第42話 プロの料理人と料理猫
料理には、まだまだ俺の知らないことがある。
そんな当たり前のことを、最近になって思い知らされた。
きっかけは、食彩堂で食べた岩甲猪のローストだ。
肉の下処理は俺が教えた。でも、橘が焼いた肉は、びっくりするくらい柔らかくてうまかった。あの香りのついたバターをかけるやり方も、肉を火から外して休ませるやり方も、もっと詳しく知りたい。
だから今日は、また食彩堂に来ている。
『橘、今日はよろしくな!』
「こちらこそ、よろしくお願いします。先生!」
厨房に入るなり挨拶すると、橘は嬉しそうに笑った。
相変わらず先生と呼ばれるのには慣れないけど、もう訂正するのも面倒になってきた。
ユウマは俺を抱っこしたまま、橘に頭を下げる。
「今日もお邪魔します。ニャル、昨日からずっと楽しみにしてたんです」
『そりゃ楽しみだろ。今日は俺も料理するんだからな』
「うん。昨日も何回も聞いたよ」
……そんなに言ったっけ?
まあ、いいか。
橘が作業台の上に置かれた保冷容器を開けた。
「今日はこちらを用意しました」
中に入っていたのは、きれいに処理されたホーンラビットの肉だった。
『おっ、ホーンラビットか!』
「ええ。教えていただいたことをもとに、信頼できるところで解体してもらいました。臭腺と周囲の組織も、きちんと取り除いてあります」
『うん。ちょっと確認するな』
俺は鑑定で肉の状態を確かめた。
……よし。
問題ないな。
『大丈夫だ。これなら食えるぞ』
「ありがとうございます。先生のお墨付きなら安心ですね」
橘はほっとしたように笑った。
前にホーンラビットの調理で苦労したと聞いているから、やっぱり気になるんだろう。
でも、今日はその話が目的じゃない。
『それで、何を作るんだ?』
「ホーンラビットの香草ローストに、きのこのクリームソースを合わせようと思っています」
『おお!』
ロースト!
しかも、きのこのクリームソース!
この前の岩甲猪は赤ワインのソースだったけど、今回はまた違う味になりそうだ。
「ただし、今日は先生にも最初から参加していただきたいんです」
『もちろんだ!』
俺は作業台に飛び乗り、尻尾をぴんと立てた。
ユウマが慌てて俺の足元に清潔な作業用のマットを敷いてくれる。
「ニャル、調理台に直接乗っちゃ駄目だよ」
『おっと。そうだった』
橘がくすっと笑った。
「衛生管理は大事ですからね。先生もそこはお願いします」
『分かってるって』
……料理を始める前から注意されてしまった。
ちょっと恥ずかしい。
でも、今日は勉強する日だからな。
気を取り直して、俺は橘の手元に注目した。
◇
「まず、肉の厚みをそろえましょう」
橘がホーンラビットの肉をまな板に並べた。
今回使うのは、脚の肉だ。
よく動く部分だから旨みが強いけど、筋も多い。火の入れ方を間違えると、硬くなりやすいところでもある。
『この辺りの筋は取った方がいいぞ』
「なるほど。こちらですね」
『うん。でも、全部取る必要はない。ここは残しても大丈夫だ』
橘が包丁を動かし、俺が食材の状態を確認する。
すっ、すっ、と刃が入るたびに、肉の形がきれいに整っていった。
……やっぱりうまいな。
包丁の動きに無駄がない。
俺も念動力で包丁を扱えるけど、こういう細かい動きはまだ難しい。
『橘、ちょっとやってみていいか?』
「もちろんです」
俺は別の肉を前に置き、念動力で包丁を持ち上げた。
さっき見た動きを思い出す。
刃を少し寝かせて、筋に沿って……。
すっ。
……あ。
ちょっと深く切りすぎた。
『むう』
「大丈夫ですよ。今のは刃を押す力が少し強かったですね」
『押す力か』
「ええ。切るというより、刃を滑らせる感覚です」
橘がもう一度、ゆっくり手本を見せてくれた。
なるほど。
包丁を動かす方向だけじゃなくて、力のかけ方も大事なのか。
俺はもう一度試した。
今度は、さっきよりも刃を軽く動かす。
すうっ。
お。
きれいに切れた!
