第52話 変わり者の錬金魔術師
翌朝、守備騎士団から返事が届いた。
外部の鑑定人を探すことは認める。ただし、銀環を保管室から持ち出すことはできず、調査には騎士団の立会いが必要――そう書かれていた。
「これで専門家に頼めますね」
私は書面を畳んだ。
「肝心の専門家に心当たりはあるのか?」
カルマさんに聞かれて、首を横に振る。
「これから探します」
「そこからかよ」
「金属の加工に詳しい方なら、工房組合で紹介してもらえるかもしれませんわ」
リゼリアが机に広げた図面を指で押さえた。
事故を起こした銀環には、元からあった刻印とは別に、新しい金属を継ぎ足したような跡がある。魔力の供給を止めても光が消えず、私の《星盾》やリゼリアの魔術にも干渉した。
その理由が分からないまま、次の検査が行われるのは避けたい。
「普通の鍛冶屋で分かる話でもなさそうだな」
「ええ。錬金魔術に詳しい方を探しましょう」
朝食を終えると、私たちは工房組合へ向かった。
◇
組合の窓口にいたのは、白い髭を生やした年配の職人だった。
私が銀環の図面を差し出すと、職人は眼鏡を掛け直してしばらく眺めた。
「材質を調べるだけなら、うちでもできる。だが、魔力を流した時に何が起こるかまでは分からんな」
「そこも調べられる方を探しています」
「難しい注文だねえ……」
職人は図面の外側に描かれた継ぎ目を指した。
「そういや、ちょうど聖都に来てる奴がいる。金属の性質を調べるのが得意な錬金魔術師だ」
「紹介していただけますか?」
「紹介というか、居場所を教えるくらいならな。ただ、相当な変わり者だぞ」
カルマさんが身を乗り出した。
「腕は確かなのか?」
「そこは確かだよ。こないだも店の道具を見ただけで、継ぎ目が傷んでると言い当てた。あとで調べたら、その通りだった」
「いいじゃねえか」
「客の前で言われなきゃな。あいつ、悪気があるのかないのか、言い方を選ばんのだ」
職人は苦笑し、紙の端に名前と住所を書いてくれた。
ゼェレ。
滞在先は、南水路の旧玻璃工房。
「この数日、古い鐘や祈祷具の材料を調べてるらしい。仕事を受けるかどうかは本人に聞いてくれ」
「ありがとうございます」
「うまくいくといいがね」
最後の言葉が、妙に心配そうだった。
◇
南水路には古い工房が並んでいた。
目当ての建物は、壁に煤の跡を残した小さな工房だった。扉の隙間から薬草のような匂いが流れてくる。
私が戸を叩くと、中から声がした。
「開いてるよ。入るなら、そこに積んである瓶には触らないでね」
「失礼します」
工房の中には硝子瓶や金属の器具が所狭しと置かれ、中央の作業台では青い薬液が小さな鍋の中で温められていた。
その前に立っていたのは、私よりも小柄な、白銀の短い髪の人物だった。髪の内側には青い色が入り、黒と青の衣装には細かな金属飾りが付いている。壁際には、青い結晶を嵌め込んだ大鎌が立て掛けられていた。
彼女――と呼んでよいのか迷うほど中性的な顔立ちだったが、その青い瞳は一度こちらを見ただけで、また薬液へ戻った。
片手で硝子棒を回しながら、空いている方の指に髪の一房をくるくると巻き付けている。
「私に何か用? こっちも暇じゃないんだよねぇ……」
「錬金魔術師のゼェレさんでしょうか」
「そうだけど。用件は?」
「聖盾審問官のシュテル・シュトラールです。こちらはリズさんとカルマさん。事故を起こした器具について、鑑定をお願いしたくて伺いました」
「教会の器具なら、教会の人に聞いたら?」
「設計記録を見せてもらえないんです」
「ふうん。それで、外の人間に尻拭いさせようって?」
随分な言い方だった。
私が返事を考えている間に、カルマさんが小さく息を吐いた。
「……ああ、こいつ面倒くせぇタイプだ」
「聞こえてるけど?」
「そりゃ悪かったな」
謝りながら、カルマさんは少しも困った顔をしていない。
「まずは話を聞いていただけませんか」
私が言うと、ゼェレさんは薬液の火を弱めた。
「短くね。いま手が離せないから」
そこで私は銀環の図面を広げた。
装置の使用中に人が倒れたこと。魔力の供給を切ったあとも反応が残ったこと。銀環に後から加工されたらしい継ぎ目があること。
昨日までに分かったことだけを伝える。
ゼェレさんは、最初は図面をちらりと見るだけだった。
