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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第3話 うちの猫、頭の中に直接しゃべってくる

『分かるぞ』


 俺がそう返した瞬間。


 悠真は固まった。


「……え?」


 目を見開いたまま、俺を抱き上げている。


 どうした。


 さっき自分から聞いただろう。


「今……しゃべった?」


『しゃべったな』


「口、動いてないよな?」


『動かしてない』


「でも声したよな!?」


『したな』


「俺の頭の中に!」


『たぶんそういうやつだな』


「そういうやつって何!?」


 知らん。


 俺だって今初めて使ったんだから。


 ただ、悠真に言葉を伝えようと思ったら、なんとなくできた。


 声を出そうとすれば、


「にゃ」


 こうなる。


 だが、相手へ直接言葉を届けるように意識すると、


『こうなる』


「うわあっ! また来た!」


 悠真がびくっと肩を揺らした。


 失礼な。


 別に耳元で叫んだわけでもないのに。


「すご……え、何これ。念話? そういうスキル?」


『たぶんな』


「ヌッコって念話できるのか?」


『俺に聞かれても知らん』


「あ、そっか。お前も今日生まれたばっかだもんな」


 そういうことになっている。


 実際、この身体については俺も知らないことだらけだ。


 自分が元人間だという話をするつもりはない。


 別に隠して困ることもないし、話す必要も感じない。


 今の俺は猫。


 こいつの家で生きていくらしい猫だ。


 それでいい。


「……でも、会話できるのか」


 悠真が俺を見つめる。


 さっきまでの驚きとは少し違う顔だった。


「すげえな、ニャル」


 そのまま頭を撫でられた。


「にゃ……」


 おお。


 これは。


 思ったより、かなりいい。


 頭から背中へ、指が毛並みに沿ってゆっくり動く。


 勝手に目が細くなった。


 尻尾もゆらゆら動く。


 ……まあ、猫だからな。


 撫でられて気持ちいいのは仕方ない。


「かわいいなあ……」


『聞こえてるぞ』


「あ、ごめん」


 謝る必要はない。


 もっとやってもいい。


 口には出さないが。


 いや、念話だから口には出してないんだけど。


 とにかく、しばらく撫でられていた俺だったが、ふと気付いた。


 さっき念話を使った時。


 頭の中に、他にもいくつか似たような感覚があった。


 使い方を習ったわけでもない。


 なのに、手足の動かし方と同じように、なんとなく分かる。


『悠真』


「ん?」


『ちょっと下ろしてくれ』


「いいけど」


 床へ降ろしてもらう。


 二本足で立って、テーブルを見る。


 その上には悠真がさっきまで使っていたボールペンが置かれていた。


 あれならちょうどいい。


 前足を向ける。


 持ち上がれ、と意識した。


 すると。


 ふわっ。


「……え?」


 ボールペンが浮いた。


 悠真がまた固まる。


 俺も少し驚いた。


 ただ、さっきの念話ほどではない。


 やっぱり使える。


 空中へ浮かせたボールペンを右へ。


 左へ。


 くるっと一回転。


「ニャル」


『なんだ』


「それ何?」


『たぶん念動力』


「念話の次は念動力!?」


 なんだその反応。


『便利そうだろ』


「便利とかそういう問題!?」


 そういう問題だろ。


 全長二十センチ程度しかない俺にとって、人間用の物はだいたい大きい。


 これがあればかなり助かる。


 というか。


 俺はちらりとキッチンの方を見る。


 包丁。


 フライパン。


 鍋。


 あの辺も動かせるなら、料理にはかなり使えそうだ。


 猫の前足で包丁を握るのは無理だからな。


「……今、キッチン見た?」


『気のせいだ』


「なんで?」


『気のせいだ』


 まだ何も作るとは言っていない。


 そもそも、この身体でどこまでできるかも分からない。


 次。


 念動力を止めて、今度はテーブルの上にあった小さな空の器へ意識を向ける。


 しまう。


 そう思った瞬間。


 器が消えた。


「えっ」


 悠真が目をこする。


「消えた!?」


『たぶん収納』


「待って待って。ちょっと待って」


 悠真が両手を前へ出した。


「念話、念動力、収納?」


『今のところは』


「多くない?」


『知らん』


「ヌッコって何なんだよ……」


 俺も知りたい。


 ちなみに、しまった器はなんとなくどこにあるか分かる。


 取り出そうと思えば――。


 ぽん。


 床の上に戻ってきた。


「おお……」


 悠真がしゃがみ込んで器を拾う。


 ひっくり返して底まで確認している。


「本物だ」


『偽物になる要素あったか?』


「だって目の前から消えたんだぞ」


 それもそうか。


 俺は前足を眺めた。


 念話。


 念動力。


 収納。