『できた!』
「おお、いいですね!」
橘が拍手してくれた。
ユウマも横から覗き込んでいる。
「ニャル、すごいね。さっきよりずっときれい」
『だろ?』
嬉しくなって尻尾が動いた。
……いや、待てよ。
これ、包丁を一本ずつ動かす必要はないんじゃないか?
俺には念動力がある。
包丁を持つだけじゃなくて、肉を浮かせて角度を変えることもできる。
そうすれば、人間みたいに手で肉を押さえなくても、細かいところまで刃を入れられるはずだ。
『ちょっと試してみる』
俺は肉をほんの少し浮かせ、角度を変えた。
包丁を滑らせる。
すっ。
……おお。
これならやりやすい!
「なるほど。念動力なら、そういうこともできるんですね」
『うん。こっちの方が楽だ』
「面白いですね。人間の調理とは違う方法ですが、理屈は同じです」
橘は感心したように頷いた。
俺も何だか嬉しくなった。
そうか。
橘のやり方を、そのまま真似する必要はないんだ。
俺には俺のやり方がある。
でも、そのためにも、まずは橘が何を考えて料理しているのかを知る必要があるんだな。
……よし。
今日はいっぱい覚えるぞ。
◇
肉の下準備が終わると、次は香草だ。
橘がローズマリーとタイムを取り出した。
それからニンニクと、少しの油。
「今日は肉の香りを生かしたいので、香草は控えめにします」
『もっといっぱい入れたら、いい匂いにならないか?』
「もちろん香りは強くなります。でも、入れすぎるとホーンラビットそのものの風味が分からなくなってしまうんです」
『なるほど』
確かに、せっかくのダンジョン食材だもんな。
肉の味が分からなくなったら、もったいない。
俺は香草を少しちぎり、匂いを嗅いだ。
すうっ。
……いい匂い。
でも、確かに強い。
これなら少しで十分かもしれない。
橘は肉に塩を振り、香草とニンニクを添えた。
しばらく置いてから、フライパンを温め始める。
『俺も焼いていいか?』
「もちろん。ただ、最初は一緒にやりましょう」
『おう!』
フライパンに油を薄く広げる。
温度が上がったところで、肉を置いた。
じゅううっ!
いい音だ。
表面から香ばしい匂いが立ち始める。
……うまそう。
もう食いたい。
「先生、まだですよ」
『分かってるって!』
……何で分かったんだ?
橘は笑いながら、肉の焼け具合を確かめていた。
「ここで慌てて動かさないのが大事です。表面にしっかり焼き色をつけます」
『ふむふむ』
俺も自分のフライパンを見つめる。
肉の端が少しずつ色を変えていく。
そろそろかな。
……いや、まだか?
『橘、もう返していいか?』
「もう少し待ちましょう。ほら、端の色を見てください」
橘が指さした。
なるほど。
ここまで色が変わってからか。
少し待って、肉をひっくり返す。
じゅわっ!
