第43話 作ってみたら、本当に食べられた
最近、料理をしていると、前より気になることが増えた。
肉の焼き色とか、火から外すタイミングとか、ソースの濃さとか。
前から気をつけていたつもりだけど、橘にいろいろ教わってからは、同じ料理でももっとおいしくできるんじゃないかと思うようになった。
……まあ、考えてばかりいても仕方ない。
おいしくなるかどうかは、作って食ってみれば分かるからな!
『ユウマ、そろそろ始めるぞ!』
「うん。準備できてるよ」
今日は『ニャルの台所』の配信日だ。
朝倉家の台所には、配信用のカメラと照明が並んでいる。その前に置かれた調理台には、今日使う肉と野菜。
献立は、ホーンラビットとダンジョン野菜のクリームシチューだ。
前にも作ったことがある料理だけど、今日は橘に教わったやり方を少し取り入れてみるつもりだ。
肉を切る時の包丁の動かし方とか、最初に焼き色をつける時の火加減とか。
前よりうまく作れたら嬉しいな。
「よし。じゃあ始めるね」
『おう!』
ユウマが配信を開始する。
「こんばんは、悠真です。今日も『ニャルの台所』を始めていきます!」
「にゃ!」
俺もカメラに向かって前足を上げた。
……よし。挨拶は完璧だ。
それじゃあ、料理開始!
◇
最初はホーンラビットの肉からだ。
今日使う肉は、臭腺とその周囲の組織を取り除いた、安全な状態のもの。
俺は念のため鑑定で確認してから、念動力で包丁を持ち上げた。
すっ、すっ、と肉を切り分けていく。
この前、橘に教わったことを思い出して、刃を動かす力を少し調整する。
……うん。いい感じだ。
「今日は最初に、お肉の切り方も少し工夫しているみたいです」
ユウマがカメラに向かって説明している。
「この前、料理人の橘さんにいろいろ教えてもらったんですけど、それからニャルが練習してるんですよね」
『おう。まだまだだけどな!』
「でも、前より上手になってると思うよ」
『へへっ。そうだろ?』
嬉しくなって尻尾が揺れた。
その間にも、ユウマはコメントを確認している。
「おっ。ニャル先生、包丁の扱いがまたうまくなったって」
『おお! 分かるか!』
「あと、包丁が浮いてるのは何回見ても不思議だって」
『そこはいつも通りだろ』
「いや、普通は浮かないからね?」
……そうだった。
人間は自分で包丁を持つんだもんな。
念動力の方が便利だと思うんだけど。
まあ、人間には人間のやり方がある。
橘がそうだったように、それぞれ得意なことが違うのは面白い。
俺は切り終わった肉をフライパンへ移し、軽く焼き色をつけていく。
じゅうっ、と気持ちのいい音が響いた。
すぐに動かさず、表面の色を確かめながら待つ。
……よし。そろそろだな。
肉をひっくり返すと、きれいな焼き色がついていた。
『おお、うまくいった!』
「ニャル、いい感じ?」
『ばっちりだ!』
「おっ、じゃあ皆さんにも見せようか」
ユウマがカメラの角度を調整する。
俺は焼き色のついた肉を少し持ち上げ、見やすいように並べた。
「こんな感じです。今日はシチューなんですけど、先にお肉を香ばしく焼いてから煮込むそうです」
ユウマがコメントを確認して頷いた。
「おいしそうって。焼き目がきれいだって言われてるよ」
『へへっ。橘のおかげだな!』
俺は満足して、野菜の準備を始めた。
タマネギ、ニンジン、それからダンジョン産の野菜。
それぞれ食べやすい大きさに切り、鍋へ入れていく。
野菜の甘い匂いが広がり始めたところで、ふと橘のことを思い出した。
あいつ、ダンジョン食材をずっと研究してたんだよな。
でも、分からないことがあって、なかなか思いどおりに料理できなかったらしい。
俺がちょっと下処理を教えたら、岩甲猪もすごくおいしい料理になった。
それに、俺だって橘からいろんなことを教わった。
包丁の使い方も、肉の焼き方も、盛りつけも。
知らなかったことを教えてもらうのは、すごく楽しかった。
……そう考えると、教える方もなかなか面白いのかもしれない。
俺が知ってることを橘が覚えて、橘が知ってることを俺が覚える。
その結果、前よりおいしい料理が作れるようになるんだからな。
『うん。やっぱり料理は面白いな!』
「え? どうしたの、ニャル」
『いや、何でもない!』
「そっか」
ユウマは不思議そうに首を傾げたけど、それ以上は聞かなかった。
俺は鍋へスープを加え、具材を煮込み始める。
さて。
今日のシチューも、うまく仕上げるぞ!
