第57話 猫の料理教室、肉料理編
『……ユウマ。その鳥、ちょっと丸すぎないか?』
「えっ、そう?」
『それじゃあ、青いボールに足が生えてるみたいだぞ』
「うーん……確かに」
俺は作業台の上から、ユウマが描いた絵を眺めていた。
青い身体。
短い翼。
太い脚。
そして、鋭い嘴。
……うむ。
特徴は合っている。
でも、何だか全体的に丸っこい。
昨日食べたブルーバードは、もう少し鳥らしい姿をしていたはずなんだけどな。
「まあ、今日は絵の上手さが大事なわけじゃないから」
『それはそうだけどな』
ユウマが苦笑しながら、紙の端を指さした。
「ほら。ここを説明するための絵なんだよ」
『……おっ』
そこには、赤い丸印がつけられていた。
場所は、ブルーバードの尾羽の付け根。
昨日、俺が解体する時に気をつけた部分だ。
『なるほど。危ない脂腺の場所か』
「うん。実物はもう処理しちゃったから、今日はこれを使って説明しようと思って」
『いいじゃないか!』
俺は満足して頷いた。
今日の『ニャルの台所』では、ブルーバードチキンの香草バターソテーを作る予定だ。
昨日、ユウマとマコトに食べてもらった料理である。
あれは美味かったなあ。
ぱりっと焼けた皮。
噛むほど旨みが広がるもも肉。
少し締まった歯応えの胸肉。
普通の鶏肉に似ているけど、ちゃんと違う美味しさがあった。
しかも、橘に教わったバターの回しかけも、なかなかうまくできたんだ。
……思い出したら、また腹が減ってきたぞ。
「ニャル、今日も張り切ってるね」
『当たり前だろ! せっかく美味い肉が手に入ったんだからな!』
「ふふっ。じゃあ、そろそろ準備しようか」
『おう!』
俺は尻尾を立てた。
今回の目標は、ただ美味い料理を作ることじゃない。
ブルーバードチキンを初めて扱うやつにも、安全な処理の大切さを知ってもらうことだ。
ムーンキャベツの配信では、後から作り方を見返してくれた人がいた。
手順をメモして、実際に料理を作ってくれた人もいるらしい。
……だったら、今回もちゃんと伝えたいよな。
『ユウマ、今日も説明は頼んだぞ!』
「うん! ニャルは料理に集中してね」
『任せろ!』
俺は自分専用の包丁を浮かせた。
さあ。
今日も美味いものを作るぞ!
――――――
「こんばんは、悠真です! 今日も『ニャルの台所』を始めます!」
「にゃ!」
俺はカメラへ向かって前足を上げた。
ユウマが配信画面を確認すると、すぐに嬉しそうな顔になった。
「おっ、今日もたくさん来てくれてるね」
『ほう!』
「『待ってました!』『ニャルちゃん、今日もかわいい!』『肉料理楽しみ!』だって」
『おお。いい反応だな!』
今日は肉料理を見たいと言ってくれた人もいるはずだ。
期待には応えないとな。
「それじゃあ、早速今日の食材を紹介します」
ユウマが材料を置いた台へカメラを向ける。
俺は念動力で、用意していた肉の入った皿を持ち上げた。
ふわり。
皿が宙に浮く。
「今日使うのは、ブルーバードチキンです!」
『おう!』
「青い羽毛を持つ鳥型魔物、ブルーバードのお肉ですね。今回は、皮付きのもも肉と胸肉を使います」
カメラの前に並んだ肉は、普通の鶏肉によく似た色をしている。
ただ、胸肉の繊維は少し締まっていて、もも肉にはほどよく脂がついている。
昨日実際に食べたから、どんな味がするかも分かっているぞ。
「『青い鳥なのに肉は普通の色なんだ』『鶏肉に似てるね』『どんな味?』って来てるよ」
『ふふん。そこは楽しみにしててくれ!』
俺は胸を張った。
「昨日、一度家で調理してみたんですけど、普通の鶏肉より少し旨みが濃くて、歯応えもしっかりしていました」
『そうそう!』
「今日は、その味を活かして香草バターソテーにしていきます」
ユウマが説明すると、画面のコメントが流れた。
