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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第39話 猫同士、だいたい言葉はいらない

 猫という生き物は、どうしてこうも箱が好きなのだろう。


 目の前に置かれた段ボール箱を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。


 大きさは、俺が一匹で入るのにちょうどいいくらい。高さもそれほどなく、少し頑張れば縁から顔を出せそうだ。


 中には何も入っていない。ただの空き箱だ。


 なのに、妙に気になる。


『……よし』


 俺は前足を箱の縁にかけ、ひょいっと中へ入った。


 すとん。


 四方を壁に囲まれた、ほどよい狭さ。底に敷かれた段ボールの感触も悪くない。


 ……うん。これはいい箱だ。


 俺はくるりと一回転してから、箱の底に腰を下ろした。


「ニャル、また箱に入ってる」


 ユウマが笑いながら声をかけてきた。


『ちょうどいい箱があったからな』


「さっきまで普通に遊んでたのに」


『箱を見つけたら入るだろ』


「そういうもの?」


『そういうものだ』


 少なくとも、今の俺にとってはそうだ。


 前世では段ボール箱を見つけても、中に入ろうなんて思わなかった。それが今では、空き箱を見るとつい大きさを確かめたくなる。


 猫の体というのは、なかなか不思議なものだ。


 まあ、居心地がいいんだから仕方ない。


 俺は箱の縁に顎を乗せた。


 今日は、この箱で昼寝をするのも悪くないな。


 そんなことを考えていたところで、玄関のチャイムが鳴った。


「あっ、来た!」


 ユウマが立ち上がる。


 そうだった。今日は小春ときなこが遊びに来る日だ。


 この前、一緒に飯を食ってから、また遊ぼうという話になっていた。


 俺も迎えに行こうかと思ったが、せっかく箱に入ったところだ。


 ……もう少しだけ、このままでいいか。



     ――――――



「こんにちは! お邪魔しまーす!」


 しばらくして、小春の元気な声が聞こえてきた。


「いらっしゃい、小春さん!」


「今日もきなこ連れてきたよ!」


「やった!」


 廊下から楽しそうな会話が近づいてくる。


 俺は箱の中から顔を上げた。


 居間に入ってきた小春の腕には、淡いきなこ色の猫が抱かれていた。


 小さな翼を背中にたたんだケットシー、きなこだ。


「にゃあ」


『おう、きなこ』


 俺が声をかけると、きなこがこちらを見た。


 ゆっくり瞬きをして、小さく鳴く。


「んにゃ」


 相変わらず、落ち着いたやつだ。


 小春は俺を見つけると、ぱっと笑顔になった。


「あっ、ニャル!」


『おう』


「……箱に入ってる!」


『見れば分かるだろ』


「かわいい!」


 ……まあ、そうなるよな。


 小春はきなこを床へ下ろし、俺の前にしゃがみ込んだ。


「ねえ、悠真くん。こうして見ると、ニャルって本当にちっちゃいね」


「そこがかわいいんだよ」


「分かる」


『俺の話してる?』


「もちろん!」


 ユウマが即答した。


「ニャルのかわいさについて話してるんだよ」


『本人の目の前でする話か?』


「だって、かわいいんだもん」


 ……反論になってないぞ。


 小春はきなこと俺を見比べていた。


「きなこも小さい方だと思ってたけど、ニャルと並ぶと大きく見えるね」


「ニャル、二十センチくらいしかないからね」


「きなこは三十センチくらいだもんね」


 たった十センチの差。


 人間からすれば大したことがないように聞こえるかもしれないが、俺たちの体格では結構な違いだ。


 実際、きなこが隣に立つと、俺の小ささがよく分かる。


 ……いや、俺が小さいんじゃなくて、きなこが大きいということにしておこう。


「でも、どっちもかわいい!」


 小春が嬉しそうに言った。


「うん。でもニャルが一番だよ」


「きなこも負けてないよ?」


「いやいや、ニャルは世界一だから」


「きなこだって世界一だもん」


『また始まった……』


 俺は箱の中でため息をついた。


 この二人、顔を合わせるたびに同じ話をしてないか?


