第38話 猫が二匹いる食卓
『なあ、ユウマ』
「ん?」
『小春たち、また来るかな』
俺がそう聞くと、ユウマはスマートフォンから顔を上げた。
「きなこちゃんたち?」
『うん』
「会いたい?」
『まあな』
この前、もふもふ堂で出会った猫を思い出す。
淡いきなこ色の毛並みに、小さな翼。
俺よりずっと大きい体なのに、動きはのんびりしていて、隣に座っているだけで妙に落ち着くやつだった。
レオみたいに元気いっぱいなのも楽しいけど、ああいう静かな猫と過ごす時間も悪くない。
『あいつ、いいやつだったし』
「そっかあ」
ユウマが嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今度うちに呼んでみる?」
『うちに?』
「うん。小春さんと連絡先交換したし」
そういえば、そんなことをしていたな。
俺ときなこの写真を送り合うとか何とか。
あの後もユウマのスマートフォンには、きなこの写真が何枚も届いていた。
日向ぼっこをしている写真。
ふわふわ浮いている写真。
クッションの上で丸くなっている写真。
そのたびにユウマは「かわいい!」と喜んでいた。
……もちろん、最後には「でも世界一はニャルだけどね」と付け加えていたが。
『いいんじゃないか?』
「よし、聞いてみよう!」
ユウマが早速メッセージを打ち始めた。
俺はその横から画面を覗き込む。
「今度、きなこと一緒にうち来ます?」
送信。
……早いな。
少し待つと、返事が届いた。
「えっ、いいの!? 行きたい!」
ユウマが読み上げる。
「すごい、即答だ」
『お前も即答だっただろ』
「そうだっけ?」
『そうだぞ』
ユウマは笑いながら、都合のいい日を相談し始めた。
どうやら、小春もきなこを連れて遊びに来てくれるらしい。
それなら、せっかくだし。
『飯でも作るか』
「おっ、いいね!」
『きなこも食えるやつがいいな』
「うん。小春さんにも聞いておこう」
そうして、朝倉家に新しいお客さんが来ることになった。
――――――
約束の日。
俺は朝から台所にいた。
もちろん、まだ料理を始めているわけじゃない。
今日は何を作ろうか、食材を確認していたところだ。
冷蔵庫には鶏肉がある。
それから、いつもの野菜と、保存してあるダンジョン野菜。
この辺りを使えば、なかなかいい煮込みが作れそうだ。
ただし、今回は少し気をつける必要がある。
きなこだ。
俺は猫型のテイムモンスターだけど、人間の料理もダンジョン食材も普通に食べている。
だからといって、きなこも同じものを食べられるとは限らない。
種族が違えば、体の作りも違うかもしれないしな。
小春から事前に聞いた話では、きなこは普段、専用のフードを中心に食べているらしい。
加熱した肉や魚も好きで、柔らかくて薄味のものが食べやすいそうだ。
ただ、初めての食材は少しずつ試すようにしているという。
『……なるほどな』
なら、きなこ用は別に取り分けた方がよさそうだ。
人間用の味付けをする前に、鶏肉と安全を確認した野菜を分けておく。
初めてのダンジョン食材は、無理に食わせない。
俺が使えるからといって、何でも食わせていいわけじゃないからな。
「ニャル、今日は何作るの?」
台所へ入ってきたユウマが聞いてきた。
『鶏肉と野菜の煮込みだ』
「おお、美味しそう!」
『きなこ用は味をつける前に分ける』
「そっか。猫用の味付けにするんだね」
『というか、余計な味をつけない』
猫に人間と同じ味付けをする必要はない。
むしろ、食材そのものの味を楽しんでもらえばいい。
「じゃあ、小春さんにも確認してから作ろうか」
『そうだな』
俺は鶏肉を見つめた。
しっとり柔らかく煮えた肉。
野菜の甘みが溶け込んだスープ。
湯気の立つ鍋。
……うん。
考えただけで腹が減ってきた。
『早く作りたいな』
「ニャル、尻尾揺れてるよ」
『……ほっとけ』
ユウマが楽しそうに笑った。
