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第10話 赤鐘が戻る港



 三年後。


「苦いな、これ」


 隣で手綱を握る御者が、ブリキの杯に顔をしかめた。


「珈琲に甘さを期待するなよ」

「いや、そういう話じゃねえ。泥水みたいな味がするんだ」

「泥水よりは高いぞ。ありがたく飲め」

「ますます慰めにならねえよ」


 そこは同感だ。


 冷めた珈琲を飲み下す。舌に残った苦みを、荷台から漂う乾燥薬草の匂いが追いかけてきた。車輪が深い轍を踏むたび、尻の下の板が跳ねる。朝からこれでは、峠に入る頃には尻が四つに割れそうだ。


 もっとも、気になるのは乗り心地じゃない。


 王国南部からクロイツハーフェンへ向かう街道。積荷は傷薬と乾燥薬草、届け先は港の救護院。俺が引き受けたのは、峠を越えるまでの護衛だ。


 安い報酬に、平坦な道。普段なら断る。


 ただし、依頼書の積荷番号の脇には、白い羽根を三枚重ねた印があった。


 港を離れる前に見たことがある。


 人間を荷として運ぶ連中の印だ。


 後輪の轍が少し深い。傷薬の木箱ばかり積んだにしては、重心が後ろへ寄っている。荷札には『施療物資』としかないが、重さまで親切に書いてくれてはいないらしい。


「おい、赤髪。さっきから後ろばかり見てるが、追手でもいるのか?」


 御者が横目で探ってくる。


「道を見てるだけだ。後ろにも道はあるだろ」

「追手がいたら面倒だぞ。荷を傷つけられちゃ困る」

「俺の心配はなしか?」

「お前は自分で逃げられるだろ」


 なかなかよく見ている。


 右腰の《赤鐘》へ指を触れた。使い込んだ呪式リボルバー。通常弾、魔力弾、銃把の仕込みワイヤー。厄介事の大半はこいつで片づく。アダマンタイトの銃身は、至近距離なら打撃にも使える。


