔を洗って、牛乳を飲むんだ。さあ、三年ぶりの前謝祭だ!」

 

 二人はのそのそと起き上がり着替えを始めた。僕は牛乳を二人のためにグラスに注ぐ。その時気付く。そうだ。昨日、唯一僕と張り合えた少女がいないじゃないか。もう一度僕は辺りを見渡してみる。やはり、ニコはいない。


「あれ? ニコはどこに行ったんだ?」

「さあ、我々が起きた時は既にいませんでした。もう、お昼ですし、一人でご飯でも食べに行ったのではないでしょうか」

「そうか。なら少しここで待っていようか」


 ジージはともかく、フェルの方は着替えに時間がかかる。眺めていても気まずいので、僕は東の窓から顔を出す。向こうの通りでは人の塊がゆっくりともつれながら進んでいて、混濁して粘着性のあったどこかのオアシスの水を思い出した。アゴタの銀行員か、いかさま師か、投資を呼び掛けるが聞こえる。

 アクツ債、オーサキ債、懐かしく如何わしい言葉。あの巨石のように安全安心、納得の金利……。まあ、ギャンブルと大差は無いもの。

 

 僕は何を買わねばならなかったんだっけ? 肘をついて窓枠にもたれ、もう一方の手で数えてみる。食器、蹄鉄、鉄鋲、銃……。そうだ。もう必要なものは先程の銃で買い終えたのだ。あとは遊ぶだけ。日が落ち始めれば、子供連れは帰るし、それ以外は酒場の多い裏に流れる。待てばいい。


 時は過ぎる。昼の熱は靄のようにまどろみ、薄れ、凪が終われば、黒みがかった夕焼けの水平線から肌寒い風が吹く。街は頃合いに熟れ、僕たち自身も準備万端。

 だが、ニコが帰ってこなかった。時は刻々と過ぎていく。仕方ないので僕たちはフロントで受付をしていた少年にことづけて、街へと繰り出すことにした。


 手元のランタンだけが頼りの露天レストランで、僕たちは遅めの夕食をとった。


「なんだかんだいって、私たちはあいつに関して何も知らないわけですよ」

 向こうの舞台では脛まである長く白いスカートをひらひらとなびかせながら、若い女性が独楽のように一点を軸にしてひたすらに回っている。ジージの何気ない独り言に、僕は視線を戻す。彼の一言にフェルは少し機嫌を損ねたようだった。


「んなこと言ったって、本当のことだろう」

 と、ジージは彼女の反応に反論し、肉を一切れ口に入れる。

 僕はまた視線を舞台に戻す。回転する女性の背後では中年の男性二人組が見たこともない長方形の弦楽器を弾いている。

 うちの工房で作られる楽器が奏でる音よりずっと、まろやかでたおやか。上手い。彼らはあちらで零落れた古い芸人なのだろう。

 

 大陸風の乾いた曲調のバラードが終わると女性は回るのを止め、ふらつきもせず、正面に向き直った。男たちは弦が六本ある別な楽器を取り出し、勢いよくアップテンポな曲を引き始める。Gのコードが二つ、リズミカルに交差し、女が歌を加える。


『その時がきて

 風はやみ

 そよとも吹かなくなるだろう

 あらしのまえの

 しずけさのようだ

 船が入ってくるそのとき』


 僕ははっとした。

 そうだ! これはヤシロでアジュデビさんが別れ際に歌った歌じゃないか!


「ああ、“船が入るとき”ですね。いい歌だ。Dさまは覚えていらっしゃいますかねえ。よく材木を川に下す時に歌ったものです。フェルも弾けますよ」

「そうなのか?」


 突然話を振られたフェルは慌てて眼をきょろきょろさせた挙句、スプーンを落とした。彼女は不機嫌だったことも忘れて照れ笑いをする。


「有名な歌ですよ。さかなはわらい、水路からはずれ……」

 ジージは楽団に合わせて小声で歌う。


 つまり、まんまと騙されてしまったわけだ。

 ああ、歌詞も節も素朴な感じで素敵だ、と感じた僕の気持ちたちよ。この歌はアジュデビさんが作ったものではなかった。

 見栄を張りたかったのだろうか、それとも単なる冗談? どっちにしても、こと詩作に関してだけは構えて見るべきだという、彼へ対する教訓であった。


――――― 


 柑橘系の甘酸っぱい匂いが酒場の集積する東の方から漂ってくる。

 昨日酔い潰れた二人をすぐ飲みに連れていくのも少し可哀想だったので、僕らはぷらぷらと人のはけた大路を散策した。

 