――――――
昼前。
玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!」
ユウマが玄関へ向かう。
俺もその後ろをついていった。
扉が開くと、見覚えのある女の子が立っていた。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、小春さん!」
小春の腕の中には、もちろんきなこがいる。
淡いきなこ色の毛並み。
丸い耳。
背中の小さな翼。
相変わらず、のんびりした顔をしていた。
「にゃあ」
『おう、きなこ』
俺が声をかけると、きなこがこちらを見た。
ゆっくり瞬きをする。
『久しぶりだな』
「んにゃ」
……うん。
覚えていてくれたみたいだ。
小春が嬉しそうに笑った。
「ニャル! また会えた!」
『おう』
「今日もかわいいねえ……」
早速しゃがみ込もうとした小春に、ユウマが声をかけた。
「とりあえず、中へどうぞ」
「あっ、そうだね!」
小春は慌てて立ち上がった。
「お邪魔します!」
きなこも小さく鳴く。
「にゃ」
玄関を上がったところで、母さんが顔を出した。
「あら、いらっしゃい」
「初めまして! 白石小春です。今日はお招きいただいて、ありがとうございます!」
「朝倉真琴です。悠真から話は聞いているわ。ゆっくりしていってね」
「はい!」
母さんは小春の腕の中を見て、にこりと笑った。
「この子がきなこちゃん?」
「はい! ケットシーのきなこです」
「まあ、かわいい。翼があるのね」
「そうなんです。きなこ、こんにちはは?」
「にゃあ」
きなこが小さく鳴いた。
母さんは目を細める。
「ふふ。お利口さんね」
……きなこ、どこへ行っても落ち着いてるな。
俺だったら、知らない場所に来たらまず台所を確認するところだ。
いや。
今日はうちの台所だから、確認する必要はないけど。
「じゃあ、こっちへ」
ユウマが小春を案内した。
俺もついていく。
そして、台所が見えたところで。
「……あっ」
小春が足を止めた。
視線の先には、いつもの調理台。
まな板。
包丁。
鍋。
俺にとっては、毎日使っている場所だ。
でも、小春は目を輝かせていた。
「ここ……!」
「ん?」
「ここでいつも料理してるんだ……!」
小春が感動したように呟いた。
「動画で見たまんまだ……!」
『台所だけど』
「分かってるよ!」
小春が即座に返してきた。
「でも、いつも画面で見てる場所が目の前にあるんだよ? すごいよ!」
『そういうもんか?』
「そういうものなの!」
……なるほど。
よく分からんが、喜んでくれているらしい。
ユウマも笑っていた。
「ニャル、配信で見てくれてる人には特別なんだよ」
『俺にはいつもの台所なんだけどな』
「そこがいいんだよ!」
小春が力強く言った。
……ますます分からん。
まあ、いいか。
俺は台所の床へ降りた。
『じゃあ、いつもの料理を見せてやるか』
「えっ、今から!?」
『そのつもりだぞ』
「……本物のニャルが料理するところ、見られるんだ……」
小春が口元を押さえた。
その腕の中で、きなこが小さく欠伸をする。
……お前はいつもどおりだな。
俺は思わず笑ってしまった。
――――――
料理を始める前に、確認しておくことがある。
『小春』
「ん?」
『きなこ、鶏肉は食えるんだよな?』
「うん。ちゃんと火を通したものなら食べるよ」
『野菜は?』
「食べられるものもあるけど、そんなにたくさんは食べないかな」
『嫌いなものとか、苦手なものは?』
「初めてのものは、ちょっと慎重にしてる。普段は専用フードが中心だし」
『なるほど』
俺は頷いた。
『今日は鶏肉を中心にする。野菜は食べ慣れてるものだけにして、少しずつな』
「ありがとう! そこまで考えてくれるんだ」
『そりゃ、食うやつに合わせないとな』
料理は、食べてもらってこそだ。