こんがりした焼き目が現れた。
『おお!』
「いい焼き色ですね」
よしよし。
順調だ。
ところが、次の工程で少し失敗した。
バターと香草を加え、香りのついた油を肉にかけようとした時だ。
俺は念動力でスプーンを動かした。
でも、早くかけようとしすぎて、バターがフライパンの外へ少し飛んでしまった。
『あっ』
「おっと。大丈夫ですよ」
橘がすぐに火を弱めてくれた。
「勢いよく動かす必要はありません。ゆっくり、一定の動きでかけてみましょう」
『ゆっくりか』
俺はスプーンを動かし直した。
フライパンの端にたまったバターをすくい、肉の上へそっと流す。
じゅわっ。
またすくって、かける。
じゅわっ。
……おお。
いい感じだ。
肉の表面がつやつやしてきた。
香草の匂いも、さっきよりはっきり感じる。
「そうです。その調子」
『へへっ』
褒められると嬉しい。
でも、ここからが難しかった。
肉をいつ火から外すのか。
それが、なかなか分からない。
『橘、何で今火から外した?』
「ここから余熱で火が入るからです」
『なるほど』
……いや。
分かったようで、まだ分からない。
俺は自分の肉を見た。
表面はいい色になっている。
でも、中がどうなっているかは見えない。
鑑定で状態を確かめることはできる。
だけど、橘は鑑定なんて使っていない。
肉の厚みや弾力、焼いている時間を見て判断しているらしい。
『それ、どうやって分かるんだ?』
「経験もありますが、肉の厚さ、焼いている時の変化、触った時の弾力を見ています。もちろん、中心まで安全に加熱できているかも確認しますよ」
『ふうん……』
俺は肉をじっと見つめた。
……難しい。
でも、面白い。
橘は肉を火から外し、少し休ませてから状態を確かめていた。
俺も同じようにしてみる。
念動力で肉を持ち上げ、焼け具合を確認する。
……うん。
悪くない。
でも、橘の肉とは少し違うな。
俺の方が、ちょっと焼きすぎたみたいだ。
『むう。難しいな』
「最初から完璧にできたら、俺の立場がありませんよ」
橘が笑った。
「料理は、何度も作って覚えていくものですから」
『……そっか』
俺はもう一度、焼き上がった肉を見た。
まだまだ練習が必要だ。
でも、次はもっと上手にできそうな気がする。
『これ、練習したい』
「ええ。ぜひ」
橘は嬉しそうに頷いた。
◇
次は、きのこのクリームソースだ。
使うのは、普通のマッシュルームと、ダンジョン産のケイブマッシュルーム。
ケイブマッシュルームは旨みが強いから、クリーム系の料理と相性がいい。
『これ、薄く切ると香りが出やすいぞ』
「なるほど。では、二種類の切り方を試してみましょうか」
『二種類?』
「ええ。薄切りにしたものと、少し大きめに切ったものです。食感の違いも楽しめると思います」
『おお、いいな!』
俺は念動力で包丁を持ち上げた。
さっき教わった動かし方を思い出す。
すっ、すっ。
薄く切る。
今度は少し厚めに。
……うん。
さっきより包丁が動かしやすい。
橘はタマネギを細かく刻み、バターで炒め始めた。
甘い匂いが広がる。
そこへきのこを加えると、じゅわっと水分が出てきた。
『あれ? すぐクリームを入れないのか?』
「もう少し炒めて、きのこの水分を飛ばします。そうすると香りが濃くなるんです」
『へえ!』
確かに、しばらく炒めていると匂いが変わってきた。
最初は水っぽい感じだったのに、今は香ばしい。
きのこの旨みがぎゅっと詰まったような匂いだ。
『いい匂いになった!』
「でしょう?」
橘は嬉しそうに笑った。
そこへ少量のスープと生クリームを加える。
木べらでゆっくり混ぜながら、火を弱めた。
白いソースに、きのこの茶色が混ざっていく。
とろり。
……おお。
うまそうだ。
俺も隣の小鍋で同じように作ってみた。
きのこを炒めて、クリームを加える。
……あれ?
ちょっと煮詰めすぎたか?
俺のソースは、橘のよりもかなり重たくなっている。
『橘、これどうすればいい?』
「少しスープを足しましょう。慌てなくて大丈夫です」
『おう』
言われたとおりにすると、少しずつ滑らかになった。
……なるほど。
ソースって、作っている途中でも調整できるんだな。
俺は味を確かめた。
きのこの旨みが濃い。
でも、橘のソースを少し味見させてもらうと、また違った。
きのこの香りがしっかりあるのに、後味が軽い。
『何でこんなに違うんだ?』
「きのこの炒め方と、クリームを煮詰める時間ですね。あとは、最後の塩加減も大事です」
『なるほど……』
同じ材料でも、こんなに変わるのか。
面白いなあ。
料理って、本当に面白い。
俺は自分のソースをもう一度味見した。
うん。
こっちも悪くない。
でも、橘の方がうまい。
悔しいというより、嬉しかった。
まだ覚えられることが、こんなにあるんだから。
◇
完成した肉を切り分け、皿に盛りつける。
橘は肉を少しずつ重ね、横にきのこのクリームソースを添えた。
最後に、細かく刻んだ香草を散らす。
……きれいだな。
俺も真似してみた。
肉を並べて、ソースをかけて……。
……あ。
ソースをかけすぎた。
せっかくの焼き目が隠れてしまった。
『むう』
「先生、それもおいしそうですよ」
『でも、橘の方がきれいだ』
「じゃあ、次はソースを少し横に添えてみましょうか」
『うん!』
俺はもう一皿作ってみた。
今度は肉の焼き目が見えるように並べ、横にソースを置く。
……おお。
さっきよりいい感じだ。
「いいですね!」
『へへっ』
ユウマが二枚の皿を見比べて笑った。
「ニャル、すごい楽しそう」
『楽しいぞ!』
だって、今まで知らなかったことを、こんなにいっぱい教えてもらえるんだ。
楽しくないわけがない。
俺たちは料理をテーブルへ運んだ。
橘が作った皿と、俺が作った皿。
見た目は少し違うけど、どちらもいい匂いがする。
「それじゃあ、いただきます!」
『いただきます!』
まずは橘の料理から。
小さく切り分けてもらった肉を、ソースと一緒に口へ運ぶ。
……んっ!
