第61話 欲張らないのが、いい探索者
『ユウマ! 今日は残りの四キロだな!』
「うん。剛刃晶鉄が四キロだね」
『それが採れれば、材料は全部そろうぞ!』
俺はユウマの肩の上で、嬉しくなって尻尾を揺らした。
目の前にあるのは、もうすっかり見慣れた岩鉄坑道の入口だ。
前回の探索では、均熱晶鉄を三キロ、柔鋼石を二キロ確保できた。どちらも宮本から教わった特徴に合う原鉱で、今は俺の収納魔法の中に大切にしまってある。
残るのは、ユウマの新しい剣に使う剛刃晶鉄だけ。
暗い鋼色をしていて、割れた面に細い銀色の筋が見える鉱石だ。
前回、少し奥の通路でそれらしい鉱脈を見つけたんだけど、足場が悪そうだったから、無理せず引き返したんだよな。
……うむ。
あれはいい判断だったと思うぞ。
今日は改めて準備をしてきたし、時間にも余裕がある。
『よーし! さっそく採りに行こうぜ!』
「うん。でも、ちゃんと安全を確認してからね」
『分かってるって!』
俺は元気よく頷いた。
今日もユウマの腰には、いつもの剣が下がっている。
新しい剣は、まだ材料すらそろっていない。当然、戦闘になれば今の剣を使うことになるわけだ。
この前、宮本に見てもらった時も、すぐに壊れるような状態ではないと言われていた。
でも、今のユウマの身体には、少しずつ合わなくなってきているらしい。
……むむ。
そう考えると、やっぱり早く新しい剣を作ってもらいたいな。
「ニャル、今日は採掘が終わったら、そのまま帰ろうと思ってるんだ」
『おっ?』
「前に見つけた鉱脈を確認して、必要な分が採れたら終わり。それ以上は無理しないつもり」
『おお! いいじゃないか!』
俺は大きく頷いた。
別に、岩鉄坑道の奥を探検するのが目的じゃないからな。
剣とフライパンの材料を集める。
それが、今日の仕事だ。
『よし! 安全第一で、四キロ採るぞ!』
「うん!」
ユウマが笑い、俺の頭を軽く撫でてくれた。
……おお。
いいぞ、そこ。
俺は満足して喉を鳴らしながら、ユウマと一緒に坑道へ入っていった。
――――――
岩鉄坑道の中は、相変わらずひんやりとしていた。
足元には細かな石が散らばり、岩壁には鈍く光る鉱物の筋が走っている。ユウマの灯りを受けた岩肌が、ところどころ銀色にきらめいていた。
……ふむ。
何度来ても、食材の少ないダンジョンだな。
緑葉の洞窟なら、歩いているだけで何かしら美味そうなものが見つかるんだけど。
こっちは、ほとんど石ばかり。
……いや、待て。
今日はその石が目当てなんだった。
『……よし。今日は岩を探すぞ!』
「ははっ。最初からそのつもりだったでしょ?」
『そうだったな!』
ユウマが笑いながら、通路の先へ灯りを向けた。
前回通った道を覚えているので、今回はあまり迷わずに進めそうだ。
ただし、前と同じ道だからといって、安全とは限らない。
ダンジョンの中では、魔物が移動することもあるし、岩が崩れて道の状態が変わることだってある。
俺は耳を立て、周囲の音に注意を向けた。
ユウマも足元を確かめながら、慎重に進んでいる。
……うむ。
いい感じだな。
以前のユウマなら、こんなふうに落ち着いて周囲を確認する余裕は、あまりなかったかもしれない。
でも今は、歩きながら前後の様子を確かめ、危なそうな場所では自然に足を止めている。
やっぱり、探索にも慣れてきたんだな。
『ユウマ、前よりずいぶん頼もしくなったぞ!』
「えっ、急にどうしたの?」
『いや、ちゃんと周りを見ながら歩いてるなって!』
ユウマが少し照れたように笑った。
「前より余裕ができたのは確かかもね」
『そうだろ!』
「でも、油断しちゃ駄目だと思ってるよ」
『おお!』
……うむ。
それでこそ、俺の飼い主だ。
ユウマの探索者としての適性判定は、今もGランクのままだ。
でも、実際の身体能力はずいぶん伸びたし、戦い方だって上手くなった。
それに、こうして周囲を見ながら行動できるようになっている。
……へへっ。
身体だけじゃなく、ちゃんと経験も積んでるんだな。
俺が嬉しくなって尻尾を振っていると、ユウマが足を止めた。
「……ニャル」
『ん?』
「そろそろ、前に引き返した場所だよ」
……おっ。
俺は前方へ目を向けた。
確かに、見覚えのある岩壁がある。
少し狭くなった通路。
足元に積もった石。
そして、その向こうにある暗い鋼色の岩肌。
『……おお!』
あったぞ!
