第55話 水路の先へ
大聖堂の鐘が朝の祈りを告げていた。
詰所の窓から見える尖塔は、白い雲を背にいつもどおり輝いている。巡礼者たちはあの鐘に合わせて祈るのだろう。私もずっとそうしてきた。
今は、その地下へ続くもののことを考えていた。
第六保全棟の銀環と調整台。ゼェレさんが突き止めたのは、そこに組み込まれた祈祷術式が周囲の魔力を引き込み、別の導路へ送り出しているという事実だった。
けれど、送られた魔力がどこで使われているのかは分からない。
「市の古い図面が見つかりました」
守備騎士が卓の上へ大きな紙を広げた。
北水路を横切る水管に沿って、後から引かれた細い線がある。第六保全棟で控えた施工番号と同じ数字が、その脇に記されていた。
「ここまでは市の管理区域です。旧水門の帳簿も、管理人の立会いで確認できます。ただ、この線の終点だけは教会の管理区域に入っています」
「まずは途中まで追うしかないですね」
私が言うと、カルマさんが図面を横から覗き込んだ。
「水路をなぞってる割には、ずいぶん曲がってるな。まっすぐ引いた方が手間も少なそうだが」
「地中に別の設備があれば、迂回することもありますわ」
リゼリアが線の折れ曲がった場所を指す。
「理由が分かれば、行き先も絞れるかもしれませんね」
「現場を見てからだな」
カルマさんは図面の端を押さえたまま、少し笑った。
「それと、あの錬金術師にも声を掛けとくか。管だけ見ても、俺には水が流れそうかどうかしか分からねえ」
「昨日も行き先を気にしておられましたし、お願いしてみましょう」
◇
南水路の工房には、薬草を煮詰めたような匂いが残っていた。
窓際の作業台で、ゼェレさんが青い薬液を細い管へ移している。片手で栓の位置を調節しながら、もう片方の指に白銀の髪を巻き付けていた。
「……あれ? 今ので濁るのか。んー、温度じゃないなぁ……」
私たちが入ったことには気づいているはずなのに、視線は薬液に向いたままだ。
「おはようございます、ゼェレさん」
「おはよ。そこに立つなら、肘ぶつけないでね」
カルマさんが作業台から半歩離れた。
「こっち見ないで人の立ち位置まで分かるのかよ」
「影が落ちるんだってば。ほら、見えなくなる」
ゼェレさんは管を灯りへかざし、底に沈んだ微粒子を見つめた。
「……やっぱ安定しないなぁ。聖都の器具じゃ、これ以上は厳しいか」
そう呟くと、ようやく栓を締め、私たちへ顔を向けた。
「それで、昨日の続き?」
私は水路図を差し出した。
「第六保全棟から延びる導路を、旧水門まで確認できそうなんです。同行していただけますか」
「水門かぁ」
ゼェレさんは図面の端を持ち、目を細めた。
「……ここ、古い分水室があるんだ。そういうことなら見たいね。ちょっと待ってて」
棚から透明な板と細い測定針を取り出し、道具鞄へ入れていく。その手際は早い。
「今日はあっさり決まったな」
カルマさんが言う。
「引っかかるところがあるんでしょ? それなら行くよ」
「俺が誘ったときより素直じゃねえか」
「まともな用件ならね」
リゼリアが口元を緩める。私は思わず笑いそうになり、慌てて図面を丸めた。
◇
旧水門へ下りる階段は、乾いた日でも湿っている。
水の流れる音が石壁に反響し、足元の苔が滑りやすかった。市の管理人が先頭で鍵を開け、守備騎士二人がそれに続く。
「昨日も中央保全局の人が来てね。工事帳簿を渡してほしいと言われたんですが、市の記録でしょう。断りましたよ」
管理人は鍵束を揺らしながら言った。
「その方は、書面を持っていましたか?」
「名刺みたいなものなら。正式な移管命令は持っていませんでした」
「それで、何もせずに帰ったんですか?」
カルマさんの問いに、管理人は少し顔を曇らせた。
「ええ。ただ、昨夜は外扉の錠前に傷が見つかりまして。記録係には中へ入るとき気をつけろと言ってあります」
リゼリアと目が合った。
偶然にしては、都合がよすぎる。中央保全局が資料を拒み続ける一方で、市の記録まで誰かが狙っている。
けれど、錠前を傷つけた人物を見たわけではない。今は確かめられることを積み重ねるしかなかった。
水管の上方には、古い石組みに沿って新しい金属管が固定されている。
「これだな。保全棟から出ていた管と太さが同じだ」
