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リビルド・メンター-再生屋-  作者: 礼嗣
第2章:切り捨てられた歯車たちの泥

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現場の泥と、通用しないマネジメント

江東区の海沿いに位置する巨大な産業廃棄物処理工場。

そこは、絶え間なく出入りする大型ダンプの駆動音と、金属がぶつかり合う轟音、そして鼻を突く粉塵と油の匂いが支配する、純粋な肉体労働の現場だった。


支給された安全靴と作業着に身を包んだ篠原は、コンベアの前に立ち、次々と流れてくる建築廃材やプラスチック片を分別する作業にあたっていた。

開始からわずか二時間。エアコンの効いたオフィスでふんぞり返っていた篠原の体は、すでに限界を迎えていた。


「おい新入り! 手が止まってるぞ! ガラス片は右のコンテナだ、モタモタすんな!」


現場を仕切る初老の班長、源田げんだの怒声が飛ぶ。

篠原は舌打ちをして、泥だらけのガラス片を掴もうとしたが、分厚い革手袋に慣れていないせいで手元が狂い、コンベアから床へ落としてしまった。


「チッ……こんな非効率な作業、機械にやらせればいいものを」


額の汗を汚れた袖で拭いながら、篠原は毒づいた。

彼から見れば、この工場の作業フローはツッコミどころだらけだった。人員の配置は偏り、作業員の動線は無駄が多く、疲労によるヒューマンエラーが起きやすい構造になっている。


(こんな底辺の現場だから、こんな非効率なことを平気でやっているんだ。私なら、もっとスマートに回してみせる)


昼休憩を告げるサイレンが鳴り響くと、作業員たちは無言でコンクリートの床に座り込み、泥だらけの手で弁当を開き始めた。

篠原はその輪から少し離れた場所に立ち、缶コーヒーを飲みながら源田班長に近づいた。


「班長。少しよろしいですか」


源田は訝しげに篠原を見上げた。

「なんだ。もう逃げ出すのか?」


「違います。作業の効率化について、提案があるんです」

篠原は、かつて部下たちに指示を出していた時と同じ、自信に満ちた「営業部長の顔」を作った。


「先ほどから見ていましたが、人員配置の最適化が全くできていません。Aラインの負荷が高いのに、Bラインの手が空いている時間帯がある。タイムスタディを行ってフローを見直し、各員のタスクをローテーション化すれば、少なくとも今の二十パーセントは生産性が向上します。それに……」


「あのな、おっさん」


源田はタバコに火をつけ、篠原の言葉を冷たく遮った。


「ここは商社の会議室じゃねえんだよ」


「……は?」


「ダンプがいつ、どんな得体の知れないゴミを積んでくるか、その日その時にならないと分からねえんだ。机の上で引いた綺麗なローテーションなんか、現場じゃ五分で崩壊する。それに、Bラインの連中はAラインの重い鉄骨を持ち上げられねえ腰痛持ちばかりだ。数字しか見てねえアンタには分からんだろうがな」


源田は立ち上がり、篠原の胸ぐらを指の背で小突いた。


「MBAだか何だか知らねえがな、ここでは口を動かす奴より、手を動かしてゴミを一つでも多く分別する奴が一番偉いんだ。アンタのその立派な『マネジメント』とやらは、このゴミの山一つ片付けられねえ。違うか?」


周囲の作業員たちから、嘲りの笑い声が漏れた。

篠原の顔から血の気が引いていく。商社の看板を背負っていた頃は、誰もが自分の意見に耳を傾け、頷いていた。だがここでは、自分の言葉は誰一人として動かせない。ただの、体力のない足手まといの戯言でしかなかったのだ。


「……っ」


反論しようとしたが、言葉が出ない。

事実、今日の午前中、最も作業を遅らせていたのは他でもない自分自身だった。


「お前の定規は、この現場じゃ何の値打ちもないってことだ」


不意に、背後から聞き覚えのある低い声がした。

振り返ると、ヘルメットも被らず、ポケットに手を突っ込んだ陣内が立っていた。


「陣内……貴様、見にきたのか。私の無様な姿を笑いに」


篠原はギリッと奥歯を噛み締めた。

陣内は周囲の廃棄物の山をぐるりと見渡し、冷ややかに篠原を見下ろした。


「笑えもしないな。ただの産業廃棄物が、一人でブツブツ言い訳を並べてるだけだ。会社という看板がなきゃ、お前は目の前のジジイ一人説得できない。それがお前の『実績』の正体だ」


「違う! 私はッ……!」


「違わない。お前は現場の人間を『数字』や『歯車』としてしか見ていない。自分が歯車として使い捨てられたことには腹を立てるくせに、自分もまた、他人を歯車としてしか見ていないんだ。だから誰の心も動かせない」


陣内の言葉は、容赦なく篠原の急所を抉った。

痛いほど図星だった。篠原は常に上層部を見て仕事をし、部下の顔など見ていなかった。だから解雇された時も、誰一人として自分を庇ってくれなかったのだ。


「意味と構造を理解しているつもりだろうが、経験が伴っていない。お前の言葉は空っぽなんだよ。まずはその色褪せたプライドと一緒に、泥の底まで沈んでこい」


陣内はそう言い残すと、踵を返して工場の出口へと歩き出した。


「待て! 陣内!」


篠原の叫びは、午後の作業再開を告げるサイレンの音にかき消された。

誰からも相手にされず、コンベアの前で一人立ち尽くす篠原。彼の足元には、容赦ない現実という泥が、ねっとりとまとわりついていた。

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