いくら美味く作っても、相手が食べられなければ意味がない。
俺はまな板の上へ食材を並べた。
鶏肉。
人参。
それから、ダンジョンで採れた野菜。
ダンジョン野菜は鑑定で状態と食用上の注意を確認する。
ただ、きなこにとって初めてのものまで、無理に食わせる必要はない。
今日のきなこ用は、普段から食べ慣れている食材を中心にしよう。
『よし』
俺は包丁を浮かせた。
すうっと刃が持ち上がる。
その瞬間。
「わあっ!」
小春が声を上げた。
「本当に浮いてる!」
『そりゃ浮くぞ』
「動画では何回も見たけど、実際に見ると全然違う!」
小春が目を輝かせている。
その横で、ユウマが嬉しそうに頷いた。
「ニャルの包丁さばき、すごいんですよ」
「知ってる! でも、目の前で見られるなんて……!」
……そんなに見られると、ちょっとやりにくいな。
まあ、いい。
俺は鶏肉へ刃を入れた。
すっ。
筋の向きを確かめながら、食べやすい大きさに切っていく。
煮込むと肉は縮むから、少し大きめでもいい。
ただ、きなこ用は別だ。
後で細かくほぐすことを考えて、扱いやすい大きさにしておく。
続いて野菜。
とん、とん、とん。
まな板に小気味よい音が響く。
人参は厚さを揃えて切る。
煮崩れしにくいように、角も少し落としておこう。
ダンジョン野菜は、それぞれ火の通り方を考えて大きさを変える。
硬いものは小さめに。
柔らかいものは少し大きめに。
同じ鍋で煮ても、食べ頃が揃うようにするためだ。
「……すごい」
小春が小さく呟いた。
「本当に料理人みたい……」
『みたいじゃなくて、料理してるんだぞ』
「そうなんだけど!」
小春が笑った。
「こんなに小さい前足で、あんなにきれいに切るんだもん」
『包丁は念動力で動かしてるけどな』
「そこもすごいの!」
……そうか。
褒められるのは悪くない。
俺は尻尾をひと振りして、切り終えた食材を分けた。
きなこ用の鶏肉と野菜は、別の皿へ。
人間用に使う分は、そのまま鍋の近くへ並べておく。
下ごしらえは順調だ。
さて。
次は火を入れるぞ。
――――――
鍋が温まる。
薄く油を広げ、鶏肉を入れた。
じゅうっ。
気持ちのいい音が響いた。
肉の表面が白くなり、少しずつ焼き色がついていく。
香ばしい匂いが立ち上った。
「……いい匂い」
小春が呟く。
「もう美味しそう」
「でしょ?」
ユウマがなぜか得意げに言った。
『まだ完成してないぞ』
「でも、ニャルの料理はいつも美味しいから」
『……まあ、そうなるように作ってるけどな』
俺は鍋の中を軽く動かした。
肉の表面が固まったところで、野菜を加える。
じゅわっと音が変わった。
野菜に油が回り、甘い香りが混ざっていく。
そこへ水を注ぐ。
じゅううっ。
鍋底の旨みが溶け出し、湯気が立ち上った。
俺は火加減を調整した。
ここからは、じっくり煮込む。
強火で一気に煮れば早いけど、今日は柔らかく仕上げたい。
鶏肉の旨みを逃がさず、野菜にも火を通す。
それが大事だ。
『きなこ用は先に分けるぞ』
「うん!」
俺は別の小鍋を用意した。
きなこ用の鶏肉と、食べ慣れていると確認できた野菜を少量入れる。
味付けはしない。
余計なものを加えず、しっかり加熱する。
人間用の鍋とは分けて、じっくり火を通していく。
これなら、味が濃くなる心配もない。
……もちろん、初めて食べる料理だから、最初は少しだけだ。
きなこの様子を見ながら、小春に判断してもらおう。
「ニャル、きなこの分までありがとう」
『まだ食えるか分からんけどな』
「ううん。ちゃんと考えてくれて嬉しい」
小春が柔らかく笑った。
その腕の中で、きなこが鼻をひくひくさせている。
「にゃ」
『おっ』
匂いに気づいたか?
きなこが少しだけ首を伸ばした。
小春もそれに気づいたらしい。
「あれ、きなこ。気になる?」
「にゃあ」
『もう少し待てよ』
きなこは俺を見た。
そして、ゆっくり瞬きをする。
……分かってるのか?
