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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第37話 世界一かわいい猫が二匹いる

「……ニャル?」


 知らない声が、俺の名前を呼んだ。


『ん?』


 振り向くと、店の入口に女の子が立っていた。


 高校生くらいだろうか。片腕に淡い茶色の猫を抱えて、こちらをじっと見つめている。


 いや、猫……だよな?


 その背中には、小さな翼が二枚生えていた。


 俺が翼に気を取られていると、隣にいたユウマも顔を上げた。


「はい?」


 女の子はユウマを見て、それから俺を見た。


 もう一度ユウマを見て、また俺を見る。


「……本物……」


 何だ?


 俺たち、知り合いだったか?


 少なくとも、俺には見覚えがない。


 女の子は口元を両手で押さえかけて、慌てて片手を戻した。腕の中の猫がずり落ちないように抱え直したらしい。


「あっ、ごめんなさい! いきなり名前呼んじゃって!」


「いえ、大丈夫ですけど……」


「あの、『ニャルの台所』のニャルですよね?」


「あ、はい! そうです!」


 ユウマが嬉しそうに答えた。


 なるほど。


 配信を見てくれている人か。


 最近、こうして声をかけられることが少しずつ増えてきた。


 料理の話をしてくれる人もいるし、俺の動きが面白いと言う人もいる。


 この女の子は、どっちだろう。


「やっぱり! うわあ……本当にいる……!」


 女の子が目を輝かせた。


「ちっちゃい……! 動画で見るよりちっちゃい! 耳も尻尾もちゃんと動いてる……!」


『そりゃ動くぞ』


「えっ」


 女の子が固まった。


 しまった。


 つい普通に返事をしてしまった。


 いや、別に隠しているわけじゃないんだけどな。


 ユウマが慣れた様子で説明する。


「ニャルは念話で話せるんです。動画だと声は聞こえないんですけど」


「ね、念話……!」


 女の子は俺を見下ろした。


「じゃあ、今のって……」


『俺だぞ』


「しゃべった……!」


 目がさらに丸くなる。


 そして。


「かわいい……!」


 ……しゃべることと、かわいさは関係あるのか?


 まあ、喜んでくれているならいいけど。


 女の子は俺の前でしゃがみ込んだ。


 その動きはゆっくりしていて、急に手を伸ばしてくることもない。


「あの、ニャル。触ってもいい?」


『ん?』


「嫌だったら、もちろんいいの。ちょっとだけ、撫でてみたくて」


 なるほど。


 ちゃんと聞いてくれるんだな。


 俺は女の子の顔を見た。


 期待でいっぱいの目をしているけど、手は膝の上に置いたままだ。


 悪い人ではなさそうだ。


『いいぞ』


「……ほんと?」


『うん』


「ありがとう……!」


 女の子はそっと手を伸ばした。


 俺の頭に、指先が触れる。


 耳の間をゆっくり撫でられた。


 ……おお。


 上手い。


 力加減がちょうどいい。


 ぐいぐい押してこないし、毛並みに逆らわない。


 猫を撫で慣れている手だ。


「……ふわふわ……」


 女の子が小さく呟いた。


「ちっちゃいのに、ちゃんと温かい……」


『生きてるからな』


「うん……そうだよね……」


 なぜか感動している。


 俺は少し首を傾げた。


 その瞬間。


「っ……!」


 女の子が息を呑んだ。


『どうした?』


「首……傾げた……」


『うん?』


「かわいい……!」


 ……忙しいな、この子。


 ユウマが横で笑っている。


「ニャル、よかったね」


『何がだ?』


「すごく気に入ってもらえたみたい」


 それは分かる。


 でも、ちょっと不思議だ。


 俺はただ立って、首を傾げただけなんだけどな。


 女の子はもう一度だけ俺の頭を撫でると、名残惜しそうに手を離した。


「ありがとう、ニャル。すっごく嬉しい」


『どういたしまして』


 すると、女の子の腕の中から小さな声がした。


「にゃあ」


 あ。


 そうだった。


 俺は、さっきから気になっていた猫へ目を向けた。


 ……翼。


 やっぱり、翼がある。



     ――――――



「あっ、自己紹介がまだだった!」


 女の子が姿勢を正した。


「私、白石小春。高校二年生です。こっちは、うちのきなこ」


「にゃ」


 腕の中の猫が、のんびりと返事をした。


「俺は朝倉悠真です。こっちがニャル。……って、もう知ってるか」


「はい! 配信、見てます!」


 小春は嬉しそうに頷いた。


「この前の猫専用鍋の動画で初めて知って、それから過去の動画もいっぱい見ちゃって」


「えっ、あの鍋の動画から?」


「そうなんです! 鍋を見つめてるニャルがかわいくて!」


『鍋を?』


 料理じゃなくて?