『うまっ!』
香ばしい焼き目。
柔らかい肉。
そこへ、きのこの旨みがたっぷり詰まったクリームソースが絡む。
ホーンラビットの肉はあっさりしているけど、噛むとしっかり旨みが出る。
その味を、ソースが優しく包んでいる。
……うまい。
すごくうまい。
「……うまっ。いや、いつものも美味いけど、なんか違う」
ユウマが目を丸くした。
「お肉が香ばしいのに、中は柔らかいし……。ソースもすごい!」
「ありがとうございます」
橘が嬉しそうに笑った。
俺も頷いた。
『やっぱり橘の料理はうまいな』
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
次は俺の料理だ。
肉を一口。
……うん。
うまい。
でも、やっぱり少し焼きすぎたかな。
橘のよりも、ほんの少し硬い。
ソースも濃厚でうまいけど、少し重たい。
『まだまだだな』
「そんなことありませんよ」
橘は俺の料理を口に運び、ゆっくり味わった。
「先生の方は、きのこの旨みが強く出ていますね。これはこれで、十分おいしいです」
『でも、橘の方がバランスいいぞ』
「ありがとうございます。ただ、俺も先生のソースから学べることがありますよ」
『え?』
「ケイブマッシュルームの香りを、ここまで強く出せるとは思っていませんでした。普通のきのことは扱い方が違うんですね」
『ああ。あれは少し強めに炒めると、香りがよく出るんだ』
「なるほど。次は俺も試してみます」
……おお。
橘も、俺の料理から何か覚えてくれたらしい。
何だか嬉しいな。
ユウマは両方の皿を交互に食べていた。
「俺、どっちも好きだなあ」
『本当か?』
「うん。橘さんのはお店の料理って感じで、ニャルのはきのこの味がすごく濃くておいしい」
ユウマはにこにこしながら、また一口食べた。
「どっちもご飯が進みそう」
……あ。
それは大事だな。
俺は思わず笑ってしまった。
『じゃあ、今度はご飯も用意しないとな!』
「えっ、今日も食べるの?」
『もちろん!』
橘が声を上げて笑った。
「先生は本当に食べるのが好きなんですね」
『うまいものは正義だからな!』
俺が胸を張ると、ユウマも笑った。
料理を作るのは楽しい。
でも、こうして食べてもらうのは、もっと楽しい。
橘も同じ気持ちらしい。
ユウマがうまいと言うたびに、嬉しそうにしている。
……いいな。
こういうの。
俺は、橘と一緒に料理するのがすっかり好きになっていた。
◇
それから数日後。
俺は朝倉家の台所で、フライパンを見つめていた。
今日はユウマとマコトの夕飯を作っている。
食彩堂で教わったことを、少し試してみるつもりだ。
使うのは、いつもの肉と野菜。
特別な食材じゃない。
でも、だからこそ違いが分かるはずだ。
『よし。まずは焼き色だな』
フライパンを温め、肉を置く。
じゅうっ。
すぐには動かさない。
橘に教わったとおり、表面の色を確かめながら待つ。
頃合いを見てひっくり返すと、きれいな焼き色がついていた。
『おお。いい感じ!』
今度は火加減を調整する。
肉の厚みを見て、焼く時間を考える。
火から外して休ませる間に、別の鍋でソースを作った。
きのこをしっかり炒めて、水分を飛ばす。
クリームを加えたら、煮詰めすぎないように気をつける。
……うん。
この前より、ずっといい。
味を確かめる。
おお。
ちゃんときのこの香りが出てる!
