第60話 剣とフライパンの材料を探せ
『剛刃晶鉄が四キロ、均熱晶鉄が三キロ、柔鋼石が二キロ!』
「うん。全部で九キロだね」
『そうだ! 今日はそのうち、採れるものから集めるぞ!』
俺はユウマの肩の上で、元気よく前足を上げた。
目の前にあるのは、岩鉄坑道の入口だ。
以前、俺専用の鍋を作るために鉱石を採りに来た場所である。
あの時は均熱晶鉄と柔鋼石を探して、ずいぶん歩き回ったんだよな。
なかなか目当ての鉱脈が見つからなくて苦労したけど、いい素材を持ち帰ることができた。おかげで宮本に、あの使いやすい鍋を作ってもらえたんだ。
そして今回は、鍋ではない。
俺の新しいフライパンと、ユウマの新しい剣だ!
『……へへっ』
考えただけで、尻尾が動いてしまう。
フライパンができたら、何を焼こうかな。
ブルーバードチキンの皮を、今まで以上にぱりっと焼くのもいい。ホーンラビットの肉を炒めたり、妖精ニンジンを香ばしく焼いたりするのも楽しそうだ。
浅くて広い焼き面。
食材を返しやすい重心。
念動力で傾けたり、火から離したりしやすい形。
……ああ。
早く使ってみたいぞ!
「ニャル、また料理のこと考えてるでしょ」
『……おっ?』
ユウマが笑いながら、俺の顔を覗き込んできた。
『よく分かったな!』
「すっごく楽しそうな顔してたから」
『そりゃそうだろ! 新しいフライパンだぞ!』
「ははっ。まだ材料も集まってないけどね」
『だから今日、採りに来たんじゃないか!』
俺が胸を張ると、ユウマは楽しそうに笑った。
……ふふん。
まあ、気が早いのは認めるけどな。
でも、今日はフライパンだけが目的じゃない。
ユウマの新しい剣も大事なんだ。
今使っている剣は、前の身体には合っていたらしい。でも、ダンジョン飯を食べながら探索を続けるうちに、ユウマの動きはずいぶん変わった。
宮本に見てもらった結果、今の身体に合わせて新しく作った方がいいという話になったんだ。
『ユウマも、新しい剣が楽しみだろ?』
「うん。もちろん!」
ユウマが頷く。
「でも、まずは材料をそろえないとね」
『おう!』
「それと、今日は無理しないこと」
ユウマは腰に下げた剣へ目を向けた。
「まだ今の剣を使うことになるから、戦闘は慎重にいこう」
『分かってるぞ!』
俺も大きく頷いた。
今の剣が急に使えなくなったわけじゃない。
でも、振り抜きや切り返しの感覚が、以前とは少し違うらしい。
そんな状態で無理をして、怪我でもされたら困るからな。
『今日は採掘が目的だし、危なかったらすぐ戻ろうぜ!』
「うん。そうしよう」
ユウマが俺の頭を軽く撫でてくれた。
……おお。
いいぞ、そこ。
思わず喉が鳴りそうになったけど、今は我慢だ。
探索は、まだ始まったばかりだからな。
『よし! 行くぞ、ユウマ!』
「うん!」
俺たちは、薄暗い岩鉄坑道へ足を踏み入れた。
――――――
坑道の中は、相変わらずひんやりとしていた。
湿った岩と土の匂いに、かすかな鉄の匂いが混じっている。壁にはところどころ鉱物の筋が走り、ユウマの灯りを受けて鈍く光っていた。
緑葉の洞窟とは、ずいぶん違う景色だ。
向こうは草や木が多くて、歩いているだけでも食材が見つかる。
でも、こっちはほとんど岩ばかり。
……むう。
やっぱり、ちょっと寂しいな。
『……ユウマ』
「ん?」
『ここ、食材が少ないよな』
「今さら?」
『いや、分かってるんだけどな』
俺は周囲の岩壁を見回した。
魔晶岩塩や紅香晶みたいに、料理に使えるものもあるにはある。
でも、ゴブリンポテトやケイブマッシュルームみたいな食材が、そこら中に生えているわけじゃない。
……うむ。
料理猫としては、少し物足りないぞ。
「でも、今日はフライパンの材料を探すんでしょ?」
『……おお。そうだった!』
俺は耳を立てた。
そうだそうだ。