 左腰には《ミゼリコルド》。こちらを抜くのは、外せない一撃が必要になったときだけだ。


 今日は安全に扱える魔力圧縮を五単位用意した。魔力弾三発分と、自作グレネード二つ分。使った分を、その場で気合いによって増やせるわけじゃない。


 弾薬の勘定は好きだ。数字は、少なくとも勝手に嘘をつかない。


 馬の呼吸が荒い。首筋は汗で濡れ、さっきから蹄の運びも鈍っている。これから峠だというのに、御者は手綱を緩める気配もない。


「峠の前で休むぞ。馬のコンディションも見抜けないのか?」


 声をかけると、御者が露骨に顔をしかめた。


「受取人が急いでるんだ。それに違約金が――」

「馬が潰れたら、誰が荷を運ぶ?」


 御者が口をつぐんだ。


 そりゃそうだ。契約書が馬車を引いてくれるわけじゃない。


 結局、街道脇の宿場へ馬車を寄せた。俺は荷台の封緘を見て回り、御者は馬に水をやる。奥に積まれた箱は一つだけ、金具が新しい。


 開ければ早い。


 だが、開けた瞬間に護衛の契約がどうなるかは別の話だ。今はまだ、荷の持ち主が自分から顔を出すかもしれない。


     ◇


 食堂のパンは、刃物が要りそうな硬さだった。


 値段相応だ。少なくとも温かい豆は食える。


 荷馬車の見える窓際に座り、裏庭から離れた出入口も一つ確認した。逃げるときは、飯より先に出口を探す。習慣というのは大抵、ろくでもない目に遭って身につく。


「善良な護衛なら、飯を食う前に馬を見張るもんじゃないのか?」


 御者が向かいへ腰を下ろした。


「俺が善良な護衛に見えるか?」

「会ったときは、もう少しまともだと思ったんだがな」

「で、今は?」

「金を取る盗賊だな」

「ずいぶん評価が下がったもんだ」


 パンを割る。乾いた粉が手袋の甲に落ちた。


「あんた、港へ戻るのは久しぶりなんだろ?」


 御者は豆を掬いながら、こちらの顔を窺った。


「戻るとは言ってない。峠を越えたら仕事は終わりだ」

「港へ向かってるくせに。『赤鐘のカルマ』っていえば、向こうじゃ有名らしいじゃないか」

「悪い噂だけは足が速いからな」

「荷役鐘を撃ち落としたって話も聞いたぞ。本当なのか?」

「あれはうるさかったんだよ」

「港湾王の仕事を蹴ったってのも?」

「報酬が安すぎた」

「じゃあ、護送中の人間を逃がしたのはどういう理由だ?」


 割ったパンを皿へ戻した。


「荷札が間違ってたんだよ」


 嘘はついていない。足りない部分を話す義理もない。


 外で馬が短く鳴いた。


 御者には聞き慣れた声でも、俺には違う音に聞こえる。怯えた馬は、鼻から息を吐く間隔が狭くなる。


 窓から見えるのは馬の頭と荷台の横。後ろ側だけ、納屋の陰になっていた。


「ここにいろ」


 椅子を引いて裏口へ回る。


 灰色の外套が二つ。ひとりは荷台の錠前を弄り、もうひとりは通路を見張っている。


 正規の受取人なら御者を呼ぶ。盗賊なら薬箱をまとめて持ち去る。


 こいつらは、奥の一箱しか見ていなかった。


「積荷を間違えてるぞ。薬なら手前の箱にも入ってる」


 見張りの袖から短杖が出た。


「護衛は峠までだろう。契約は変更されたんだ。お前は下がれ」

「まだ峠の手前だし、変更したなんて聞いてないぞ」

「お前が知る必要はない」


 杖先に白い術式環が浮く。


「契約を変えるなら、署名くらい持ってこい。口だけじゃ話にならん」


 《赤鐘》を抜く。狙いは指じゃない。杖先で魔力を留めている金具だ。


 発砲。


 宿場の壁に乾いた音が跳ね返る。火薬の匂いが鼻を刺し、金具が砕けた。


 男が目を見開いた隙に、二人目が箱の陰から短剣で斬り込んでくる。


 銃身を刃に斜めに当てて流す。耳障りな金属音。腹を蹴ると、男の背が車輪へぶつかった。


 最初の男は壊れた杖に魔力を流し続けていた。術式環を失った導線が、袖口で赤く膨らむ。