「『絶対美味しいやつ』『皮をぱりっと焼いてほしい』『お腹空いてきた』だって」
『分かってるじゃないか!』
俺も皮はぱりっと焼きたい。
……いや、昨日食べたあの味を思い出すと、もう一度食いたくなるな。
でも、まずは大事な話がある。
『ユウマ、先に例の絵だ』
「うん。そうだね」
ユウマは材料の横に、さっき描いていた紙を置いた。
「調理の前に、安全な下処理について説明します」
画面には、丸っこい青い鳥の絵が映った。
……むう。
改めて見ると、やっぱり丸いな。
「こちらがブルーバードです」
『……だいたいな』
「……ニャル?」
『いや、何でもないぞ』
ユウマは不思議そうな顔をしたけど、そのまま説明を続けた。
「ブルーバードは、尾羽の付け根にある脂腺と、その周囲の組織に注意が必要なんです」
赤い丸印を指さす。
「この脂腺には、強い苦みと、胃腸の不調を起こす可能性がある分泌物が含まれています」
『そうだぞ』
「解体の時には、脂腺を傷つけず、周囲の組織ごと十分に取り除く必要があります」
……うむ。
大切なところはちゃんと伝わってるな。
俺は昨日の解体を思い出した。
尾羽の付け根にある、青みがかった脂腺。
あれを破ってしまうと、分泌物が肉についてしまうかもしれない。
だから、ぎりぎりを切るんじゃなくて、余裕を持って周囲ごと取り除いたんだ。
……まあ、今日はもう処理済みの肉だから、その作業はしないけどな。
「『ホーンラビットみたいに危ないところがあるんだ』『肉なら全部同じだと思ってた』ってコメントが来てるよ」
『おっ。それなら、違いも説明しようぜ』
「うん」
ユウマはもう一枚の紙を取り出した。
今度は、角の生えたウサギの絵だ。
……おお。
こっちはなかなか分かりやすいな。
どうして鳥だけあんなに丸くなったんだ?
「こちらは、以前紹介したホーンラビットです」
ユウマはウサギの角の根元を指さした。
「ホーンラビットの場合、注意するのは角の根元付近にある臭腺と周囲の組織です」
『そうそう』
「こちらの分泌物には軽い麻痺性の成分があって、誤って口にすると痺れが出ることがあります」
俺は頷いた。
ブルーバードとは危険な場所も、分泌物の性質も違う。
それぞれに合った解体処理が必要なんだ。
「『なるほど、場所が全然違う』『同じように処理したら駄目なんだね』だって」
『おう! そこが大事だ!』
俺は思わず前足を上げた。
すると、ユウマが笑った。
「ニャルも大事なところだって言ってます」
……へへっ。
ちゃんと伝えてくれたな。
「『ホーンラビットの処理方法を覚えてたら、ほかの肉も大丈夫?』って質問が来てるよ」
『……いや、それは駄目だな』
俺は首を横に振った。
『魔物が違えば、危ないところも違う。知らない食材なら、ちゃんと確認しないといけないぞ』
「はい。ホーンラビットの処理方法を、ほかの魔物にもそのまま使えるとは限りません」
ユウマがカメラへ向かって説明した。
「今日紹介するブルーバードチキンも、危険部位が適切に取り除かれたことを確認してから使っています。安全な処理方法が分からない食材は、無理に食べないでくださいね」
『うむ!』
これなら安心だ。
……いや、もちろん説明しただけですべての危険がなくなるわけじゃない。
でも、知らないまま食べようとする人が減ってくれたら嬉しいな。
「それと、今日の肉は解体済みなので、脂腺を取り除く実演はありません」
ユウマが改めて伝える。
「この図は場所を説明するためのものです。図だけを見て、自己判断で解体できるという意味ではありませんので、そこも注意してください」
『そういうことだ!』
……よし。
下処理の説明は、ちゃんとできたな。
さて。
『ユウマ、そろそろ料理を始めようぜ!』
「うん。じゃあ、ここから調理していきます!」
……待ってました!