カルマさんが見上げる。
私は足元の段差に気をつけながら、刻まれた施工番号を確かめた。図面の番号と一致している。
ゼェレさんは金属管へ触れることもなく、鞄から透明な板を取り出した。内部に封じられた銀色の粒が、ゆっくり右へ寄る。
「まだ流れてるね。量は少ないけど、止まってはいない」
「今もですか?」
「うん。この板で測れるのは流れの向きと強さだけ。何を動かしてるかまでは分からないよ」
分かることと分からないことを、ゼェレさんは当然のように区別した。
彼女は管の曲がった先を目で追い、管理人へ尋ねる。
「この先、分水室の壁を一度開けてる?」
「はい。古い石組みを外しました。そこからは教会が工事を引き継いだはずです」
「じゃあ、分水室を見よう」
そう言って、先へ歩き出す。誰かに説明するためというより、気になった場所へ足が向いてしまったようだった。
◇
分水室には巻き上げ機と、低い棚が残されていた。
記録係が鍵付きの木箱から帳簿を取り出す。紙は年季が入っていたが、綴じ目はしっかりしている。
工事の日付、担当者、資材の数量。私とリゼリアが頁を追う間、カルマさんは出入口の留め金を調べていた。
「この傷、昨夜付いたって話だったな」
「ええ。夜番が朝に気づきました」
「道具を差し込んだ跡がある。手慣れた奴なら、もうちょっと静かにやりそうなもんだが……途中で邪魔が入ったのかもな」
その声を聞きながら、私は帳簿の後ろに挟まれた紙を開いた。
〈祈祷導路・送出先変更〉。
記された施工番号は第六保全棟と同じだった。
「リズさん、こちらを」
リゼリアが私の隣へ寄る。
送出先の欄には、〈大聖堂地下祈祷回廊・北側受入口〉と記されていた。
私たちはしばらく黙って、その文字を見つめた。
巡礼者が祈る大聖堂。その地下へ、人のそばから集めた魔力が送られていた。
「……思ったより近いな」
カルマさんも帳簿を覗き込む。
「近いのに、この回り道か」
「水道工事に紛れ込ませたかったのでしょうか」
「可能性はありますわね。ただ、用途までは書かれておりませんわ」
リゼリアの指が受領印の欄で止まる。
ゼェレさんは透明な板を持ち上げ、送出先の方角と照らし合わせた。
「この印、中央の保管区画で見たものと同じだね。……あ、変だな。送り出す量に比べて管の径が大きい」
「大きすぎると、困るんですか?」
「別に。でも、ずっと少量を流すためだけなら、作る側が損するでしょ。最初からもっと流すつもりだったのか、ほかに何か通す予定があったのか……まあ、地下を見れば分かるか」
ゼェレさんは帳簿から目を離した。
私には、その最後の一言を軽く聞き流すことができなかった。
今の量より多くの魔力が必要になる設備。もしそれが人の身体を使う仕組みなら、ビアンカさんのような人がまた出るのではないか。
「この書類、写しを作れますか」
私は記録係に尋ねた。
「もちろんです。ただ……」
彼は扉の方を一度見た。
「昨夜のことがあったもので。ここで書き写している間に、また誰か来ないかと」
「騎士団にも立ち会っていただいています。原本はこのまま保全をお願いします。記録係の方には護衛を付けていただけますか」
騎士がすぐに頷いた。
「承知しました。写しは我々が作成し、押印します」
騎士は写しを作るため、帳簿の該当頁を押さえた。
「ここまで調べに来た人間がいると、中央も知っているんでしょうか」
記録係の声が震えていた。
「昨日、帳簿を引き取りに来た人には、箱を開けていないとお伝えしました。それなのに、夜には錠前が……」
「誰が傷をつけたかは分かりません。ただ、今度は騎士団が原本を保全します」
私はそう答えてから、同行の騎士へ向き直った。
「お二人の護衛も、どうかお願いします」
「承知しました」
カルマさんが扉の方を確かめた。
「ここから先は中央の連中が管理してる。俺たちが動けば、向こうにも伝わるだろうな」
「それでも、確かめないわけにはいきませんわ」
リゼリアの言葉に、私は頷いた。
◇
昼過ぎには、写しと証拠品が守備騎士団の管理下へ移された。
市の帳簿をそのまま持ち出す必要はない。記録係にも護衛が付いた。少なくとも、朝より安全にはなったはずだ。
