第62話:新しい季節は淡い色
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淡いピンクの花びらがひらひらと舞い遊ぶ、澄んだ青空。
その下には人々の息づいている街が見える。
朝早く、僕は神社に続く石段の上から街の様子を見下ろしていた。
沙門本家のあるこの街から新しい街へと旅立つ。その前に見ておきたかった。
たった数か月だったけれど、今までのどこよりもここに住んでいる人たちはあたたかだった。本家とは全然違う、その空気に何度救われたことだろう。
そっと目を閉じると浮かんでくるのは――あの娘の笑顔。
そして思い出す、彼女の手のあたたかさ。
僕はミトラが居なければ、まだ何もできない。
君の側には、僕よりずっと君を守れるものがいる。
ゆっくりと瞼を開け、僕は後ろの虚空へと声をかける。
「行こうか。ミトラ」
僕の言葉を肯定するように、サラリと幻の虎の尾が触れたような気配を感じた。
そして、僕は彼女の笑顔を置き去りに、次の場所へと歩きだした。
◇
「今日から三年生かぁ、今年も華と一緒だったらいいな」
隣を歩く三葉が、そう私に微笑みかけた。
校舎の前に張りだされたクラス替えの発表の掲示板には、すでに人だかりができている。ぴょんぴょんと飛んでみたけれど、私の低い身長では前の人の背中に遮られて、掲示板の文字は到底見えない。
「全然見えないや……」
「私が見てくるよ」
「ありがとう、三葉」
すっと一歩前に出た三葉が、その高い身長を利用して私のクラスも確認してくれる。しばらく掲示板を凝視していた彼女が、パッと顔を輝かせた。
「あ!あったよ!今年も一緒だ!」
「ほんと? よかったぁ……!」
「これで修学旅行も一緒だねぇ!」
にひひ、と茶目っ気たっぷりに笑う三葉に、私は心の底から安堵の溜息をついた。胸を撫で下ろしながら、私たちは連れ立って三年生の教室へと向かう。
◇
新しいクラス、新しい教室の匂い。
最高学年になったというだけで、なにもかもが少し大人びて感じられて、やっぱり少しだけ緊張してしまう。
出席番号順で決まる席は、三葉が私の真後ろ。振り返れば、いつもと変わらない三葉の笑顔。それだけで、これからの日常がずっと続いていくんだと安心できる。三葉と一緒で、本当に良かった、とは思いながらも。
新学期の教室に、あの眩しい太陽のような気配はどこにもなかった。
「沙門くん、別の学校へ行くんだって」
廊下ですれ違ったクラスメイトたちの噂話で、彼の旅立ちを知った。
数ヶ月だけの滞在だと聞いてはいたけれど、いざいなくなってみると、ぽっかりと穴が開いたみたいだ。
「……でも挨拶くらい、したかったなぁ」
「ん?沙門くん?」
「うん。璃九と……」
周りを一瞬で明るくする、璃九の屈託のない笑顔。そして、私の手に甘えるように大きな頭を寄せてくれたミトラ。あの強くて優しい守護霊の、ふかふかした毛並みに触れられないのは、やっぱりどこか寂しい。
けれど、隣でシロが「元気に行ったで」と、どこか清々しく笑っていたから、たとえ進む道が違っても、それぞれの運命の先で、またひょっこりと会えるような気がしている。
「ううん。きっと元気にしてるよね。はぁ、今から自己紹介かぁ……苦手なんだよね。緊張する」
私は後ろを向いて、三葉の机にぐったりと突っ伏した。
「華は緊張しぃだからなぁ……『人』って字を手の平に三回書いて、飲み込んでみたら?」
三葉は冗談交じりに笑うと、私の頭をよしよしと慈しむように撫でてくれた。
――と、急にその手が止まる。三葉は私の髪を一房、指先でそっとつまみ上げ、その中からぴーっと一本引き抜いた。
「ん? 華、白髪あるよ?」
「し、し、白髪!? 嘘!? うそうそー!?」
動揺を隠せない私に、三葉は腕を組み、真剣な顔で頷いてみせた。
「華ってば、苦労してるんだなぁ……でも抜いたら増えるって言うよ。根元から切っとこう」
シロが現れてから私の周りは常にバタバタだ。
特に最近は鎌鼬が現れたり、オロチに攫われたりと、とんでもない事件が多すぎた。それにしたって、白髪は悲しすぎる。ヘアケアに関しては人一倍気を使っているだけに、これは大事件だった。
三葉は筆箱の中から取り出した小さなハサミでチョキンと切り、その髪の毛を私に見せた。
「すごい! 透き通るような綺麗な白色だよ。全部がこんな色なら、とっても神秘的だよねぇ」
そんな雑談をしていると、ガラガラとドアが開いた。
入ってきたのは、ピシッと決まったシャツにスラックス。丸い眼鏡にふわっとした七三分け。今年の担任も去年と同じく浅間先生だ。
「さて、皆さんは最高学年となりました。学校の顔として、先輩として、恥ずかしくない行動を心がけてください」
浅間先生にチラリと視線を送られた三葉は、目をくの字にして、口を結び、なんとも言えない渋い表情をしていた。その顔がおかしくて、私は小さく笑い返す。
少しの不安と、それ以上の期待を込めて窓の外を眺めた。春の風が新しい季節の訪れを祝福するように吹き抜けていった。
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