俺は嬉しくなって、尻尾をぴんと立てた。
――――――
作業台の上には、ブルーバードチキンのもも肉と胸肉が並んでいる。
どちらも、昨日解体して安全を確認した肉だ。
今日は、その残りを使う。
……うむ。
なかなかいい肉だな。
俺は念動力で専用包丁を持ち上げた。
すうっ。
刃が宙へ浮かぶ。
「『出た、空飛ぶ包丁!』『今日もニャルちゃんの手元が楽しみ』だって」
『ふふん。よく見てろよ!』
俺はもも肉の厚い部分へ刃を向けた。
……さて。
まずは厚さをそろえよう。
昨日もやった作業だけど、今日はカメラがある。
見ている人に分かりやすいように、少しゆっくり動かしてみるか。
すっ。
肉の厚い部分へ、刃を寝かせて入れる。
筋肉の繊維に沿って、少しずつ肉が開いていった。
「ニャル、今は何をしてるの?」
『肉の厚さをそろえてるんだ。薄いところだけ先に焼けないようにな』
「はい。肉の厚い部分を少し開いて、全体に火が通りやすいようにしています」
ユウマは俺の手元をカメラに大きく映した。
……おお。
これなら、どこへ刃を入れているか分かりやすいな。
俺は少しだけ動きを止め、開いた部分を見せた。
「『なるほど、厚さをそろえるのか』『今の動き分かりやすい』って」
『おっ。よかったな!』
……うむ。
いつもなら、もっとさっさと切ってしまうところだ。
でも、こうして一度止めるだけで、見ている人には分かりやすくなるらしい。
なるほどなあ。
教えるための料理って、こういう工夫も必要なんだな。
続いて胸肉。
こちらは、もも肉より脂が少なく、筋肉が締まっている。
『こっちは焼きすぎに注意だな』
「胸肉はもも肉より硬くなりやすいんだよね?」
『そうそう。でも、加熱が足りないのも駄目だぞ』
「はい。胸肉は焼きすぎると硬くなりやすいですが、だからといって半生で食べるわけにはいきません。中まで十分に火を通します」
……うむ。
いいぞ、ユウマ。
説明がだんだん上手になってきたな。
俺は二種類の肉を整え、塩と胡椒、それから乾燥させた香草を振った。
今日は、昨日と同じ味つけだ。
初めてブルーバードチキンを扱う人に紹介するんだから、基本の作り方は変えない方がいいだろう。
……それに、昨日の味は十分美味かったしな。
『よし。次は付け合わせだ!』
「妖精ニンジンだね」
『おう!』
俺は安全に下処理した妖精ニンジンを取り出した。
葉の付け根と根の上部は、すでに適切に除去してある。
こちらも普通のニンジンとは異なる注意点があるので、ユウマから簡単に説明してもらった。
……うむ。
これで材料の準備はできたな。
「ニャル、そろそろ焼く?」
『もちろんだ!』
俺は専用鍋を用意した。
宮本に作ってもらった、俺のお気に入りの鍋である。
大きめだけど、念動力で扱いやすいように作られているし、熱の回り方も安定している。
……へへっ。
今日も頼むぞ、相棒!
『よし。火をつけるぞ!』
――――――
鍋が温まったところへ、少量の油を広げる。
最初は、皮付きのもも肉からだ。
俺は念動力で肉を持ち上げ、皮目を下にして鍋へ置いた。
じゅうっ!
