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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第42話 プロの料理人と料理猫

 料理には、まだまだ俺の知らないことがある。


 そんな当たり前のことを、最近になって思い知らされた。


 きっかけは、食彩堂で食べた岩甲猪のローストだ。


 肉の下処理は俺が教えた。でも、橘が焼いた肉は、びっくりするくらい柔らかくてうまかった。あの香りのついたバターをかけるやり方も、肉を火から外して休ませるやり方も、もっと詳しく知りたい。


 だから今日は、また食彩堂に来ている。


『橘、今日はよろしくな!』


「こちらこそ、よろしくお願いします。先生!」


 厨房に入るなり挨拶すると、橘は嬉しそうに笑った。


 相変わらず先生と呼ばれるのには慣れないけど、もう訂正するのも面倒になってきた。


 ユウマは俺を抱っこしたまま、橘に頭を下げる。


「今日もお邪魔します。ニャル、昨日からずっと楽しみにしてたんです」


『そりゃ楽しみだろ。今日は俺も料理するんだからな』


「うん。昨日も何回も聞いたよ」


 ……そんなに言ったっけ?


 まあ、いいか。


 橘が作業台の上に置かれた保冷容器を開けた。


「今日はこちらを用意しました」


 中に入っていたのは、きれいに処理されたホーンラビットの肉だった。


『おっ、ホーンラビットか!』


「ええ。教えていただいたことをもとに、信頼できるところで解体してもらいました。臭腺と周囲の組織も、きちんと取り除いてあります」


『うん。ちょっと確認するな』


 俺は鑑定で肉の状態を確かめた。


 ……よし。


 問題ないな。


『大丈夫だ。これなら食えるぞ』


「ありがとうございます。先生のお墨付きなら安心ですね」


 橘はほっとしたように笑った。


 前にホーンラビットの調理で苦労したと聞いているから、やっぱり気になるんだろう。


 でも、今日はその話が目的じゃない。


『それで、何を作るんだ?』


「ホーンラビットの香草ローストに、きのこのクリームソースを合わせようと思っています」


『おお!』


 ロースト!


 しかも、きのこのクリームソース!


 この前の岩甲猪は赤ワインのソースだったけど、今回はまた違う味になりそうだ。


「ただし、今日は先生にも最初から参加していただきたいんです」


『もちろんだ!』


 俺は作業台に飛び乗り、尻尾をぴんと立てた。


 ユウマが慌てて俺の足元に清潔な作業用のマットを敷いてくれる。


「ニャル、調理台に直接乗っちゃ駄目だよ」


『おっと。そうだった』


 橘がくすっと笑った。


「衛生管理は大事ですからね。先生もそこはお願いします」


『分かってるって』


 ……料理を始める前から注意されてしまった。


 ちょっと恥ずかしい。


 でも、今日は勉強する日だからな。


 気を取り直して、俺は橘の手元に注目した。


     ◇


「まず、肉の厚みをそろえましょう」


 橘がホーンラビットの肉をまな板に並べた。


 今回使うのは、脚の肉だ。


 よく動く部分だから旨みが強いけど、筋も多い。火の入れ方を間違えると、硬くなりやすいところでもある。


『この辺りの筋は取った方がいいぞ』


「なるほど。こちらですね」


『うん。でも、全部取る必要はない。ここは残しても大丈夫だ』


 橘が包丁を動かし、俺が食材の状態を確認する。


 すっ、すっ、と刃が入るたびに、肉の形がきれいに整っていった。


 ……やっぱりうまいな。


 包丁の動きに無駄がない。


 俺も念動力で包丁を扱えるけど、こういう細かい動きはまだ難しい。


『橘、ちょっとやってみていいか?』


「もちろんです」


 俺は別の肉を前に置き、念動力で包丁を持ち上げた。


 さっき見た動きを思い出す。


 刃を少し寝かせて、筋に沿って……。


 すっ。


 ……あ。


 ちょっと深く切りすぎた。


『むう』


「大丈夫ですよ。今のは刃を押す力が少し強かったですね」


『押す力か』


「ええ。切るというより、刃を滑らせる感覚です」


 橘がもう一度、ゆっくり手本を見せてくれた。


 なるほど。


 包丁を動かす方向だけじゃなくて、力のかけ方も大事なのか。


 俺はもう一度試した。


 今度は、さっきよりも刃を軽く動かす。


 すうっ。


 お。


 きれいに切れた!