前回見つけた、剛刃晶鉄らしい鉱脈だ!
『ユウマ、あそこだな!』
「うん。でも、まずは周りを確認しよう」
『おう!』
……さて。
今日は、ちゃんと近くまで行けるかな?
――――――
鉱脈の近くまで来ると、前回は遠くからしか分からなかったことが、いろいろ見えてきた。
まず、足元。
大きな岩がいくつも転がっていて、その間には細かな石が積もっている。
しかも、奥へ進むほど地面が少し傾いていた。
……むむ。
確かに、歩きやすい場所じゃないな。
「ニャル、あの上を見て」
『ん?』
ユウマが灯りを向けた先には、岩棚のように張り出した部分があった。
その根元に、細い割れ目が走っている。
……おお。
あれは、ちょっと気になるな。
「前に来た時は暗くてよく見えなかったけど、あの辺り、岩が緩んでるかもしれない」
『……ふむ』
俺は耳を立てた。
しばらくじっとしていると、どこかで小さな石が転がる音が聞こえた。
からっ。
……ん?
今のは、上の方か?
『ユウマ、今、石が落ちる音がしたぞ』
「うん。聞こえた」
ユウマはすぐに歩くのをやめた。
灯りを上へ向け、岩棚の状態を確かめる。
……うむ。
こういう時、すぐに立ち止まれるのは大事だな。
俺だって、新しい鉱石は欲しい。
でも、岩が落ちてきたら困るからな。
「……あの下には入らない方がよさそうだね」
『そうだな』
俺は頷いた。
剛刃晶鉄らしい鉱脈は、確かに奥へ続いている。
でも、その全部を採る必要はない。
欲しいのは四キロだけだ。
『ユウマ、手前の壁はどうだ?』
「うん。そっちを見てみよう」
俺たちは岩棚の下を避け、比較的広い場所から壁の状態を確認することにした。
そこにも暗い鋼色の岩が露出している。
……おっ。
こっちにも、細い銀色の筋が見えるぞ。
『あそこ、よさそうじゃないか?』
「うん。少し調べてみようか」
ユウマは足元の石を確かめ、安定して立てる場所を選んだ。
近くの壁にも大きな割れ目は見当たらない。
退路も確保できている。
……ふむ。
これなら、少し削ってみてもよさそうだな。
「まずは小さく採ってみるね」
『頼んだ!』
ユウマが採掘道具を取り出した。
そして、岩壁の端へ慎重に当てる。
こつん。
こつん、こつん。
乾いた音が、坑道の中へ響いた。
……さて。
どんな石が出てくるかな?
――――――
ユウマが少しずつ岩を削っていくと、やがて小さな欠片が外れた。
かつん。
俺は念動力で受け止め、目の前へ浮かせた。
『……どれどれ』
欠片をゆっくり回し、断面を確かめる。
暗い鋼色の中に、細い銀色の筋が走っていた。
……おお。
これは!
『ユウマ! 宮本のメモにそっくりだぞ!』
「本当?」
『おう! 細い銀色の筋がある!』
ユウマが近づいてきて、欠片を覗き込んだ。
「……ああ、本当だね」
俺たちは顔を見合わせた。
……へへっ。
どうやら、当たりかもしれないな!
もっとも、これが本当に剛刃晶鉄なのか、品質が十分なのかは、宮本に確認してもらわないと分からない。
俺の鑑定は、食材の扱いを調べるのが得意な能力だ。
鉱石の良し悪しまで、何でも分かるわけじゃないからな。
『宮本が見たら、きっと分かるだろうな』
「うん。だから、状態のよさそうなところを選んで採ろう」
『おう!』
ユウマは改めて岩壁を調べ、採掘道具を持ち直した。
ここからが本番だ。
ただし、無理に大きな塊を外そうとはしない。
周囲の岩を崩さないよう、小さな割れ目を利用して、少しずつ採っていくことにした。
こつん。
こつん。
乾いた音が続く。
ユウマが掘り、俺が落ちてくる欠片を受け止める。
……うむ。
前より、ずいぶん息が合うようになったな。
ユウマが採掘道具を振り下ろす前に、俺も受け止めやすい位置を考えられる。
大きめの塊が外れそうになったら、先に念動力で支えておく。
そして、ゆっくり地面へ下ろす。
……ふふん。
なかなかいい連携じゃないか!