今は食材じゃなくて、料理道具の材料を探しているんだった。
『よし。今日は岩も立派な買い出しの品だ!』
「ははっ。そうだね」
ユウマが笑った。
そのまま、俺たちは見覚えのある通路を進んでいく。
途中には、以前通った分かれ道があった。
左へ進めば、魔晶岩塩を見つけた区域へ続いている。
……おっ。
塩か。
そういえば、最近また肉料理が増えてきたし、少し採っておいてもいいかもしれないな。
『……じーっ』
「ニャル?」
『……何でもないぞ』
「左の道、気になる?」
『……ちょっとだけな』
ユウマがくすっと笑った。
「今日は右だよ」
『分かってるって!』
……むう。
そんなに分かりやすいか、俺。
でも、今日の目的はちゃんと覚えている。
宮本から教えてもらった採取場所も、必要な量も。
均熱晶鉄が三キロ。
柔鋼石が二キロ。
そして、剛刃晶鉄が四キロ。
まずは以前採ったことのある二種類を確保しよう。
『ユウマ、前に採掘した場所へ行こうぜ!』
「うん。あの辺りなら、道も覚えてるからね」
ユウマが頷いた。
俺たちは右の通路へ入り、奥へ進んでいった。
――――――
しばらく歩いたところで、俺の耳がぴくりと動いた。
……ん?
今、何か聞こえたぞ。
こり。
こりこり。
硬いものが擦れるような、小さな音。
『ユウマ』
「うん?」
『右の岩陰、何かいるぞ』
ユウマがすぐに足を止めた。
腰の剣へ手を添え、少し離れた岩陰を見る。
……こりっ。
また音がした。
「……いるね」
低い声で答えた直後、岩の陰から何かが動いた。
灰色の甲殻。
太い前脚。
岩と見間違えそうな身体。
……ああ。
前にも見たやつだ!
岩鉄坑道に生息している、甲殻を持つ魔物である。
こいつは、今回の食材候補じゃない。
今の俺にとっては、採掘の邪魔をする相手だな。
「ニャル、下がってて」
『おう!』
俺はユウマの肩から降ろしてもらい、少し離れた岩陰へ移動した。
ここなら戦闘に巻き込まれにくい。
……さて。
ユウマ、大丈夫かな。
甲殻の魔物は、太い前脚を持ち上げた。
次の瞬間、地面を叩くように振り下ろしてくる。
どんっ!
石の欠片が跳ねた。
でも、ユウマはその場にいなかった。
相手が動き始めた時点で、すでに横へ避けていたんだ。
……おお。
いい動きだな!
ユウマは無理に攻撃せず、相手が向きを変えるのを待った。
魔物が前脚を引く。
その瞬間、ユウマが踏み込んだ。
「……はっ!」
剣が短く走る。
硬い甲殻を避け、その隙間へ一撃を入れた。
魔物が身体をひねる。
ユウマはすぐに剣を引き、間合いを取り直した。
……うむ。
いつもより、少し慎重に剣を扱ってるな。
大きく振り抜かず、戻す動きまで考えているみたいだ。
それでも、ユウマの身体は十分に速い。
もう一度前脚が振り下ろされるのを避け、今度は側面へ回り込む。
「やっ!」
短い一撃。
魔物の体勢が崩れたところへ、狙いを定めてもう一撃。
ごとん、と硬い音が響いた。
……おお!
倒したぞ!
ユウマはすぐには剣を収めず、周囲を確認した。
ほかに魔物がいないことを確かめてから、ようやく息を吐く。
「……ふう」
『ユウマ!』
俺は岩陰から顔を出した。
『大丈夫か?』
「うん。怪我はないよ」
ユウマが笑った。
……よかった。
『剣はどうだった?』
「やっぱり少し意識しないといけないけど、今の戦いなら大丈夫だったよ」
『そうか!』
「無理に振り抜かないように気をつけたんだ」
……なるほどな。
この前、ホーンラビットと戦った時に感じた違和感を、ちゃんと意識しているらしい。
宮本に相談したことも、役に立ってるんだな。
『でも、無理はするなよ』
「うん。分かってる」
ユウマが剣を鞘へ戻した。
「それに、今日は採掘が目的だからね」
『おう!』
……うむ。
そうだった。
戦闘も無事に終わったことだし、そろそろ鉱石を探そうじゃないか!