◇
しばらくして、鍋の中からいい匂いが漂い始めた。
ホーンラビットの旨みがスープに溶け込み、野菜もすっかり柔らかくなっている。
あとはクリームを加えて、味を整えるだけだ。
俺が鍋をかき混ぜていると、ユウマが何やら不思議そうな声を上げた。
「……あれ?」
『どうした?』
「ちょっと待って。これ……」
ユウマは配信用の画面を見つめていた。
何かあったのか?
俺は鍋の火加減を調整してから、ユウマの方へ顔を向けた。
『何だ? 変なコメントでも来たのか?』
「いや、そうじゃなくて。ニャル、これ見て」
ユウマがスマートフォンを手に取り、俺にも見える位置へ持ってきた。
画面に映っているのは、SNSの投稿らしい。
……ん?
料理の写真?
白い皿に、クリーム色のシチューが盛られている。
肉と野菜がごろごろ入っていて、なかなかうまそうだ。
『おお。シチューだな!』
「うん。これ、ホーンラビットのシチューなんだって」
『へえ!』
ホーンラビットのシチューか。
俺と同じもの作ってるんだな。
……あれ?
何でユウマ、そんなに驚いてるんだ?
「これね、うちの配信を見て作ったらしいんだよ」
『……俺の?』
「そう。前に配信したクリームシチューを見て、作ってみたんだって」
ユウマが投稿の文章を読んでくれる。
「ええと……『ニャルの台所で見たホーンラビットの下処理を参考にして、初めてダンジョン食材を料理してみた』だって」
『おお!』
「『角の根元の臭腺とその周辺に注意して、安全に処理できた肉を使った』って書いてある」
『うんうん。それは大事だな!』
ちゃんと大事なところを覚えてくれたらしい。
ホーンラビットは、肉自体はうまいんだけど、下処理を間違えると厄介だからな。
そこを気をつけてるなら、いいことだ。
「それでね……」
ユウマが少し笑った。
「『普通に食べられた。しかも、思ってた以上にうまい』だって」
『……おおっ!』
俺の耳がぴんと立った。
『ちゃんと美味しくできた?』
「うん。すごくおいしかったって」
『そっか! ならよかった!』
よかった、よかった。
せっかくのホーンラビットだもんな。
ちゃんとおいしく食べられたなら何よりだ。
写真を見る限り、肉も野菜もいい感じに煮えている。クリームの色もきれいだし、なかなか上手に作っているじゃないか。
『これ、うまそうだな!』
「うん。俺もそう思う」
『いいなあ。俺も一口食ってみたい』
「いや、ニャルが教えた料理でしょ」
『でも、作ったやつが違えば味も違うだろ?』
橘と一緒に料理して、それはよく分かった。
同じ食材でも、作るやつによって味は変わる。
このシチューだって、きっと俺のとは少し違うはずだ。
……気になる。
すごく気になるぞ。
ユウマはそんな俺を見て笑っていたけど、すぐにまた画面へ目を戻した。
「それにしても、本当に作ってくれた人がいたんだなあ……」
『そんなに珍しいか?』
「だって、ニャル。俺たちの知り合いじゃないんだよ、この人」
『ん?』
「配信を見てくれてる人なんだけど、俺たちは会ったこともないし、誰なのかも知らないんだ」
『ああ、そうなのか』
……なるほど。
知らないやつなのか。
それなのに、俺の料理を見て、同じものを作ってくれたんだな。
何だか不思議な感じがする。
でも、それよりも。
『うまかったなら、よかったじゃないか!』
「……うん。そうだね」
ユウマが嬉しそうに笑った。
その顔を見ると、俺も何だか嬉しくなった。
◇
「皆さん、ちょっと嬉しいことがありました」