「やめとけ。そのまま流したら腕から燃えるぞ」

「黙れ!」


 火が上がった。


 ほらな。


 荷台脇の水桶を蹴り倒す。水をまともに浴びた男が悲鳴を上げ、燃えた袖を押さえた。


「な、何で助けた……」

「丸焦げになられたら話を聞けないだろ。奥の箱には何が入ってる?」


 二人の目が同時に荷台を向いた。


 十分だ。


 銃把の底から赤い仕込みワイヤーを射出し、二人の足首に絡めて納屋の杭へ巻き取る。泥に転んだところで留め具を固定した。


「鍵を出せ。奥の箱だけ狙っていた理由も聞きたい」

「積荷は教会のものだ! 勝手に触れば反逆罪だぞ!」

「何でも反逆罪にすれば、説明しなくて済むから便利だな」


 男が返事の代わりに歯を食いしばったので、懐から鍵を抜いた。


     ◇


 箱の表には、傷薬の品名がいくつも並んでいた。


 中身に薬の匂いはない。


 白い拘束帯。公名欄を削った契約書。髪を封じた小瓶。そして、使い込まれた木製の匙。


 記憶を物に残す《記憶痕》。髪や持ち物から名核へ干渉する道具だ。人間を荷札どおりに動かすには、よくできた組み合わせだった。


 箱の底で、こつ、と音がした。


 呼吸か。


 底板の縁に細い穴が並んでいる。刃を差し込んで持ち上げると、狭い空間に青年が押し込まれていた。


 十代の終わりくらい。頬が痩せ、折り曲げた膝には赤い擦り傷。手首の真鍮製認証環が、心臓の拍動に合わせるように淡く光っている。


 首から下がる鉄札には、数字だけ。


 32。


 人間一人を詰めるなら、せめて通気穴くらい多く開けろ。そう思った自分に腹が立った。問題はそこじゃない。


「おい、声は聞こえるか?」


 青年の瞼が震えた。頷く力もないらしい。


「名前は覚えてるか?」

「……ない」

「じゃあ、普段は何と呼ばれてる?」

「32」

「それは自分で選んだ名前か?」


 首を横に振った途端、環が赤く明滅した。


「っ……!」


 指が箱の底を掻き、息が詰まる。


 意思を示すと罰を受ける仕掛けか。胸くその悪い設計だ。


 認証環に銃口を向けかけ、下ろす。無造作に撃てば、蓄積した魔力が腕へ戻る。助けたつもりで片腕を焼くのは御免だ。


「環を外すのは後だ。いま、自分で動けそうか?」

「黒い船へ……行かないと」

「お前自身は、そこへ行きたいのか?」

「命令、だから……」

「聞いてるのは命令の中身じゃない。お前がどうしたいかだ」


 青年は唇を噛んだ。光る環を見て、それでも小さく首を横に振る。


 また痛みが走り、細い肩が跳ねた。


「分かった。行かない道を探す」


 手を差し出すと、青年はしばらく眺めてから指を重ねた。


 急に起こせば、痺れた脚が折れそうだ。腕を支え、膝を少しずつ伸ばさせる。


「おい、今の銃声は――」


 御者が裏口から飛び出し、足を止めた。


 青年、鉄札、縛られた男二人。順番に見て、顔が青くなる。


「知らなかったんだ! 本当に、薬を運んでるだけだと思ってた!」

「そんな顔をしてる奴が最初から知ってたとは思わないさ」

「……信じてくれるのか?」

「半分はな。残り半分は、こいつを運び出してから考える」


 御者が慌てて青年の反対側へ回った。


 箱の底に挟まっていた搬送票を拾う。


 送り先はクロイツハーフェン港、第9封鎖倉庫。


 受渡日は《黒宴》開催前夜。


 黒宴。港の裏で開かれる闇競売。昔は武器や禁制品が中心だったが、今は人の公名にも値段がつく。


 木札の裏に白い羽根の刻印。


 受取人は《白鳥》か。


 黒宴で買われた人間や名前を、白冠側へ運ぶ連中の呼び名。どこまで王国が関わっているのかは知らない。知っているのは、こいつが一人で港に着けば、二度と荷箱から出られないかもしれないってことだけだ。