――――――
以前採掘した区域へ着くと、俺は宮本から受け取ったメモを思い出した。
均熱晶鉄。
普通の鉄鉱石より少し明るい灰色。
割れた面には、細かな銀色の結晶模様がある。
良質なものほど、その模様が細かく均一に見えるらしい。
『……ふむ』
俺は岩壁をじっと見つめた。
灰色の岩。
少し黒っぽい岩。
ところどころ銀色に光る部分。
……むむむ。
やっぱり、見ただけで分かるものじゃないな。
前にも同じようなことを思った気がするぞ。
「ニャル、あの辺りはどうかな?」
ユウマが少し先の壁を指さした。
前に採掘した場所の、少し横だ。
そこには、周囲よりわずかに明るい灰色の筋が走っていた。
『……おっ』
確かに、それっぽいな。
『少し調べてみようぜ!』
「うん。まず周りを確認しよう」
ユウマが通路の前後を見回す。
俺も耳を立て、近くに魔物の気配がないか確かめた。
……うむ。
今のところ、動くものはいないようだ。
「じゃあ、少し削ってみるね」
『頼んだ!』
ユウマが採掘道具を取り出した。
岩の割れ目を確かめ、端から慎重に削っていく。
こつん。
こつん。
乾いた音が、坑道の中へ響いた。
しばらくすると、小さな欠片が落ちてくる。
俺は念動力で受け止め、目の前へ浮かせた。
『……どれどれ』
断面を確かめる。
……おお。
銀色の細かな模様があるぞ。
でも。
『……むむ』
「どうしたの?」
『黒い筋が混じってるな』
前に宮本から教わった特徴を思い出す。
均熱晶鉄らしい見た目ではあるけど、これだけで良質だと決めるのは早い。
特に、黒い筋が多い部分は避けた方がよさそうだ。
「じゃあ、少し場所を変えてみる?」
『おう。もうちょっと奥の方を見たいな』
ユウマが頷き、採掘道具を当てる位置を変えた。
今度は、さっきより少し奥へ伸びている灰色の部分だ。
こつん。
こつん、こつん。
何度か叩くと、岩の端が崩れた。
落ちてきた欠片を受け止め、断面を見る。
『……おっ!』
今度は、さっきよりきれいだ。
細かな銀色の結晶模様が、ほぼ均一に広がっている。
『ユウマ、こっちはよさそうだぞ!』
「本当?」
『おう! 宮本が言ってた特徴に近い!』
「じゃあ、この辺りを掘ってみようか」
ユウマが採掘道具を持ち直した。
……よし。
ここからが本番だな!
ただし、鉱石を採るために壁をむやみに崩すわけにはいかない。
ユウマは岩の割れ目を確かめ、無理のない位置から少しずつ削っていった。
俺は落ちてくる欠片を念動力で受け止め、足元に散らばらないようにする。
……うむ。
なかなかいい連携じゃないか。
「ニャル、こっちの塊をお願い!」
『おう!』
少し大きめの原鉱が外れた。
俺は念動力で受け止め、ゆっくり地面へ下ろす。
……おお。
なかなか立派な塊だな。
断面の模様も、さっきの欠片とよく似ている。
『これは取っておこう!』
「うん!」
俺は収納魔法へ収めた。
その後も、ユウマが掘り、俺が受け止める。
時々作業を止めて、周囲に異変がないか確かめる。
採掘の音が坑道に響くからな。
夢中になっているうちに、魔物が近づいてきたら困る。
『……あと少しだぞ!』
「よし。じゃあ、これでどうかな!」
最後の塊が外れた。
俺は念動力で受け止め、確保した原鉱を確認した。
……うむ。
重さも、予定していたくらいになったぞ。
『三キロ、いけたな!』
「おお! やった!」
ユウマが嬉しそうに笑った。
俺も思わず前足を上げた。
『よし! フライパンの主材、確保だ!』
……へへっ。
嬉しいなあ。
今はただの灰色の石だけど、これを宮本に持っていけば、俺の新しいフライパンになるかもしれないんだ。
広い焼き面。
安定した火の通り方。
念動力で動かしやすい重心。
……ああ。
想像しただけで、もう肉を焼きたくなってきたぞ!