けれど私たちの手元に残った写しには、中央保全局の印が押されたままだった。
大聖堂の地下へ、魔力を送り込んでいる。
それを証明できるのに、何のためなのかは分からない。
旧水門を出ると、ゼェレさんは道具鞄の中を探り、布の包みを取り出した。
「……あ、測定針の先が曲がってる。やっぱり湿気が強かったなぁ。予備に替えよう」
「今から工房に戻るのですか?」
「うん。こっちの仕事もあるし。あと、測るものが変わるなら道具も替えないと」
そう言って歩き出したゼェレさんを、カルマさんが呼び止めた。
「地下の図面を手に入れたら、また見せに行けばいいか?」
「持ってきてくれたら見るよ。……あ、先に連絡だけして。薬を冷やしてる最中に急に来られると困るから」
軽く手を振り、白銀の髪が人混みへ消えていく。
「帰るってさ」
カルマさんが言う。
「お忙しい方ですから」
私も頷いたが、最後の言葉が少し気になっていた。
測るものが変わるなら、道具も替える。
もう次の調査を考えているような言い方だった。
◇
騎士団の詰所へ戻り、旧水門の件を正式に報告した。
担当の騎士は、北側受入口の立ち入りについて中央教義院の承認が必要だと説明した。既に出していた照会にも、まだ回答はないという。
「急ぐ事情は分かりますが、こちらの人数だけでは中央の警備を動かせません。無理に入れば、あなた方の責任が問われます」
「分かっています」
私はそう答えた。
市の帳簿が狙われていた。既に診療記録は隠され、第三祈祷庫では患者まで移送されていた。今度は、大聖堂地下に繋がる紙片が見つかった。
中央が返答を延ばしている間に、何が消されるか分からない。
ただ、騎士団を無理に巻き込むわけにはいかなかった。
詰所を出て、私たちは人通りの少ない回廊に立った。
「……シュテル、どうする?」
カルマさんが尋ねる。
「待てません。今から地下へ行きます」
口にすると、思ったより落ち着いていた。
「見つかった資料は騎士団が守ってくれています。でも、地下にある記録まで消されたら、そこで何が行われたのか確かめられなくなります」
リゼリアが私の顔を見る。
「許可のない立ち入りを認めるような相手ではありませんわね」
「はい。ですから、断られても進むつもりです。できるだけ誰も傷つけずに」
「相手がそうさせてくれるかは別だけどな」
カルマさんが《赤鐘》の留め具を確かめる。
「ま、そこは俺たちの仕事だろ。危ないのを放っておけないって顔してるぞ、シュテル」
「そんな顔をしていましたか?」
「してるしてる」
リゼリアが控えめに笑った。
「わたくしも同行いたしますわ。ここまで調べておいて、肝心な場所だけ見ずに帰る気にはなれませんもの」
私は二人を見た。
この先、教会に背く行動になる。シュトラール家にも迷惑を掛けるかもしれない。それでも二人が迷わず隣にいてくれることが、ありがたかった。
「……ありがとうございます」
「礼は戻ってからでいいさ」
カルマさんが先に歩き始める。
巡礼者の列が続く表参道を避け、私たちは大聖堂の裏手へ向かった。
◇
北側の保守口は、夕日が届かない石段の先にあった。
湿った石の匂いが濃くなる。角を曲がろうとしたところで、軽い声が聞こえた。
「あら、遅かったねぇ」
低い石壁に、ゼェレさんが座っていた。
膝に道具鞄を載せて、細い測定針の先を布で拭いている。傍らには、黒い布で巻かれた長いものが立てかけてあった。
「ゼェレさん?」
「ん? そんなに驚くこと?」
「工房へ戻ったと伺いましたから」
「戻ったよ。針も替えたし、薬も片づけた。それで、あんたたちが通りそうな道を考えたら、ここが一番近かった」
カルマさんが石段の下を見た。
「先に来て待ってたのか。俺たちが来なかったらどうすんだよ」
「帰って寝るだけだけど?」
「気楽だなぁ」
「そっちこそ。許可もないのに来たんでしょ」
返す言葉がなかった。
ゼェレさんは包みを持ち上げて立ち、鞄の紐を肩へ掛け直した。
「銀環の先を見つけたんだよね。肝心の使い道が分からないままだと、報告書の最後が空欄になるんだよ」
「……協力してくださるんですか」
「だから来たんじゃない。ほら、行こうよ」
その返事は素っ気ないのに、どこか楽しそうでもあった。
◇