まあ、急かしてこないだけ助かる。
俺は鍋へ視線を戻した。
小さな泡が、ぽこぽこと浮かんでいる。
いい具合だ。
しばらく煮込めば、鶏肉も柔らかくなるだろう。
人間用の鍋には、ここから香りを整える材料を加えていく。
塩は少しずつ。
味を見ながら、足りない分だけ足す。
野菜の甘みが十分に出ているから、濃くしすぎる必要はない。
鶏肉の旨みを生かした、優しい味の煮込みにしたい。
俺は小さく鼻を動かした。
……うん。
いい匂いだ。
これは期待できるぞ。
――――――
煮込みが完成する頃には、家の中に美味そうな匂いが広がっていた。
「ニャル、そろそろ?」
『ああ。いい感じだ』
俺は鍋の蓋を持ち上げた。
ふわっ。
白い湯気が広がる。
その向こうには、柔らかく煮えた鶏肉と野菜。
透き通ったスープに、肉の旨みが溶け込んでいる。
人参は鮮やかな色を残しながら、角が柔らかくなっていた。
鶏肉も、箸を入れればほろりと崩れそうだ。
「うわあ……!」
小春が目を輝かせた。
「美味しそう!」
「いい匂いね」
母さんも食卓へやってきた。
「ニャル、今日もありがとう」
『おう』
俺は器を並べた。
人間用には、鶏肉と野菜をたっぷり。
スープも注ぎ、湯気が立つ状態で仕上げる。
きなこ用は別だ。
小鍋で十分に火を通した鶏肉を取り出し、細かくほぐす。
骨や硬い部分が残っていないか確認して、食べやすい大きさにする。
野菜はほんの少し。
柔らかく煮えたものだけを添えた。
熱すぎないように冷ましてから、小さな器へ盛りつける。
これでよし。
『きなこ用は、まずこれくらいだな』
「うん。ありがとう」
小春が器を覗き込んだ。
「わあ、柔らかそう」
『食べ慣れない料理だから、少しずつな』
「そうするね」
俺は頷いた。
さて。
いよいよ食事だ。
食卓には、ユウマと母さんと小春。
そして、俺。
きなこは小春の近くで、落ち着いた様子で座っている。
いつもの食卓より、少し賑やかだ。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきます!」
「いただきます」
『いただきます』
俺は皆の顔を見た。
特に気になるのは、小春だ。
俺の料理を食べるのは、これが初めてだからな。
小春がスプーンを手に取った。
まずはスープをひと口。
ふうっと息を吹きかけてから、口へ運ぶ。
その瞬間。
「……!」
小春の目が大きくなった。
「おいしい!」
……よし。
俺は思わず尻尾を立てた。
「すっごく美味しい!」
小春がもう一度スープを口に運ぶ。
「鶏肉の味がしっかりするのに、優しい味……!」
「でしょ!」
ユウマが嬉しそうに言った。
「ニャルの料理、本当に美味しいんだよ!」
「うん! 動画で見て美味しそうだなって思ってたけど、想像以上!」
小春は鶏肉をひと口食べた。
柔らかく煮えた肉が、ほろりと崩れる。
「……あっ、これも美味しい!」
小春が幸せそうに目を細めた。
「お肉、すっごく柔らかい……!」
『よく煮込んだからな』
「うん! 噛むと旨みが出てくる!」
……いい反応だ。
作った甲斐がある。
母さんもゆっくり頷いていた。
「野菜の甘みも出ているわね。体が温まる味だわ」
『今日は優しい味にしたかったんだ』
「ふふ。とっても美味しいわ」
ユウマはすでに鶏肉を頬張っていた。
「んー! やっぱりニャルの料理、最高!」
『ちゃんと噛めよ』
「分かってるって!」
……本当か?
まあ、嬉しそうだからいいけど。
俺も自分の分をひと口食べた。
鶏肉は柔らかい。
野菜の甘みも十分。
スープには旨みがしっかり溶け込んでいる。
……うん。
なかなかいい出来だ。
さて。
次は、もう一匹の客だな。
――――――
『きなこ』
「にゃ?」
きなこが顔を上げた。
俺は小さな器を見せる。
『食う?』
「にゃあ」
きなこが鼻をひくひくさせた。
小春が笑う。
「気になるみたい」
『じゃあ、少しだけな』
俺は小春に器を渡した。
小春は温度をもう一度確かめ、きなこの前へ置く。
「きなこ、食べてみる?」
「にゃ」
きなこはゆっくり顔を近づけた。
くん。
くんくん。
まずは匂いを確かめる。
それから、小さな鶏肉をひと口。
もぐ。
もぐもぐ。
……どうだ?