「ニャル、嬉しそうだね」
『そりゃそうだろ!』
俺は胸を張った。
『これがフライパンになるんだぞ!』
「ははっ。そうだね」
ユウマが俺の頭を軽く撫でてくれた。
……おお。
いいぞ、そこ。
いや、待て。
まだ採掘の途中だ。
気持ちよく撫でられている場合じゃないな。
『次は柔鋼石だ!』
「うん。あと二キロだね」
『おう!』
……ふふん。
まずは一種類。
順調な出だしだな!
――――――
柔鋼石を探し始めてから、しばらく時間が経った。
……むむ。
やっぱり、こっちは少し難しいな。
黒っぽい岩は、あちこちにある。
青みがかった鉱物も、珍しくない。
でも、宮本が言っていたのは、黒い母岩の中に青黒い帯が走る鉱石だ。
……うむ。
何でも青ければいいってわけじゃないんだよな。
「ニャル、これは?」
『……違うな』
「じゃあ、こっちは?」
『そっちも違うと思うぞ』
俺は壁のあちこちを見ながら、尻尾をゆっくり揺らした。
前に柔鋼石を探した時も、なかなか見つからなかった。
やっとそれらしい鉱脈を見つけたと思ったら、今度は簡単に割れなくて苦労したんだよな。
……でも、今日は前より経験がある。
焦らず探せば、きっと見つかるはずだ。
『ユウマ、前に採った場所の周りを見てみようぜ』
「うん。あの辺りなら、似た鉱脈があるかもしれないね」
俺たちは、以前柔鋼石を見つけた区域へ向かった。
通路の奥へ進むと、少しずつ空気が冷たくなっていく。
壁には細かな水滴がつき、足元もところどころ湿っていた。
『ユウマ、滑らないように気をつけろよ』
「うん。分かってる」
ユウマは灯りを足元へ向け、慎重に歩く。
……うむ。
こういう場所では、転ぶだけでも危ないからな。
しかも、今は採掘道具も持っている。
無理に急ぐ必要はないぞ。
しばらく進んだところで、俺は壁の一部に目を留めた。
『……おっ?』
黒っぽい岩の中に、青い筋がある。
いや。
ただ青いだけじゃない。
光を当てると、鈍い青黒い光沢が見えるんだ。
『ユウマ、あそこ!』
「ん?」
『あの壁だ!』
ユウマが灯りを向けた。
黒い母岩の中に、細い帯が走っている。
「……あっ。本当だ」
『柔鋼石っぽいな!』
「うん。宮本さんのメモにも似てる」
……よし。
これは期待できそうだぞ。
ただし、見た目だけで決めつけない。
俺の鑑定は、食材の安全な扱い方を調べるのが得意な能力だ。
鉱石の種類や品質を、何でも正確に見抜けるわけじゃないからな。
ここは、宮本から教わった特徴と、前に採掘した時の経験を頼りにするしかない。
『少し削ってみようぜ』
「うん。まずは足場を確認しよう」
ユウマが周囲を見回した。
壁の下には小さな石が転がっているけど、立つ場所は確保できそうだ。
退路も塞がっていない。
……うむ。
これなら作業できそうだな。
「じゃあ、いくよ」
『おう!』
ユウマが採掘道具を当てる。
こつん。
こつん。
少しずつ母岩を削り、青黒い帯の周囲を露出させていく。
……おお。
やっぱり、簡単には割れないな。
均熱晶鉄とは、ずいぶん違う。
『ユウマ、無理に割らない方がよさそうだぞ』
「うん。周りの岩から外してみる」
ユウマが道具を当てる角度を変えた。
鉱石そのものを叩き割るんじゃなくて、周囲の母岩を少しずつ削っていく。
……うむ。
いい考えだ。
俺は落ちてきた小石を受け止めながら、作業の様子を見守った。
しばらくすると、青黒い帯の入った塊が外れた。
『おお!』
俺は念動力で受け止め、ゆっくり手元へ運んだ。
……ふむ。
見た目は前に採った柔鋼石によく似ている。
軽く力をかけてみると、普通の石とは少し違う抵抗があった。
硬いだけじゃない。
粘るような感触があるんだ。
『……これだな!』
「柔鋼石?」
『宮本が言ってた特徴に合ってるぞ!』
「やった!」
ユウマが嬉しそうに声を上げた。
……へへっ。
これで二種類目だな!