 もっとも、きなこはまったく気にしていない。


 俺の入っている箱を、じっと見つめていた。


『ん?』


「にゃ」


 きなこが一歩近づく。


 そして、箱の縁へ鼻先を寄せた。


 くんくん。


 どうやら、俺より箱の方が気になるらしい。


 ……お前もか。


 俺は思わず尻尾を揺らした。



     ――――――



『入りたいのか?』


「にゃあ」


 きなこは箱の縁を見つめたまま、小さく鳴いた。


 言葉が通じているのかどうかは分からない。


 ただ、その視線には覚えがある。


 俺もさっき、同じようにこの箱を見ていたからだ。


『……まあ、入ってみるか?』


 俺は少し横へずれた。


 きなこが箱の中を覗き込む。


 小さな翼が、ぴくりと動いた。


 次の瞬間、きなこの体がふわりと浮き上がった。


『おっ』


 足元から数センチ浮いたきなこは、箱の縁を越えて、そのまま中へ降りてきた。


 すとん。


 ……おお。


 そうやって入るのか。


 翼で浮けるのは知っていたけど、こうして目の前で見ると、やっぱり便利そうだな。


 俺も念動力を使えば似たようなことはできるが、きなこは実に自然に浮いている。


 ……なんて感心している場合じゃなかった。


『お、おい』


 箱の中が、急に狭くなった。


 そりゃそうだ。


 もともと俺一匹にちょうどいい箱へ、俺より大きなきなこが入ってきたんだから。


 きなこはゆっくり腰を下ろそうとしている。


 だが、そこには俺の尻尾がある。


『ちょっと待て。尻尾、尻尾!』


「にゃ?」


 きなこが首を傾げた。


 俺は慌てて尻尾を引っ込める。


 すると今度は、きなこのふわふわした毛が俺の顔に当たった。


『ぶふっ』


 ……近い!


 いや、別に嫌じゃないんだけどな。


 柔らかいし、いい匂いもする。


 ただ、近い。


 きなこはそんな俺の苦労など知らない様子で、もう一度座り直した。


 ぐいっ。


『おっと』


 今度は俺の体が箱の壁に押しつけられた。


 ……お前、意外と遠慮がないな。


 俺は前足で踏ん張り、少し押し返す。


 ぐい。


 きなこがこちらを見る。


「んにゃ」


『いや、そこ俺の場所だから』


「にゃあ」


『そう言われてもな』


 きなこは一度立ち上がり、くるりと向きを変えた。


 その拍子に、小さな翼が俺の耳をくすぐる。


『ひゃっ』


 思わず耳が動いた。


 ……くすぐったい!


 きなこは何事もなかったように、また座ろうとする。


 俺も場所を確保しようと体をずらした。


 ぐいぐい。


 もぞもぞ。


 箱の中で、二匹の猫が押し合う。


 何だこれ。


 俺たち、何をやってるんだ?


「……ねえ、悠真くん」


「うん」


「すごいことになってない?」


「なってるね」


 箱の外から、二人の声が聞こえた。


「二匹で一つの箱に入ってる……!」


「かわいい……!」


 ……見てないで助けろよ。


 いや、別に困っているわけじゃないけど。


 ちょっと狭いだけだ。


 俺はきなこの体を見た。


 きなこも俺を見ている。


 しばらく見つめ合ってから、俺は一つのことに気づいた。


 ……俺が丸くなればいいんじゃないか?


 俺は箱の隅で体を丸めてみた。


 前足を引っ込め、尻尾を体に沿わせる。


 すると、思ったより場所が空いた。


 きなこはその隙間へゆっくり体を収めた。


 小さな翼をきれいにたたみ、俺の隣に腰を下ろす。


 ……おっ。


 入った。


 俺の背中には、きなこの柔らかい毛が触れている。


 少し窮屈だが、さっきほどではない。


 むしろ、隣が温かくて悪くない。


『……これならいけるな』


「にゃ」


 きなこがゆっくり瞬きをした。


 俺も目を細める。


 ……うん。


 いい箱だ。


 二匹でも、何とかなるもんだな。



     ――――――



「……撮るよ」


「うん」


 箱の外で、ひそひそ声がした。


 何だ?


