第6話 それ、食べたら死ぬやつなんだけど
悠真の顔が、今日一番はっきりと引きつった。
「……いやいやいや」
何がだ。
俺は倒れたホーンラビットへ近付く。
白茶色の毛。
額の角。
細い脚。
さっきまでは普通のモンスターにしか見えていなかった。
だが今は違う。
どこが食べられる。
どこは使わない。
どう処理する。
焼くならどうする。
煮るならどうする。
見れば分かる。
植物やキノコだけじゃない。
モンスターまで食材になるらしい。
俺の尻尾がぴんと立った。
『悠真』
「嫌な予感しかしない」
『これも持って帰ろう』
「やっぱり!」
悠真が頭を抱えた。
「ニャル。それモンスターだから」
『知ってる』
「肉屋に並んでるウサギじゃないからな?」
『見れば分かる』
「分かってないのは俺の言いたいこと!」
さっきから忙しい飼い主だ。
俺はホーンラビットの周りを一周する。
うん。
やっぱり食える。
むしろ肉が手に入ったことで、さっき考えていた料理が一気に現実味を帯びた。
ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
ホーンラビット。
煮込み。
絶対に合う。
『シチュー』
「だから急に献立を決めるなって!」
『もう芋もニンジンもキノコもあるぞ』
「食べるって決まってないからね!?」
『肉もある』
「増えたことを喜ぶな!」
悠真は全力で嫌がっている。
だが。
俺には食えると分かっているんだから、置いていく理由がない。
『収納するぞ』
「待っ――」
収納。
ホーンラビットの身体が消える。
「ああー!」
『よし』
「よし、じゃない!」
これで今日の収穫はかなり充実した。
俺は満足して尻尾を揺らす。
悠真はものすごく疲れた顔をしていた。
「俺、今日普通にダンジョン探索しに来たはずなんだけどな……」
『ちゃんとモンスター倒しただろ』
「そのあと全部食おうとする猫がいるんだよ」
『全部じゃない。食えるものだけだ』
「その区別をどう信用すればいいのか分かんないんだって」
そこか。
俺には見れば分かる。
だが、悠真には分からない。
妖精ニンジンだって。
ケイブマッシュルームだって。
ゴブリンポテトだって。
悠真が半年間見てきたのは、食材ではない。
ダンジョンにある、下手に口へ入れたら危ないもの。
その認識が一日で変わるわけもないか。
「……今日はもう帰ろう」
悠真が剣を鞘へ戻した。
「最初からもう少し進んだら帰る予定だったし。これ以上ニャルに変なもの見つけられたら怖い」
『美味いものかもしれないぞ』
「それが怖いんだよ!」
なんでだ。
――――――
帰り道。
悠真は何度も俺を見た。
正確には、俺の収納の中身を気にしているらしい。
「ニャル」
『なんだ』
「本当に食べる気?」
『そのつもりだけど』
「……マジかあ」
ものすごく嫌そうだ。
『さっきも言っただろ。ちゃんと処理すれば食える』
「その『ちゃんと』が分からないんだよ」
悠真は周囲を警戒しながら歩く。
「探索者の初心者講習でも言われるんだ。ダンジョンで見つけたものを、勝手な判断で食うなって」
『そうなのか』
「植物もそう。モンスターの肉もそう。昔から食べられないか試した人はいるらしいけど、中毒事故も起きてる」
悠真がちらりと俺を見る。
「ものによっては、死ぬからな」
『死ぬ?』
「だから俺、さっきから止めてるんだけど!?」
なるほど。
思っていたより重かった。
腹を壊すとか、その程度だけではないらしい。
俺は自分の収納へ意識を向ける。
ゴブリンポテト。
皮と芽が駄目。
ケイブマッシュルーム。
生は駄目。
妖精ニンジン。
表面の処理が必要。
スライムゼリーにも、そのままでは余分な成分が残っている。
ホーンラビットだって、何も考えず全部食えばいいわけじゃない。
確かに。
知らなければ危ない。
『でも、俺は分かるぞ』
「そこなんだよなあ……」
『食える場所も、駄目な場所も、処理も分かる』
「ニャルが嘘ついてるとは思ってないよ」
悠真が言う。
「実際、妖精ニンジンのこととか、俺が知らないことまで具体的に言ってたし」
『じゃあ食うか』
「話が早い!」
駄目なのか。
「信用するのと、いきなり食べるのは別だって」
『面倒だな、人間』
「命に関わる食事で慎重になるのは普通だから!」
それもそうか。
前世の俺だって、拾ってきた知らないキノコをいきなり鍋へ入れられたら止める。
たとえ相手から、
「大丈夫。俺には分かる」
と言われても。
……。
今の俺、だいぶ怪しいな。
「だから帰ったら母さんにも相談」
『さっき言ってたな』
「うん。俺一人で決めるのはちょっと怖い」
高校生が一人で。
ダンジョンから拾ってきた毒物を。