 昔の製鉄関係者もちらほら遊びに来ていたので、すれ違うと、お久しぶりです、Aさま、だとか、やあ、ジーヴィス(ジージの工場における登録名)だとか、そんな声をかけられた。

 彼らは一様に、フェルを見てぎょっとする。頭に残るイメージとの乖離が無さ過ぎることに逆に違和感を受けるのだろう。高齢、つまり、フェルがよく知る者、親しくしていた者ほど、複雑な愛想笑いを浮かべる。


 どんな気持ちなんだろう? それって。

 彼女はにこやかに笑うが、その心中を推し量るには僕はまだ経験が浅すぎる。悲しいのは分かる。問題なのは、それが彼女にとってどういう意味を持つか、なのだ。


 とある広場はそっくりそのまま見世物小屋の興行のために使われていて、アゴタ風も黒い正装を着せられた藪睨みが呼び込みをしていた。大層賑わっている。

 

 僕らはその興行に大して興味もなかったが、その少女の巧みな弁舌にまくしたてられ、結果的に木戸銭を払う破目になってしまった。

 円形の広場の中央は舞台となっており、女たちが踊りながらヴァイオリンを弾いたり、風船を膨らまして群がる子供たちに配っている。

 音楽が重なる。手回しオルガンを弾く背の曲がった老人が台車をゆっくりと運んで来たのだ。彼の笑みの柔らかくて儚いこと。


 外側に沿っては仕切り板と暗幕で五六坪程度の空間が区切られており、その脇に内容を指し示す看板が立てかけられていた。

 蛇に魔法をかけ、人の形にしたという蛇女。逆に、食いっぱぐれた浮浪者が、憐れ、魔法実験により、獣の身に変えられてしまったという牛男。木で彫り出された鶏に命を吹き込んだという木鶏。火を吐く犬。駝鳥と格闘する男。けばけばしい色の虫やガラスを貪る女……。

 奇形、奇想、奇行。てらてらした原色の色彩がほてり、珍妙な一種の哀れさすら漂っている。


 晩飯を食べた時から若干そうだったのだが、顔色がいよいよ悪くなってきたフェルを休憩所に連れていく。その虚無に落ちたような蒼い目は、酒のせいではないようだった。

 少し休めば、すぐに良くなるから。壁に寄り掛かかって喘ぐ彼女は僕たちを休憩所から、さあ、行って楽しんできて、と追いだした。

 僕らは口には出さないけれど、何となく彼女の出自というものに感づいている。だからこそ、触れないし、言う通りに従って、喧喧たるうねりの中にまた身を沈める。


 僕らは何を見るでもなく、ただ人の流れに沿って、ぐるぐると広場を回った。

「ちっとも変っていないものですね。最後に見たのは潮が赤くなった年ですから、もう八年も前になりますか。Dさまのお父様はこういうものがお嫌いでした。なのに、あの夜、突然、『見世物小屋に行くぞ!』とおっしゃられた」

 

 何故だったのだろう、とジージは独り言を漏らす。

「うっすらだけど記憶にある。鼠女が怖かった。体は確かに若い女なんだけど、裸で四つん這い、肘と膝を使ってちょこちょこ動く。今思うと、やらせだったのかなあ。だって結構前だろう、生命を弄る系の魔法が大陸で規制されるようになったの」

「いえ、それ程昔でもありませんよ。あれは……」

 

 ジージが額を撫でながら記憶を辿る。

「そうだ。そうですよ。あの赤潮の年、八年前です」

 

 なるほど、と僕は理解した。父は僕に見ておいてほしかったのだ。彼らの生というものを。蓋をされた臭いものたちを。

※『』内の歌詞

「when the ship comes in (船が入ってくるとき)」より 

作詞作曲 Bob Dylan 日本語訳 片桐ユズル 「The Times They Are A-Changin'」収録 1963

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