『できた!』


「おお、いいですね!」


 橘が拍手してくれた。


 ユウマも横から覗き込んでいる。


「ニャル、すごいね。さっきよりずっときれい」


『だろ?』


 嬉しくなって尻尾が動いた。


 ……いや、待てよ。


 これ、包丁を一本ずつ動かす必要はないんじゃないか?


 俺には念動力がある。


 包丁を持つだけじゃなくて、肉を浮かせて角度を変えることもできる。


 そうすれば、人間みたいに手で肉を押さえなくても、細かいところまで刃を入れられるはずだ。


『ちょっと試してみる』


 俺は肉をほんの少し浮かせ、角度を変えた。


 包丁を滑らせる。


 すっ。


 ……おお。


 これならやりやすい!


「なるほど。念動力なら、そういうこともできるんですね」


『うん。こっちの方が楽だ』


「面白いですね。人間の調理とは違う方法ですが、理屈は同じです」


 橘は感心したように頷いた。


 俺も何だか嬉しくなった。


 そうか。


 橘のやり方を、そのまま真似する必要はないんだ。


 俺には俺のやり方がある。


 でも、そのためにも、まずは橘が何を考えて料理しているのかを知る必要があるんだな。


 ……よし。


 今日はいっぱい覚えるぞ。


     ◇


 肉の下準備が終わると、次は香草だ。


 橘がローズマリーとタイムを取り出した。


 それからニンニクと、少しの油。


「今日は肉の香りを生かしたいので、香草は控えめにします」


『もっといっぱい入れたら、いい匂いにならないか?』


「もちろん香りは強くなります。でも、入れすぎるとホーンラビットそのものの風味が分からなくなってしまうんです」


『なるほど』


 確かに、せっかくのダンジョン食材だもんな。


 肉の味が分からなくなったら、もったいない。


 俺は香草を少しちぎり、匂いを嗅いだ。


 すうっ。


 ……いい匂い。


 でも、確かに強い。


 これなら少しで十分かもしれない。


 橘は肉に塩を振り、香草とニンニクを添えた。


 しばらく置いてから、フライパンを温め始める。


『俺も焼いていいか?』


「もちろん。ただ、最初は一緒にやりましょう」


『おう!』


 フライパンに油を薄く広げる。


 温度が上がったところで、肉を置いた。


 じゅううっ!


 いい音だ。


 表面から香ばしい匂いが立ち始める。


 ……うまそう。


 もう食いたい。


「先生、まだですよ」


『分かってるって!』


 ……何で分かったんだ?


 橘は笑いながら、肉の焼け具合を確かめていた。


「ここで慌てて動かさないのが大事です。表面にしっかり焼き色をつけます」


『ふむふむ』


 俺も自分のフライパンを見つめる。


 肉の端が少しずつ色を変えていく。


 そろそろかな。


 ……いや、まだか?


『橘、もう返していいか?』


「もう少し待ちましょう。ほら、端の色を見てください」


 橘が指さした。


 なるほど。


 ここまで色が変わってからか。


 少し待って、肉をひっくり返す。


 じゅわっ!


