第56話 鶏肉に似てるけど、同じじゃない
『……ふむ。やっぱり、いい肉だな』
俺は作業台の上に並べた肉を、じっくりと眺めていた。
昨日、緑葉の洞窟で手に入れた新食材。
ブルーバードチキンだ。
鮮やかな青い羽毛を持つ鳥型魔物、ブルーバード。その肉は、普通の鶏肉にかなりよく似ている。
ただ、こうして並べてみると、少し違うところもあった。
胸肉は、筋肉の繊維がきゅっと締まっている。もも肉はもう少し柔らかそうで、皮の下にはほどよく脂がついていた。
『……おお』
これは、なかなか期待できそうじゃないか。
昨日の探索では、ユウマがブルーバードを見事に倒してくれた。
あの鳥、青くてきれいな見た目をしているくせに、なかなか素早かったんだよな。
翼を広げて跳びかかってくるし、嘴も爪も鋭い。
でも、ユウマは相手の動きを落ち着いて見極め、着地する瞬間を狙って倒していた。
……うむ。
頼もしくなったものだ。
そんなユウマが頑張って手に入れてくれた肉なんだから、美味しく料理してやりたい。
『よし。今日は焼くぞ!』
「おっ、もう決めたんだ?」
キッチンへ入ってきたユウマが、嬉しそうに声を上げた。
『おう! まずは肉そのものの味を確かめたいからな』
「じゃあ、シンプルに焼く感じ?」
『ただ焼くだけじゃないぞ。香草とバターを使うつもりだ!』
「……あっ!」
ユウマが目を輝かせた。
「橘さんに教えてもらったやつ?」
『そうそう!』
俺は得意げに尻尾を立てた。
食彩堂で橘と料理をした時、いろいろな技術を教わった。
肉の表面を焼く時の火加減。
熱したバターを肉へ回しかける方法。
焼き上げた後に少し休ませて、肉汁を落ち着かせること。
あの時は、同じ肉でも調理の仕方によってこんなに違うのかと驚いたものだ。
もちろん、まだ橘と同じようにはできない。
でも、何度か試しているうちに、少しずつ感覚が分かってきた気がするんだよな。
『今日は、その練習も兼ねてるんだ』
「いいね! 楽しみ!」
『へへっ。期待しててくれ!』
俺が胸を張ると、ユウマが笑いながら頭を撫でてくれた。
……おお。
いいぞ、そこ。
ごろごろ。
……いや。
今は撫でられている場合じゃないな。
肉が待ってるんだから!
『さて、まずは材料をそろえるぞ!』
――――――
今日は、皮付きのもも肉と胸肉を使うことにした。
昨日、一羽分を解体して、胸肉、もも肉、手羽肉、それから適切に処理した皮を分けてある。
全部を一度に使うつもりはない。
今夜はユウマとマコト、それから俺が味を確かめられる分だけにして、残りは別の料理に取っておこう。
『……うむ。これくらいでいいかな』
「残りはどうするの?」
『また料理するぞ! せっかくだし、配信でも紹介したいからな』
「おお、いいね!」
ユウマが頷いた。
この前のムーンキャベツも、家で一度食べてから配信で紹介した。
初めて扱う食材は、まず自分たちで安全に調理して、味を確かめておきたい。
それに、実際に作ってみないと分からないこともあるからな。
……さて。
ブルーバードチキンは、昨日の解体で危険な脂腺を除去してある。
尾羽の付け根にあった、青みがかった脂腺だ。
あそこには苦みと胃腸への刺激がある分泌物が含まれている。
だから、周囲の組織ごと傷つけずに取り除いておいた。
今日はもう一度、肉の状態を確かめるところから始めよう。
『ユウマ、昨日の危ないところ、覚えてるか?』
「うん。尻尾の羽の付け根にある脂腺でしょ?」
『正解だ!』
「ホーンラビットとは違う場所だったよね」
『そうなんだよ。肉の種類が違えば、気をつけるところも違うからな』
俺は鑑定で食用部分を確認し、解体した肉を改めて調べた。
……うむ。
危険な部分は残っていない。
分泌物による汚染も見当たらないな。
これなら調理に進めそうだ。
ただし、食用部位だからといって、そのまま食べられるわけじゃない。
鳥肉だから、中心まで十分に加熱する必要がある。
『よし。下ごしらえを始めるぞ!』
俺は宮本に作ってもらった専用包丁を、念動力で浮かせた。
