花冠と家族
僕とジージが腰掛ける丘の向こうで、先程から何台もの荷車が街道を往復している。荷台には山盛りのブドウ。カミクボからシモクボの港を通り、海を越え、大陸に運ばれていく。そしてかの地で美酒となり、金に変わる。この島では酒造は制限されている。
ジージは噛んでいたスイバの茎をペッと吐きだす。
「もうこんな季節なんですね。Dさまが大陸に行かれて以来ですから、三年ぶりですなあ。この歳になると祭りなんて、だしがなければ行けるものでもないですから」
「休みが貰えてよかったよ」
「親方のお子さんたちが愚図らなければ危なかったですね」
「吹込んだのはジージじゃないか。竜、人魚、それだけじゃあない。見世物小屋に行ってみろ、悪魔や妖精の標本も売っているぞ、だっけ」
「そう言うDさまもでしょう。アゴタのお菓子はとても甘いとかなんとか、ヤシロの玩具がどうたらとか。ばっち子が目を輝かせていました」
「あれは本当だよ。嘘じゃない」
「贋物ですが標本も売っているには違いないんで、私の話も本当と言えば本当ですよ」
一カ月ぶりのまとまった休みだった。それも三日間も。二日間に渡る秋の収穫祭、前謝祭、本祭、そしてもう一日、今日に割り当てられた休日である。
本祭はブドウが熟して初めて月が満ちる日(旧暦でなので一か月程遅れる)となっていて、その日は自然の恵みへの感謝を示すため、一切の食事が禁じられる。なので、その前日にあたる、明日、つまり前謝祭において人々は暴飲暴食を行う。価値の裏付けとなるものは何もないが、ただ賑やかか、それだけでどうして楽しいものだ。
前謝祭当日はシモクボに島民の6割が押し寄せる。また、島の事情とは関わりなく大陸の経済は動くので、収穫された輸出用ブドウを積載した荷車も入り乱れ、大変な混雑になる。それを避けるため、僕たちは前日のうちに、つまり今日出発したわけだが、シモクボまであと少しというところの、途中にあった広い岩石地帯で、フェルがニコを連れてシロツメクサを集め始めた。こうして、僕たちは行軍を諦め、しばしの小休止に入る。
「まあ、時間はありますから」
と、ニコの手を引いて岩の間を抜けていくフェルを眺めながらジージは言った。
「昔、僕も教えてもらったなあ、作れるぜ、花冠。そういや父も作れたはずだ。そんな記憶がある。ふうん。ジージだけか、教えてもらってないの」
「ははは、嫌われたものですね」
「娘が欲しかったのかな」
女二人は周りで一番大きな巌に腰掛け、採集した草同士を絡ませ巻きつけている。一方、暇を持て余した男の方の二人は、初めのうちは、オオバコの茎を引っかけあい、引っ張って、どちらが切れるか、という遊びに興じていたが、次第に飽き、枯れ木、枯れ草を集めお湯を沸かし始めた。
「紅茶が飲みたい」
「フェルが育てたハーブが嫌だとおっしゃられる?」
すました顔でジージは持ってきたガラスのハーブティポットにお湯を注ぐ。
「そう言うわけじゃないけどさ。アゴタに居た時は、使用済みの茶殻を集めて着色したやつが安く売っていて、よく飲んだものだから。あれは本物の紅茶じゃないけれど、意外と癖になる味なんだよ。ハーブティばかりだと流石になあ」
「一ペケですなあ。Dさま。使用人に弱みを握られてはいけませんよ」
「いや、でも、あるだろう、そういうの。たまには別のが飲みたいとか」
「いえ、誓ってありません。私はあいつのお茶があれば十分です」
「一ペケだね。なら今夜と明日はフェルと飲むとするよ。カシスがいい頃間だ」
いやいや、それはご勘弁を、とジージ。この会話は僕の勝ち。
創作活動を終えたフェルとニコが手を繋ぎながら戻ってきた。フェルはいつも通りのよそ行き、ニコは男二人が仕事帰りに適当に買ってきた古着のチュニックを着て、その上にエプロンを重ねている。
「やあ、素敵じゃないか」
僕としては、ちょこんと乗っかっている花冠を素直に褒めたつもりだったのだが、少女はそれが癪に障ったようで、頭の上から荒々しく引きずり落とした。それを見たジージがすぐさま、
「ニアウトオモウンダガナア」
と、悪意たっぷりにからかう。少女は一瞬渋い顔をした後、引き千切ろうとしていた花飾りを壊さず、元のように自分の頭に乗せた。そして、厭味ったらしく僕たちに一瞥をくれるのだ。
「流石、カミクボの百姓だ」
見事な策略。ジージの功績を称え、彼の耳元で小さな賛辞を送る。
「でしょう?」
僕らは心地よい笑い声を噛み殺す。
―――――