『……おお!』
いい音!
肉が鍋底へ触れた瞬間、勢いよく音が立ち上がった。
皮の下にある脂が、少しずつ溶け出していく。
じゅう、じゅう……。
……ああ。
やっぱり、この音は最高だな。
「『音がいい!』『もう美味そう』『皮が焼けるところ大好き』だって」
『分かってるじゃないか!』
俺は満足して頷いた。
でも、今はあまり肉を動かさない。
皮にきれいな焼き色をつけたいからな。
鍋の中では、溶け出した脂が小さな泡を作っている。
皮の縁が少しずつ色づき、香ばしい匂いが漂い始めた。
……おっ。
いい感じだ。
「ニャル、どうして今は動かさないの?」
『皮をぱりっと焼きたいからな。何度も動かすと、焼き色がつきにくいんだ』
「なるほど。皮目をしっかり焼いているところなんですね」
ユウマがカメラへ説明した。
……うむ。
料理の音を聞きながら説明してもらうのも、なかなかいいな。
俺自身も、何を意識しているのか整理できる。
……ただ。
『……くんくん』
いい匂いだなあ。
熱い脂の香りが、鼻先まで届いてくる。
……うむ。
腹が減ってきたぞ。
昨日も食べたのに、もう一度食いたくなってきた。
「ニャル?」
『……ん?』
「今、すごく鼻が動いてたよ」
『……そうか?』
「うん。『ニャルちゃん、もう食べたそう』『お鼻がひくひくしてる』って」
『……むう』
よく見てるな、お前ら。
……まあ、いい匂いなんだから仕方ないだろ。
俺は気を取り直し、鍋へ意識を戻した。
皮の焼き色を確かめる。
……よし。
『そろそろ返すぞ!』
俺は念動力で肉を持ち上げ、そっと裏返した。
じゅっ!
こんがりとした黄金色の皮が現れる。
……おお。
今日もきれいに焼けたな!
「わあ、すごい!」
ユウマが声を上げた。
「『皮がぱりぱりだ!』『焼き色最高!』『お腹空いた!』って」
『へへっ。いい感じだろ!』
俺は嬉しくなって尻尾を立てた。
でも、まだ完成じゃない。
ここから中まで十分に火を通さないとな。
俺は火を弱め、肉の厚みを確かめながら加熱を続けた。
……うむ。
表面が美味しそうだからって、すぐに食べちゃ駄目だぞ。
特に今回は鳥肉だからな。
中心までちゃんと火を通すことが大切なんだ。
『……さて』
俺は小さく切ったバターを鍋へ入れた。
じゅわっ!
熱い鍋の中で、バターが溶けていく。
そこへ香草の香りが重なった。
『……おおお』
これは……!
昨日も嗅いだはずなのに、やっぱりたまらんな!
バターの甘く香ばしい匂い。
焼けた肉の脂。
それから、温まった香草の爽やかな香り。
……くうっ。
腹が鳴りそうだぞ!