「ニャル、これお願い!」
『おう!』
少し大きな原鉱が外れた。
俺は念動力で受け止め、そっと足元へ運んだ。
……おお。
これは、なかなか立派だぞ。
断面には、さっきと同じような銀色の筋が見える。
しかも、余計な岩があまり混じっていないように見えた。
『これも取っておこう!』
「うん!」
俺は原鉱を収納魔法へ収めた。
……へへっ。
少しずつ、ユウマの新しい剣の材料が集まっていく。
今はまだ、ただの石だ。
でも、宮本のところへ持っていけば、ちゃんとした剣になるんだ。
……うむ。
楽しみだなあ。
『ユウマ、これが新しい剣になるんだな!』
「そうだね。ちゃんと使える鉱石だったら、だけど」
『きっと大丈夫だ!』
「ははっ。そうだといいね」
ユウマが笑った。
それから、採掘道具を置いて周囲を確認する。
「少し休もうか」
『おっ。そうだな』
……うむ。
まだ必要な量には届いていないけど、急ぐ必要はない。
岩を掘るのは、思った以上に疲れる作業だ。
ユウマの身体が強くなったとはいえ、休まず掘り続けるのはよくないからな。
俺たちは水を飲み、少しだけ身体を休めた。
……ふう。
冷たい水が美味いな。
『ユウマ、疲れてないか?』
「うん。まだ大丈夫だよ」
『そうか。でも、無理はするなよ』
「分かってる」
ユウマが笑いながら、俺の頭を撫でた。
……おお。
いいぞ、そこ。
俺は気持ちよく目を細めた。
ごろごろ。
……ふう。
こういう休憩も、悪くないな。
しっかり休んで、また少しずつ掘ればいい。
今日は、ちゃんと安全に四キロ確保するんだからな!
――――――
休憩を終えた後も、採掘は順調に進んだ。
ユウマが掘り、俺が受け止める。
時々周囲を確認しながら、安定している部分だけを選んで作業を続けた。
岩の奥へ進むほど銀色の筋が増える場所もあったけど、そこは無理に追いかけない。
大きな塊が見えても、周囲の岩ごと崩れそうなら手を出さない。
……うむ。
欲しい鉱石だけを取り出すのって、意外と難しいんだな。
美味そうな食材が目の前にあったら、つい手を伸ばしたくなる俺としては、なかなか勉強になるぞ。
「……よし」
ユウマが採掘道具を止めた。
「ニャル、今のでどれくらいかな?」
『ちょっと待ってくれ!』
俺は回収した原鉱を確認した。
小さな欠片。
少し大きな塊。
それから、さっき採った銀色の筋がきれいに入っている原鉱。
……うむ。
持ってきた秤で確かめると、もう少しで四キロになりそうだ。
『あとちょっとだな!』
「そっか。じゃあ、あの端の部分だけ採ってみよう」
『おう!』
ユウマが示したのは、岩壁の手前側に残っている小さな塊だった。
大きな岩棚からは離れているし、周囲の岩も安定しているように見える。
……よし。
これなら、無理せず採れそうだな。
こつん。
こつん。
何度か採掘道具を当てると、岩の端に細い割れ目が入った。
ユウマは力任せに叩かず、少し角度を変える。
そして。
かつんっ。
最後の塊が外れた。
『おお!』
俺は念動力で受け止めた。
……よし。
きれいに採れたぞ!
断面には、細い銀色の筋が走っている。
俺は満足して頷き、ほかの原鉱と一緒に重さを確認した。
……おっ。
これは!
『ユウマ!』
「ん?」
『四キロ、そろったぞ!』
「……おお!」
ユウマが嬉しそうに声を上げた。
「やったね、ニャル!」
『おう! やったな!』
俺は思わず前足を上げた。
……へへっ。
ついに、全部そろったぞ!
剛刃晶鉄が四キロ。
均熱晶鉄が三キロ。
柔鋼石が二キロ。
合わせて九キロ!
