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リビルド・メンター-再生屋-  作者: 礼嗣
第2章:切り捨てられた歯車たちの泥

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過去の栄光と、色褪せたスーツ

昼下がりの新橋。

スーツ姿の男たちが足早に行き交う中、篠原浩次(しのはら こうじ・45歳)は、公園のベンチで一人、缶チューハイを煽っていた。


着ているスーツはかつて仕立てた高級品だが、シワが寄り、すっかりくたびれている。足元の革靴も手入れされておらず、薄汚れていた。


篠原は数ヶ月前まで、中堅商社の営業部長という肩書きを持っていた。

年収は一千万を超え、都内にマンションを構え、部下たちからは慕われていると信じていた。自分の人生は、完璧なレールの上に乗っているはずだった。


あの記事が出るまでは。


ジャーナリスト・神崎修司のスクープ。それは、篠原の勤める商社が長年にわたり、架空取引で裏金を捻出していたという告発だった。

社会的な大バッシングの中、経営陣はトカゲの尻尾切りに走った。彼らはすべての責任を「現場の独断」として処理し、その実働部隊のトップとして、篠原を名指しで懲戒解雇にしたのだ。


「ふざけるな……俺は、会社のために身を粉にして働いてきたんだぞ」


空になった缶をゴミ箱に叩きつけ、篠原は吐き捨てた。

経営陣の不正など知らなかった。いや、薄々は感づいていたが、上からの指示には逆らえなかっただけだ。組織の歯車として、ただ忠実に役目を果たした結果がこれだ。

退職金はゼロ。再就職先も見つからず、妻は愛想を尽かして実家に帰ってしまった。


ネットの掲示板で「どんな人間でも再起させる裏のコンサルタントがいる」という怪しげな書き込みを見つけたのは、そんな絶望のどん底でのことだった。


足立区の寂れた雑居ビル。

「陣内再生相談所」という看板の前で、篠原は一度ネクタイを締め直し、咳払いをしてからドアを開けた。


「……君が、陣内くんかね」


部屋の奥で文庫本を読んでいた陣内は、篠原の姿を見ると、面倒くさそうに本を閉じた。


「あんた、自分が今どんな状況か分かってるのか?」


「失礼な口の利き方だな。私はこれでも、東部商事で営業部長を務めていた人間だ。五十人の部下を束ね、数億のプロジェクトを回してきた。今回は経営陣の卑劣な罠にはまっただけで……」


篠原は鞄から、かつての「営業部長」と印字された名刺を取り出し、デスクの上に置こうとした。


陣内は冷たい目でその名刺を見つめると、手元にあったライターを取り出し、カチリと火をつけた。そして、篠原が差し出した名刺の端に、容赦なく火を移した。


「な、何をするッ!」


篠原が慌てて火を揉み消そうとするが、名刺はあっという間に黒く焦げ、灰となってデスクに散った。


「寝言は寝て言え、おっさん」


陣内の声は、絶対零度のように冷たかった。


「お前はもう、五十人の部下を束ねる部長じゃない。会社に切り捨てられ、嫁に逃げられ、昼間から公園で酒を飲んでるただの無職だ。いつまでその色褪せたスーツにしがみついてるんだ」


図星を突かれ、篠原の顔が怒りで朱に染まる。


「貴様……! 私の実績を何だと思っている! 私にはマネジメントのスキルも、MBAの資格もある! それを活かせるポジションを斡旋するのが君の仕事だろう!」


「スキル? 実績?」

陣内は鼻で笑った。


「上が作ったシステムの中で、上の機嫌を取りながら、部下に偉そうに指示を出してただけだろうが。だから、いざという時にトカゲの尻尾としてあっさり切り捨てられる。お前には、自分自身の定規モノサシがないからだ」


「私にモノサシがないだと……!?」


「そうだ。会社の看板がなけりゃ、お前はただの空っぽなオッサンだ。神崎のスクープが憎いか? 会社が憎いか? だったら、その腐ったプライドをへし折って、一から自分の価値を証明してみせろ」


陣内はデスクの引き出しから、一枚のクリアファイルを取り出し、篠原の胸に乱暴に押し付けた。


「明日からここに行け。お前の大好きな『マネジメント』がどれだけ通用するか、見せてみろ。逃げ出したら、お前は本当にただの産業廃棄物だ」


篠原が震える手でファイルを開くと、そこには東京都江東区の海沿いにある、大規模な産業廃棄物処理工場の住所が書かれていた。

そこは、MBAも営業部長の肩書きも、何の意味も持たない、純粋な肉体と汗だけが支配する最底辺の現場だった。


「……ふざけるな。私にゴミの分別をやれと言うのか」


「ああ。お前みたいなプライドだけの粗大ゴミには、お似合いの職場だろ」


陣内の容赦ない宣告に、篠原は歯を食いしばった。

屈辱で全身が震える。だが、この男を見返してやらなければ、自分の人生は本当に終わってしまうような気がした。


「……やってやる。私のマネジメント能力を、見せつけてやる」


捨て台詞のように言い残し、篠原は相談所を後にした。

その曲がった背中を見送りながら、陣内は再び文庫本を開いた。


「会社の定規に染まりきった歯車をぶっ壊すには、少し時間がかかりそうだな」


誰に言うともなく呟いた陣内の声は、どこか楽しげな響きを帯びていた。神崎の落とした巨大な影の中で、新たな再生の劇薬が、静かに処方されようとしていた。

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