僕たちは道を南に下る。シモクボが近づくにつれて、熱気の濃度がどんどん高くなっていく。途中で追いぬいたお爺さん一人とってもそうだ。彼の眼は遠い海の先に釘付けになっていたが、牽く二頭の子牛は明らかに明日のためで、一儲けするぞ、という気概が伝わってくるようだった。せっかくの祭りだ。どこかで子牛の肉を削いでもらって、何かにはさみ食べるのもいいかもしれない。
街中に入れば、更にその雰囲気は強くなってくる。
大路で人だかりができていて、話を聞けば、大道芸人が明日のパフォーマンスに備えて、また宣伝ついでに、公開練習をしているそうだ。
ニコは背伸びして飛び跳ねてその芸を見ようと努力していたが、突然やる気を失い、不機嫌そうに言い捨てた。
「私一度後ろに回り込んで見たことがあるわ。品玉が丸見えで馬鹿みたいだった」
「生意気な奴だ。手品には見方ってのがあるんだよ」
ジージはぴしゃりと叱りつけるように言う。二人の会話が妙におかしかったので、僕とフェルは顔を見合わせて笑う。
せっかくの一日なのだから、たまには羽目を外すのもいいだろうと思い、宿泊することにした。
シモクボの街には珍しい梁と柱を使った軸組み工法の質素な建物。フェルが事前に調べておいてくれたのだ。宿賃は安いが、僕が三年前ヤシロで泊まったぶら下がり宿に比べたら天国に等しい。奇遇にも宿主が親方の古い馴染みだったようで、特別に一番風通しの良い二階の角部屋を借りられることになった。
「ご夫婦と娘さん、それと御祖父様で、四名様でよろしいですね」
アゴタの学生らしき青年、時代遅れのバッスルスタイルを着た女、木こりのようなボロボロの服を着た壮年の男、男子用のチュニックを着た少女。統一感の無い四人の内、三人は受付の勘違いに適当な相槌を打ったが、当然一人だけは不機嫌になった。思えば僕たちは一人として血が繋がっていない。
部屋に荷物を置いて再び一階へ降りると、こざっぱりとした身なりの少年が足を組んで椅子に座っている。歳の頃、ニコと同じぐらい。彼は僕らに気付くと、実に少年らしい素敵な笑顔で声をかけてきた。
「どうも、どうも。旦那様。ご家族で感謝祭ですか?」
手揉み、足揉み、にじり寄り。その口ぶりはとても大人びていて、手慣れている。
「いやー、ちょうどいいものがあるんですよ。一家に一枚、そう、絵、ご家族の絵です。せっかくの感謝祭ですよー、どうです? いかがですか? お安くしますんで!」
彼はそう言うと、肩にかけていたバックからアコーディオンのような蛇腹のついた黒く四角い箱を取り出した。
「御新造さん、どうでしょう? ご家族の一生の思い出になりますよ」
と、少年はフェルに問いかける。彼女は直接彼に答えず、首をくいっと傾けて、いかがしますか、と僕に問う。
「御祖父様はどうです? 一枚あれば、もし明日亡くなられるようなことがあっても、この絵さえあればご家族は寂しさを紛らわすことができますよ」
苦笑しながら、ジージもどうするべきかと僕の顔を見て問う。
「どう、君は? カッコいい上衣だね! そのまんまカッコよく描くよ!」
「可愛い、でしょ? 私は男じゃない。この人たちの娘でもない。そして、いらない」
他の二人とは違い、ニコは即答する。無表情のまま、低い声で。
「あ………あ、あ、そう。ごめん」
ニコの圧迫的な返答にたじろいだ少年は頭を垂れ、情けない声で呟く。調子に乗った男の子が女の子に一蹴される、どこか懐かしい光景だ。相手が悪かったなあ、と笑みを噛み殺しているうち、精神の巧まざる変化、僕は急にその絵とやらが欲しくなってしまう。
「それは描き上がるにどれぐらいかかるんだい? これから街の様子を見に出るつもりなんだけど」
「ええ、すぐ、すぐに終わります! これがまた大陸のすごい絵描き機械で、一瞬でそのままの映像を銀塩を塗ったフィルムに写すことができるのです! 稀代の絵描きだってここまでそっくり上手くは描けませんよ!」
「ま、銅三枚ならいいかな」
少年はさっきまで顔中に漲らせていた喜びをかき消して、眉を寄せ、渋い顔をする。苦悶の表情? 口は上手いくせに、下手な演技だった。これではつりあげられる値もつりあげられないだろう。
「四枚にしよう」
「……がんばり………ましょう!」
ジージやフェルにとってもこの子は可愛らしくて仕方がなかったようだ。その大仰な芝居の見得が切られた時、僕たち三人は互いの頬が緩んでいることに気付いた。
「それじゃあ、頼むよ」
「はい! では外の方に並んでください!」
僕たちは彼の指示に従い外に出る。愚図るニコをフェルが手を引いて。