宮本から指定された原鉱の目標量だ。
もちろん、最終的な品質確認はまだだけど。
それでも、必要な分を確保できたのは大きい。
『これでユウマの剣も、俺のフライパンも作ってもらえるな!』
「うん。宮本さんに見てもらうのが楽しみだね」
『おう!』
……ああ。
嬉しいなあ。
俺の頭の中には、もう新しいフライパンの姿が浮かんでいる。
広くて浅い焼き面。
念動力で動かしやすい重心。
肉を焼く時も、野菜を炒める時も、今まで以上に扱いやすい道具になるはずだ。
……ふふん。
まずは何を作ろうかな。
やっぱり、ブルーバードチキンの香草バターソテーか?
それとも、ホーンラビットを使った炒め物もいいな。
……いやいや。
せっかくなら、橘に教わった技術をもう一度試したいぞ。
『……むむむ』
「ニャル?」
『……ん?』
「もう料理のこと考えてたでしょ」
『よく分かったな!』
ユウマが声を上げて笑った。
……むう。
俺って、そんなに分かりやすいのか?
でも、仕方ないじゃないか。
新しい料理道具ができるんだぞ!
楽しみにするなって方が無理だろ。
「じゃあ、そろそろ片づけようか」
『おう!』
俺たちは採掘道具をまとめ、周囲に忘れ物がないか確認した。
……うむ。
これで、今日の仕事は終わりだな。
俺は満足して尻尾を揺らした。
……その時だった。
『……ん?』
ふと、視界の端で何かが光った気がした。
――――――
『……ユウマ』
「ん?」
『あの奥、何か光ってないか?』
俺は岩棚の向こうを見つめた。
割れ目の多い岩壁。
崩れた石が積もった足元。
そのさらに奥の暗がりに、かすかな光が見えたんだ。
……おお?
何だ、あれ。
最初は、ただの鉱石かと思った。
このダンジョンには、光を反射する鉱物もいろいろあるからな。
でも、何だか妙に気になる。
強い光じゃない。
小さく、かすかにきらめいているだけだ。
それなのに、俺は思わず目を奪われてしまった。
『……ほほう』
何だろうな。
珍しい鉱石か?
いや、それにしては……。
……ん?
俺は、ふと思いついて鑑定を向けてみた。
もちろん、鉱石の品質を見極めるためじゃない。
ただ、何となく気になったんだ。
すると。
『……おおっ!?』
俺は思わず声を上げた。
……えっ?
待て待て。
今、何か分かったぞ。
あれは……。
『ユウマ!』
「どうしたの?」
『あれ、食えるものみたいだぞ!』
「……えっ?」
ユウマが驚いた顔になった。
「食べられるの?」
『おう! 鑑定で食材だってことは分かる!』
……おおお。
何だ、あれ!
石みたいに見えるのに、食材なのか!?
俺は興奮して、尻尾をぴんと立てた。
ただし、分かったのはそこまでだった。
距離があるせいか、詳しい状態までは確認できない。
どんな味がするのか。
どんな処理が必要なのか。
危険な部分があるのか。
そういうことは、まだ分からなかった。
……むむ。
でも、食材なんだよな。
こんな鉱石だらけの場所に、食べられる何かがあるなんて!
『……ユウマ』
「うん?」
『ちょっとだけ、近くで見てみたいな』
俺は思わず前足を合わせた。
……うむ。
少しだけでいいんだ。
あの光ってるやつが何なのか、確かめたい。
もしかしたら、ものすごく美味い食材かもしれないじゃないか!
……いや、もちろん、まだ味なんて分からないけどな。
それでも、気になるものは気になるんだ。
ユウマは俺が示した方向へ灯りを向けた。
しばらくじっと観察してから、ゆっくり首を横に振る。
「……ニャル。今日はやめておこう」
『……おお?』
「ほら、あの上」
ユウマが指さした先には、さっき確認した岩棚の続きがあった。
大きな割れ目がいくつも走り、その下には崩れた石が積もっている。
……むむ。
確かに、あそこは危なそうだな。
「足元も不安定だし、あの岩の下を通らないと近づけなさそうなんだ」
『……ふむ』
「それに、何があるか分からない場所へ、今から進む必要はないと思う」
ユウマは俺へ目を向けた。
「今日は必要な鉱石を全部採れたでしょ?」
『……おう』
「だったら、今日はここまでにしよう」
……うむ。
そうだよな。
俺はもう一度、奥の小さな光を見た。
……気になる。
ものすごく気になるぞ。
だって、あれは食材なんだ。
どんな味がするのか、どうやって料理するのか、まったく分からない。
もしかしたら、今まで食べたことのないような美味いものかもしれない。
……くうっ。
料理猫としては、見逃しがたいぞ!