すうっと刃が持ち上がる。
……うむ。
今日もいい感じだ。
まずは、もも肉の厚い部分を確認する。
そのまま焼くと、薄いところだけ先に火が通ってしまいそうだ。
『……ここを少し開くか』
俺は刃を寝かせ、厚みのある部分へ慎重に入れた。
すっ。
筋肉の繊維に沿って、肉がゆっくり開いていく。
……おお。
なかなかしっかりした肉質だな。
普通の鶏もも肉と比べると、少しだけ弾力が強い気がする。
でも、硬すぎるというわけじゃない。
むしろ、噛み応えがありそうだ。
「ニャル、何してるの?」
『厚さをそろえてるんだ。こうした方が、火を通しやすいからな』
「なるほど」
ユウマが興味深そうに覗き込む。
『胸肉も、厚いところは少し整えておこう』
今度は胸肉だ。
こっちは、もも肉よりずっと脂が少ない。
繊維が締まっている分、火を入れすぎると硬くなりそうだな。
……ふむ。
これは、焼き方を少し変えた方がよさそうだ。
同じ鳥から取れた肉でも、部位によって扱いが違う。
こういうところが、料理の面白いところなんだよな。
『……よし!』
俺は肉を整え終え、作業台を片づけた。
次は下味だ。
塩と胡椒を少し。
それから、乾燥させた香草を軽く振る。
肉の表面へ、指先ならぬ念動力でむらなく広げていく。
『……うむ。こんなものかな』
「結構シンプルだね」
『そうだな。最初から味を濃くしすぎると、肉そのものの味が分からないからな』
「ああ、そっか」
ユウマが頷く。
……そうそう。
初めての食材なんだから、まずは素の美味さを知りたい。
濃いソースをたっぷりかける料理も好きだけど、それはまた今度だ。
『あとは、付け合わせだな!』
「昨日採ったニンジン?」
『おう!』
俺は収納していた妖精ニンジンを取り出した。
昨日、ブルーバードを倒した帰り道で採ったものだ。
葉の付け根と根の上部を適切に取り除き、よく洗ってから食べやすい大きさに切る。
……うむ。
これも甘くて美味いんだよな。
今日は肉が主役だから、ニンジンはシンプルに火を通して、バターを少し絡めるくらいにしておこう。
「ニャル、何か手伝う?」
『じゃあ、皿を出してくれ!』
「了解!」
ユウマが食器棚へ向かった。
……へへっ。
こうやって一緒に準備するのも、結構好きなんだよな。
料理は俺が担当しているけど、ユウマが近くにいてくれるだけで楽しい。
さて。
準備はできた。
いよいよ、焼くぞ!
――――――
俺は宮本製の専用鍋を用意した。
均熱晶鉄と柔鋼石を使って作ってもらった、俺のお気に入りの鍋だ。
少し大きめだけど、念動力で扱いやすいように工夫されているし、熱の伝わり方も安定している。
煮込みだけじゃなく、こういう焼き料理にも使えるのがありがたい。
『……よし』
鍋を温め、油を少しだけ広げる。
最初に焼くのは、皮付きのもも肉だ。
皮目を下にして、そっと鍋へ置く。
じゅうっ!
『……おお!』
いい音!
肉が鍋底に触れた瞬間、勢いのいい音が立ち上がった。
皮の下にある脂が、熱を受けて少しずつ溶け出していく。
じゅう、じゅう……。
……ああ。
いいなあ、この音。
焼き料理って、やっぱり楽しいぞ!
「わあ、いい音だね」
ユウマも嬉しそうに鍋を覗き込んだ。
『そうだろ! でも、今はあんまり動かさない方がいいんだ』
「へえ、そうなの?」
『おう。皮にちゃんと焼き色をつけたいからな』
俺は肉の状態を確かめながら、火加減を調整した。
強すぎれば、表面だけ焦げてしまう。
弱すぎれば、なかなか香ばしくならない。
……うむ。
このあたりの見極めは、橘に教わったことを思い出すな。
あの人は、肉の音や香りを確かめながら、驚くほど自然に火を調整していた。
見ている時は簡単そうに感じたけど、実際にやってみると結構難しい。
『……むむ』
俺は鍋の中をじっと見つめた。
皮の縁が、少しずつ色づいてきた。
溶け出した脂が鍋底に広がり、香ばしい匂いが漂い始める。
……おっ。
いいぞ。
そのまま、もう少し。
じゅううっ。
……おおお。
これは、たまらんな!