 こんがりした焼き目が現れた。


『おお!』


「いい焼き色ですね」


 よしよし。


 順調だ。


 ところが、次の工程で少し失敗した。


 バターと香草を加え、香りのついた油を肉にかけようとした時だ。


 俺は念動力でスプーンを動かした。


 でも、早くかけようとしすぎて、バターがフライパンの外へ少し飛んでしまった。


『あっ』


「おっと。大丈夫ですよ」


 橘がすぐに火を弱めてくれた。


「勢いよく動かす必要はありません。ゆっくり、一定の動きでかけてみましょう」


『ゆっくりか』


 俺はスプーンを動かし直した。


 フライパンの端にたまったバターをすくい、肉の上へそっと流す。


 じゅわっ。


 またすくって、かける。


 じゅわっ。


 ……おお。


 いい感じだ。


 肉の表面がつやつやしてきた。


 香草の匂いも、さっきよりはっきり感じる。


「そうです。その調子」


『へへっ』


 褒められると嬉しい。


 でも、ここからが難しかった。


 肉をいつ火から外すのか。


 それが、なかなか分からない。


『橘、何で今火から外した?』


「ここから余熱で火が入るからです」


『なるほど』


 ……いや。


 分かったようで、まだ分からない。


 俺は自分の肉を見た。


 表面はいい色になっている。


 でも、中がどうなっているかは見えない。


 鑑定で状態を確かめることはできる。


 だけど、橘は鑑定なんて使っていない。


 肉の厚みや弾力、焼いている時間を見て判断しているらしい。


『それ、どうやって分かるんだ?』


「経験もありますが、肉の厚さ、焼いている時の変化、触った時の弾力を見ています。もちろん、中心まで安全に加熱できているかも確認しますよ」


『ふうん……』


 俺は肉をじっと見つめた。


 ……難しい。


 でも、面白い。


 橘は肉を火から外し、少し休ませてから状態を確かめていた。


 俺も同じようにしてみる。


 念動力で肉を持ち上げ、焼け具合を確認する。


 ……うん。


 悪くない。


 でも、橘の肉とは少し違うな。


 俺の方が、ちょっと焼きすぎたみたいだ。


『むう。難しいな』


「最初から完璧にできたら、俺の立場がありませんよ」


 橘が笑った。


「料理は、何度も作って覚えていくものですから」


『……そっか』


 俺はもう一度、焼き上がった肉を見た。


 まだまだ練習が必要だ。


 でも、次はもっと上手にできそうな気がする。


『これ、練習したい』


「ええ。ぜひ」


 橘は嬉しそうに頷いた。


     ◇


 次は、きのこのクリームソースだ。


 使うのは、普通のマッシュルームと、ダンジョン産のケイブマッシュルーム。


 ケイブマッシュルームは旨みが強いから、クリーム系の料理と相性がいい。


『これ、薄く切ると香りが出やすいぞ』


「なるほど。では、二種類の切り方を試してみましょうか」


『二種類?』


「ええ。薄切りにしたものと、少し大きめに切ったものです。食感の違いも楽しめると思います」


『おお、いいな!』


 俺は念動力で包丁を持ち上げた。


 さっき教わった動かし方を思い出す。


 すっ、すっ。


 薄く切る。


 今度は少し厚めに。


 ……うん。


 さっきより包丁が動かしやすい。


 橘はタマネギを細かく刻み、バターで炒め始めた。


 甘い匂いが広がる。


 そこへきのこを加えると、じゅわっと水分が出てきた。


『あれ? すぐクリームを入れないのか?』


「もう少し炒めて、きのこの水分を飛ばします。そうすると香りが濃くなるんです」


『へえ!』


 確かに、しばらく炒めていると匂いが変わってきた。


 最初は水っぽい感じだったのに、今は香ばしい。


 きのこの旨みがぎゅっと詰まったような匂いだ。


『いい匂いになった!』


「でしょう?」


 橘は嬉しそうに笑った。


 そこへ少量のスープと生クリームを加える。


 木べらでゆっくり混ぜながら、火を弱めた。


 白いソースに、きのこの茶色が混ざっていく。


 とろり。


 ……おお。


 うまそうだ。


 俺も隣の小鍋で同じように作ってみた。


 きのこを炒めて、クリームを加える。


 ……あれ?


 ちょっと煮詰めすぎたか?