食べます。
確かに字面だけ見ると危ない。
毒物じゃないんだけどな。
『分かった』
「お」
『相談はする』
「そこは素直なんだ?」
『ただし食う』
「まだ決まってない!」
俺は先へ歩いた。
今日はもう十分集まった。
あとは帰って料理するだけ。
……たぶん。
――――――
「ニャル」
『なんだ』
「なんで全部出したの?」
朝倉家。
帰宅して手を洗ったあと。
俺はキッチンの作業台の前で、今日手に入れたものを並べていた。
ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
容器へ移したスライムゼリー。
ホーンラビットは大きいので、まだ収納したままだ。
それでも十分。
普通の人間から見れば、ダンジョン産危険物の展示会みたいになっているらしい。
『確認』
「何の?」
『夕飯の』
「食べる前提で進めるなって!」
俺はゴブリンポテトを見る。
次にニンジン。
キノコ。
頭の中で組み合わせる。
やはり煮込みがいい。
初めて食べるなら、全部を少しずつ使える。
ホーンラビットの肉から出た旨味も無駄にならない。
煮込みなら中心まで火も入りやすい。
『シチューだな』
「決定した!?」
『さっきから決まってる』
「俺は許可してない!」
うるさい飼い主だ。
俺はキッチンを見る。
鍋。
包丁。
まな板。
コンロ。
昨日、念動力が使えると分かった時から、一度やってみたかった。
この身体でも料理できるかどうか。
念動力があれば包丁は持てる。
火も使える。
水も出せる。
温度も少し調節できる。
かなり向いている気がする。
「……ニャル」
『なんだ』
「なんでキッチン見ながら尻尾振ってるの?」
『気のせいだ』
「その言い方、昨日も聞いたな……」
ばれている。
俺が包丁へ意識を向けようとした、その時だった。
がちゃ。
玄関から音がした。
「ただいまー」
女の声。
悠真が振り返る。
「あ、母さん帰ってきた」
母親。
悠真が探索者を続けている理由。
十億円の治療用アイテムが必要な、ダンジョン病の。
俺も玄関の方を見る。
やがて一人の女性がリビングへ入ってきた。
長い袖の服。
仕事帰りらしく鞄を持っている。
そして俺を見て、足を止めた。
「あ」
「母さん?」
「この子?」
真琴が俺を見る。
「卵から孵った子って」
「うん。ニャル」
真琴の顔が少し緩んだ。
「写真で見るより小さい……」
写真。
いつの間に撮った。
「かわいい」
「にゃ」
まあ。
悪い人ではなさそうだ。
真琴がしゃがむ。
いきなり触らず、俺の前へ手を出した。
俺は鼻先を近付ける。
知らない匂い。
でも、悠真の家の匂いがする。
俺から額を寄せると、頭をそっと撫でられた。
「ニャル。初めまして」
「にゃ」
耳の後ろ。
そこ。
悪くない。
というか上手い。
悠真もそうだが、この家の人間は猫を駄目にする気か?
俺が目を細めていると、真琴が笑った。
「本当に人懐っこいのね」
「それがさ、母さん」
「ん?」
「ニャル、人の言葉分かるんだよ」
「そうなの?」
『分かるぞ』
「…………」
真琴の手が止まった。
目が丸くなる。
「今、誰か喋った?」
「ニャル」
「え?」
『俺だ』
「ええっ!?」
今日何度目だろう。
この反応。
「念話できるんだ」
「この子、喋れるの!?」
「俺も昨日その反応した」
「そりゃするでしょ!」
真琴が俺を見る。
俺も見返す。
「……すごい猫ね」
『ヌッコだ』
「ヌッコ?」
「それも説明すると長い」
悠真が苦笑した。
「とりあえずニャルについてはあとで話すとして」
そして。
悠真の視線がキッチンへ向く。
「あっちが今の問題」
「問題?」
真琴もつられて見る。
ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
スライムゼリー。
数秒。
真琴の笑顔が消えた。
「悠真」
「はい」
「それ、ダンジョンのもの?」
「はい」
「なんで家のキッチンにあるの?」
「ニャルが」
俺へ視線が集まる。
『食うから』
「ニャル!」
悠真が叫んだ。
「言い方!」
『何がだ』
「母さんにもっと段階踏んで説明しようとしてたの!」
真琴がゆっくりキッチンを見る。
そして悠真を見る。
「悠真、それ本当に食べるの?」
「俺だってまだ怖いよ!」
即答だった。
「さっきからずっと止めてるんだって!」
『食えるのに』
「ほらこれ!」
「ニャルが食べたいって言ってるの?」
『食べたいというか、食える。正しく処理すれば』
真琴が俺を見る。
さっきまでの「かわいい猫を見る目」ではなくなった。
少し真面目な顔。
「正しく処理って?」
『危ないところを取る。必要な下処理をする。ちゃんと火を通す』