 縛った男が地面に唾を吐く。


「港を捨てた男が戻ってどうなる! 黒宴には王国も教会もついてるんだぞ。銃一丁で何ができる!」

「一丁じゃない。二丁ある」


 左腰を叩く。《ミゼリコルド》は抜かない。


「……ふざけてるのか!」

「世界を変えるなんて大層な話はしてないさ。誰がこいつに荷札を貼ったのか、顔を確かめたいだけだ」


 蹄の音がした。


 ひとつじゃない。宿場の入口から四つ、硬い足音が詰め寄ってくる。


 黒い外套の騎手が四人。胸に印はない。先頭の男は青年の札を見るなり、短杖を上げた。


「積荷32を回収する。邪魔者は排除しろ!」


「本人は行きたくないそうだ」

「積荷に意思はない!」


 そういう返事をする奴とは、話すだけ時間の無駄だ。


     ◇


 四本の白い拘束線が、馬上から青年へ伸びた。


 狙うのは、まだ足が覚束ない青年一人。御者が咄嗟にその前へ立とうとする。


「下がれ!」


 腕を引いて荷車の陰へ押し込む。


 あの白い線は通常弾を絡め取って術式ごと銃へ這い上がる。知っている術だ。だから撃つのは線じゃない。


 四本が一点で束ねられる、中央の命令紋。


 銃口に圧縮魔力を通す。


「一単位」


 《赤鐘》を撃った。


 火薬の破裂音とは違う、腹に響く低い発射音。赤い閃光が白い線の交点を貫き、命令紋が弾けた。


 切れる直前、線が青年の手首を締め上げる。


 呻き声。


 間に合いきらなかった。だが、白い線は力を失って地面へ垂れた。


 残り四単位。


 次に無駄撃ちできるほど、余裕はない。


「囲め!」


 騎手二人が左右へ開こうとする。しかし庭への通路は狭い。先頭の馬が前へ出たところで、後ろの二頭が詰まった。


 その一瞬を使う。


 赤いワイヤーを納屋の支柱へ撃ち込み、横へ身体を引く。元いた場所を光矢が抜け、納屋の壁で弾けた。木片が頬を叩く。


 右の騎手が追ってくる。射線は開けたが、馬を撃つ必要はない。


 鞍の留め革を狙って通常弾を放つ。


 金具が飛び、男が傾いた鞍にしがみついた。手綱を放したせいで馬が横へ逸れ、後続の進路を塞ぐ。騎手だけが泥へ落ちた。


 左の男は短杖を下げて下馬し、青年のいる荷車へ回り込もうとする。


 銃声を一発、足元の石へ。


 砕けた石片にひるんだ隙に距離を詰め、銃身で杖を外へ流す。肘を胸へ打ち込み、膝が折れたところへワイヤーを絡めた。


 残り二人。


 一人は馬を下りて門の陰へ回り、もう一人が御者を狙っている。


「積荷を渡せ! 護衛の仕事じゃないだろ!」


 御者は青年の前から動かなかった。


「……乗せたのは俺だ」


 声は震えている。


「薬だと思ってた。でも、乗せたのは俺だ!」


 余計な勇気を出す奴だ。


「格好つけるなら、まず頭を下げろ」

「何でだよ!」

「伏せろ!」


 御者が青年を抱えて屈む。


 その頭上を通常弾が二発抜け、二人の短杖の金具を続けて砕いた。白い光が消える。


 撃ち終わるより早く、右側の男へ踏み込む。銃把を手首へ打ち込み、短杖が落ちたところで腹へ膝を入れる。


 もう一人が短剣を抜く。


 間合いは一歩。銃口を向けるより、腕を取るほうが早い。手首を外側へ捻り、荷車の側板へ押しつけた。刃が木を削る。


 銃把からワイヤーの残りを引き出し、二人の腰へ絡める。馬車の後輪へ固定すると、立ち上がろうとした二人が同時につんのめった。


 庭は急に静かになった。


 最初に馬から落ちた男が起き上がりかけたので、銃口を向けた。


「動くな。御者、厩舎の縄を持ってこい」


 向こうで馬が鼻を鳴らしている。馬まで巻き込まずに済んだらしい。


 御者が泥の上から顔を上げた。


「伏せろって、もう少し早く言えよ! こっちは心臓が止まるかと思ったぞ!」

「間に合ったんだからいいだろ。どうしても気になるなら治療師を紹介してやる」

「そういう話じゃねえ!」


 青年が、御者の腕の中で短く笑った。


 まだ終わりじゃない。


 追手が増える前に、こいつの環を専門家に見せる必要がある。


     ◇


 宿場の治療師は、認証環を見た途端に顔をしかめた。


「無理に外せば魔力が逆流する。二時間はかかると思ってくれ」

「その話、本人にもしてやってくれ。俺が中途半端に説明するより確かだ」

「治療師に説明まで丸投げする気か?」

「専門家の言葉で聞いたほうが安心するだろ」