俺の鼻が勝手にひくひく動いた。
「ニャル、すっごく食べたそう」
『……そりゃ食べたいさ』
「まだ焼いてる途中だよ?」
『分かってるって!』
ユウマが笑った。
……むう。
こういう時、人間はずるいな。
俺の顔を見て、すぐ何を考えてるか分かってしまうんだから。
……まあ、実際に食べたいんだけどな。
『……よし。そろそろ返すぞ!』
俺は念動力で肉を持ち上げ、そっと裏返した。
じゅっ!
今度は肉の側から、美味しそうな音が響く。
そして、ひっくり返した皮目には。
『……おおっ!』
きれいな焼き色がついていた。
こんがりとした黄金色。
ところどころに、少し濃い焼き目もある。
……うむ。
これは、なかなかいいんじゃないか?
「すごい! 皮がぱりっとしてそう!」
『へへっ。いい感じだろ!』
俺は得意げに尻尾を立てた。
ただし、表面が美味しそうだからといって、もう完成というわけじゃない。
中までちゃんと火を通さないとな。
俺は火を少し弱め、肉の厚い部分まで熱が届くように調整した。
ここからは、焦らずじっくりだ。
……それから。
『よし。バターを入れるぞ!』
俺は小さく切ったバターを鍋へ落とした。
じゅわっ。
熱を受けたバターが、あっという間に溶けていく。
そこへ香草の香りが重なった。
『……おおお!』
これは!
ものすごくいい匂いだ!
バターの甘く香ばしい香り。
肉の脂が焼ける匂い。
それから、温められた香草の爽やかな香り。
それぞれが混ざり合い、キッチンいっぱいに広がっていく。
……ああ。
もう駄目だ。
腹が減った!
「うわあ……!」
ユウマまで声を上げた。
「ニャル、すごくいい匂い!」
『だろ!?』
俺は勢いよく頷いた。
……よし。
ここからが、橘に教わった技術の出番だ。
鍋を少し傾け、溶けたバターを片側へ集める。
そして、念動力で持ち上げたスプーンを使い、熱いバターを肉の表面へ回しかけていく。
すくって。
かける。
また、すくって。
かける。
じゅわっ。
肉の表面で、バターが小さな音を立てた。
『……うむ!』
いい感じだな。
ただ、バターは焦がしすぎないようにしないといけない。
香りをつけるつもりが、苦くなってしまったらもったいないからな。
俺は鍋の傾きと火加減を細かく調整しながら、肉へバターを回しかけた。
「……すごいね」
ユウマがぽつりと呟いた。
『ん?』
「橘さんのお店で見た時もすごかったけど、ニャルも上手になったね」
『……おお?』
俺は思わずユウマを見た。
「前より動きが自然になってる気がする」
『……へへっ』
そうか?
……そう言われると、嬉しいな。
あの時は、橘の動きを真似するだけで精一杯だった。
でも今は、俺自身の念動力を使いやすい形に変えながら、少しずつ試せている。
『まだまだ橘には敵わないけどな!』
「でも、ニャルらしい料理になってると思うよ」
『……おお』
……うむ。
そうか。
俺らしい、か。
それは、なかなかいい言葉だな。
『よし! もっと美味しくするぞ!』
「うん!」
俺は満足して、もう一度鍋へ意識を戻した。
――――――
もも肉の焼き色が整ったら、今度は中まで十分に火を通していく。
鍋の蓋を使いながら、火加減を落としてじっくり加熱する。
肉の中心にもしっかり熱が届くよう、厚い部分の状態を確かめることも忘れない。
……ふむ。
表面がこんがりしていても、中が生では駄目だからな。
特に、初めての鳥肉だ。
安全を確かめるところは、手を抜くつもりはないぞ。
『……よし。これなら大丈夫そうだな』
肉の中心まで十分に火が通っていることを確認し、俺はもも肉を鍋から取り出した。
すぐに切り分けるのではなく、少し休ませておく。
……うむ。
これも橘に教わったことだな。
焼き上げた肉を落ち着かせる時間も、料理の一部なんだ。
「もう食べられる?」
『まだ胸肉があるぞ!』
「あっ、そっか!」
ユウマが笑った。
……ふふん。