『できた!』
尻尾が嬉しくて揺れた。
その時、台所の入り口から声がした。
「ニャル、何かすごくいい匂いするんだけど」
『ユウマ! ちょうどできたぞ!』
ユウマが顔を出した。
その後ろから、マコトもやってくる。
「まあ、おいしそうね。今日は何を作ったの?」
『肉のソテーだ! 橘に教わった焼き方を試してみた!』
「へえ。楽しみね」
俺は二人の皿をテーブルへ運んだ。
肉の焼き目が見えるように盛りつけ、横にソースを添える。
……うん。
見た目も前よりよくなった気がする。
「いただきます」
『いただきます!』
ユウマが肉を切り、一口食べた。
もぐもぐ。
……どうだ?
俺はじっと見つめる。
ユウマは少し目を見開いた。
「……うまっ」
よし!
心の中で前足を握った。
「えっ、何これ。すごい柔らかい」
『だろ?』
「ソースもおいしい。きのこの匂いがすごくいいね」
マコトも嬉しそうに頷いていた。
「本当ね。前より香りがはっきりしている気がするわ」
『へへっ』
嬉しい。
すごく嬉しい。
ユウマはもう一口食べると、ふと俺を見た。
「……ニャル。最近また飯うまくなってない?」
『おう! 練習してるからな!』
「やっぱり!」
ユウマが笑った。
「橘さんに教わってから、何か変わった気がするんだよね」
『まだまだ覚えることいっぱいあるぞ』
「そうなの?」
『うん。包丁の使い方も、焼き方も、ソースも。もっと練習したい』
ユウマは少し驚いた顔をした。
それから、嬉しそうに笑う。
「そっか。じゃあ、これからもっとおいしくなるんだね」
『もちろん!』
俺は胸を張った。
……あ。
でも、一つ問題がある。
『ユウマ、練習した料理はちゃんと食ってくれよ?』
「え?」
『作ったら食わないともったいないだろ』
ユウマは少し考えてから、笑った。
「それは任せてよ。ニャルの料理なら、いくらでも食べたいし」
『よし!』
……いい飼い主だ。
俺は満足して、自分の皿へ向き直った。
今日の肉も、なかなかうまい。
でも、まだ橘みたいには焼けていない。
次はもう少し火を弱めてみようか。
それとも、肉を休ませる時間を変えてみようか。
……ああ。
試したいことがいっぱいある。
◇
その後も、俺は少しずつ練習を続けた。
もちろん、『ニャルの台所』の配信でもだ。
この日は、ホーンラビットの肉を使った料理を紹介していた。
前に教わった焼き方を取り入れ、香草の香りを移しながら焼いていく。
ユウマがカメラに向かって説明している間、俺はフライパンの様子をじっと見ていた。
「今日は、いつもより少し焼き方を工夫しています。表面を香ばしく焼いて、肉の厚みに合わせて火加減を調整するんです」
『そうそう。ここで慌てて動かさないのが大事なんだ』
俺の念話は、配信を見ている人には聞こえない。
だから、ユウマが必要なところを説明してくれる。
「ニャルも、焼き色がつくまではあまり動かさない方がいいって言ってます」
ユウマがコメントを確認して、少し笑った。
「おっ、今日は焼き方が本格的になったって言われてるよ。ニャル先生、また料理がうまくなってるって」
『おお! 分かる人には分かるんだな!』
「うん。焼き目もきれいだって」
『へへっ。橘に教わって練習したからな!』
俺は嬉しくなって、尻尾を揺らした。
でも、今は料理中だ。
焼きすぎないように、しっかり肉を見ておかないとな。
俺は火加減を調整し、肉の厚みを確かめながら焼き上げた。
それから少し休ませて、きのこのクリームソースを仕上げる。
……うん。
今日もいい感じだ。
料理が完成すると、ユウマが皿をカメラへ見せた。
香ばしく焼けたホーンラビット。
きのこのクリームソース。
……うん。
今日もいい出来だ。
「うわ、すごい。食べたいってコメントがいっぱい来てるよ」
『だろ? 俺も早く食いたい!』
「まだ配信中だからね」
『分かってるって!』
ユウマが笑いながら、もう一度コメントを確認した。
「あとね、ちゃんと処理されたホーンラビットなら、自分でも料理してみたいって人がいるよ」