ただし、必要な量はまだ足りない。
俺たちは周囲の鉱脈を確かめながら、採掘を続けた。
青黒い帯がきれいに続いている部分。
余計な鉱物が少なそうな部分。
無理に割らなくても取り外せる部分。
そういう場所を選んで、少しずつ回収していく。
……うむ。
やっぱり、一度経験していると違うな。
前は、どこを掘ればいいのか分からず、ずいぶん迷ったものだ。
でも今日は、宮本のメモもある。
ユウマも採掘道具の扱いに慣れてきているし、俺も落ちてくる鉱石を受け止めるタイミングが分かる。
……ふふん。
俺たち、採掘まで上手くなってるじゃないか!
「ニャル、これでどう?」
『……おっ』
ユウマが最後の塊を取り外した。
俺は受け止め、収納した原鉱の量を確かめた。
……うむ。
これなら。
『二キロ、確保だ!』
「よし!」
ユウマが嬉しそうに拳を握った。
俺も思わず前足を上げる。
『やったな、ユウマ!』
「うん! これで二種類そろったね!」
『おう!』
均熱晶鉄が三キロ。
柔鋼石が二キロ。
合わせて五キロだ。
もちろん、最終的な品質は宮本に見てもらわないと分からない。
でも、教わった特徴に合う原鉱を、予定していた量だけ確保できた。
……これは、なかなかいい収穫じゃないか。
『へへっ。フライパンの材料がそろったぞ!』
「うん。剣の補助材もだね」
『そうだった!』
俺は大きく頷いた。
柔鋼石は、フライパンだけじゃなく、ユウマの新しい剣にも使うんだったな。
……うむ。
つまり、今日集めた五キロは、二人とも使う材料なんだ。
俺の料理道具と、ユウマの武器。
同じ岩鉄坑道で、両方の材料が採れる。
……何だか、ちょっと面白いな。
『ユウマ、次は剛刃晶鉄だな!』
「うん。でも、その前に少し休もうか」
『おっ。そうだな!』
採掘で結構身体を動かしたし、俺も少し喉が渇いてきた。
……ふむ。
休憩も大事な探索の仕事だな。
――――――
俺たちは通路の安全を確認し、少し広くなった場所で休憩することにした。
ユウマがリュックから水筒を取り出す。
俺は収納魔法から小さなカップを出してもらい、少しずつ水を飲んだ。
……ふう。
冷たくて美味いな。
『ユウマもちゃんと飲めよ』
「うん。飲んでるよ」
ユウマが笑った。
……うむ。
それならよし。
俺は足元に座り、宮本からもらったメモを思い出した。
残る鉱石は、剛刃晶鉄。
暗い鋼色をした鉱石で、割れた面に細い銀色の筋が見えるらしい。
主に剣などの刃物へ使う素材だ。
適切に鍛えれば刃持ちがよく、繰り返しの衝撃にも耐えやすい。
……ふむ。
今のユウマに必要な剣には、ぴったりの素材なのかもしれないな。
『剛刃晶鉄、どこにあるんだろうな』
「宮本さんは、前に採掘した場所より先だって言ってたよね」
『おう』
俺は頷いた。
前に鍋の材料を探した時も、以前より少し奥まで進んだんだ。
でも、岩鉄坑道にはまだまだ先がある。
全部を探索したわけじゃないからな。
「今日は、もう少しだけ先の道を確認してみようか」
『おっ。いいのか?』
「うん。無理に採掘するつもりはないけど、どんな場所か見ておきたいんだ」
『なるほどな!』
……うむ。
それはいい考えだ。
新しい鉱脈を探すには、まずどこにあるか知らないといけない。
でも、今から奥へ進んで大量に採掘するとなると、時間もかかる。
それに、ユウマの剣にはまだ違和感があるんだ。
無理は禁物だな。
『じゃあ、少しだけ見に行こうぜ!』
「うん。危なそうなら戻ろう」
『おう!』
俺たちは休憩を終え、採掘道具を片づけた。
……さて。
残る剛刃晶鉄の手掛かりは、見つかるかな?