 俺のソースは、橘のよりもかなり重たくなっている。


『橘、これどうすればいい?』


「少しスープを足しましょう。慌てなくて大丈夫です」


『おう』


 言われたとおりにすると、少しずつ滑らかになった。


 ……なるほど。


 ソースって、作っている途中でも調整できるんだな。


 俺は味を確かめた。


 きのこの旨みが濃い。


 でも、橘のソースを少し味見させてもらうと、また違った。


 きのこの香りがしっかりあるのに、後味が軽い。


『何でこんなに違うんだ?』


「きのこの炒め方と、クリームを煮詰める時間ですね。あとは、最後の塩加減も大事です」


『なるほど……』


 同じ材料でも、こんなに変わるのか。


 面白いなあ。


 料理って、本当に面白い。


 俺は自分のソースをもう一度味見した。


 うん。


 こっちも悪くない。


 でも、橘の方がうまい。


 悔しいというより、嬉しかった。


 まだ覚えられることが、こんなにあるんだから。


     ◇


 完成した肉を切り分け、皿に盛りつける。


 橘は肉を少しずつ重ね、横にきのこのクリームソースを添えた。


 最後に、細かく刻んだ香草を散らす。


 ……きれいだな。


 俺も真似してみた。


 肉を並べて、ソースをかけて……。


 ……あ。


 ソースをかけすぎた。


 せっかくの焼き目が隠れてしまった。


『むう』


「先生、それもおいしそうですよ」


『でも、橘の方がきれいだ』


「じゃあ、次はソースを少し横に添えてみましょうか」


『うん!』


 俺はもう一皿作ってみた。


 今度は肉の焼き目が見えるように並べ、横にソースを置く。


 ……おお。


 さっきよりいい感じだ。


「いいですね!」


『へへっ』


 ユウマが二枚の皿を見比べて笑った。


「ニャル、すごい楽しそう」


『楽しいぞ!』


 だって、今まで知らなかったことを、こんなにいっぱい教えてもらえるんだ。


 楽しくないわけがない。


 俺たちは料理をテーブルへ運んだ。


 橘が作った皿と、俺が作った皿。


 見た目は少し違うけど、どちらもいい匂いがする。


「それじゃあ、いただきます!」


『いただきます!』


 まずは橘の料理から。


 小さく切り分けてもらった肉を、ソースと一緒に口へ運ぶ。


 ……んっ!


『うまっ!』


 香ばしい焼き目。


 柔らかい肉。


 そこへ、きのこの旨みがたっぷり詰まったクリームソースが絡む。


 ホーンラビットの肉はあっさりしているけど、噛むとしっかり旨みが出る。


 その味を、ソースが優しく包んでいる。


 ……うまい。


 すごくうまい。


「……うまっ。いや、いつものも美味いけど、なんか違う」


 ユウマが目を丸くした。


「お肉が香ばしいのに、中は柔らかいし……。ソースもすごい!」


「ありがとうございます」


 橘が嬉しそうに笑った。


 俺も頷いた。


『やっぱり橘の料理はうまいな』


「そう言ってもらえると嬉しいですね」


 次は俺の料理だ。


 肉を一口。


 ……うん。


 うまい。


 でも、やっぱり少し焼きすぎたかな。


 橘のよりも、ほんの少し硬い。


 ソースも濃厚でうまいけど、少し重たい。


『まだまだだな』


「そんなことありませんよ」


 橘は俺の料理を口に運び、ゆっくり味わった。


「先生の方は、きのこの旨みが強く出ていますね。これはこれで、十分おいしいです」


『でも、橘の方がバランスいいぞ』


「ありがとうございます。ただ、俺も先生のソースから学べることがありますよ」


『え?』


「ケイブマッシュルームの香りを、ここまで強く出せるとは思っていませんでした。普通のきのことは扱い方が違うんですね」


『ああ。あれは少し強めに炒めると、香りがよく出るんだ』


「なるほど。次は俺も試してみます」


 ……おお。


 橘も、俺の料理から何か覚えてくれたらしい。


 何だか嬉しいな。


 ユウマは両方の皿を交互に食べていた。


「俺、どっちも好きだなあ」


『本当か?』


「うん。橘さんのはお店の料理って感じで、ニャルのはきのこの味がすごく濃くておいしい」


 ユウマはにこにこしながら、また一口食べた。


「どっちもご飯が進みそう」


 ……あ。


 それは大事だな。


 俺は思わず笑ってしまった。


『じゃあ、今度はご飯も用意しないとな!』


「えっ、今日も食べるの?」


『もちろん!』


 橘が声を上げて笑った。


「先生は本当に食べるのが好きなんですね」


『うまいものは正義だからな!』


 俺が胸を張ると、ユウマも笑った。


 料理を作るのは楽しい。


 でも、こうして食べてもらうのは、もっと楽しい。


 橘も同じ気持ちらしい。


 ユウマがうまいと言うたびに、嬉しそうにしている。


 ……いいな。


 こういうの。


 俺は、橘と一緒に料理するのがすっかり好きになっていた。


     ◇


 それから数日後。


 俺は朝倉家の台所で、フライパンを見つめていた。


 今日はユウマとマコトの夕飯を作っている。


 食彩堂で教わったことを、少し試してみるつもりだ。


 使うのは、いつもの肉と野菜。


 特別な食材じゃない。


 でも、だからこそ違いが分かるはずだ。


『よし。まずは焼き色だな』


 フライパンを温め、肉を置く。


 じゅうっ。


 すぐには動かさない。


 橘に教わったとおり、表面の色を確かめながら待つ。


 頃合いを見てひっくり返すと、きれいな焼き色がついていた。


『おお。いい感じ!』


 今度は火加減を調整する。


 肉の厚みを見て、焼く時間を考える。


 火から外して休ませる間に、別の鍋でソースを作った。


 きのこをしっかり炒めて、水分を飛ばす。


 クリームを加えたら、煮詰めすぎないように気をつける。


 ……うん。


 この前より、ずっといい。


 味を確かめる。


 おお。


 ちゃんときのこの香りが出てる!