 いや、料理も見てくれたんだろうけど。


「もちろん料理もすごかったよ! あんなに大きなお鍋を浮かせて、ちゃんと煮込みを作ってるんだもん」


『おお』


「でも、鍋を動かした後の満足そうな顔が、もう……!」


 小春が胸の前で手を握った。


「かわいすぎて、何回も見ちゃった」


『……そうか』


 俺、そんな顔をしていたのか。


 ユウマが笑う。


「分かります。ニャル、新しい道具が来るとすごく嬉しそうなんですよ」


「ですよね! 耳がぴんって立って、尻尾がゆらゆらして!」


「そうそう!」


 ……おい。


 何だか俺の知らないところで、俺の話が盛り上がっているぞ。


 小春は俺を見て、にこにこと笑った。


「本物のニャル、やっぱりかわいいなあ」


「ですよね!」


 ユウマが即答した。


「ニャル、世界一かわいいんですよ」


 ……ん?


 小春の笑顔が、ぴたりと止まった。


「……世界一?」


「はい!」


「……それは違うかな」


 小春が真剣な顔になった。


 ユウマも目を瞬かせる。


「え?」


「ニャルはすっごくかわいい。これは間違いないの」


「はい」


「でも、世界一かわいいのは、うちのきなこだから」


 小春は腕の中の猫を少し持ち上げた。


「ね、きなこ」


「にゃあ」


 きなこは眠そうに目を細めた。


 ……いや、本人はあんまり気にしてなさそうだな。


 ユウマはきなこを見た。


「確かに、きなこちゃんもかわいいですね」


「でしょ!」


「でも、世界一はニャルです」


「ええっ?」


 小春が目を丸くした。


「それ飼い主補正じゃない?」


「そっちもでしょ」


「違うよ。きなこは客観的に見ても世界一かわいいもん」


「ニャルだって客観的に見ても世界一かわいいよ」


「きなこのこの毛並み、見て? ふわっふわなんだよ?」


「ニャルの毛並みだってふわふわだよ。しかも、こんなにちっちゃいんだよ?」


「きなこは翼もあるんだよ!」


「ニャルは料理できるよ!」


「かわいさの話でしょ!?」


 ……何をやってるんだ、こいつら。


『何を争ってるんだ』


 二人が同時に俺を見た。


「世界一かわいい猫の話!」


「そう、世界一かわいい猫の話!」


『……二匹ともかわいいでいいだろ』


「それはそうだけど!」


「でも世界一は決めないと!」


『何でだよ』


 俺は呆れて尻尾を揺らした。


 すると、小春がまた小さく声を上げた。


「あっ、今の尻尾もかわいい……」


 ユウマが満足そうに頷く。


「でしょ?」


「うん……でも、きなこが世界一だから」


「ニャルだよ」


 ……駄目だ。


 終わらない。


 俺は二人を放っておくことにした。


 それより、気になることがある。


 俺はきなこの方へ向き直った。



     ――――――



『なあ』


「にゃ?」


 きなこが俺を見た。


 淡いきなこ色の毛並み。


 丸い耳。


 ふわふわした尻尾。


 そして、背中の小さな翼。


 大きさは俺よりずっと上だ。


 でも、動きはゆっくりしている。


 小春の腕の中でも、落ち着いた様子だ。


『その翼、飛べるのか?』


「にゃあ」


 きなこは短く鳴いた。


 次の瞬間。


 ふわり。


 小春の腕から体が浮き上がった。


『おおっ!』


 翼が小さく動いている。


 ばさばさと激しく羽ばたくわけじゃない。


 ゆっくり、ふわふわ。


 まるで、柔らかい風に乗っているみたいだ。


 きなこは小春の肩の高さまで浮き上がると、そこでぴたりと止まった。


『浮いてる!』


「そこ気になるんだ」


 ユウマが笑った。


『気になるだろ!』


 俺だって念動力で物を浮かせられる。


 自分の体を動かすこともできる。


 でも、翼で浮く猫なんて初めて見た。


 しかも、あんなに自然に。


 小春が嬉しそうに説明してくれる。


「きなこはケットシーなの。こうやってふわふわ浮くのが得意なんだよ」


『ケットシー……』


 聞いたことはある。


 猫型のモンスターで、普通の猫とは違う能力を持つ種族だ。


 でも、実物を見るのは初めてだ。


 きなこは空中でゆっくり向きを変えた。