「ニャル、すごくいい匂いだね」
『おう! 最高だ!』
俺は鍋を少し傾け、溶けたバターを片側へ集めた。
念動力でスプーンを浮かせる。
すくって。
肉へかける。
また、すくって。
かける。
じゅわっ。
肉の表面で、バターが小さな音を立てた。
……うむ。
これだこれだ。
橘に教わった技術だ。
熱いバターを回しかけながら、表面へ香りと旨みをまとわせていく。
もちろん、焦がしすぎないように火加減にも注意する。
「『スプーンまで浮いてる!』『手際がすごい』『これ、家でもできる?』って質問が来てるよ」
『おっ。もちろん、人間なら普通にスプーンでやればいいぞ』
「はい。ニャルは念動力を使っていますけど、普通の調理器具でも同じように作れます」
『そうそう!』
……まあ、俺みたいに鍋もスプーンも浮かせられたら便利だけどな。
でも、美味い料理を作るのに念動力が必要なわけじゃない。
俺だって、橘が普通の手で料理するところを見て勉強したんだから。
……っと。
そろそろ、肉の様子を確かめよう。
俺は火加減を調整し、厚い部分までしっかり熱が届くようにした。
……ふむ。
まだ少し時間が必要だな。
そのまま加熱を続ける。
そして、中心まで十分に火が通ったことを確認してから、鍋から取り出した。
『よし。もも肉は焼けたぞ!』
「おお!」
『でも、すぐには切らないぞ』
「少し休ませるんだよね?」
『正解だ!』
……うむ。
ユウマ、よく覚えてるな。
こういうところも、以前より息が合ってきた気がするぞ。
俺はもも肉を休ませながら、続いて胸肉の調理を始めた。
胸肉は脂が少ない。
だから、もも肉とまったく同じ焼き方にはしない。
表面へ軽く焼き色をつけてから、火を弱める。
必要以上に焼きすぎないように気をつけながらも、中心まで十分に加熱する。
……うむ。
この見極めが、なかなか難しいんだよな。
でも、昨日一度作ってみたおかげで、今日は少し余裕がある。
肉の状態を確かめ、火加減を調整する。
焼ける音が落ち着いてきたところで、中心の加熱状態も確認した。
『……よし!』
これなら大丈夫だ。
俺は胸肉を取り出し、少し休ませることにした。
……さて。
あとは付け合わせとソースだな。
――――――
妖精ニンジンには十分に火を通し、少量のバターを絡める。
鮮やかな橙色に、つやが出てきた。
……うむ。
いい色だな。
続いて、鍋に残った焼き汁。
少量の水を加えて、鍋底の旨みをなじませる。
最後に醤油をほんの少し。
……おお。
香ばしい匂いが立ち上ったぞ。
『よし。これでソースも完成だ!』
「いよいよ盛りつけだね!」
『おう!』
俺は休ませていた肉を、食べやすい大きさに切り分けた。
まずはもも肉。
皮目はこんがり焼けていて、中までしっかり火が通っている。
……うむ。
いい出来だな。
次に胸肉。
こちらも十分に加熱されていることを確かめ、食べやすい大きさに切りそろえる。
皿へ並べる時は、もも肉と胸肉が分かるようにした。
横には妖精ニンジン。
最後に、焼き汁のソースを少しだけ添える。
『……よし!』
俺は一歩下がり、完成した料理を眺めた。
黄金色に焼けた皮。
香草とバターの香りをまとった肉。
つやつやした妖精ニンジン。
……うむ。
今日も、なかなかいい出来じゃないか!
『完成だ!』
「できたね!」
ユウマが嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、皆さん。こちらがブルーバードチキンの香草バターソテーです!」
完成した皿が、カメラの前へ映し出された。
画面の向こうでは、コメントが次々に流れているらしい。
「『めちゃくちゃ美味そう!』『皮がすごくきれい』『普通の鶏肉でも作ってみたい』だって」
『おお! いいじゃないか!』
「『下処理の違い、初めて知った』『肉ごとに危険部位が違うんだね』ってコメントも来てるよ」
『……ほほう』
俺は嬉しくなって、尻尾を揺らした。
ちゃんと伝わったみたいだな。
「ニャル、こんな質問もあるよ」
『ん?』
「『普通の鶏肉で作る場合も、ブルーバードと同じ処理が必要ですか?』だって」
『いや、普通の鶏肉は普通の鶏肉として安全に扱えばいいぞ』