 俺が顔を上げると、ユウマと小春が同時にスマートフォンを構えていた。


 ……お前ら。


「ちょっと待って、かわいすぎる……」


「分かる……」


「きなこがニャルにくっついてる……!」


「ニャルも嫌がってない……!」


 小声で騒ぐという、器用なことをしている。


 ぱしゃり。


 ぱしゃり。


 控えめなシャッター音が続いた。


『……そんなに撮ってどうするんだ?』


「記念だよ!」


 ユウマが答えた。


「ニャルときなこちゃんが仲良くしてるところ、残しておきたいから」


「私も! あとで見返したい!」


 小春も嬉しそうに頷く。


 ……まあ、そういうことならいいか。


 俺は箱の縁に顎を乗せ直した。


 隣では、きなこが目を細めている。


 どうやら、撮影されていること自体は気にしていないらしい。


「ねえ、悠真くん。これ、すごくいい写真じゃない?」


「うわ、本当だ。二匹ともかわいい!」


「でしょ!」


 小春が画面を見せると、ユウマも自分のスマートフォンを差し出した。


「こっちも見て!」


「わあ! ニャルの前足ちっちゃい!」


「そうなんだよ!」


 ……また俺の小ささの話か。


 俺は自分の前足を見た。


 確かに小さい。


 でも、これで包丁だって使えるし、料理もできる。


 大きさだけがすべてじゃないんだぞ。


 ……包丁は念動力で動かしてるけどな。


 ユウマが画面を眺めながら、ふと呟いた。


「これ、配信で見せたらみんな喜びそうだなあ」


 俺は耳を動かした。


 確かに、俺ときなこが箱に詰まっている光景は、視聴者には受けそうだ。


 料理とは関係ないけど、猫の動画は人気があるしな。


 すると、小春が少し首を傾げた。


「……でも、今日は普通に遊びに来ただけだよね?」


「あ、うん」


「だったら、これは私たちだけの写真でもいいんじゃない?」


 小春はそう言って、箱の中の俺たちを見た。


「きなこもニャルも、のんびりしてるし」


 ユウマは少し考えてから、笑った。


「そうだね。今日は配信しないでおこう」


『そうしてくれると助かる』


「ニャルもそう思う?」


『ああ。たまには、ただ遊ぶだけでいいだろ』


「うん!」


 ユウマが頷いた。


「じゃあ、この写真は小春さんと交換するだけにしよう」


「やった! あとで送るね!」


 ……よし。


 これで安心して箱に入っていられる。


 配信が嫌いなわけじゃない。


 俺の料理を見てもらうのは楽しいし、食材に興味を持ってもらえるのも嬉しい。


 でも、何でもかんでも見せる必要はないだろう。


 今は、きなこと遊んでいる時間だ。


 それだけで十分だと思う。


 俺は隣を見た。


 きなこは、すでにうとうとしていた。


 ……お前、本当にマイペースだな。


 まあ、そこがいいんだけど。



     ――――――



 しばらくして、俺たちは箱から出た。


 正確には、俺が先に出て、きなこが後から出てきた。


 ずっと同じ姿勢でいると、さすがに体が固まるからな。


 俺はぐーっと背中を伸ばした。


 前足を前へ出し、腰を持ち上げる。


 ……んんっ。


 気持ちいい。


 その横で、きなこもゆっくり伸びをしていた。


 小さな翼が左右に広がる。


 ふわり。


 きなこの体が少し浮いた。


『……便利だな、それ』


「にゃ?」


『翼だよ。浮けるやつ』


 きなこは俺を見つめた。


 それから、何でもないことのように、もう少し高く浮き上がった。


 床から離れた前足が、ゆらゆら揺れている。


『おお』


 やっぱり面白い。


 きなこはそのまま、窓際の低い棚へふわりと移動した。


 着地も静かだ。


 ……いいなあ。


 俺もあそこへ行こう。


 念動力を使えば、届かない場所じゃない。


 俺は自分の体を浮かせ、棚の上へ移動した。


 すとん。


『よっと』


「にゃあ」


 きなこがこちらを見た。


『おう、来たぞ』


 並んで座ると、窓の外がよく見える。


 庭の植木が風に揺れていた。


 遠くから鳥の声も聞こえてくる。


 きなこはじっと外を眺めている。


 俺もその隣で、しばらく景色を楽しんだ。


 ……平和だな。


 ダンジョンに潜っている時は、周囲の気配に注意しなきゃいけない。


 料理をしている時は、火加減や食材の状態を考えている。


 でも、こうして窓の外を眺めているだけなら、何も考えなくていい。


 たまには、こんな時間も必要だ。


 きなこが小さく首を動かした。


 俺の方へ鼻先を寄せてくる。


『ん?』


 くんくん。


 俺も鼻を近づけた。


 くん。


 ……うん。


 この前と同じ匂いだ。


 俺がそう思っていると、きなこが俺の耳の辺りをぺろりと舐めた。


『……おっ?』


 突然のことで、少し驚いた。


 きなこは何事もなかったように、もう一度ぺろり。


 ……毛づくろいか?