でも。
『……そうだな!』
俺は大きく頷いた。
『今日は帰ろう!』
「……いいの?」
『おう! ユウマの言うとおりだ!』
俺は胸を張った。
『必要な鉱石はそろったしな。無理して怪我したら大変だ!』
ユウマがほっとしたように笑った。
「うん。ありがとう、ニャル」
『へへっ。いいってことよ!』
……まあ、ちょっと惜しいけどな。
いや、かなり惜しいけど。
でも、俺だって分かっている。
食べられるものだからといって、安全に採れるとは限らない。
それに、仮に採れたとしても、ちゃんと処理できるかどうかは別の話だ。
……うむ。
今は、やめておくのが正解だな。
『……ユウマ』
「ん?」
『でも、あの場所は覚えておこうぜ』
「うん。そうだね」
『また新しい武器とか料理道具の材料を採りに来ることがあったら、その時に確認してみたいな!』
ユウマが少し考えてから頷いた。
「その時、安全に近づけそうならね」
『おう!』
……へへっ。
それならいい。
今すぐ採れないからって、あれがなくなると決まったわけじゃない。
また来る機会もあるだろう。
もっと探索に慣れて、ちゃんと安全を確保できるようになったら、改めて調べればいいんだ。
……うむ。
楽しみが一つ増えたな。
俺は奥の小さな光を、もう一度だけ見つめた。
『……いつか、どんな味か確かめてやるからな!』
「ははっ。ニャルらしいね」
ユウマが笑った。
……ふふん。
当然だろ。
食えるものがあると分かったら、いつか食ってみたくなる。
それが料理猫ってもんだ!
でも、今は帰るぞ。
ユウマが無事に帰って、美味い飯を食える方が大事だからな。
『よし! 帰ろうぜ、ユウマ!』
「うん!」
俺たちは来た道を振り返り、慎重に歩き始めた。
――――――
帰り道。
俺はユウマの肩の上で、今日の出来事を思い返していた。
剛刃晶鉄を四キロ確保できた。
これで、宮本に指定された鉱石は全部そろったことになる。
しかも、奥にはまだ知らない食材まで見つかった。
……うむ。
なかなか面白い探索だったな。
でも、今日一番よかったことは、別にある気がする。
『……ユウマ』
「ん?」
『今日は、いい判断だったな』
「えっ?」
『あの光るやつ、採りに行かなかったことだ!』
ユウマが少し驚いた顔になった。
「……ニャル、すごく気になってたでしょ?」
『そりゃ気になるさ!』
俺は即答した。
『だって、食材だぞ! しかも、まだ見たことのないやつだ!』
「ははっ。そうだよね」
『でも、危ないところまで行く必要はないからな!』
ユウマが小さく頷いた。
「……うん。俺もそう思ったんだ」
少しだけ考えてから、続ける。
「前だったら、もう少し奥まで行けるかもって思ったかもしれない」
『ほう?』
「でも、今日はちゃんと目的を達成できたでしょ?」
『おう!』
「だったら、そこで帰るのも大事かなって」
……うむ。
そのとおりだ。
俺は嬉しくなって、尻尾をゆっくり揺らした。
ユウマは、確かに強くなった。
以前なら苦戦していた魔物にも、落ち着いて対応できるようになった。
採掘道具を使う時だって、前よりずっと力強い。
それに、身体の動きが変わったからこそ、新しい剣が必要になっているんだ。
でも、強くなったからって、どこへでも行けるわけじゃない。
危ない場所は、やっぱり危ない。
むしろ、今のユウマはそれをちゃんと分かっている。
『……へへっ』
「ニャル?」
『いや、ユウマはいい探索者になってきたなって!』
ユウマが照れたように笑った。
「そうかな?」
『そうだぞ!』
俺は胸を張った。
『強いだけじゃなくて、ちゃんと帰ることも考えられるんだからな!』
「……ありがとう」
ユウマが嬉しそうに笑った。
……うむ。
やっぱり、いい顔だな。
俺はユウマを強く育てたい。
美味い料理をたくさん食わせて、もっといろんなダンジョンへ行けるようにしたい。
まだ知らない食材を見つけて、また新しい料理を作りたい。
……でも。
そのためには、ユウマが無事に帰ってこないといけない。
今日みたいに、欲しいものが目の前にあっても、危ないなら引き返す。
それも、強さの一つなんだな。
『……よし!』
俺は満足して頷いた。
『次も、安全第一だ!』
「うん!」
『それで、美味いもんをいっぱい食うぞ!』
「ははっ。やっぱりそこなんだね」
『当然だろ!』
俺は元気よく答えた。
……へへっ。
でも、そこは譲れないぞ。
美味い飯を食うために、今日も頑張ってるんだからな!