 そして、俺の近くへ降りてくる。


 すとん。


 床に着地した。


「にゃ」


『おお……』


 すごい。


 音もほとんどしなかった。


 俺が感心していると、きなこがこちらを見つめた。


 大きな目が、ゆっくり瞬く。


 俺も見返した。


 ……さて。


 どうしたものか。


 相手は初対面の猫だ。


 しかも、俺より大きい。


 レオとは違って、いきなり飛びついてくるような様子はないけど。


 まずは挨拶だな。


 俺は一歩近づいた。


 きなこは動かない。


 もう一歩。


 きなこが鼻をひくひくさせた。


 俺も鼻を近づける。


 くん。


 くんくん。


 ……知らない匂いだ。


 でも、嫌な匂いじゃない。


 柔らかい毛の匂いと、ほんの少し外の風の匂い。


 それから、何だか落ち着く匂いがする。


 きなこも俺の匂いを確かめているらしい。


 鼻先が、ちょんと触れた。


「にゃ」


『よろしくな』


 きなこはゆっくり瞬きをした。


 それから、少しだけ横へ移動して座った。


 俺もその隣に座る。


 ……うん。


 悪くない。


 特に何かをするわけじゃない。


 ただ、隣にいるだけだ。


 きなこは尻尾を体の横へ置き、のんびりと店内を眺めている。


 俺も同じ方向を見た。


 棚にはブラシや寝床、おもちゃなんかが並んでいる。


 その一角に、小さなクッションが積まれていた。


 ……あれ、ちょっと気持ちよさそうだな。


 俺がそちらを見ていると、きなこも顔を向けた。


「にゃあ」


『あれ、いいよな』


「んにゃ」


 ……同意してくれたのか?


 たぶん。


 まあ、そういうことにしておこう。


 小春が小さな声を上げた。


「……ねえ、悠真くん」


「はい?」


「二匹、並んでる……」


「ですね」


「かわいい……」


「かわいいですね……」


 さっきまで世界一を争っていた二人が、今度は揃って同じ顔をしていた。


 ……分かりやすいな。



     ――――――



「写真、撮ってもいい?」


 小春がスマートフォンを構えながら聞いてきた。


『いいぞ』


「ありがとう!」


 ぱしゃり。


 小さな音がした。


 俺ときなこが並んで座っているところを撮ったらしい。


 小春は画面を見て、口元を押さえた。


「……すごい」


「どうですか?」


「見て」


 ユウマが覗き込む。


「うわ、いい写真!」


「でしょ!?」


 小春は嬉しそうに画面を見せてくれた。


 そこには、俺ときなこが並んで座っている姿が写っていた。


 淡いきなこ色の大きな猫と、その隣にいる小さな俺。


 ……なるほど。


 こうして見ると、体格差がすごいな。


 俺が小さいのは分かっていたけど、並ぶと余計に目立つ。


「ニャル、ちっちゃいねえ……」


『今さらだろ』


「うん。でも、並ぶとまたかわいい」


 小春が嬉しそうに言った。


 ユウマも頷く。


「きなこちゃん、すごく落ち着いてますね」


「そうなの。昔からのんびりした子で」


「いいなあ。ニャルは料理してる時、すごく忙しそうだから」


『料理中は忙しいんだよ』


「知ってるよ」


 ユウマが笑う。


 小春はきなこの頭を撫でながら言った。


「きなこはね、日向ぼっこが大好きなの。窓際で寝てると、何時間でもそのまま」


「へえ。ニャルも日向ぼっこ好きだよ」


『好きだぞ』


「でも、料理の準備を始めるとすぐ起きるんだよね」


『飯は大事だからな』


「ふふっ、かわいい」


 小春が笑った。


「きなこは、ご飯の時間になっても寝てることがあるよ」


「えっ、そうなんですか?」


「うん。声をかけると、ゆっくり起きてくるの」


「うわ、それ見てみたい」


「写真あるよ!」


 小春がスマートフォンを操作した。


 画面には、クッションの上で丸くなっているきなこが映っている。


 翼をたたみ、尻尾を鼻先に寄せて、気持ちよさそうに眠っていた。


「かわいい!」


 ユウマが声を上げる。


「でしょ!」


「寝顔、すごいかわいいですね!」


「そうなの! 特に、この耳の角度が!」


 ……耳の角度?