 そういえば、猫同士で仲がいいと、こういうことをするんだったな。


 俺は少し考えた。


 別に嫌じゃない。


 むしろ、何だか落ち着く。


 ……じゃあ、お返しするか。


 俺はきなこの頬の辺りへ顔を近づけ、毛並みを少し舐めてみた。


 ぺろ。


 ふわふわだ。


 きなこは目を細めた。


「んにゃ」


『……こんな感じか?』


「にゃあ」


 どうやら、悪くなかったらしい。


 俺は少し嬉しくなった。


 猫同士の付き合い方なんて、まだ分からないことも多い。


 でも、きなこは急かしてこないし、俺も無理に何かをする必要がない。


 それが、ちょうどいい。


「……あっ」


 下から小春の声が聞こえた。


「今、毛づくろいしてなかった?」


「してた!」


 ユウマが嬉しそうに答える。


「ニャルがきなこちゃんを舐めてた!」


「きなこもニャルを舐めてたよ!」


「えっ、ほんと!?」


「うん!」


 ……聞こえてるぞ。


 俺は二人を見下ろした。


『そんなに珍しいのか?』


「だって、仲良しってことじゃん!」


 ユウマが笑った。


「ニャルに猫のお友達ができたんだなって思って」


 ……猫の友達、か。


 俺は隣のきなこを見た。


 きなこは、また窓の外を眺めている。


 小さな翼が、時々ぴくりと動いた。


『……まあ、そうだな』


 俺は小さく頷いた。


 友達。


 うん。


 そう呼んでいい気がする。



     ――――――



 それから少しして、台所の方から母さんの声がした。


「悠真、お茶にしましょうか」


「はーい!」


 ユウマが返事をする。


 その直後、俺の鼻がぴくりと動いた。


 ……ん?


 何か、いい匂いがする。


 俺は顔を上げた。


 これは……魚?


