Ⅲ-EP.12 擬態する竜
リフが勧めたテラス席の店に入ると、ゼルはその隣の椅子を引いた。
向かいではルシアーナが背もたれに体を預ける勢いで、どかりと腰を落とす。皿に積まれた串焼きを、ルシアーナは待ちきれない様子で一本つかみ上げてかぶりついた。
「おい、ゼルファルド、お前も食え!」
口いっぱいに肉を詰めたまま、ルシアーナは食べ終えた骨を卓の端へ転がし、皿ごとゼルへ突き出す。
「相変わらず下品だな」
ゼルは額を押さえる代わりに肘を卓へつき、指先でこめかみを軽く叩いた。
「少しは遠慮しろ」
「あ?」
「リフは肉の匂いが苦手なんだ」
「は?そうなのか」
リフは散らかった骨を皿へ寄せ、倒れかけた杯をそっと起こしながら苦笑する。
「ううん、平気だよ」
そう言いながら、懐からコアレットを取り出して口へ運ぶ。
「ナトカのコアレット、まだ残ってるか」
「まだ少しあるよ」
「そうか」
リフはゼルとルシアーナを交互に見比べ、小さく首を傾げる。
「さっきの話だけど……婚約者って」
ゼルはわずかに視線を逸らす。
「……まあな」
「でも、ルシアーナが話してた銀の髪に赤い瞳と、ゼルは全然違うよね」
「ああ、そうだ。これは本来の姿じゃない。力も抑えている」
「擬態ってやつ?」
向いでルシアーナが骨を噛み砕く音を鳴らす。
「なんだ、知らねぇのか。擬態だ、擬態。竜属なら普通のことだ」
「竜属……?」
「あぁ。私もゼルファルドもな」
「……そうなんだ」
リフは小さく息をつき、コアレットを指先で転がす。
二人にとっては当たり前のことのようで、自分だけが、ほんの少し遠い場所にいる気がした
ルシアーナは串に残った肉をかじり取ると、串先をゼルの方へ向けた。
「擬態してると気配が読みにくい。だから気づかなかったんだろ、お互い近くにいても」
「瀕死だったこともある」
肉を頬張ったままルシアーナが笑う。
「その蝙蝠の姿も、なかなか似合ってるな」
「お前は派手だな」
卓の上に串が増えていくのを横目に、ゼルは皿から串を一本つまみ上げた。
「王宮から追ってきたなら、ルーメン持っているだろ。寄越せ」
「いや、ない」
ルシアーナは指先についた油を舐め取る。
「落とした」
ゼルの眉が寄る。
「鞄ごとだ。財布もルーメンも、まとめてな」
「……」
「なんなら私が欲しいくらいだ」
ゼルは小さく息を吐き、諦めたように背もたれへ体を預けた。
リフは言葉を探すように少しだけ黙り込んでから、ゆっくりと口を開く。
「ゼル、麒麟属から貰えたんじゃ……」
「半分しか寄越さなかった」
ルシアーナは軽く舌を鳴らした。
「相変わらず嫌味な麒麟だな」
「残りが欲しければ屋敷に来いと言われた」
笑いながら身を乗り出したルシアーナが、ふと鼻を鳴らしてリフの首筋へ顔を寄せた。
「……そういやお前」
近い距離で匂いを確かめるように、鼻をひくつかせる。
「麒麟の匂いがぷんぷんするぞ」
ゼルの動きが、止まる。
ふと、頭の奥にクラヴィオの声がよぎる。
──礼なら、連れの人間に言え。
ずいぶんと健気だったぞ。
ゼルはゆっくり隣のリフへ顔を向ける。
「何か、あったのか」
「いや、なにも」
リフの肩口に顔を寄せたまま、ルシアーナが口を挟む。
「麒麟野郎となんかあったんだろ」
急に二人の視線を受けたリフは言葉に詰まる。
ごまかすように笑って首を振った。
ゼルはしばらくリフを見ていたが、何も言わず、水に手を伸ばして一口飲んだ。
「行くぞ」
「は?どこにだよ」
「決まってる、クラヴィオの屋敷だ。残りのルーメンを取りに行く」
「面倒くせぇな」
ルシアーナは脂で汚れた指を服で拭い、椅子を鳴らして立ち上がった。
*
周囲の喧騒から切り離されたような屋敷の前で、三人は足を止めた。壁から門扉まで、過剰なほどの装飾がびっしりと施されている。
「……趣味、悪すぎだろ」
門の両脇に控える麒麟属の兵の存在など気にも留めず、ルシアーナは軽く言い放つ。
「それも王宮じゃなく、こんな歓楽街の外れに住んでんのかよ」
「娼館に通うついでに、ここを遊び場にしているんだろう」
「は、なるほどな。悪趣味な遊び場だ」
その横で、リフの足だけがわずかに鈍る。
引き返したい気持ちが、まだ胸の奥でくすぶっていた。
「お前ら、それ以上、近寄るな」
金の装飾が施された槍の穂先が、三人の進路を遮った。
「なんだ、えらそうに」
ルシアーナが口の端を歪め、首を鳴らす。
「ここは誰でも立ち入れる場所ではない。理解しているか」
横からもう一人が並び、麒麟属の兵が間合いを詰める。
「は?どけよ」
勢いのまま前に出ようとしていたルシアーナの前に立つ形で、ゼルが一歩前へ出て麒麟属の兵との間に入った。
「麒麟属第一王子、クラヴィオ・ヴァイス=キルヴァーンに用がある」
「名もない獣が気安く名を口に——」
その言葉に被せるように、ゼルが口を開く。
「ゼルファルド=セレス=エルネスタス、竜属第四王子が会いにきたと伝えろ」
名が落ちた瞬間、門前の空気がわずかに歪んだ。
「……エルネスタス……?」
ゼルの瞳の奥で、赤が深く沈む。
息が詰まるような圧が広がり、兵の喉が小さく鳴る。
構えていた槍の穂先が、ゼルから滲む圧に押さえつけられるように、小刻みに震えた。
「竜属、王家……」
後ろへ半歩下がりながら、かすれた声が漏れる。
「通せ」
ゼルは短く告げる。
兵は抗わず、退いて通り道を作った。
「最初からそうしろっての」
ルシアーナはゼルの横をすり抜け、中へ踏み込む。
リフは二人の背を追った。
屋敷の中へ踏み入れた瞬間、外とは違う重さがリフの足に絡みつく。空気の質が変わり、磨き上げられた床と壁面を埋める装飾が目に入る。
リフは見慣れない造りに気を取られ、どこを見ても視界が落ち着かない。
ゼルが、背にそっと手を添える。
「大丈夫か」
「……うん、すごいね」
控えていた麒麟属の側仕えが一歩進み出る。
整えられた所作で頭を下げ、静かに通路の奥を示した。
「こちらへ」
ルシアーナが先に歩き出す。
「最初から出てこいっての」
そのまま三人は、示された奥へ足を進めた。