今日は二種類の部位を比べるつもりだからな。
次は胸肉だ。
もも肉を焼いた後の鍋は、余分な脂を調整してから使う。
胸肉は脂が少なく、もも肉より締まっている。
だから、同じように強く焼き続けたら、硬くなってしまうかもしれない。
『……さて』
俺は胸肉を鍋へ置いた。
じゅっ。
表面が焼ける音は、もも肉より少し控えめだ。
……ふむ。
この違いも面白いな。
脂の量が違うと、音や香りまで変わってくる。
俺は表面に軽く焼き色をつけ、火を弱めた。
途中で少量のバターを加え、肉の表面へ回しかける。
ただし、もも肉の時ほど長くは焼かない。
肉の厚さと状態を確かめながら、ゆっくり熱を通していく。
……うむ。
しっかり加熱する。
でも、必要以上に焼きすぎない。
言葉にすると簡単なんだけど、実際はなかなか難しいな。
それでも、今の俺なら少しずつできるようになってきた気がする。
『……よし!』
胸肉も中心まで十分に火が通ったことを確認し、鍋から取り出した。
こちらも少し休ませておこう。
……さて。
次は付け合わせだな。
別に用意しておいた妖精ニンジンは、すでに火を通してある。
そこへ少量のバターを絡め、軽く味を整えた。
鮮やかな橙色に、つやが出る。
『……おお』
いいじゃないか。
肉の焼き色とも、よく合いそうだな。
それから、ソース。
鍋に残った肉の旨みを活かし、少量の水を加えて焼き汁をなじませる。
最後に醤油をほんの少し。
……うむ。
今日はこれくらいでいいだろう。
肉自体の味を確かめたいから、ソースは控えめで十分だ。
「ニャル、そろそろ完成?」
『おう! あとは盛りつけだ!』
俺は休ませていた肉を、食べやすい大きさに切り分けた。
すっ。
刃が入る。
もも肉の断面には、しっかり火の通った肉の繊維が見えた。
胸肉も同じように確認する。
……うむ。
いい感じだな。
俺は皿の上へ、もも肉と胸肉を分けて並べた。
皮目のこんがり焼けた部分が見えるようにして、横には妖精ニンジン。
最後に、焼き汁のソースを少しだけ添える。
『……よし!』
俺は一歩下がり、完成した料理を眺めた。
黄金色の皮。
香草の香りをまとった肉。
つやつやした妖精ニンジン。
……うむ!
なかなかいい出来じゃないか!
『完成だ! ブルーバードチキンの香草バターソテー!』
「やった!」
ユウマが嬉しそうに声を上げた。
……へへっ。
これは、食べるのが楽しみだぞ!
――――――
「まあ……いい匂いねえ」
夕食の時間。
食卓へ料理を運ぶと、マコトが嬉しそうに顔を上げた。
「今日は鶏肉?」
『おう! でも、普通の鶏肉じゃないぞ!』
「昨日の新しい食材なんだ」
ユウマが説明する。
「ブルーバードチキンっていうんだって」
「ああ、昨日話してくれた青い鳥ね」
『そうそう!』
俺は満足して頷いた。
「見た目は普通の鶏肉に似てるんだけど、味はまだ分からないんだよね」
「そうなの?」
『おう! 今日は初めて食べるからな!』
マコトが楽しそうに笑った。
「じゃあ、みんなで味を確かめましょうか」
『そういうことだ!』
……うむ。
いよいよだな。
俺は自分用の小さな皿へ目を向けた。
肉は食べやすい大きさに切ってあるし、熱すぎないように少し冷ましてある。
……準備万端だぞ。
「いただきます!」
「いただきます」
『にゃ!』
まず箸を伸ばしたのは、ユウマだった。
「じゃあ、もも肉から食べてみようかな」
『おう!』
ユウマがこんがり焼けたもも肉を持ち上げる。
皮の表面には、きれいな焼き色がついていた。
ふわっと香草とバターの香りが立つ。
……おお。
やっぱり美味そうだな。
ユウマが肉を口へ運んだ。
ぱくっ。
もぐ。
もぐもぐ。
……どうだ?
俺は思わず身を乗り出した。
ユウマはゆっくり噛んでから、目を丸くした。
「……あっ!」
『おおっ!?』
「美味い!」
『本当か!?』
「うん! すごく美味しい!」
……おおお!
よかった!