 青年を寝台へ寝かせる。手首の赤い光は弱まっていた。命令紋を壊したことで、罰の術式も一時的に止まっている。


 聞くなら、今だ。


「前に、誰かから呼ばれていた名前を覚えてるか?」


 青年は天井を見つめた。


「……テオ」

「そう呼んでたのは誰だ?」

「妹、だったと思う」

「姓のほうは思い出せそうか?」

「……分からない」

「それで十分だ。無理に思い出さなくていい」


 木箱から持ってきた匙を取り出す。擦り減った柄には、小さくTの文字があった。何度も握った手の跡が残る。誰のものかまでは分からない。


「テオと呼んでいいか」


 青年はすぐに答えない。


 待つ。


 誰かの命令に従うことしか許されなかった奴だ。返事を急かしたら、また別の命令になる。


 やがて、頷いた。


「テオ」


 青年がこちらを見る。


「……もう一度」

「テオ」


 目の奥が揺れた。


「これ、僕の名前なのかな……」

「俺が決めることじゃない。違うと思ったら、違うと言えばいいさ」

「……言っても、いいの?」

「少なくとも、ここでは誰もそれを罰しない」


 その言葉が本当であり続けるようにするには、ここで見捨てるわけにはいかない。


 世界には、痛い目に遭わせる奴が多すぎる。全員の前へ、いつも立てるわけじゃない。


 匙を手渡す。


「それは持っとけ。覚えてるものが増えるかもしれない」


 テオは柄のTを親指でなぞった。


「名前って、自分で選べるの?」

「少なくとも、32番を名乗る義務はない」


 しばらく黙っていた青年が、ほんの少し笑った。


「テオがいい」

「なら、テオだ」


 そっちのほうが呼びやすい。


 そう言いかけて、やめた。


 この名前は、冗談にするには大事すぎる。


     ◇


 治療師には、環を外した後もテオを休ませるよう頼んだ。宿場には顔が割れている。今夜のうちに別の治療所へ移す段取りをつけてもらうほかない。


「護衛が必要なら、別の奴を雇え。俺は目立ちすぎる」


「自覚があるなら、その赤い髪を隠せ」


 治療師は呆れたように言いながら、移送先への紹介状を書き始めた。


 御者には、積荷を奪った護衛が逃走したと報告するよう言った。


「お前を売れってことか?」

「元から雇われだ。荷物より先に俺の顔を売れ」

「追われるぞ」

「今も追われてる」


 御者は苦笑して、また真顔になった。


「……知らなかったんだ。本当に」

「今は知ってる」

「そうだな」


 長い言い訳はしなかった。


 それで十分だ。


「で、お前はこれからどうするんだ? 護衛契約はまだ終わってないぞ」

「仕事を変える。契約の条件が変わったんだ」

「こっちには相談もなしかよ。ずいぶん勝手な奴だな」

「馬を休ませるって言ったときから知ってるだろ」

「……ああ、嫌というほどな」


 治療室から、テオが呼ぶ声がした。


「カルマ」


 振り返る。


「……ありがとう」

「治療師に言え。まだ環は外れてない」


 テオは笑った。


 言い返せる元気があるなら、多少は安心だ。


「港へ戻るのか」


 御者が尋ねた。


 潮の匂いが、峠の向こうから風に乗ってくる。


 捨てたつもりの港。荷役鐘の音。名前も知らない人間を番号で呼び、箱に詰める連中。


「《黒宴》へ行く」

「一人で?」

「今のところは」

「死ぬなよ」


 《赤鐘》の回転胴を開き、減った通常弾を詰め直した。魔力圧縮は四単位残っている。宿の裏庭で使わずに済んだ弾が、これから必要になるかもしれない。


「そういう重い頼み方は苦手だ」

「なら、違約金を払え」

「戻ったら考える」

「それ、約束だからな」


 回転胴を閉じる。


 乾いた金属音がした。


 約束は荷札と違う。勝手に貼られたものじゃない。


 自分で引き受けた以上、帰って払うしかないらしい。


 搬送票を折って外套の内側へしまう。


 第9封鎖倉庫。黒宴開催前夜。


 まだ港のどこかに、名前ではなく番号で運ばれている人間がいる。


 助けられるかどうかは、行ってみなきゃ分からない。


 だから、まず行く。


「面倒は、帰り道をよく覚えてるな」


 誰にともなく呟き、クロイツハーフェンへ足を向けた。


 あの港へ戻る理由は、もう十分だった。

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