「それが分かるの?」
『分かる』
「誰かに教わったの?」
『いや』
これは本当だ。
前世ではダンジョン食材なんて知らない。
『見たら分かる』
真琴が黙った。
悠真も黙った。
この反応。
もう慣れたぞ。
「……悠真」
「俺も同じこと聞いた」
「そう」
「俺も同じ顔したと思う」
「そうでしょうね」
二人揃って俺を見る。
なんだ。
『だから大丈夫だって』
「ニャル」
真琴が困ったように笑う。
「大丈夫って言われてもね。私たちからすると、それは食べ物じゃないのよ」
『悠真にも言われた』
「ダンジョン産の植物とかモンスターって、危険なんでしょう?」
「うん。講習でも絶対勝手に食うなって」
「でしょうね……」
真琴はキッチンへ近付き、ゴブリンポテトを眺めた。
手では触らない。
なかなか慎重だ。
「でもニャルには、どう処理すればいいか分かる」
「らしい」
「らしいじゃない」
「俺もまだ食べて確認したわけじゃないし!」
二人が話している横で、俺は考える。
どうにも、人間にとってダンジョン食材を口に入れるというのは、俺が思っていた以上に大事件らしい。
でも。
俺の中にある知識は消えない。
食える。
ちゃんと処理すれば。
そして。
せっかく食えるものを見つけたのに、食わずに捨てる。
それは嫌だ。
『俺が料理する』
二人が止まった。
「……ニャルが?」
真琴が聞く。
『うん』
「料理できるの?」
『できるぞ』
前世からずっとやっていた。
さすがにそれは言わない。
『美味しくする』
俺が言うと。
悠真が一度、息を吐いた。
「……食べるかどうか決める前に聞きたいんだけど」
『うん』
「本当に自信ある?」
『ある』
「危ないところも分かる?」
『分かる』
「下処理も?」
『分かる』
「加熱も?」
『分かる』
悠真が黙る。
俺も待つ。
少しして。
「……母さん」
「何?」
「俺、ちょっとだけなら試してみたい」
お。
悠真がこちら側へ来た。
「怖いけどさ」
キッチンの食材を見る。
「ニャルがここまで言うなら。最初から全部食うんじゃなくて、ちゃんと処理したやつを少しだけ」
真琴はすぐには答えなかった。
悠真を見る。
俺を見る。
もう一度、食材を見る。
「本当に少しだけね」
「うん」
「変だと思ったら絶対やめる」
「分かってる」
「少しでも体調がおかしくなったら?」
「すぐ病院」
「よし」
真琴が頷いた。
決まったらしい。
『じゃあシチューだな』
「なんで量が増えそうな料理を選ぶんだよ!」
『少量で作る』
「本当に?」
『努力する』
「そこ約束して!」
どこかで聞いたやり取りだ。
俺はキッチンへ向き直る。
よし。
ようやく料理できる。
ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
ホーンラビット。
食材はある。
道具もある。
俺は作業台の前で、小さな前足を組んだ。
「……ニャル?」
悠真の声。
念動力。
意識を伸ばす。
作業台に置かれていた包丁が。
ふわり。
宙へ浮かんだ。
「えっ」
真琴の声がした。
「ちょっと待って。包丁が浮いてるんだけど」
「あー……それも説明してなかった」
「悠真!?」
騒がしいな。
俺は宙に浮いた包丁を見上げる。
ちゃんと動く。
問題ない。
鼻先には、まだ何の匂いもない。
でも。
頭の中にはもう、完成した料理が浮かんでいた。
温かいシチュー。
肉。
芋。
ニンジン。
キノコ。
湯気。
悠真が食う。
美味いと言う。
うん。
楽しみだ。
俺は尻尾を揺らした。
『じゃあ、飯にするか』
──────────────
【ダンジョン食材辞典】
No.005
■名称
ホーンラビットの肉
■危険度
★★★☆☆
■ニャル評価
★★★★☆(暫定)
■見た目
角を持つウサギ型モンスター、ホーンラビットから取れる肉。
食用にできる部分と、取り除く必要がある部分がある。
まだ食べていないので味は未確認。
■食用部位
肉部分のうち、食用可能と分かる部位。
■危険な部位
食用にできない部位。
解体・下処理の段階できちんと分ける必要がある。
■おすすめ調理法
◎ 野菜と一緒に煮込み料理
○ スープ
○ 焼き料理
■調理のコツ
食べられる部位と駄目な部位を、最初にきちんと分けること。
見た目が肉だからって、そのまま焼いて食べるのは禁止にゃ。
最後までしっかり処理してから料理する。
■一人前
約150g
■メモ
まだ食べてない。
でもゴブリンポテト、妖精ニンジン、ケイブマッシュルームと相性がよさそう。
これはもうシチューにするしかないにゃ。
悠真はずっと不安そう。
美味しく作ればたぶん黙る。
──────────────