『できた!』


 尻尾が嬉しくて揺れた。


 その時、台所の入り口から声がした。


「ニャル、何かすごくいい匂いするんだけど」


『ユウマ! ちょうどできたぞ!』


 ユウマが顔を出した。


 その後ろから、マコトもやってくる。


「まあ、おいしそうね。今日は何を作ったの?」


『肉のソテーだ! 橘に教わった焼き方を試してみた!』


「へえ。楽しみね」


 俺は二人の皿をテーブルへ運んだ。


 肉の焼き目が見えるように盛りつけ、横にソースを添える。


 ……うん。


 見た目も前よりよくなった気がする。


「いただきます」


『いただきます!』


 ユウマが肉を切り、一口食べた。


 もぐもぐ。


 ……どうだ?


 俺はじっと見つめる。


 ユウマは少し目を見開いた。


「……うまっ」


 よし!


 心の中で前足を握った。


「えっ、何これ。すごい柔らかい」


『だろ?』


「ソースもおいしい。きのこの匂いがすごくいいね」


 マコトも嬉しそうに頷いていた。


「本当ね。前より香りがはっきりしている気がするわ」


『へへっ』


 嬉しい。


 すごく嬉しい。


 ユウマはもう一口食べると、ふと俺を見た。


「……ニャル。最近また飯うまくなってない?」


『おう! 練習してるからな!』


「やっぱり!」


 ユウマが笑った。


「橘さんに教わってから、何か変わった気がするんだよね」


『まだまだ覚えることいっぱいあるぞ』


「そうなの?」


『うん。包丁の使い方も、焼き方も、ソースも。もっと練習したい』


 ユウマは少し驚いた顔をした。


 それから、嬉しそうに笑う。


「そっか。じゃあ、これからもっとおいしくなるんだね」


『もちろん!』


 俺は胸を張った。


 ……あ。


 でも、一つ問題がある。


『ユウマ、練習した料理はちゃんと食ってくれよ?』


「え?」


『作ったら食わないともったいないだろ』


 ユウマは少し考えてから、笑った。


「それは任せてよ。ニャルの料理なら、いくらでも食べたいし」


『よし!』


 ……いい飼い主だ。


 俺は満足して、自分の皿へ向き直った。


 今日の肉も、なかなかうまい。


 でも、まだ橘みたいには焼けていない。


 次はもう少し火を弱めてみようか。


 それとも、肉を休ませる時間を変えてみようか。


 ……ああ。


 試したいことがいっぱいある。


     ◇


 その後も、俺は少しずつ練習を続けた。


 もちろん、『ニャルの台所』の配信でもだ。


 この日は、ホーンラビットの肉を使った料理を紹介していた。


 前に教わった焼き方を取り入れ、香草の香りを移しながら焼いていく。


 ユウマがカメラに向かって説明している間、俺はフライパンの様子をじっと見ていた。


「今日は、いつもより少し焼き方を工夫しています。表面を香ばしく焼いて、肉の厚みに合わせて火加減を調整するんです」


『そうそう。ここで慌てて動かさないのが大事なんだ』


 俺の念話は、配信を見ている人には聞こえない。


 だから、ユウマが必要なところを説明してくれる。


「ニャルも、焼き色がつくまではあまり動かさない方がいいって言ってます」


 ユウマがコメントを確認して、少し笑った。


「おっ、今日は焼き方が本格的になったって言われてるよ。ニャル先生、また料理がうまくなってるって」


『おお! 分かる人には分かるんだな!』


「うん。焼き目もきれいだって」


『へへっ。橘に教わって練習したからな!』


 俺は嬉しくなって、尻尾を揺らした。


 でも、今は料理中だ。


 焼きすぎないように、しっかり肉を見ておかないとな。


 俺は火加減を調整し、肉の厚みを確かめながら焼き上げた。


 それから少し休ませて、きのこのクリームソースを仕上げる。


 ……うん。


 今日もいい感じだ。


 料理が完成すると、ユウマが皿をカメラへ見せた。


 香ばしく焼けたホーンラビット。


 きのこのクリームソース。


 ……うん。


 今日もいい出来だ。


「うわ、すごい。食べたいってコメントがいっぱい来てるよ」


『だろ? 俺も早く食いたい!』


「まだ配信中だからね」


『分かってるって!』