ユウマがカメラへ向き直った。
「『ニャルの台所』を見て、実際にホーンラビットの料理を作ってくれた人がいるみたいなんです」
俺はその間に鍋の仕上げを進める。
クリームを加え、弱火でゆっくり混ぜる。
……よし。いい感じだな。
「しかも、安全に下処理したお肉で作って、おいしく食べられたそうです」
『おう! ちゃんと作れてよかったな!』
俺が答えると、ユウマが頷いた。
「ニャルも喜んでます」
すると、ユウマがコメントを読み始めた。
「えっ、すごい。『本当に作れるんだ』って。『ダンジョン食材って食べられるの?』って人もいるね」
『食えるやつは食えるぞ。でも、何でも食っていいわけじゃないからな!』
「そうなんだよね。安全に食べられる種類や、必要な下処理を確認することが大事なんです」
ユウマが説明すると、またコメントが増えたらしい。
「『実際に作った人がいるのはすごい』……ああ、確かに。『怖いと思ってたけど、おいしそう』って人もいるよ」
『そりゃ、ちゃんと料理したらうまいからな!』
俺は思わず尻尾を振った。
ホーンラビットだって、ケイブマッシュルームだって、ちゃんと扱えばうまいものがいっぱいある。
なのに、知らないから食べられないなんて、もったいないじゃないか。
……ん?
知らないから、食べられない。
俺は鍋をかき混ぜながら、ふと考えた。
そういえば、橘もそうだったな。
あいつは料理がすごくうまいのに、ダンジョン食材の下処理が分からなくて困っていた。
でも、俺が教えたら、すぐにおいしく料理できるようになった。
それと同じことが、今度は配信でも起きたってことか?
『なあ、ユウマ』
「ん?」
『この人、俺たちの配信を見て作ったんだよな?』
「うん。そう書いてあるよ」
『俺、直接教えに行ってないよな?』
「もちろん。知らない人だしね」
『……そっか』
俺はしばらく考えた。
橘と料理をした時は、同じ厨房で、手元を見ながら教え合った。
でも、配信を見ているやつは、ここにはいない。
それでも、ちゃんと作り方を覚えて、自分で料理できたんだ。
……おお。
そうか。
配信って、そんなこともできるのか。
『ユウマ、配信って便利だな!』
「えっ? 急にどうしたの?」
『だってさ。俺が知ってることを話したら、会ったことないやつにも教えられるんだろ?』
「ああ……うん。そうだね」
『そいつが覚えて、うまい飯を作れたら、いいじゃないか!』
ユウマは少し驚いたように俺を見た。
それから、ゆっくり頷く。
「……確かに、そうだね」
俺はもう一度、さっきのシチューの写真を思い出した。
あの料理を作ったやつは、どんな顔で食ったんだろう。
最初は、ちょっと怖かったかもしれない。
ダンジョン食材なんて、普段は食わないやつの方が多いだろうし。
でも、ちゃんと料理して、食べてみたらうまかった。
きっと嬉しかっただろうな。
……俺だったら、絶対に嬉しい。
初めて食べるものがうまかった時って、すごく幸せだからな!
『俺が知ってる作り方、もっと教えてもいいかもしれないな』
「……ニャルが?」
『うん。だって、知らないせいでうまいもの食えないのは、もったいないだろ?』
俺は鍋の火を止め、蓋をした。
あとは少し休ませれば完成だ。
……ふむ。
今まで配信では、俺が料理しているところを見せていただけだった。
もちろん、ユウマが下処理のことを説明したり、気をつけるところを伝えたりはしてくれている。
でも、もっと分かりやすく教えることだってできるんじゃないか?