 俺は画面を覗き込んだ。


 確かに、少しだけ横へ倒れている。


 でも、そこまで大きな違いがあるのか?


 俺が首を傾げている間にも、二人の会話は続く。


「ニャルの寝顔もありますよ」


「見たい!」


「ちょっと待ってくださいね。えーっと……あった!」


 今度はユウマのスマートフォンだ。


 画面には、クッションの上で丸くなっている俺がいた。


 ……おい。


 いつ撮ったんだ、それ。


 俺、全然気づいてないぞ。


「……かわいい!」


 小春が声を上げた。


「この前足! 顔の下にしまってる!」


「そうなんですよ。ニャル、たまにこうやって寝るんです」


「うわあ……いいなあ……」


『……なあ、ユウマ』


「ん?」


『俺の寝顔、何枚あるんだ?』


「え?」


 ユウマが少し考えた。


「……いっぱい?」


『いっぱいって何だ』


「数えたことないなあ」


 ……そうか。


 数えたことがないくらいあるのか。


 小春がすかさず言った。


「分かる! 私もきなこの寝顔、いっぱい撮っちゃう!」


「ですよね!」


「だって、毎回ちょっとずつ違うんだもん!」


「そうそう! 寝返り打っただけでも撮りたくなる!」


 ……似た者同士だな。


 俺は隣のきなこを見た。


 きなこは、そんな会話など気にしていない様子で、ゆっくり欠伸をしている。


『お前も大変だな』


「にゃあ」


 何だか、分かってくれた気がした。



     ――――――



 そもそも、俺たちは買い物に来ていたんだった。


 ユウマと一緒に、使いやすそうな猫用品を見に来たのだ。


 新しい鍋も手に入ったし、料理以外の道具も少し見ておこうと思っていた。


 ……まあ、鍋を使って料理する方が楽しみなのは間違いないけど。


「あ、そうだ。私、ブラシを買いに来たんだった」


 小春が思い出したように言った。


「きなこのブラシ、そろそろ替えようと思って」


「じゃあ、一緒に見ます?」


「いいの?」


「もちろん!」


 そうして、俺たちはブラシの並ぶ棚へ移動した。


 小春はきなこを抱き上げ、一本ずつブラシを見比べている。


「これ、柔らかそうだね」


「にゃ」


「こっちは毛が少し硬いかなあ」


 小春が指先でブラシの感触を確かめる。


 きなこは腕の中で大人しくしていた。


 ユウマも隣から覗き込む。


「きなこちゃん、ブラッシング好きなんですか?」


「うん。特に首の後ろを撫でるみたいに梳かすと、すごく気持ちよさそうにするよ」


「ニャルも耳の後ろを撫でると喜ぶんですよ」


『……おい』


「そうなの? かわいい!」


 小春が俺を見る。


 ……嫌な予感がする。


「ニャル、耳の後ろ、撫でてもいい?」


『……少しだけな』


「ありがとう!」


 小春の指が、俺の耳の後ろへ伸びた。


 ゆっくり、優しく。


 ……あ。


 そこ。


 そこ、いい。


 思わず目が細くなる。


 喉の奥から、小さな音が漏れた。


 ごろごろ。


「…………」


 小春の手が止まった。


『ん?』


「……喉、鳴った……」


『……鳴ったな』


「かわいい……!」


 ……またか。


 でも、撫で方は上手い。


 もう少し撫でてもらってもいいかもしれない。


 俺が頭を少し寄せると、小春が息を呑んだ。


「自分から……!」


 ユウマが笑う。


「ニャル、気持ちよさそうだね」


『……悪くない』


「それ、かなり気に入ってる時の反応だ」


『うるさいぞ』


 小春が嬉しそうに笑った。


「よかったあ。嫌がられなくて」


 俺は顔を上げた。


『小春は猫を撫でるのが上手いな』


「えっ、ほんと?」


『うん』


「やった!」


 小春が満面の笑みになった。


 そして、腕の中のきなこを見下ろす。


「きなこ、褒められちゃった」


「にゃあ」


 きなこはのんびり返事をした。