でも、まだ聞きたいことがあるぞ。
『ユウマ、普通の鶏肉と比べてどうだ?』
「うーん……」
ユウマは少し考え、それからもう一口食べた。
もぐもぐ。
「……鶏肉に似てるけど、同じじゃないね」
『……おお!』
来たぞ!
まさに、俺が知りたかったことだ。
「味は鶏肉っぽいんだけど、もっとしっかりしてる感じがする」
『ほほう!』
「噛むと、肉の旨みがどんどん出てくるんだよね」
『おお!』
……なるほど。
普通の鶏肉より、旨みが力強いのか。
「あと、歯応えがいいね。硬いわけじゃないんだけど、ちゃんと肉を食べてる感じがする」
『いいな、それ!』
俺は尻尾を振った。
……うむ。
これは期待できそうだ。
「皮もすごく美味いよ!」
ユウマが嬉しそうに続けた。
「ぱりっとしてて、噛むと脂の旨みが広がるんだ」
『おおお!』
……くうっ。
早く食いたい!
でも、マコトの感想も聞いておきたいな。
「じゃあ、私もいただこうかしら」
マコトがもも肉を一切れ口へ運んだ。
もぐもぐ。
少し噛んでから、ゆっくり頷く。
「あら、本当に美味しいわね」
『おお!』
「普通の鶏もも肉より、旨みが濃い感じがするわ」
『ほほう!』
「でも、不思議と脂っこさが残らないのね」
『……おっ?』
なるほど。
脂の旨みはあるけど、後味は重くないのか。
それは、なかなかいいな。
「香草とバターの香りもちょうどいいわ。お肉の味を邪魔してないのね」
『へへっ。ありがとな!』
俺は嬉しくなって、胸を張った。
……うむ。
よし。
二人とも気に入ってくれたみたいだ。
それなら。
『……そろそろ、俺も食うぞ!』
俺は自分の皿へ顔を近づけた。
くんくん。
……おお。
いい匂い。
香ばしく焼けた皮。
バターの優しい香り。
そこに重なる香草の香り。
……もう、我慢できんな!
『いただきます!』
ぱくっ。
もぐ。
……ん?
もぐもぐ。
『……おおおっ!』
うまい!
これは、うまいぞ!
最初に感じたのは、香ばしい皮の美味しさだった。
ぱりっとした表面を噛むと、脂の旨みがじゅわっと広がる。
でも、その脂がしつこくない。
香草の爽やかな香りが、後味をすっきりさせてくれる。
そして。
……肉だ!
噛めば噛むほど、しっかりした旨みが出てくる。
普通の鶏肉に似ているけど、確かに少し違う。
肉の味そのものが、もう一段濃い感じだ。
『……うむむ!』
俺は夢中でもう一口食べた。
もぐもぐ。
……おお。
この歯応えもいいな!
柔らかすぎず、硬すぎず。
しっかり噛んで味わう肉だ。
……うむ。
これは、なかなかの当たり食材じゃないか!
「ニャル、すっごく幸せそう」
ユウマが笑った。
『当たり前だろ! 美味いんだからな!』
「ははっ。そうだね」
……むう。
また顔に出てたか。
でも、仕方ないじゃないか。
こんなに美味いんだから!
『……よし。次は胸肉だな!』
俺は胸肉へ顔を向けた。
こっちは皮の香ばしさより、肉そのものの味が中心になる。
……さて。
どうかな?
ぱくっ。
もぐもぐ。
『……おっ!』
これは、また違うな!
もも肉より脂が少ない。
その分、口に入れた瞬間の旨みは控えめだけど、噛んでいるうちにじわじわと味が広がってくる。
……おお。
この感じ、好きだぞ。
筋肉が少し締まっているせいか、普通の鶏胸肉より歯応えがある。
でも、焼きすぎなかったおかげで、ぱさぱさしていない。
『……うむ!』
いいじゃないか!
これは、焼き方が大事な肉だな。
火を入れすぎると、きっと硬くなってしまう。
でも、ちゃんと加熱しながら仕上げれば、噛むほど旨みの出る美味しい胸肉になるんだ。
「こっちも美味しいね!」
ユウマが胸肉を食べながら言った。
「もも肉よりあっさりしてるけど、味はしっかりしてる」
『そうなんだよ!』
「これ、いろんな料理に使えそうだね」
『おお!』
……いいところに気づいたな、ユウマ。
俺も今、同じことを考えてたぞ!