橘が俺に包丁の動かし方をゆっくり見せてくれたみたいに。
俺が橘に、食べちゃいけないところを教えたみたいに。
ちゃんと見せて、ちゃんと説明する。
そうすれば、もっといろんなやつが、おいしいものを食えるかもしれない。
……うん。
それ、楽しそうだな。
◇
料理が完成すると、ユウマが皿をカメラの前へ運んだ。
白いクリームシチューから、湯気がふわふわ立ち上っている。
肉にも野菜にもしっかり火が通って、今日もなかなかいい出来だ。
俺は自分の皿を覗き込み、満足して頷いた。
『よし。今日もばっちりだ!』
「おいしそうだね、ニャル」
『おう! 早く食おうぜ!』
「はいはい。もうちょっとだけね」
ユウマがコメントを確認する。
「おっ……。さっきの投稿を見て、自分も作ってみたくなったって人がいるよ」
『おお!』
「『初心者でも作れる料理ってありますか?』だって」
『あるぞ! いっぱいある!』
「あと、『下処理をもう少し詳しく見たい』ってコメントも来てるね」
『下処理か。確かに、そこが一番大事だもんな』
俺は少し考えた。
料理を教えるなら、まずは簡単なものがいい。
初めて作るやつが、いきなり難しい料理に挑戦する必要はないし。
それに、ダンジョン食材は、安全に食べられるところをきちんと確認しないといけない。
その辺りを、もっと分かりやすく教えられたらいいな。
『ユウマ、だったらさ』
「うん?」
『次は、もっと簡単なのを作ろうぜ!』
「簡単な料理?」
『そう! 初めてのやつでも作りやすいやつ!』
俺は尻尾を立てた。
『それで、作り方をちゃんと教えるんだ。危ないところとか、どうやって料理すればいいかとか!』
ユウマが目を丸くする。
「……へえ。ニャルの方からそう言うなんて、珍しいね」
『そうか?』
「うん。いつもは自分が食べたいものを作ってるから」
『それも大事だぞ!』
「そこは譲らないんだ」
『当たり前だろ!』
うまいものを食べたい。
それは絶対に変わらない。
でも、誰かに作り方を教えるのも、面白そうじゃないか。
橘と教え合った時も楽しかったし、今日みたいに知らないやつがうまい飯を作れたって聞くのも嬉しい。
だったら、両方やればいい。
『俺もおいしいもの食うし、作り方も教える。それでみんながおいしいもの食えたら、最高だろ?』
ユウマは一瞬きょとんとして、それから笑い出した。
「ははっ。うん、そうだね。いいな、それ」
『だろ?』
「じゃあ、次の配信は、初めての人でも真似しやすい料理にしようか」
『おう! 任せろ!』
「皆さん、次はニャル先生が初心者向けの料理を教えてくれるそうです」
ユウマがカメラに向かって言った。
それからコメントを確認して、また笑う。
「すごい。『楽しみ!』って。『ニャル先生の料理教室だ』って言われてるよ」
『料理教室?』
「うん。そういう感じになるかもね」
……料理教室か。
俺が教えるのか。
そう考えると、ちょっと変な感じだ。
でも、悪くないな。
『よし! じゃあ、ちゃんと教えないとな!』
「お願いします、ニャル先生!」
『おう!』
俺は胸を張って頷いた。
……ところで。
『ユウマ、そろそろ食っていいか?』
「もう、さっきからそればっかり」
『だって、冷めるだろ!』
「分かってるよ。じゃあ今日はここまでにしようか」
ユウマはカメラへ向き直った。
「それじゃあ、今日の配信はここまでです。次回もよろしくお願いします!」
「にゃ!」
俺も前足を上げる。
配信が終了すると、ユウマはカメラを止め、ようやく席についた。
「じゃあ、いただきます!」
『いただきます!』
俺は早速、シチューを一口。
……んんっ!
うまい!
ホーンラビットの旨みがクリームに溶け込んで、野菜の甘みとよく合っている。
先に焼き色をつけた肉も香ばしい。前に作った時とは、また少し違うおいしさだ。
……へへっ。
やっぱり料理は楽しいな!
「うん、おいしい! 今日のシチューも最高だね」
『だろ?』
ユウマが嬉しそうに食べているのを見ながら、俺はさっきの投稿を思い出した。
知らない誰かも、こんなふうにシチューを食べているんだろうか。
うまいなあって思いながら、もう一口食べているんだろうか。
……そうだったら、嬉しいな。
『ユウマ、次の配信、何作ろうか?』
「えっ、もう考えてるの?」
『当たり前だろ。教えるなら、ちゃんと考えないとな!』
俺はシチューをもう一口食べてから、尻尾を揺らした。
作りたい料理はいっぱいある。
教えられることだって、きっといっぱいある。
どれから始めようかな。
……うん。
何だか、次の配信が楽しみになってきたぞ。