 焼いた魚のような、香ばしい匂いだ。


 台所の方から漂ってくる。


『……魚か?』


 思わず呟いた、その時。


「にゃ」


 隣のきなこも顔を上げた。


 鼻をひくひくさせている。


 ……おっ。


 お前も気づいたか。


 俺たちは同時に台所の方を見た。


 しばらくして、ユウマがこちらへ戻ってきた。


「ニャル、どうしたの?」


『魚の匂いがする』


「えっ?」


『台所から』


「ああ、母さんが魚のおやつを用意してるのかな」


『魚!』


 俺は思わず身を乗り出した。


 隣で、きなこの翼がぴくりと動く。


「にゃあ」


『お前も気になるよな』


「にゃ」


 きなこが頷いたように見えた。


 ……よし。


 これは確認しに行くしかない。


 俺は棚から降りた。


 きなこもふわりと浮いて、隣へ降りてくる。


 二匹並んで、台所の方へ向かった。


「……ねえ、悠真くん」


 後ろから小春の声がした。


「今、二匹とも同時に動いたよね?」


「うん」


「魚の匂いで?」


「たぶん」


 ユウマが笑った。


「ニャル、魚が大好きだから」


「きなこも好きだよ!」


 ……なるほど。


 そこも一緒か。


 台所へ着くと、母さんが小皿を用意していた。


「あら、二匹とも来たの?」


『魚の匂いがした』


「ふふ。鼻がいいのね」


 母さんが笑う。


 皿には、魚を使ったおやつが少しだけ載っていた。


 どうやら、俺たちが食べられるように用意してくれていたらしい。


 もちろん、きなこの分は小春に確認してからだ。


「きなこちゃん、これ食べられる?」


 母さんが尋ねると、小春が皿を覗き込んだ。


「はい。これなら大丈夫です。でも、少しだけにしておきますね」


「そうね。さっきご飯も食べてきたんでしょう?」


「はい!」


 ……なるほど。


 少量か。


 まあ、仕方ない。


 俺だって、食べすぎて夕飯が入らなくなるのは困るしな。


 小春がきなこの前に小さく取り分けた魚を置く。


 俺にも、母さんが少し分けてくれた。


『いただきます』


「にゃ」


 二匹で、ほぼ同時に口をつける。


 ……うまっ。


 魚の旨みが口いっぱいに広がった。


 やっぱり魚はいい。


 俺は尻尾をぴんと立てた。


 隣を見ると、きなこも嬉しそうに食べていた。


 ゆっくり。


 でも、確実に。


 ……お前、本当に何を食べても落ち着いてるな。


 俺は自分の皿を見た。


 もう空だ。


 きなこの皿には、まだ少し残っている。


 ……。


 ……いや。


 別に欲しいわけじゃないぞ。


 ただ、食べるのが遅いなと思っただけだ。


 きなこがこちらを見た。


「にゃ?」


『……ゆっくり食えよ』


「んにゃ」


 きなこはまた、ゆっくり魚を食べ始めた。


 俺はその横に座って、食べ終わるのを待った。


 ……まあ、こういうのも悪くないな。



     ――――――



 午後になると、居間に柔らかい日差しが差し込んできた。


 窓際の床が、ぽかぽかと温まっている。


 俺はそこへ移動した。


 箱もいいけど、日向ぼっこも捨てがたい。


 特に、魚を食べた後ならなおさらだ。


『……ふう』


 俺は前足を伸ばし、ゆっくり腰を下ろした。


 日差しが毛並みに当たって、じんわり温かい。


 ……ああ、これはいい。


 目を閉じようとしたところで、隣に気配がした。


「にゃ」


『おう』


 きなこだった。


 俺の横へ来ると、同じように腰を下ろす。


 小さな翼をたたみ、前足を揃えた。


 ……また隣か。


 この前も、飯を食った後に並んで寝たんだったな。


 俺は少しだけ体をずらした。


 きなこが座りやすいように。


 すると、きなこもこちらへ少し寄ってきた。


 ふわりと毛が触れる。


 ……うん。


 ちょうどいい。


 俺は前足の上に顎を乗せた。


 きなこも目を細める。


 しばらく、何も話さなかった。


 窓の外では、風が木の葉を揺らしている。


 部屋の向こうからは、ユウマと小春の楽しそうな声が聞こえていた。


「ねえ、きなこって普段どこで寝るの?」


「お気に入りのクッションがあるんだよ。あと、たまに私のベッドにも来る」


「ニャルも俺のベッドに来るよ!」


「いいなあ。ニャルって小さいから、布団に入ってきても気づかなさそう」


「いや、ちゃんと分かるよ。かわいいから!」


 ……どういう理由だ。


 俺は片耳だけ動かした。


 でも、わざわざ口を挟むほどでもない。


 今は眠い。


 きなこの体が、俺の背中に少しだけ触れた。


 見ると、きなこはもう目を閉じている。


 呼吸に合わせて、小さな翼がわずかに上下していた。


 ……早いな。


 俺も目を閉じた。


 しばらくすると、すぐ近くから小さな喉の音が聞こえてきた。


 ごろごろ。


 ……きなこか。


 気持ちよさそうだな。


 俺もつられて、喉を鳴らした。


 ごろごろ。


 二匹分の音が、静かな部屋に重なる。


「……ねえ、悠真くん」


 小春の声が、少し小さくなった。


「二匹とも寝ちゃった?」


「うん。気持ちよさそう」


「かわいいね」


「うん」


 ぱしゃり。


 控えめな音がした。


 ……また写真か。


 まあ、いい。


 今日はもう、何もする気が起きない。


 日差しは温かいし、隣にはきなこがいる。


 それだけで十分だ。


 俺は少しだけ体を丸めた。


 きなこの毛が、頬に触れる。


 ふわふわだ。


 ……ああ。


 眠い。


 俺はそのまま、ゆっくり眠りに落ちた。



     ――――――



 目を覚ました時には、窓から差し込む光の向きが少し変わっていた。


 ……ん。


 どれくらい寝てたんだ?


 俺はゆっくり顔を上げた。


 隣には、まだきなこがいる。


 ただ、向こうも目を覚ましていたらしく、静かに俺を見ていた。


『……おはよう』


「にゃ」


『よく寝たな』


「んにゃ」


 きなこがゆっくり瞬きをする。


 俺も同じように瞬きを返した。


 ……何だか、こういう挨拶にも慣れてきたな。


 人間相手なら、もう少し言葉を交わすところだ。


 でも、きなことはこれで十分な気がする。


 隣に座る。


 匂いを確かめる。


 一緒に箱へ入る。


 魚の匂いに反応する。


 眠くなったら並んで寝る。


 ……うん。


 なかなかいい付き合い方だ。


「ニャル、起きた?」


 ユウマが近づいてきた。


『おう』


「よく寝てたね」


『日向が気持ちよかったからな』


「きなこちゃんもずっと隣にいたよ」


『知ってる』


 俺が答えると、ユウマは嬉しそうに笑った。


「仲良くなったね」


『まあな』


「ニャルに猫のお友達ができて、俺も嬉しいよ」


 ……そんなに嬉しいものか?