「そうだね」
ユウマが頷き、カメラへ向き直った。
「今回の脂腺の説明は、ブルーバードチキンについてのものです。普通の鶏肉を使う場合は、通常の鶏肉として適切に取り扱い、十分に加熱してください」
『そうそう!』
「食材によって必要な下処理は違いますので、そこは混同しないようにお願いします」
……うむ。
これなら、間違えるやつも少なくなるだろう。
俺は満足して頷いた。
すると、ユウマが少し不思議そうな顔をした。
「……あれ?」
『ん?』
「こんなコメントも来てる」
『何だ?』
「『ニャルちゃんの料理も好きだけど、ほかの料理人さんが考えたダンジョン料理も知りたい』だって」
『……おっ?』
ほかの料理人か。
「あと、『プロの料理人さんのレシピも見てみたい』って」
『ほほう!』
……なるほどな。
確かに、ダンジョン食材を料理してるのは俺だけじゃない。
橘だって、いろんな料理を研究している。
あの人の料理は、本当に美味かったからな。
……そういえば、最近は食彩堂へ行ってないな。
『……橘の料理、また食いたいな』
「ニャル?」
『いや、ちょっと思い出したんだ』
俺は尻尾を揺らした。
橘のロースト。
香草の香り。
丁寧に作られたソース。
……うむ。
あれは、何度でも食べたいぞ。
「ほかの料理人さんのレシピも知りたいっていうのは、面白いね」
『そうだな!』
「ニャルも、橘さんからいろいろ教わったもんね」
『おう。今だって、まだまだ教わりたいことがいっぱいあるぞ!』
俺が頷くと、ユウマは嬉しそうに笑った。
……まあ、今すぐ何かを決める必要はないけどな。
ほかのやつがどんな料理を作るのか知るのも、きっと楽しいはずだ。
「それじゃあ、今日はこの辺りで終わります!」
ユウマがカメラへ向き直った。
「ブルーバードチキンを使う場合は、安全な下処理が済んでいることを必ず確認してください。肉も中心まで十分に加熱してくださいね」
『おう!』
「今日も見てくださって、ありがとうございました!」
「にゃ!」
俺はカメラへ前足を上げた。
ユウマが配信を終了する。
……よし。
無事に終わったな!
『ユウマ、お疲れ!』
「うん。ニャルもお疲れさま!」
ユウマが頭を撫でてくれる。
……おお。
気持ちいい。
思わず喉が鳴った。
ごろごろ。
「今日はちゃんと説明できたね」
『おう! 肉の違いも伝わったみたいだしな』
「うん。俺も嬉しかった!」
ユウマがにっこり笑った。
……うむ。
それなら大成功だ。
『さて。配信も終わったことだし……』
「うん?」
『早く飯にしようぜ!』
ユウマが声を上げて笑った。
「ははっ。やっぱりそれが一番だね!」
『当たり前だろ!』
せっかく美味そうに焼けたんだぞ。
早く食わないともったいないじゃないか!
――――――
「いただきます!」
「いただきます」
『にゃ!』
いつもの食卓。
ユウマとマコトと俺の三人で、ブルーバードチキンの香草バターソテーを囲んでいる。
配信はもう終わった。
ここからは、家族だけの時間だ。
「今日もいい匂いねえ」
マコトが嬉しそうに笑った。
「昨日より、少し香草の香りがはっきりしてる気がするわ」
『おっ。分かるか?』
「ええ。とっても美味しそう」
……ふふん。
それは楽しみだな。
ユウマがもも肉を一切れ口へ運んだ。
ぱくっ。
もぐもぐ。
「……うまっ!」
『おお!』
「やっぱり皮が美味しいね!」
『そうだろ!』
俺も自分の分を食べてみる。
ぱくっ。
……うむ!
香ばしく焼けた皮が、ぱりっと音を立てた。
その後から、肉の濃い旨みがじわっと広がってくる。
……ああ。
やっぱり美味いなあ。
胸肉も、しっかり火が通っているのに硬すぎない。
噛むほど味が出てくる、俺の好きな仕上がりだ。
「ニャル、本当に美味しいわ」
マコトが笑った。
「このお肉、普通の鶏肉と似ているけど、香りや歯応えが少し違うのね」
『そうなんだよ!』
俺は嬉しくなって尻尾を振った。
……へへっ。
やっぱり、美味い料理を作って、みんなで食うのが一番だな。
配信で作り方を教えるのも楽しいけど、こうして食卓を囲む時間は、やっぱり特別だ。
俺はもう一口、香草バターソテーを頬張った。
……うむ。
今日も大成功だ!
