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第4話「昼間の残酷さには、理由があった」



 マルティナが告発状を王宮評議会に提出したのは、午後の鐘が鳴る少し前だった。


 書類は丁寧に整えられていた。イレーネが夜間に宰相を私室に引き入れた件、女官としての品位を著しく損なう行為である件、さらに宰相と通じることで部署の権限維持を図ろうとした可能性がある件——三点にわたる告発文を、マルティナは評議員たちの前で読み上げた。


 「宰相閣下のご名誉のためにも、この件は正式に調査されるべきと考えます」


 声が弾んでいた。三年間、イレーネに押さえ込まれてきた部分を、今日一気に取り返すつもりでいた。宰相閣下にも事の経緯をご報告すれば、きっと感謝してくださる——そこまで考えていた。


 「結構」


 評議員の一人が言った。


 「実は先ほど、宰相府から書類が届いています」


 マルティナが止まった。


 書類が読み上げられ始めた。マルティナ女官長がここ二年間、グスタフの名を無断で使用して王宮内の物資調達に介入した件。不正に差額を得ていた三十一件の記録。関わった業者の名前と金額。一件ずつ、丁寧に。


 マルティナの顔から、笑みが消えた。


 「そ、それは——」


 「書類の提出者はグスタフ宰相と、副官のルーカスです。二年分の記録が全て揃っています」


 評議員が書類を閉じた。「マルティナ女官長、こちらの説明を先にお願いできますか」


 告発する側が、一瞬で告発される側になっていた。


────────────────────────


 同じ時刻、イレーネは王の私室に呼ばれていた。


 部屋にはグスタフがいた。昼間の服で、昼間の顔で——しかし、昨夜と同じ目をして、立っていた。


 王が口を開いた。「宰相から話を聞いてほしい」


 グスタフが向き直った。


 「三年前、王宮内の一派がイレーネの部署を標的にしていた」と彼は言った。「お前たちの部署は王宮の情報を管理している。その記録が、腐敗した一派の不正を暴く可能性を持っていた。だから彼らは、お前たちを消しにかかっていた」


 イレーネは黙って聞いた。


 「俺が部署の権限縮小を提言したのは、お前たちを守るためだ。狙われる前に、俺自身が標的になることで——矛先を引きつけようとした」


 「それは」とイレーネは言った。「三年前から、ですか」


 「ああ」


 三年前。男が初めて窓に来た年だった。


 「なぜ言わなかったんですか」


 「言えば、お前たちが動こうとする。それが危険だった」


 「夜、来ていたのも——」


 「安全か、確かめたかった」とグスタフは言った。「それだけのつもりだった。最初は」


 *最初は。*


 その言葉が部屋に残った。王も、ルーカスも、何も言わなかった。


 イレーネは俯いた。三年間の昼間と三年間の夜が、今一本の線で繋がっていた。冷たかったのも、何も言わなかったのも、視線だけで通り過ぎたのも——全部、同じ理由の裏と表だった。


 「一つだけ聞かせてください」


 声が、わずかに震えた。


 「最初は、と言いましたね。今は、違うんですか」


 グスタフは答えなかった。


 ただ、拳が脇でかたく握られているのが見えた。


────────────────────────


 その夜、窓に男は来なかった。


 イレーネは窓を開けたまま、長い間待った。


 来ない理由はわかっていた。全てが昼間の場所で明かされてしまったから、夜の場所が消えた。仮面をつける必要がなくなったから、城壁の上に立つ理由がなくなった。


 それでも、待っていた。


 明け方近くになって、ようやく窓を閉めた。


 *最初は、と言った。今は、と続けなかった。*


 その先を、明日聞こうと思った。


────────────────────────


(第5話へつづく)

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