 ……お前が褒められたわけじゃないぞ。


 まあ、いいか。


 その後、小春は柔らかいブラシを一本選んだ。


 きなこの毛並みに合いそうなものらしい。


 寝床に敷く布も、肌触りを確かめながら選んでいる。


 ユウマはその横で、俺の寝床について話していた。


「ニャル、柔らかいクッション好きなんですよ」


「きなこも! でも、買ってきたクッションより、たまに私の服の上で寝ちゃうんだよね」


「あー、分かります! ニャルも変なところで寝る時あります!」


『変なところって何だ』


「この前、畳んだタオルの上で寝てたじゃん」


『あれは気持ちよかったんだ』


「ほらね」


 小春が笑った。


「きなこも洗濯物の上、好きだよ」


「やっぱり猫ってそうなんだなあ」


 ……まあ、気持ちいい場所は見逃せないからな。


 そこは仕方ない。


 俺はきなこの方を見た。


 きなこも俺を見ている。


 何となく、気が合いそうだ。



     ――――――



 買い物を終える頃には、ユウマと小春はすっかり打ち解けていた。


 最初はニャルの配信の話ばかりだったのに、今はお互いの猫の話が止まらない。


「きなこって、寝る時は小春さんの近くにいるんですか?」


「うん。だいたい私のベッドか、窓際のクッションかな」


「ニャルも近くで寝ることありますよ」


『ユウマの寝相が悪い時は離れるけどな』


「えっ、俺そんなに寝相悪い?」


『たまにな』


「うそー」


 小春がくすくす笑う。


「きなこはね、私が寝返り打っても全然動かない時があるよ」


「すごいなあ」


「でも、朝起きたら顔のすぐ横にいることもあって」


「うわ、最高ですね!」


「でしょ!」


 ……また始まった。


 さっきから、こんな調子だ。


 でも、二人とも楽しそうだし、いいか。


 俺は店の隅に置かれた小さなマットの上に座った。


 きなこも近くへやってきて、少し離れたところに腰を下ろす。


 しばらく、何も起こらない。


 きなこは毛づくろいを始めた。


 前足を舐めて、顔を撫でる。


 俺も何となく前足を舐めた。


 ぺろ。


 ぺろぺろ。


 ……落ち着くな。


 きなこは毛づくろいを終えると、俺の方を見た。


「にゃ」


『ん?』


 きなこがゆっくり瞬きをする。


 俺も瞬きを返した。


 それだけだ。


 でも、不思議と居心地が悪くない。


 レオと一緒にいる時は、もっと賑やかだ。


 あいつは元気いっぱいで、こっちまで体を動かしたくなる。


 それはそれで楽しい。


 でも、きなこは違う。


 静かで、のんびりしていて。


 隣にいても、何かをしなきゃいけない感じがしない。


 こういうのも、悪くないな。


 きなこが小さく翼を動かした。


 ふわりと体が浮き、少しだけ場所を変える。


 そして、俺の隣に降りてきた。


『おっ』


「にゃあ」


 さっきより、少し近い。


 俺はそのまま座っていた。


 きなこも動かない。


 しばらくすると、きなこは前足を揃えて目を細めた。


 ……眠いのか?


 まあ、昼寝にはいい時間かもしれない。


 俺も少しだけ目を細めた。


 店の中には、柔らかい日差しが差し込んでいる。


 床もほんのり温かい。


 ……うん。


 いい場所だ。


「……見て、悠真くん」


 小春の声がした。


「二匹、すごく落ち着いてる」


「ほんとだ」


 ユウマも小さな声で答えた。


「仲良くなれそうですね」


「うん……!」


 小春が嬉しそうに頷く。


 俺は片耳だけ動かした。


 仲良く、か。


 まだ会ったばかりだ。


 きなこの好きな食べ物も、遊び方も、よく知らない。


 でも。


 こうして隣にいて、嫌じゃない。


 それなら、いい始まりなんじゃないか。


『また会えるといいな』


 俺が小さく呟くと、きなこが顔を上げた。


「にゃあ」


 ……分かったのか?