けれど、私が銀環の光が消えなかったと話すと、硝子棒を置いた。
「待って。供給を止めたって、どこを?」
「設備につながっていた導路です」
「銀環そのものの中身は調べた?」
「いいえ。許可がないまま分解することはできません」
「なら、光が残った理由なんてまだ分からないでしょ。中に魔力が残ってたかもしれないし、別の場所から入ってたかもしれない」
「その違いを、調べていただきたいんです」
「……ああ、そういう依頼ね」
ようやく、まともに目が合った気がした。
リゼリアが図面の外周を指した。
「この継ぎ目が気になりますの。ここだけ加工が新しく、元の刻印とも繋がり方が異なりますわ」
「確かに変だね。でも、図面だけじゃ何とも言えない。金属が違うのか、加工の仕方が違うのかも分からないし」
「現物は守備騎士団が保管しています。立会いのもとで調べていただけます」
「面倒な手続きまで付いてくるんだ」
ゼェレさんは露骨に嫌そうな顔をして、髪を指に巻いた。
「だったら、ほかを当たってよ。今やってる仕事もあるし」
ここまで話せたのに、断られてしまうのだろうか。
私はもう一度頼もうとしたが、先にカルマさんが口を開いた。
「なんだ。できないからだろ?」
硝子棒を回す音が止まった。
「……は?」
「難しそうだもんな。あんたにも無理なら、別の奴を探すよ」
「できないなんて言ってないけど?」
「じゃあ、できるのか?」
「現物も見てないのに、できるかどうか分かるわけないでしょ!」
ゼェレさんは作業台に硝子棒を置き、こちらへ向き直った。
「でも、見れば何を調べるべきかくらい判断できる。勝手に無理って決めつけないでよ」
「なら、見てくれるか?」
「……っ、だから、それは――」
ゼェレさんは言いかけて口を閉じた。
カルマさんは平然としている。リゼリアは口元に手を添え、何か言いたそうにしていた。
「……その申請書、貸して」
私は慌てて書類を取り出した。
「引き受けていただけるんですか?」
「現物を見るだけ。何も分からなかったら、そう言うからね」
「もちろんです。それで構いません」
ゼェレさんは少し拍子抜けしたように私を見たあと、書類を受け取り、自分の名前を記した。
「あと、事故を起こしたって言ってたけど、どういう事故?」
「検査を受けた方が、銀環を腕に付けられている間に苦しくなってしまって。中止をお願いしても、すぐには止めてもらえなかったそうです」
ゼェレさんの眉が寄った。
「……人に付けたの、それ?」
「はい」
「そんな器具、動かし方も分からないまま使ってたの?」
「現場の方々には、詳しい仕組みが知らされていませんでした」
「最悪じゃん……」
ぼそりと吐き捨てると、ゼェレさんは署名した紙を私に返した。
「分かった。現物を調べる。だけど、危ない実験を無理にやれって言われたら帰るから」
「そんなことはお願いしません。二度と同じ事故を起こさないための調査です」
「ならいいけど」
ゼェレさんは再び鍋の方へ戻った。
「鑑定の日が決まったら知らせて。今の薬、仕上げないと駄目だから」
「ありがとうございます、ゼェレさん」
「お礼は調べ終わってからでいいよ。ほら、扉閉めて。風が入ると温度が変わる」
最後まで、こちらを見ずに言った。
◇
工房を出ると、カルマさんが肩を揺らして笑った。
「いやあ、分かりやすい奴だったな」
「カルマさん。あの言い方は少し失礼でしたよ」
「悪かったって。でも、あれで引き受けてくれたんだからいいだろ?」
「結果がよければ何を言ってもいいわけではありません」
「はいはい」
リゼリアが楽しそうに口を開いた。
「それにしても、図面を見たときの目は本物でしたわ。あの方なら、わたくしたちとは違うところに気づくかもしれません」
「そうですね」
私は鞄の中の申請書を確かめた。
まだ銀環の仕組みは分からない。でも、調べてくれる人が見つかった。
あとは騎士団に書類を提出し、現物を検分する日を決めるだけだ。
「さて、次は騎士団か」
「ええ。今日中に届けましょう」
カルマさんは先に歩き出しかけて、思い出したように振り返った。
「そういや、あの錬金術師。俺のこと、しっかり覚えただろうな」
「ええ。きっと」
「次に会ったら怒られるかねえ」
「その覚悟はしておいてください」
そう答えると、リゼリアが小さく笑った。
私も、つられて笑ってしまった。