 どれも直接敵をぶっ飛ばすような派手さはない。


 だが、かなり便利そうだ。


 他にも何かできる気がする。


『もう少し試す』


「まだあるの?」


『たぶん』


「マジか……」


 悠真が完全に見物人の顔になった。


 なら見せてやろう。


 次は火。


 前足の先へ意識を集める。


 ぽっ。


 小さな炎が浮かんだ。


「おお!」


 悠真が今度は素直に声を上げた。


「火だ!」


『火だな』


「これ、攻撃に使える?」


『どうだろうな』


 少し大きくしようとする。


 炎が、ほんの少し膨らむ。


 ……終わり。


 ロウソクよりは大きい。


 焚き火よりは小さい。


 これでゴブリンと戦えと言われても困る。


『無理だな』


「だよなあ」


『せいぜい火をつけるくらいだ』


「でも十分便利じゃん」


 まあな。


 むしろ俺にはその方がありがたい。


 火力を細かく扱えるなら料理に向いている。


 次に、水。


 空中に小さな水の球を作る。


 それを器へ落とす。


 ぱしゃっ。


「水まで出せるのか」


『らしいな』


 触れてみる。


 冷たい。


 なら。


 今度は水に意識を集中させた。


 少し温かく。


 ほんのりぬるくなる。


 逆に冷たく。


 今度はひやりとした。


 なるほど。


『温度も少し変えられる』


「……便利すぎない?」


『戦闘では役に立たなそうだけどな』


「いや、俺はそれでも全然いいけど」


 悠真はすぐにそう言った。


「収納だけでも探索じゃめちゃくちゃ助かるし。念話できるなら意思疎通にも困らないし」


『そうなのか?』


「テイムモンスターって、普通は人間と会話できないやつも多いからさ。指示を覚えさせたり、合図を決めたりするんだよ」


 なるほど。


 その点、俺たちは最初から普通に話せる。


 かなり楽だな。


「それに俺、別にニャルに戦ってほしいわけじゃないし」


『そうなのか』


「こんなちっちゃいの前に出すの怖いだろ」


『おい』


「踏まれそうだし」


『おい』


 否定しづらいことを言うな。


 実際、今の身体でゴブリンの棍棒でも食らったら、かなりまずそうではある。


「戦うのは俺がやるよ」


 悠真は軽い調子で言った。


 だが、その言葉に妙な迷いはなかった。


「ニャルは無理しなくていい」


 ……ふむ。


 飼い主が戦って、猫が補助。


 悪くない。


 収納で荷物を持つ。


 念動力で道具を扱う。


 火や水も使える。


 それなら――。


『もうちょっと試せば、他にも――』


 言いながら、俺はもう一度念動力を使った。


 ボールペン。


 器。


 ついでにリモコン。


 三つ同時に持ち上げて――。


「おおっ!」


 悠真の反応が楽しくて、少し高く上げる。


 火も出す。


 水も出す。


 温度も変える。


『これなら――』


 ぐらっ。


 あれ。


 急に床が近くなった。


 四本足で踏ん張ろうとして、そのまま腹がぺたんと床につく。


「ニャル?」


『……ん?』


 身体が重い。


 耳にも力が入らない。


 尻尾も床へ落ちた。


 頭の中がぼんやりする。


 さっきまで浮いていた物が全部落ちる。


 幸い、高いところではなかったので壊れはしなかった。


「ニャル!?」


 悠真の声が一気に変わった。


 次の瞬間。


 身体がふわっと持ち上がる。


「おい、大丈夫か!? ニャル!」


 両手で抱えられていた。


 さっきまで能力を見て大騒ぎしていた顔から、笑いが消えている。


『たぶん……魔力切れ』


「魔力切れ!?」


『使いすぎたっぽい』


「何でそんなになるまで使うんだよ!」


 怒られた。


 生後一日目で。


 いや、現世では生まれたばかりだから、もっと短いか。


「苦しくない? 痛いところは?」


『ない。だるいだけ』


「本当か?」


『たぶん休めば平気』


「たぶんって……」


 悠真は不安そうなまま、俺を胸元へ抱え直した。


 落とさないよう、片腕で身体を支え、もう片方の手で頭を撫でてくる。


 さっきよりずっと慎重だ。


「もう今日は魔法禁止」


『えー』


「えー、じゃない」


『まだ試したい』


「ダメ」


『ちょっとだけ』


「ダメです」


 飼い主が強い。


 仕方ないので諦めた。


 それに。


「にゃぁ……」


 温かい。


 抱っこされていると、ものすごく眠くなる。


 耳の後ろを撫でられると、さらに眠い。


 身体から力が抜けていく。


「……本当に大丈夫?」


『大丈夫だって』


「ならいいけど」


 悠真はまだ心配そうだった。


 こいつ。


 俺が生まれてから、まだ大して時間も経ってないのに。


 もうずいぶん俺のことを気にしている。


 まあ。


 悪い気はしない。


 むしろ、かなりいい。


 俺は悠真の腕の中で丸くなった。


 猫だからな。


 居心地のいい場所があれば収まるのは当然だ。


 しばらく休んでいると、少しずつ身体の重さが抜けてきた。