――――――
以前採掘した区域を抜けると、坑道の様子が少しずつ変わってきた。
通路はやや狭くなり、壁の岩も暗い色が増えている。
天井の高さは場所によって違い、少し屈まないと通れないところもあった。
……ふむ。
前にここまで来たことはなかったな。
『ユウマ、足元気をつけろよ』
「うん」
ユウマが灯りを下へ向けた。
細かな石が散らばっていて、場所によっては地面が少し傾いている。
……むむ。
これは、歩きにくそうだ。
俺はユウマの肩で身体を低くし、周囲の音に耳を澄ませた。
岩の隙間を風が通る音。
どこかで小石が転がる音。
遠くから、かすかに水の滴る音も聞こえてくる。
……うむ。
今のところ、近くに魔物の気配はなさそうだな。
ただ、見通しはあまりよくない。
ユウマも慎重に歩いている。
「……あれ?」
しばらく進んだところで、ユウマが足を止めた。
『ん?』
「ニャル、あの壁、見える?」
ユウマが灯りを向けた。
少し先の岩壁。
そこには、周囲とは違う暗い鋼色の部分があった。
……おっ?
『……あれは』
俺は思わず身を乗り出した。
ただの黒い岩じゃない。
少し金属っぽい光沢がある。
しかも、ところどころに細い銀色の筋が走っているんだ。
『……ユウマ!』
「うん」
『宮本のメモに似てないか!?』
「……剛刃晶鉄?」
『そうそう!』
俺の耳がぴんと立った。
暗い鋼色。
細い銀色の筋。
……おお。
確かに、教わった特徴とよく似ている!
でも、まだ断定はできない。
割れた面までは見ていないし、品質も分からない。
それでも。
『……ほほう!』
これは期待できそうじゃないか!
俺は思わず尻尾を振った。
「近くまで行ってみようか」
『おう!』
ユウマが慎重に前へ進む。
ただ、鉱脈のある壁は通路の少し奥まった場所にあった。
足元には崩れた岩が積もり、その先は少し見通しが悪い。
……むむ。
これは、ちょっと考えた方がよさそうだな。
ユウマも同じことを思ったらしい。
「……ニャル」
『ん?』
「今日はここまでにしておこうか」
『……おお?』
俺は思わず壁を見た。
目の前に、剛刃晶鉄かもしれない鉱脈がある。
もう少し近づけば、確認できそうだ。
……でも。
「ここから先は、まだ道の状態が分からないからね」
ユウマが続けた。
「今から採掘を始めると時間もかかるし、帰り道も考えないと」
『……ふむ』
「今日は五キロも集められたし、十分だと思うんだ」
……うむ。
確かに、そうだな。
均熱晶鉄と柔鋼石は、必要な分を確保できた。
剛刃晶鉄らしい鉱脈も見つけられた。
だったら、今日の目的は十分達成できている。
何も、今すぐ全部採る必要はないんだ。
『……そうだな!』
俺は頷いた。
『今日はここまでにしよう!』
「うん」
『次に来る時は、あの辺りの足場もちゃんと確認しようぜ!』
「そうだね。安全に採掘できるか、まず調べよう」
ユウマが嬉しそうに笑った。
……へへっ。
やっぱり、うちの飼い主は頼りになるな。
新しい鉱石が見つかりそうだからって、無理に突っ込んだりしない。
ちゃんと帰りのことまで考えているんだ。
俺としては、もう少し近くで見てみたい気持ちもある。
でも、ユウマの安全の方が大事だからな。
『よし。場所は覚えたぞ!』
「うん。次はここを目標にしよう」
『おう!』
俺たちは鉱脈の位置と通ってきた道を確認し、来た道を引き返すことにした。
……ふむ。
残るは、剛刃晶鉄四キロ。
それが採れれば、剣とフライパンの材料がそろうんだな。
……へへっ。
ますます楽しみになってきたぞ!