保守口の鉄扉は、石壁の陰に埋め込まれていた。
扉の前には槍を持った兵士と、腕に中央保全局の印を巻いた男が立っている。少し奥、踊り場の上には石弓兵が一人。三人とも私たちを見ても驚かなかった。
――待っていた。
そう感じたのは、兵士たちの足元に、既に開かれた連絡筒が置かれていたからだ。
「聖盾審問官、シュテル・シュトラールです。地下祈祷回廊について確かめたいことがあります」
私は審問官章を掲げた。
保全局の男が、章ではなく私の手元の書類筒を見た。
「旧水門の写しを持っているな」
「……それを、なぜ?」
「質問はこちらがする。持ち出した資料を渡せ。これ以上、余計なものを嗅ぎ回られては困る」
カルマさんが一歩、私の横へ出た。
「市の記録だぞ。あんたらのものじゃない」
「市の帳簿に教会の機密が混じっていた。それだけのことだ。写しも回収する」
リゼリアが静かに尋ねる。
「回収したあとは、どうなさるおつもりで?」
「必要な部分だけ残せばいい。保全棟の事故と大聖堂を結びつける書類は、残す理由がないからな」
あまりに当然のように言われて、私は返事ができなかった。
ビアンカさんの腕に銀環を着けた人たち。中止を求めても外さなかった人たち。その先で魔力を受け取った人たち。
彼らを結びつける記録を、いま目の前で消そうとしている。
「事故の原因を調べているんです。書類を消せば、同じことが起きても止められなくなります」
「ならば調べなければいい。必要なものは中央が決める」
男の声には、迷いがなかった。
「渡せ。それで今日は帰してやる」
「できません」
私は審問官章を握り直した。
「その記録は、患者さんたちの身に起きたことを示す証拠です。私たちは地下で何をしているか確かめます。通してください」
石弓兵が、小さく位置を変えた。
カルマさんの指が、《赤鐘》の留め具に触れる。
「シュテル、下がれ」
男は私たちを見回し、口元を歪めた。
「口で言っても分からんらしい。書類は無傷で回収しろ。抵抗するなら、手加減はいらん」
その言葉が終わる前に、踊り場から弦の鳴る音がした。
矢は私の肩口の高さへ飛んできた。
反射的に祈祷の光を集める。具現化した《ステラ・シールド》が矢を弾き、石壁へ乾いた音を響かせた。
次の矢が番えられる。
「へぇ……そこまでやるんだ」
ゼェレさんの声が、すぐ後ろから聞こえた。
私は盾越しに彼女を見た。さっきまでの気怠そうな目が、少しだけ細くなっている。
「じゃあ……こっちもちょっと遊ぼっかな」
彼女が黒い布を払う。
長い杖の先には、湾曲した銀色の刃があった。
杖を一度振ると、刃の輪郭が揺らぎ、液状の金属が細く伸びる。水銀の光を帯びたそれは、絡み合う鎖となって石段の上を走った。
石弓兵が次の矢を番えようとしたとき、その腕と石弓の胴に鎖が絡んだ。
武器が手から離れ、石の床へ転がる。
「な、何だ……!」
「動かない方がいいと思うけど」
ゼェレさんが軽く柄をひねる。
鎖の先から細い針が伸び、石弓兵の上着の袖と外套の端を、踊り場の石の目地へ次々と縫い留めた。肌には触れていない。それなのに、男は身動きひとつ取れなくなった。
槍兵が私の盾を避け、ゼェレさんへ踏み込む。
「危ない!」
叫んだときには、別の鎖が石段の手すりを回り、槍の柄を横から引いていた。穂先が石壁にぶつかり、兵士の姿勢が崩れる。
ゼェレさんは一歩だけ横へ退く。針が兵士の外套の裾を床へ留め、さらに剣帯の革紐を縫い付けた。
男が腰の短剣へ手を伸ばしかけ、届かないことに気づく。
「え、ちょっ……服まで!?」
「そのまま。破れたら弁償してあげないよ」
ゼェレさんが愉快そうに答える。
残る保全局の男が懐から笛を取り出した。
「増援を――」
吹くより早く、水銀の鎖がその手首を壁際へ引いた。針が笛の紐を石の隙間へ留め、男の袖口まで固定する。
それでも男は自由な手で短剣を抜き、鎖を断ち切ろうとした。
「……おっと」
ゼェレさんの表情が変わった。
鎖が短剣の柄を巻き込み、手首をひねるようにして武器を落とす。足首にももう一本の鎖が絡み、男を石壁へ押しつけた。針が外套の肩と裾を何本も留め、男が暴れるたび布が引きつれる。
両腕も足も動かせない。
「……もういいだろう! 抵抗できん!」