『おお! いいじゃないか!』
「ダンジョン食材に興味が出てきたって人もいるみたい」
『それは嬉しいな! うまいものは、みんなで食べた方が楽しいからな!』
俺は思わず尻尾をぴんと立てた。
自分で料理してみたいって人がいる。
それは、何だか嬉しい。
俺が作った料理を見て、誰かが同じものを作ってみたいと思ってくれる。
……いいな。
そういうの。
「ただ、安全な処理がされている食材を使うことが大事です。そこは気をつけてくださいね」
『そうだぞ。うまい飯は、安全に食ってこそだからな!』
ユウマが頷いた。
「ニャルも、安全に食べることが一番大事だって言ってます」
俺はカメラに向かって前足を上げた。
「にゃ!」
ユウマがまた笑った。
「ふふっ。ニャル先生かわいい、だって。あと、了解です先生ってコメントも来てるよ」
『おう! ちゃんと気をつけてくれよ!』
俺は満足して、尻尾をゆっくり揺らした。
橘に教わった料理の技術。
俺が知っているダンジョン食材のこと。
その二つを合わせれば、もっといろんな料理が作れそうだ。
それに、俺が覚えたことを、誰かがまた覚えてくれるかもしれない。
……何だか、わくわくするな。
でも、まずは今日の料理だ。
『ユウマ、早く食おうぜ!』
「はいはい。配信終わってからね」
『分かってるって!』
……ああ。
早く食べたい。
今日のホーンラビットも、きっとすごくうまいぞ。
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【猫のレシピ帳】
Recipe.010
■料理名
ホーンラビットの香草ロースト・きのこクリームソース
■使用食材(1人前)
・ホーンラビットの脚肉(安全に解体・処理されたもの) …… 150g
・ケイブマッシュルーム …… 40g
・マッシュルーム …… 30g
・タマネギ …… 1/4個
・ニンニク …… 1/2片
・生クリーム …… 50ml
・スープ …… 30ml
・バター …… 10g
・ローズマリー …… 少量
・タイム …… 少量
・塩 …… 適量
・油 …… 少量
■作り方
① 安全に解体・処理されたホーンラビットの脚肉から、必要な筋を取り除き、厚みを整える。塩を振り、香草とニンニクを添えて少し置く。
② フライパンに油を熱し、肉の表面に香ばしい焼き色をつける。バターと香草を加え、香りのついたバターを肉にかけながら焼く。
③ 肉の厚みに合わせて火加減を調整し、休ませる工程も利用して中心まで十分に加熱する。加熱状態を確認してから切り分ける。
④ タマネギと二種類のきのこをバターで炒め、水分を飛ばして香りを引き出す。スープと生クリームを加え、煮詰めすぎないように仕上げる。
⑤ 肉を皿に盛り、焼き目が見えるようにきのこクリームソースを添える。
■味の評価
★★★★★
香ばしい肉と、きのこのクリームソースがすごく合う!
橘の焼き方を教わってから、肉の焼き具合が前よりよくなった。
でも、まだ橘みたいにはできない。もっと練習するぞ。
■ワンポイント
ホーンラビットは、角の根元付近にある臭腺とその周囲の組織を、解体時に確実に取り除くこと。安全な処理が確認できない肉は使用しない。
肉は焼き色をつけることと、中心まで適切に加熱することの両方が大切。きのこはクリームを加える前にしっかり炒めると、香りがよく出る。
■ユウマの感想
「いつものニャルの料理もおいしいけど、今日はまた違うおいしさだね。肉が柔らかいし、ソースもすごい!」
■橘修司の感想
「先生のケイブマッシュルームの扱い方は、俺も勉強になりました。同じ料理を作っても違いが出るから、料理は面白いですね」
─ 今日のひとこと ─
橘に教わったことが、少しずつできるようになってきた。
でも、まだまだ知らないことがいっぱいある。
料理って面白いな。
次はもっとおいしく作るぞ!
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