 ユウマが笑いながら、もう一度コメントを確認した。


「あとね、ちゃんと処理されたホーンラビットなら、自分でも料理してみたいって人がいるよ」


『おお! いいじゃないか!』


「ダンジョン食材に興味が出てきたって人もいるみたい」


『それは嬉しいな! うまいものは、みんなで食べた方が楽しいからな!』


 俺は思わず尻尾をぴんと立てた。


 自分で料理してみたいって人がいる。


 それは、何だか嬉しい。


 俺が作った料理を見て、誰かが同じものを作ってみたいと思ってくれる。


 ……いいな。


 そういうの。


「ただ、安全な処理がされている食材を使うことが大事です。そこは気をつけてくださいね」


『そうだぞ。うまい飯は、安全に食ってこそだからな!』


 ユウマが頷いた。


「ニャルも、安全に食べることが一番大事だって言ってます」


 俺はカメラに向かって前足を上げた。


「にゃ!」


 ユウマがまた笑った。


「ふふっ。ニャル先生かわいい、だって。あと、了解です先生ってコメントも来てるよ」


『おう! ちゃんと気をつけてくれよ!』


 俺は満足して、尻尾をゆっくり揺らした。


 橘に教わった料理の技術。


 俺が知っているダンジョン食材のこと。


 その二つを合わせれば、もっといろんな料理が作れそうだ。


 それに、俺が覚えたことを、誰かがまた覚えてくれるかもしれない。


 ……何だか、わくわくするな。


 でも、まずは今日の料理だ。


『ユウマ、早く食おうぜ!』


「はいはい。配信終わってからね」


『分かってるって!』


 ……ああ。


 早く食べたい。


 今日のホーンラビットも、きっとすごくうまいぞ。



──────────────

【猫のレシピ帳】


Recipe.010


■料理名

ホーンラビットの香草ロースト・きのこクリームソース


■使用食材(1人前)

・ホーンラビットの脚肉(安全に解体・処理されたもの) …… 150g

・ケイブマッシュルーム …… 40g

・マッシュルーム …… 30g

・タマネギ …… 1/4個

・ニンニク …… 1/2片

・生クリーム …… 50ml

・スープ …… 30ml

・バター …… 10g

・ローズマリー …… 少量

・タイム …… 少量

・塩 …… 適量

・油 …… 少量


■作り方

① 安全に解体・処理されたホーンラビットの脚肉から、必要な筋を取り除き、厚みを整える。塩を振り、香草とニンニクを添えて少し置く。

② フライパンに油を熱し、肉の表面に香ばしい焼き色をつける。バターと香草を加え、香りのついたバターを肉にかけながら焼く。

③ 肉の厚みに合わせて火加減を調整し、休ませる工程も利用して中心まで十分に加熱する。加熱状態を確認してから切り分ける。

④ タマネギと二種類のきのこをバターで炒め、水分を飛ばして香りを引き出す。スープと生クリームを加え、煮詰めすぎないように仕上げる。

⑤ 肉を皿に盛り、焼き目が見えるようにきのこクリームソースを添える。


■味の評価

★★★★★


 香ばしい肉と、きのこのクリームソースがすごく合う!

 橘の焼き方を教わってから、肉の焼き具合が前よりよくなった。

 でも、まだ橘みたいにはできない。もっと練習するぞ。


■ワンポイント

 ホーンラビットは、角の根元付近にある臭腺とその周囲の組織を、解体時に確実に取り除くこと。安全な処理が確認できない肉は使用しない。


 肉は焼き色をつけることと、中心まで適切に加熱することの両方が大切。きのこはクリームを加える前にしっかり炒めると、香りがよく出る。


■ユウマの感想

「いつものニャルの料理もおいしいけど、今日はまた違うおいしさだね。肉が柔らかいし、ソースもすごい!」


■橘修司の感想

「先生のケイブマッシュルームの扱い方は、俺も勉強になりました。同じ料理を作っても違いが出るから、料理は面白いですね」


─ 今日のひとこと ─


 橘に教わったことが、少しずつできるようになってきた。

 でも、まだまだ知らないことがいっぱいある。


 料理って面白いな。

 次はもっとおいしく作るぞ!


──────────────

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