俺はじっと見守った。
きなこはゆっくり噛んで、飲み込んだ。
そして。
「にゃあ」
もう一度、器へ顔を近づけた。
『おっ』
次のひと口。
また、もぐもぐ。
急いで食べるわけじゃない。
きなこらしく、ゆっくり。
でも、ちゃんと自分から食べている。
「……食べてる!」
小春が嬉しそうに声を上げた。
「きなこ、美味しい?」
「んにゃ」
きなこは小さく返事をして、また鶏肉を食べた。
俺は尻尾を揺らした。
『よし』
……よかった。
初めての料理だから、食べてくれるか少し心配だったんだ。
もちろん、今日の分は少量だけ。
無理に全部食べさせるつもりはない。
でも、こうして気に入ってくれたなら、それで十分だ。
小春が俺を見た。
「ニャル、ありがとう!」
『ん?』
「きなこがこんなに美味しそうに食べてるの、嬉しい」
『そりゃよかった』
「きなこ、ゆっくり食べる子なんだけど、気に入ったものはちゃんと自分から食べるんだよ」
『じゃあ、気に入ってくれたんだな』
「うん!」
小春が嬉しそうに頷いた。
その横で、ユウマもにこにこしている。
「ニャル、きなこちゃんにも美味しいって思ってもらえたね」
『ああ』
「さすがニャル!」
『大げさだぞ』
「大げさじゃないよ。ニャルの料理は世界一だから!」
……また世界一か。
俺が呆れていると、小春がすかさず口を開いた。
「料理はすごいと思うけど、世界一かわいいのはきなこだからね!」
「いや、ニャルだよ!」
「きなこだって!」
「ニャル!」
「きなこ!」
……おい。
飯を食ってる最中だぞ。
『お前ら、冷めるぞ』
二人が同時に俺を見た。
「大丈夫!」
「大丈夫だよ!」
『何がだ』
母さんがくすくす笑っていた。
「本当に、似た者同士ね」
ユウマと小春が顔を見合わせる。
「えっ、そうかな?」
「そうですか?」
「ええ。二人とも、自分の猫が大好きなのね」
母さんが微笑んだ。
「見ていると、よく分かるわ」
小春が少し照れたように笑った。
「……だって、きなこは家族ですから」
「うん。ニャルも家族だよ」
ユウマが当たり前のように言った。
俺は思わず顔を上げた。
……家族、か。
まあ、そうだな。
俺も、ユウマと母さんは家族だと思っている。
それは、今さら言うまでもないことだ。
俺は自分の器へ視線を戻した。
『……飯、食おうぜ』
「ふふっ、そうだね」
小春が笑った。
ユウマもスプーンを持ち直す。
食卓に、また楽しそうな声が戻ってきた。
――――――
食事が終わった後。
俺たちは居間でのんびりしていた。
ユウマと小春は、相変わらず猫の話をしている。
「きなこちゃん、食べ終わったら眠そうだね」
「うん。ご飯の後は、いつもこんな感じ」
「ニャルも食べた後、よく眠くなるよ」
『お前もだろ』
「えっ、俺?」
『食った後、ソファで寝てることあるぞ』
「……たまにね」
小春が笑った。
「悠真くんも猫みたいだね」
「ええっ?」
『確かに』
「ニャルまで!」
……事実だからな。
俺はクッションの上へ移動した。
食後で腹も満たされている。
料理も上手くいったし、なかなかいい気分だ。
少し休むか。
そう思って丸くなろうとした時。
「にゃ」
近くで小さな声がした。
顔を上げると、きなこがいた。
小さな翼をたたみ、俺の方を見ている。
『ん?』
「にゃあ」
きなこはゆっくり歩いてきた。
そして、俺の隣に腰を下ろした。
……おっ。
この前と同じだな。
もふもふ堂でも、こうして隣に座っていた。
俺は少しだけ体をずらした。
きなこが座りやすいように、場所を空ける。
きなこはそのまま前足を揃え、ゆっくり目を細めた。
翼が小さく動く。
ふわふわした尻尾が、床の上へ落ち着いた。
『……眠いのか?』
「んにゃ」
『そっか』
俺も前足を揃えた。
窓から、柔らかい日差しが差し込んでいる。
クッションは温かい。
腹もいっぱいだ。
……これは、眠くなるな。
きなこが小さく欠伸をした。
つられて、俺も欠伸が出る。
『ふあ……』
……何だか、いい感じだ。
別に何か話すわけじゃない。
一緒に遊ぶわけでもない。
ただ、隣にいる。
それだけで、妙に落ち着く。
小春が小さな声を上げた。
「……見て、悠真くん」
「ん?」
「ニャルときなこ、並んでる」
「あ、ほんとだ」
二人の声が少し小さくなった。
「かわいい……」
「かわいいね……」
……またか。
俺は片耳だけ動かした。
でも、今日は別に構わない。
きなこも気にしていないみたいだしな。
「写真、撮ってもいいかな」
小春が小声で言った。
「いいと思うよ。ニャル、嫌?」
『……いいぞ』
「ありがとう」
ぱしゃり。
小さな音がした。
きなこは目を閉じたまま。
俺も、そのまま動かなかった。
しばらくして、小春がぽつりと呟いた。
「……きなこ、すごく落ち着いてる」
「ニャルもだよ」
「相性いいのかな」
「そうかもね」
二人の声が、遠くで聞こえる。
俺は隣のきなこを見た。
淡いきなこ色の毛並みが、日差しを受けて柔らかく光っている。
小さな翼はきれいにたたまれていて、呼吸に合わせて背中がゆっくり上下していた。
……もう寝てるのか?