「そう? まだ手が動いてたからさ」
ゼェレさんは小首を傾げた。
明らかに必要以上の本数だった。身動きを封じるだけなら、もっと少なくて済むはずだ。
「ゼェレさん、そのくらいで……!」
「ああ、うん。大丈夫。誰も刺してないよ」
彼女は平然と答え、針の先を止めた。
カルマさんが、思わずという様子で息を漏らした。
「……こいつ、怒らせちゃいけねえな」
「聞こえてるよ」
「聞かせたんだよ」
ゼェレさんは一瞬こちらを見て、楽しそうに笑った。
「でも、ほら。武器を向けたのは向こうでしょ?」
その目がリゼリアと私の間を行き来する。
殺すつもりなら、もっと容易だったのだろう。私たちが望まないことを、ゼェレさんも察していたのかもしれない。彼女は針を人体に向けず、最後まで布と装備だけを狙っていた。
「……助かりました。お怪我はありませんか」
「私? ないよ。そっちは?」
「大丈夫です」
頷くと、ゼェレさんは杖を軽く持ち上げた。
鎖と針が液体のように溶け、ひとつに戻る。刃は再び杖の先へ収まり、銀色の鎌の形になった。
カルマさんがその柄を目で追った。
「便利なもん持ってるな。何なんだ、それ」
「《メルキュール》。私の道具。普通の武器と一緒にしないでよね」
「十分怖えよ。護身用って言ってたくせに」
「ちゃんと身を守ったじゃん」
言い返す隙もない、とでもいうようにカルマさんが肩をすくめた。
私は警備兵たちへ近づいた。
怪我がないことを確かめ、カルマさんに武器を回収してもらう。リゼリアが《ブラッドアルカナ》で三人の手足を拘束すると、ゼェレさんは金属を完全に引き戻した。
「もう抵抗しないでください。これ以上、誰も傷つけたくありません」
保全局の男が、憎々しげに私を睨む。
「審問官が教会の施設を襲うとはな。どうなるか分かっているのか」
「分かっています」
「ならば――」
「だからといって、患者さんの記録を消すことを見過ごすわけにはいきません」
男は口を閉じた。
カルマさんが足元に転がった連絡筒を拾い、中の紙を確認する。
「見ろよ。こいつら、俺たちが写しを持って来ることまで聞かされてる」
紙には旧水門の施工番号と、〈資料回収のうえ地下側記録を整理〉という指示が記されていた。
リゼリアが受領印を確かめる。
「市の帳簿だけではありませんわね。地下に残る記録も、処分するつもりだったのでしょう」
「何をどこまで消すつもりだったのか、確かめなければ」
私は書面を戻し、倒れている男の目を見た。
「これも証拠として預かります」
「好きにしろ。もう遅いかもしれんぞ」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
地下では今も、誰かが帳簿を片づけているのかもしれない。
◇
鉄扉には太い閂が掛かっていた。
「手っ取り早く壊すか?」
カルマさんが扉を押しながら言う。
ゼェレさんは石枠を指でなぞった。
「枠の受け金具だけ外せば開くよ。扉ごと崩すと、下に誰かいたとき危ないし」
「分かりました。皆さん、少し離れてください」
私は《ステラ・シールド》を再び具現化し、縁を受け金具へ当てた。
祈祷の光が石に反射する。
一度目は金具が軋み、二度目で漆喰が割れた。三度目に力を込めると受け金具が外れ、閂を掛けたまま扉が内側へ開いた。
湿った冷気が、足元を流れる。
その奥には下り階段が続いていた。
ゼェレさんが透明な板を掲げる。板の中の銀色の粒が、階段の下へ一斉に寄った。
「うん、繋がってる。ここから先だね」
カルマさんが《赤鐘》に手を添え、階段の闇を見下ろす。
「増援が来る前に行こう。今度は中で何をしてるかも分からねえからな」
リゼリアが私の隣に立つ。
「参りましょう、シュテルさん」
私は頷いた。
階段を下り始めると、遠くから水滴の落ちる音が聞こえた。
その奥に、ごく低い鐘のような響きがある。
ビアンカさんが銀環を着けられたときに聞いた、と話していた音だった。
あの装置と、この地下は確かに繋がっている。
先を行くカルマさんが角を確かめ、リゼリアがその後ろへ続く。ゼェレさんは測定板を覗き込みながら、少し遅れてついてきた。
もう、許可を待っている時間はない。
私たちは四人で、大聖堂の地下へ踏み込んだ。