――――――
岩鉄坑道を出ると、外の空気がいつもより暖かく感じられた。
薄暗い坑道の中に長くいたせいか、外の光が少しまぶしい。
俺はユウマの腕に抱かれながら、満足して喉を鳴らした。
ごろごろ。
「ニャル、今日はお疲れさま」
『おう! ユウマもな!』
ユウマが優しく頭を撫でてくれる。
……おお。
いいぞ、そこ。
俺は目を細め、尻尾を揺らした。
……ふう。
やっぱり、無事に帰ってきた後の撫で撫では最高だな。
「それじゃあ、次は黒鉄堂だね」
『おう!』
俺は嬉しくなって顔を上げた。
そうだった!
これで、ようやく宮本のところへ材料を持っていけるんだ。
剛刃晶鉄、四キロ。
均熱晶鉄、三キロ。
柔鋼石、二キロ。
全部で九キロ。
……うむ。
改めて考えると、なかなかの収穫だぞ。
『宮本、喜んでくれるかな?』
「どうだろうね。でも、ちゃんと確認はしてくれると思うよ」
『それは間違いないな!』
俺は頷いた。
宮本は、いい加減な仕事をしない職人だ。
鉱石の見た目だけで判断せず、品質や使える量まで確かめてくれる。
だから、今日の原鉱だって、全部がそのまま使えるとは限らない。
でも、そこは宮本に任せればいい。
俺たちは、できるだけ状態のよさそうなものを集めてきたんだからな。
『……へへっ』
「ニャル、また嬉しそうだね」
『そりゃそうだろ!』
俺は胸を張った。
『新しいフライパンができるんだぞ!』
「まだ宮本さんの確認が終わってないけどね」
『分かってるって!』
……まあ、もう完成した気分になっているのは認める。
でも、楽しみなんだから仕方ないじゃないか。
新しいフライパンができたら、まず何を焼こうかな。
やっぱり肉だな。
ブルーバードチキンの皮を、今度はもっとぱりっと焼いてみたい。
それから、ホーンラビットの肉もいい。
野菜をたっぷり入れた炒め物も作りたいな。
……ああ。
考えれば考えるほど、作りたい料理が増えてくるぞ!
「ニャル?」
『……ん?』
「また料理のこと?」
『おう!』
ユウマが笑った。
「本当に楽しみなんだね」
『もちろんだ!』
俺は大きく頷いた。
『でも、ユウマの新しい剣も楽しみだぞ!』
「……うん!」
ユウマが嬉しそうに笑った。
……へへっ。
やっぱり、うちの飼い主は最高だな。
新しい剣で、もっと安全に戦えるようになって。
その剣で守ってもらいながら、俺が新しい食材を探して。
そして、新しいフライパンで美味い料理を作る。
……うむ。
完璧な計画じゃないか!
『よし! 次は宮本のところだな!』
「うん。黒鉄堂へ持っていこう!」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
今日採った鉱石は、まだただの石だ。
でも、宮本の手にかかれば、きっと立派な剣とフライパンになる。
……へへっ。
その日が楽しみで仕方ないな。
俺はユウマの腕の中で身体を丸め、満足して喉を鳴らした。
ごろごろ。
岩鉄坑道の奥には、まだ知らない食材が眠っている。
いつか、あれを採りに行ける日も来るかもしれない。
でも、今はそれより先にやることがある。
ユウマの剣を作ってもらって。
俺のフライパンも作ってもらって。
それから、また美味いものを食うんだ。
……うむ!
楽しみがいっぱいだな!
『ユウマ!』
「何?」
『帰ったら、今日は美味い飯を作るぞ!』
「やった!」
ユウマが嬉しそうに笑った。
……へへっ。
やっぱり、探索の後は美味い飯に限るな。
俺は尻尾をぴんと立て、帰り道の向こうにある我が家を思い浮かべた。
今日も、ちゃんと二人で帰れる。
それだけで、十分いい探索だったぞ!