――――――
岩鉄坑道を出る頃には、外の光が少し柔らかくなっていた。
ひんやりした坑道の空気とは違い、外の風にはほんのり暖かさがある。
……ふう。
やっぱり、無事に帰ってこられるのが一番だな。
俺はユウマの腕に抱かれながら、満足して喉を鳴らしていた。
ごろごろ。
「ニャル、今日は結構採れたね」
『おう!』
俺は嬉しくなって、収納魔法の中にある鉱石を思い浮かべた。
均熱晶鉄、三キロ。
柔鋼石、二キロ。
合計五キロ。
どちらも宮本から教わった特徴を持つ原鉱だ。
……うむ。
なかなかの収穫だぞ。
「残りは剛刃晶鉄だけだね」
『おう! 四キロだ!』
「次に行った時、ちゃんと採れるといいね」
『そうだな!』
俺は頷いた。
ただ、あの鉱脈が本当に剛刃晶鉄なのかは、まだ分からない。
見た目は似ていたけど、実際に採って宮本に確認してもらわないといけないからな。
それに、採掘場所の足場も気になる。
次は、もう少し慎重に準備した方がよさそうだ。
『……ユウマ』
「ん?」
『今日、無理して掘らなくてよかったな』
「そう?」
『おう。五キロも採れたんだし、十分だろ!』
ユウマが嬉しそうに笑った。
「うん。俺もそう思う」
『それに、剣もまだ今のやつだからな』
「……そうだね」
ユウマが腰の剣へ視線を向けた。
今の剣には、これまで何度も助けられてきた。
でも、最近のユウマの身体には、少しずつ合わなくなってきている。
宮本が新しい剣を作ってくれることになったのは嬉しいけど、それまでは慎重に使わないとな。
『新しい剣ができたら、もっと安心して戦えるようになるといいな!』
「うん。そうだね」
『それで、もっといろんなダンジョンへ行こうぜ!』
「ははっ。ニャルの目的は、やっぱり食材探し?」
『もちろんだ!』
俺は胸を張った。
……ふふん。
でも、それだけじゃないぞ。
ユウマが強くなっていくのを見るのも、俺にとっては大きな楽しみなんだ。
美味い飯を食わせて。
身体を育てて。
その身体に合った剣を用意する。
……うむ。
なかなか順調じゃないか。
「ニャルは、新しいフライパンが楽しみなんだよね」
『おう!』
俺は即答した。
『早く肉を焼いてみたいぞ!』
「またブルーバードチキン?」
『それもいいな!』
ぱりっとした皮。
濃い旨みのあるもも肉。
香草とバターの香り。
……ああ。
思い出しただけで腹が減ってきた。
『でも、新しいフライパンなら炒め物も作りたいな!』
「いいね!」
『ユウマの好きな肉をいっぱい入れてやるぞ!』
「やった!」
ユウマが嬉しそうに笑った。
……へへっ。
やっぱり、ユウマは肉料理が好きだな。
でも、そうやって嬉しそうにしてくれると、俺も作り甲斐があるぞ。
「じゃあ、次も頑張ろうね」
『おう!』
俺は前足を上げた。
今日集めたのは、ただの鉱石だ。
まだ剣にもフライパンにもなっていない。
でも、宮本のところへ持っていけば、ユウマの新しい武器と、俺の新しい料理道具になる。
……何だか、不思議だな。
同じダンジョンから採ってきた石が、片方は魔物と戦うための剣になって、もう片方は美味い飯を作るためのフライパンになるんだから。
どちらも、俺たちには大切なものだ。
『……よし!』
俺は満足して尻尾を立てた。
『次は剛刃晶鉄を採りに行くぞ!』
「うん。でも、安全第一だよ」
『分かってるって!』
ユウマが笑いながら、俺の頭を撫でてくれた。
……おお。
いいぞ、そこ。
俺は目を細め、気持ちよく喉を鳴らした。
ごろごろ。
残りは四キロ。
あの暗い鋼色の岩が、本当に剛刃晶鉄なのか。
次に行ったら、確かめてみよう。
……へへっ。
ユウマの剣も、俺のフライパンも、完成が楽しみだな!