もも肉は、皮の香ばしさと濃い旨みを楽しむ料理に向いている。
胸肉は、脂が少ない分、別の調理法でも面白そうだ。
……煮込み。
蒸し料理。
薄く切って焼くのもいいな。
いや、スープにしても美味いかもしれない。
『……むむむ』
「ニャル?」
『……おう?』
「また次の料理考えてる?」
『よく分かったな!』
ユウマが声を上げて笑った。
マコトまで、くすくす笑っている。
……むう。
そんなに分かりやすいのか、俺。
でも。
新しい肉の味を知ったら、次に何を作るか考えたくなるのは当然だろ?
『ブルーバードチキン、いい食材だな!』
「うん。俺もそう思う!」
「ふふっ。また食べたいわね」
マコトが嬉しそうに笑った。
……おお。
また食べたい、か。
それは、料理する側にとって最高の言葉だな。
――――――
食事を終えた後。
俺はユウマの膝の上で、満足して丸くなっていた。
……ふう。
腹いっぱいだ。
今日の料理は、なかなかいい出来だったな。
新しい肉も美味かったし、橘に教わった焼き方も活かせた。
それに、ユウマとマコトが喜んでくれた。
……うむ。
大成功だ!
「ニャル、お疲れさま」
『おう!』
ユウマが頭を撫でてくれる。
耳の後ろから、首のあたりへ。
……おお。
そこ、気持ちいい。
ごろごろ。
俺は思わず目を細めた。
……ふう。
美味い飯の後に、ユウマの膝で撫でられる。
これ以上の幸せがあるだろうか。
……いや。
きっとないな。
「今日の料理、本当に美味しかったよ」
『へへっ。ありがとな!』
「特に、もも肉の皮がぱりっとしてたのが好きだったなあ」
『おお。俺もあれは気に入ったぞ!』
俺は尻尾を揺らした。
ブルーバードチキンは、普通の鶏肉より少し旨みが濃い。
胸肉ともも肉では、歯応えも脂の量も違った。
……ふむ。
こうなると、まだ試したいことがいろいろあるな。
『次は、胸肉だけで別の料理を作ってみるか』
「いいね!」
『もも肉は、もう少し香草を変えても面白そうだな』
「それも美味しそう!」
……うむ。
ユウマは何を言っても嬉しそうだな。
でも、そういうところが好きだぞ。
俺が料理の話をすると、いつも楽しそうに聞いてくれる。
それに、作った料理をちゃんと美味しそうに食べてくれるんだからな。
「そうだ、ニャル」
『ん?』
「今日の料理、配信でも作ってみない?」
『……おっ?』
配信か。
俺は顔を上げた。
「この前、違う種類の肉料理も見たいってコメントがあったでしょ?」
『おう!』
「ブルーバードチキンなら、ちょうどいいんじゃないかなって」
『なるほどな!』
確かにそうだ。
視聴者からのリクエストがきっかけで探しに行った肉なんだから、料理して見せたら喜んでもらえるかもしれない。
それに。
『……そうだな。今度は、初めて扱うやつにも分かるようにしたいな』
「うん。下処理も説明したいよね」
『おう!』
俺は大きく頷いた。
ムーンキャベツの時も、危険な部分を見せながら説明した。
あの配信を見て、作り方をメモしてくれた人がいたらしい。
あとから下処理を確認したいって声も届いた。
……うむ。
ちゃんと作ってみたいと思ってくれるのは、嬉しいことだ。
ただし、ブルーバードチキンはホーンラビットとは危険部位が違う。
尾羽の付け根にある脂腺を、傷つけずに除去する必要があるんだ。
同じ肉料理だからって、処理方法まで同じだと思われたら困る。
『今度は、ホーンラビットとの違いも見せたいな』
「うん。間違えないように説明しないとね」
『それから、ちゃんと中まで焼くところもな!』
「そうだね!」
ユウマが嬉しそうに頷いた。
……うむ。
やることが決まってきたな。
ただ、美味しく焼いて見せるだけじゃない。
初めて作るやつにも、安全な扱い方が分かるようにする。
それができたら、きっともっと喜んでもらえるはずだ。
『……よし!』
俺はユウマの膝の上で立ち上がった。
『次は初めて作るやつにも分かるようにやってみるか!』
「うん! 俺も説明を頑張るよ!」
『頼んだぞ、ユウマ!』
俺は嬉しくなって、尻尾をぴんと立てた。
ブルーバードチキン。
青い羽の鳥から取れた、ちょっと変わった肉。
鶏肉に似ているけど、同じじゃない。
その違いを知ったら、料理の楽しみがまた一つ増えた。
……へへっ。
やっぱり、新しい食材っていいな!