 俺はユウマを見上げた。


 ユウマは本当に嬉しそうな顔をしている。


 ……まあ、そうだよな。


 俺だって、ユウマに新しい友達ができたら嬉しい。


 それと同じか。


『俺も楽しいぞ』


「そっか!」


 ユウマが笑顔になった。


 その後ろから、小春もやってくる。


「そろそろ帰ろうか、きなこ」


「にゃあ」


 きなこが立ち上がった。


 小さな翼を広げ、ふわりと浮き上がる。


 俺はそれを見上げた。


『もう帰るのか』


「んにゃ」


『そっか。またな』


 きなこは俺の前へ降りてきた。


 鼻先を近づける。


 くん。


 俺も鼻を寄せた。


 くんくん。


 ……よし。


 また会おうな。


 きなこが小さく鳴いた。


「にゃ」


 それから、ふわりと浮いて小春の腕へ収まった。


「今日はありがとう、悠真くん!」


「こちらこそ! また遊びに来てね!」


「うん! きなこも楽しそうだったし、また来たい!」


 小春が俺を見た。


「ニャルも、またきなこと遊んでね」


『おう。いつでも来い』


「ふふっ、ありがとう!」


 小春は嬉しそうに笑った。


 玄関まで見送りに行くと、きなこが小春の腕の中からこちらを見ていた。


 俺は前足を少し上げる。


『またな』


「にゃあ」


 扉が閉まるまで、きなこは俺の方を見ていた。


 ……うん。


 いい一日だった。


 俺は尻尾を揺らしながら、居間へ戻った。



     ――――――



「楽しかったね、ニャル」


『ああ』


 小春たちが帰った後、ユウマはソファに座り、スマートフォンを手に取った。


 俺はその隣へ飛び乗る。


 さっきまできなこと遊んでいたせいか、いつものソファが少し広く感じた。


 ……いや、もともと広いんだけどな。


「写真、いっぱい撮れたなあ」


 ユウマが画面を見ながら笑っている。


 覗き込むと、俺ときなこが一つの箱に収まっている写真が表示されていた。


 ……改めて見ると、確かに狭そうだ。


 俺の体は箱の隅で丸くなっているし、きなこの毛は俺の顔にかかっている。


 よくあれで落ち着けたな。


「これ、すごくかわいいよね」


『……そうか?』


「うん! 今日の一番のお気に入り!」


 ユウマが嬉しそうに画面を眺めた。


 それから、写真を閉じて別の画面を開く。


 見覚えのある表示だ。


『配信のやつか?』


「うん。『ニャルの台所』のコメント、ちょっと見ておこうと思って」


『何か来てるのか?』


「最近、前の動画にも新しいコメントが増えてるんだよ」


 へえ。


 配信した後も、見てくれる人がいるんだな。


 ユウマが画面をスクロールする。


 料理についての感想が、いくつも並んでいた。


「『この調理、本当に理にかなってるらしい』」


『ほう』


「『料理人が反応してる』だって」


『料理人?』


「うん。プロの人も見てるのかな?」


 ……へえ。


 それはちょっと嬉しいな。


 料理を仕事にしている人が、俺の調理を見てくれているのか。


 どんなところが気になったんだろう。


 火加減か?


 下処理か?


 それとも、ダンジョン食材の扱い方か?


 ……ちょっと話を聞いてみたい気もする。


 俺がそんなことを考えていると、ユウマの指が止まった。


「……ん?」


『どうした?』


「これ、何だろう」


 ユウマが画面を少し近づけた。


 そこには、こんなコメントが表示されていた。


『食彩堂の橘さんが、この配信の話してた』


 ……食彩堂?


 聞いたことがあるような、ないような。


 橘さんというのも、俺には分からない名前だ。


 ユウマも首を傾げている。


「食彩堂って何だ?」


『飯屋?』

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