――――――
夕食を終えた後。
俺はリビングのソファで丸くなっていた。
……ふう。
腹いっぱいだ。
肉は美味かったし、配信も上手くいった。
しかも、今日は新しい発見もあった。
ほかの料理人のレシピを知りたいと思っている人もいるらしい。
……なるほどなあ。
俺も、まだまだ知らない料理がいっぱいある。
橘のところで新しい技術を教わった時みたいに、またいろんな料理を見てみたいな。
『……ふむ』
そんなことを考えていると、ユウマがリビングへ戻ってきた。
手には、いつもの探索用リュックを持っている。
『ユウマ、何してるんだ?』
「次の探索の準備だよ」
『おっ。もう準備するのか?』
「うん。忘れ物があると困るからね」
……なるほど。
レンも、探索前には必要なものを確認するって言ってたな。
水。
食料。
応急処置の道具。
予備の装備。
……うむ。
どれも大事だ。
俺はソファの上で身体を起こし、ユウマの様子を眺めた。
ユウマはリュックの中身を一つずつ確認している。
それが終わると、今度は壁際に置いてあった剣を手に取った。
いつもダンジョンで使っている剣だ。
……おお。
これも、ずいぶん長いこと使ってるな。
ユウマは鞘から剣を少し抜き、刃の状態を確かめた。
それから、柄を握り直す。
……ん?
何だか、少し不思議そうな顔をしているな。
『ユウマ?』
「……ん?」
『どうかしたのか?』
「いや……」
ユウマは剣を見つめた。
「ちょっと気になっただけ」
『ほう?』
「最近、前と少し感覚が違う気がするんだよね」
……感覚?
俺は首を傾げた。
『剣の調子が悪いのか?』
「ううん。そういうわけじゃないと思う」
ユウマはもう一度、柄を握り直した。
「いつも使ってる剣なんだけど……何だろう」
少し考えてから、首を振る。
「まあ、ちゃんと確認してみないと分からないね」
『そうだな』
……ふむ。
いつも使っている剣が、気になるのか。
俺には、どこが違うのかまでは分からない。
でも、ユウマがこういうことを言うのは珍しいな。
「次の探索で、少し意識してみるよ」
『おう。でも、無理はするなよ』
「うん。分かってる」
ユウマは剣を鞘へ戻した。
そして、俺の方を見て笑った。
「心配してくれてありがとう、ニャル」
『当たり前だろ!』
俺は胸を張った。
『ユウマに怪我されたら困るからな!』
「ふふっ。そうだね」
ユウマが近づいてきて、俺の頭を撫でてくれた。
……おお。
気持ちいい。
ごろごろ。
俺は目を細めながら、さっきの剣をちらりと見た。
……ふむ。
何かあるのかもしれないな。
でも、今はまだ分からない。
次にダンジョンへ行った時、少し気をつけて見てみよう。
……まあ。
それはそれとして。
『ユウマ』
「ん?」
『次の探索でも、何か美味いもんを見つけたいな!』
ユウマが笑った。
「ははっ。やっぱりそこなんだね」
『当然だろ!』
俺は尻尾を立てた。
ダンジョンへ行くなら、美味い食材も探したい。
でも、それ以上に大事なのは、ユウマが無事に帰ってくることだ。
……うむ。
次も、安全第一で行こう。
それで、帰ったらまた美味い飯を食うんだ。
俺はユウマの手に頭を押しつけ、満足して喉を鳴らした。
ごろごろ。
……へへっ。
次の探索も、楽しみだな!