早いな。
俺は少し笑って、顎を前足の上へ乗せた。
新しい友達と一緒に飯を食う。
考えてみれば、なかなかいいものだ。
相手の好みを聞いて。
食べられるものを考えて。
料理を作って。
美味そうに食べてくれる。
それだけで、十分嬉しい。
俺は料理が好きだ。
美味いものを食べるのも好きだし、誰かに食べてもらうのも好きだ。
今日、それがまた少し増えた。
小春が喜んでくれた。
きなこも食べてくれた。
そして今は、俺の隣で安心したようにくつろいでいる。
……うん。
悪くない。
俺は目を細めた。
きなこの尻尾が、ふわりと動いた。
その先が、俺の前足に少しだけ触れる。
俺は動かなかった。
きなこも、そのままだった。
窓の外では、穏やかな風が吹いている。
居間には、ユウマと小春の楽しそうな声。
時々、母さんの笑い声も混ざる。
その中で、俺ときなこは並んでくつろいでいた。
……また、何か作ってやろうかな。
今度は、きなこの好きなものをもう少し聞いておこう。
そんなことを考えながら、俺はゆっくり目を閉じた。
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【猫のレシピ帳】
Recipe.012
■料理名
鶏肉とダンジョン野菜のやわらか煮込み
~きなこと一緒に食べる特別版~
■使用食材(1人前)
・鶏肉 …… 約120g
・人参 …… 約30g
・食用確認済みのダンジョン野菜 …… 約50g
・水 …… 適量
・塩 …… 少々
・その他の調味料 …… 人間用のみ適量
※きなこ用は別仕立て。加熱した鶏肉を中心に、食べ慣れた野菜を少量使用。塩や人間用の調味料は加えない。
■作り方
① 鶏肉と野菜を食べやすい大きさに切る。ダンジョン野菜は鑑定して、食用に問題がないことを確認する。
② 人間用は鶏肉の表面を焼いてから野菜と水を加え、旨みを引き出しながら柔らかく煮込む。
③ きなこ用は別の小鍋で、食べ慣れた食材だけをしっかり加熱する。鶏肉を細かくほぐし、硬い部分が残っていないか確認する。
④ 人間用は味を調えて完成。きなこ用は味付けせず、十分に冷ましてから少量ずつ出す。
■味の評価
★★★★★
鶏肉の旨みと野菜の甘みが溶け込んだ、優しい味の煮込み。じっくり火を通した肉が柔らかくて美味い。
今回は味だけじゃなく、きなこが食べられるように工夫したところも重要だ。
■ワンポイント
猫型のテイムモンスターだからといって、全員が俺と同じものを食べられるわけじゃない。
初めての相手には、普段何を食べているか、苦手なものはないか、飼い主にちゃんと確認すること。
特にダンジョン食材は、俺が食べられるからといって、ほかのやつにも安全とは限らない。無理に使わず、食べ慣れた食材を中心にするのが大事だ。
美味いものは、安心して食べられてこそだからな。
■小春の感想
「鶏肉がすっごく柔らかい! スープも優しい味で美味しい! きなこの分まで考えてくれて、ありがとう!」
■きなこの感想
「にゃあ」
鶏肉をゆっくり食べて、もうひと口。
……よし。気に入ってくれたみたいだ。
─ 今日のひとこと ─
同じ料理を一緒に食べるって、なかなかいいものだな。
人間には人間の美味さがあって、猫には猫の食べやすさがある。
それぞれに合った料理を作れば、みんなで食卓を囲める。
……それにしても、きなこは本当にのんびり食べるな。
俺だったら、美味い肉はもっと早く食べちゃうぞ。
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