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リビルド・メンター-再生屋-  作者: 礼嗣
第4章:見えない波紋

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13/19

白衣の詐欺師と、焼け野原の案内人

神崎修司の放ったスクープは、日本最大の製薬会社「東央ファーマ」の中枢を一撃で吹き飛ばした。


新薬の臨床データにおける組織的な改ざん。有効性を誇張し、重大な副作用を隠蔽していたという事実は、医療界のみならず社会全体を震撼させた。連日ニュースでは経営陣の謝罪会見が批判とともに報じられ、株価はストップ安を更新し続けていた。


だが、最も悲惨な地獄を見ていたのは、現場の最前線でその薬を売っていたMR(医療情報担当者)たちだった。


「ふざけるなッ! 私は君の言葉を信じて、患者さんにあの薬を処方したんだぞ! もし副作用で何か起きたらどう責任を取るつもりだ!」


都内の総合病院の応接室。東央ファーマのトップMRとして将来を嘱望されていた長谷川慧(はせがわ けい・27歳)は、懇意にしていた内科部長から、カルテの束を顔に投げつけられていた。


「申し訳ありません……私どもも、報道で初めて知ったことでして……」


床に散らばったカルテの上に土下座しながら、長谷川の声は震えていた。

数日前まで、この医師は長谷川を「東央ファーマの若きエース」と呼び、ゴルフに誘ってくれるほど懇意にしてくれていた。長谷川もまた、自社の薬が患者の苦痛を取り除くと本気で信じ、熱意をもって彼に提案していたのだ。


「知らなかったで済むか! 君たちは白衣を着た詐欺師だ! 二度と私の前に顔を出すな。帰れッ!」


病院から追い出され、長谷川はネクタイを乱したまま、東京の雑踏をふらふらと歩いていた。


(俺は、患者を救うためにこの仕事を選んだはずなのに……)


長谷川は幼い頃に喘息で苦しみ、薬に助けられた経験から、製薬業界を志した。倍率数百倍の選考を勝ち抜き、大手である東央ファーマに入社。寝る間も惜しんで薬の知識を詰め込み、営業成績でトップに上り詰めた。

高級スーツを身に纏い、都心にタワーマンションを借り、自分の人生はエリート街道そのものだと思っていた。


それが今や、医療現場からは「詐欺師」と罵られ、ネットでは「人殺しの手先」として会社ごと糾弾されている。

会社のデータ改ざんなど、一介の営業マンである長谷川に知る由もなかった。だが、現場で医師に頭を下げ、薬を勧めていたのは他でもない自分自身だ。自分の築き上げてきたキャリアも、医師たちとの信頼関係も、すべてが根底から覆された。


夜の繁華街の路地裏。

足取りがおぼつかなくなった長谷川は、ゴミ捨て場の横にへたり込み、高級な革靴を汚すのも構わず頭を抱えた。


「俺は……どうすればよかったんだよ……」


「どうもこうもねえ。お前は、ただマニュアル通りに毒を売り歩いてただけの、優秀なロボットだったってことだ」


頭上から、冷ややかな声が降ってきた。

長谷川がハッと顔を上げると、くわえタバコをした無精髭の男が、路地裏の暗がりから彼を見下ろしていた。


陣内だった。

彼は神崎のスクープが放たれた直後から、この「焼け野原」に潜り込み、絶望の底に落ちる人間を物色していたのだ。


「なんだ、あんた……俺が東央ファーマの人間だと知ってて言ってるのか?」


長谷川はふらつきながら立ち上がり、陣内を睨みつけた。


「ああ、知ってる。お前がトップ営業マンの長谷川慧だってこともな。立派なスーツを着て、綺麗なカタログを広げて、医者の機嫌を取るのが仕事だったんだろ」


「ふざけるな! 俺はただ売ってたんじゃない! 本気で患者さんの役に立つと信じて……!」


「信じてた? 何をだ? 上から渡された改ざんデータをか?」


陣内の言葉が、鋭い刃のように長谷川の胸をえぐった。


「お前が信じていたのは、東央ファーマという巨大な看板と、自分の営業成績だ。現場の患者の顔なんか、一度も見たことがないだろ。医者の向こう側にいる人間の命を、お前はただのエクセル上の『売上数字』としてしか見ていなかったんだ」


長谷川は言葉に詰まった。

否定したかったが、できなかった。MRとしての彼は、いかに多くの病院に自社の薬を採用させるかという「数字のゲーム」に熱狂していた。患者がその薬を飲んでどうなったかという「結果」は、医師任せにして見ようともしていなかったのだ。


陣内はタバコの煙を長谷川の顔に細く吹きかけた。


「『私は知らなかった。会社に騙されていた』……そう言って被害者ヅラをするのは簡単だ。だが、自分の目で事実を確かめようともせず、他人が作った定規モノサシの上で踊っていた責任からは一生逃れられないぞ」


長谷川はその場に崩れ落ちた。陣内の率直すぎる指摘は、長谷川が必死に見ないようにしていた自己欺瞞を、容赦なく暴き立てた。


「なら……俺にどうしろって言うんだ! 会社はもう終わりだ。医者からは見放された。俺のキャリアは完全に潰れたんだぞ!」


路地裏に響き渡る長谷川の悲痛な叫びを、陣内は冷たく見下ろした。

そして、ポケットから一枚の薄汚れた名刺サイズのメモを取り出し、長谷川の胸元に投げ落とした。


「キャリアが潰れたくらいで喚くな。お前がばら撒いた薬で、本当に体を壊しかけた人間がいるんだぞ」


長谷川は震える手でメモを拾い上げた。

そこには、都心から遠く離れた、下町の小さな訪問看護ステーションの住所が書かれていた。


「明日からそこへ行け。エリートMR様の綺麗なスーツを脱いで、医療の最底辺の泥を舐めてこい。……逃げ出したら、お前は本当にただの詐欺師で終わりだ」


陣内はそれだけ言い残すと、夜の闇へと消えていった。


残された長谷川は、ゴミの臭いが漂う路地裏で、その薄汚れたメモを力強く握りしめた。

神崎の放った正義の光によって焼け野原となった場所で、陣内という影が撒いた再生の劇薬。

長谷川の、泥にまみれた贖罪と再生の物語が始まろうとしていた。

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