 分からないけど。


 俺は尻尾をひと振りした。



     ――――――



「それじゃ、そろそろ帰ろっか」


 小春が買い物袋を持ち上げた。


 中には新しいブラシと、きなこ用の柔らかい布が入っている。


「きなこ、帰るよ」


「にゃ」


 きなこが立ち上がった。


 小さな翼を広げ、ふわりと浮く。


 そのまま小春の腕へ戻っていった。


『おお……』


 何度見ても不思議だな。


 翼で浮く猫。


 俺もあんなふうに飛べたら、料理中に便利だろうか。


 ……いや、俺には念動力があるから、そこまで困らないか。


 でも、ちょっと羨ましい。


 ユウマが小春へ笑いかけた。


「今日は会えてよかったです」


「私も! まさか本物のニャルに会えるなんて思わなかった!」


 小春は俺を見下ろした。


「ニャル、今日はありがとうね」


『うん』


「触らせてくれて嬉しかった。きなことも仲良くしてくれてありがとう」


『きなこはいいやつだな』


「でしょ!」


 小春が嬉しそうに笑った。


「すっごくいい子なの!」


「分かります。落ち着いてて、かわいいですよね」


「そうなの! しかも、寝顔がね……!」


 ……おい。


 また始まるぞ。


 俺がユウマを見上げると、ユウマも気づいたらしい。


「あ、そろそろ行かないとですね」


「そうだね!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 小春がスマートフォンを取り出す。


「あの、よかったら連絡先交換しない? きなこの写真も送れるし」


「いいですよ! 俺もニャルの写真送ります!」


 ……なるほど。


 写真交換か。


 こいつら、絶対に何十枚も送り合うぞ。


 俺は何となく、そんな未来が見えた。


 二人が連絡先を交換している間、きなこは小春の腕の中でのんびりしていた。


 俺はその顔を見上げる。


『きなこ』


「にゃ?」


『またな』


「にゃあ」


 きなこが小さく鳴いた。


 そして、ゆっくり瞬きをする。


 俺も同じように瞬きを返した。


 小春が俺の前にしゃがんだ。


「またニャルの配信見るね。きなこと一緒に」


『おう』


「次は何作るの?」


『まだ決めてないぞ』


「そっか。楽しみにしてる!」


 小春はにこっと笑った。


 きなこも腕の中から顔を出す。


「にゃ」


 俺は尻尾を立てた。


『またな』


「うん、またね!」


 小春が手を振る。


 きなこも小さな翼を動かした。


 二人が店を出ていくのを、俺とユウマは並んで見送った。


 扉が閉まる。


 店内が、少しだけ静かになった。


「……いい子だったね、小春さん」


『そうだな』


「きなこちゃんもかわいかったなあ」


『うん。翼で浮くの、すごかったぞ』


「ニャル、ずっとそこ気にしてたね」


『だってすごいだろ』


「ははっ。そうだね」


 ユウマが俺を抱き上げた。


 いつもの高さまで持ち上がる。


 俺はユウマの腕の中で、さっきまできなこがいた場所を思い出した。


 静かで、のんびりしていて。


 隣に座っているだけで、何だか落ち着く猫だった。


 レオとはまた違う友達になれそうだ。


「ニャル」


『ん?』


「また会えるといいね」


『うん』


 俺は素直に頷いた。


 ユウマも嬉しそうに笑う。


「俺も、小春さんとまた猫の話したいな」


『……世界一の話か?』


「もちろん、世界一はニャルだけどね」


『まだ言うのか』


「だって本当だし」


 ユウマは当たり前のように答えた。


 ……やれやれ。


 どうやら、あの勝負はまだ終わっていないらしい。


 まあ、いいか。


 小春にはきなこがいて。


 ユウマには俺がいる。


 どっちも、自分の猫が一番かわいいと思っている。


 それだけ大切にされているってことだ。


 俺はユウマの腕に顎を乗せた。


『帰ったら、何か美味いもの作るか』


「おっ、いいね!」


『新しい鍋も使いたいしな』


「また煮込み?」


『それもいいな』


 ユウマが笑った。


 俺も尻尾を揺らす。


 新しい道具があって。


 美味い飯があって。


 それから、新しい知り合いもできた。


 今日はなかなかいい日だった。


 ……それにしても。


 世界一かわいい猫が二匹、か。


 俺には、どっちが一番かなんて決められない。


 でも、あの二人に言わせれば、きっと答えは一つずつあるんだろう。


 俺は小さく喉を鳴らした。


 まあ、世界一が二匹いたって、別に困らないよな。

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