今度は、この美味しさを画面の向こうにも伝えてやろう。
俺はそう決めて、もう一度ユウマの膝へ身体を預けた。
……まあ。
その前に、ちょっと昼寝でもするか。
腹いっぱいになったら、眠くなってきたからな。
『……ユウマ』
「ん?」
『もうちょっと撫でてくれ』
「もちろん!」
ユウマの手が、優しく頭を撫でてくれる。
……おお。
最高だな。
俺は気持ちよく喉を鳴らしながら、次の料理のことを考えた。
今度は、もっと美味しく。
それから、もっと分かりやすく。
……うむ。
楽しみだぞ!
――――――
【猫のレシピ帳】
Recipe.016
■料理名
ブルーバードチキンの香草バターソテー
■使用食材(1人前)
・ブルーバードチキン(皮付きもも肉) …… 約90g
・ブルーバードチキン(胸肉) …… 約60g
・妖精ニンジン(安全に下処理したもの) …… 約40g
・バター …… 約8g
・乾燥香草 …… 少々
・塩 …… 少々
・胡椒 …… 少々
・醤油 …… 小さじ1/2
・調理用油 …… 少々
・水 …… 少量
■作り方
① ブルーバードチキンは、尾羽の付け根の脂腺と周囲組織が適切に除去され、食用部分が汚染されていないことを確認する。もも肉と胸肉を分け、厚みが均等になるように整えてから、塩、胡椒、香草で下味をつける。
② 妖精ニンジンは危険な葉の付け根と根の上部を除去し、よく洗って切り分ける。十分に加熱し、少量のバターを絡めて付け合わせにする。
③ 鍋を温めて少量の油を広げ、もも肉を皮目から焼く。皮に香ばしい焼き色がついたら裏返し、火加減を調整する。途中でバターを加え、焦がさないよう注意しながら肉へ回しかける。中心まで十分に加熱する。
④ 胸肉も同様に焼く。ただし、もも肉より脂が少ないため、焼きすぎて硬くならないよう火加減を調整する。こちらも中心まで十分に火を通す。
⑤ 焼き上がった肉を少し休ませる。鍋に残った焼き汁へ少量の水と醤油を加えて軽くなじませ、ソースにする。
⑥ もも肉と胸肉を食べやすく切り分けて盛りつけ、妖精ニンジンを添える。ソースを少量かけて完成。
■味の評価
★★★★★
これは、かなり美味いぞ!
普通の鶏肉に似ているけど、旨みがもっと力強いんだ。
もも肉は噛み応えがよく、皮をぱりっと焼くと脂の旨みが広がる。
胸肉はあっさりしているけど、噛むほど味が出てくる。
どちらも美味いけど、俺は今回の焼き方だともも肉が特に気に入ったな!
■ワンポイント
ブルーバードチキンは、尾羽の付け根にある青みがかった脂腺と周囲組織に注意が必要。
脂腺の分泌物には苦みと軽い胃腸刺激性があるため、解体時には傷つけず、周囲ごと十分に取り除くこと。
危険部位が除去されていない肉や、分泌物で汚染された可能性がある肉は、自己判断で調理しない。
また、食用部分も中心まで十分に加熱すること。
もも肉は皮目をじっくり焼くと香ばしく仕上がる。胸肉は焼きすぎると硬くなりやすいので、厚みと火加減に気をつけよう。
バターは焦がしすぎず、香りが立つ程度に使うと肉の旨みを活かしやすいぞ!
■ユウマの感想
「鶏肉に似てるけど、同じじゃないね! 噛むほど旨みが出てくるし、もも肉の皮がぱりっとしてるのがすごく好き。胸肉もあっさりしてるのに味がしっかりしてて美味しかった! また食べたいな!」
─ 今日のひとこと ─
新しい肉を焼くのって、やっぱり楽しいな!
じゅうっと焼ける音も、バターの香りも、こんがりした皮も最高だったぞ。
橘に教わった技術も、少しずつ自分のものになってきた気がする。
……へへっ。まだまだ練習したいな!
次は配信で、安全な扱い方からちゃんと見せてやろう。
美味い肉を知らないままなんて、もったいないからな!
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