 ただし悠真から魔法禁止令が出ているので、試すのはここまで。


 代わりに、俺は悠真のことを聞くことにした。


『なあ』


「ん?」


『探索者って言ってたよな』


「うん」


『強いのか?』


「…………」


 悠真が目を逸らした。


 分かりやすい。


『弱いのか』


「はっきり言うなあ」


『どれくらい?』


「適性はGランク」


 聞いたことのない言葉だ。


 前世にはダンジョンなんてなかったから、この辺の知識は当然ない。


『Gって?』


「一番下」


『一番下』


「繰り返すなよ……」


 悠真が苦笑する。


 話を聞けば、探索者には生まれつき成長しやすさのような差があるらしい。


 上はS。


 下はG。


 悠真はそのG。


「半年くらいやってるから、ゴブリンとかスライムなら普通に倒せるけどな。でも、伸びは遅いよ」


『辞めようと思わなかったのか?』


「まあ、思ったことがないわけじゃないけど」


 悠真の手が、俺の背中をゆっくり撫でる。


「辞めたら母さんの病気、治せないから」


 声が少しだけ変わった。


 重くなったというほどではない。


 ただ、大事なことを話している声だった。


『病気?』


「ダンジョン病ってやつ」


 治療方法はある。


 ただし、そのために必要なアイテムがとんでもなく高いらしい。


『いくら?』


「だいたい十億」


『じゅっ……』


 思わず念話が途切れた。


 十億。


 それは。


 高校生がどうにかする金額じゃないだろ。


「だよな。俺もそう思う」


 悠真が笑った。


 悲壮感のある笑い方ではない。


 どちらかといえば、もう何度も考えてきたことを笑っている感じだ。


「だからダンジョンで稼ぐか、治療できるアイテムそのものを見つけるか。そっちの方がまだ可能性あるかなって」


『それで探索者になったのか』


「うん。高校入ってすぐ登録した」


 半年。


 最低適性。


 それでも一人でダンジョンへ潜っている。


 今日だって、こいつは自力でモンスターエッグを持ち帰った。


 なるほど。


 弱い。


 弱いが。


 何もしてこなかったわけじゃない。


 むしろ逆だ。


 才能がないなりに、半年ずっと積み上げてきたらしい。


 俺は悠真を見上げた。


 育成ゲームで考えるなら。


 初期性能が低い。


 成長率も悪い。


 でも、プレイヤーが放置していたキャラじゃない。


 ちゃんと装備を揃えて。


 経験を積ませて。


 できる範囲で育ててきたキャラだ。


 それが今、伸び悩んでいる。


 ……いいな。


 かなりいい。


 こういうの、好きだぞ。


『悠真』


「何?」


『よし』


「何が?」


 俺は前足を悠真の胸へ置いた。


 決めた。


『俺が育てよう』


「……俺を?」


『うん』


「ニャルが?」


『うん』


「どうやって?」


 そこまではまだ分からん。


 だが、俺にはこいつにないものがある。


 収納。


 念動力。


 生活魔法。


 それに、前世から得意だった料理もある。


 戦うのが悠真なら。


 俺は俺のできることで支えればいい。


 足りないものを見つけて、埋める。


 できることを増やす。


 強くなれば、もっと深い場所へ行ける。


 そうすれば、母親を治せる何かへ近付くかもしれない。


 何より。


 こいつがどこまで育つのか。


 見てみたい。


『お前、育て甲斐ありそうだ』


「それ褒められてる?」


『褒めてる』


「弱いって言われた直後なんだけど」


『今弱いなら、強くなった時にいっぱい嬉しいだろ』


「そういうもの?」


『そういうものだ』


 少なくとも俺はそうだ。


 最初から完成しているより、少しずつできることが増える方が楽しい。


 それが大切な相手なら、なおさらだ。


 ……大切な相手。


 そこまで考えて、俺は一度瞬きをした。


 まあ、飼い主だしな。


 今日から世話になる相手だ。


 大切にするくらいでちょうどいい。


 悠真はしばらく俺を見ていたが、やがて笑った。


「じゃあ、お願いしようかな」


『任せろ』


「でもまずは」


『うん』


「ニャルが無茶しないようにするところからだな」


『それは別の話だ』


「別じゃない」


 また撫でられる。


 くそう。


 気持ちいいから反論しづらい。


 そのまましばらくして、悠真が何気なくスマートフォンへ目を向けた。


「あ、もうこんな時間か」


『どうした』


「明日も学校あるし。放課後はダンジョン行く予定なんだよ」


 俺の耳がぴくっと動いた。


 ダンジョン。


 そういえば、俺が入っていた卵もそこで見つかったらしい。


 この世界に来てから、まだ外らしい外すら見ていない。


 ましてダンジョンなんて当然見たことがない。


 どんな場所なのか。


 どんなモンスターがいるのか。


 何が落ちているのか。


 急に興味が湧いた。


『俺も行く』


「え?」


『明日のダンジョン。俺も行く』


「いやいやいや」


 悠真が首を横へ振る。


「お前、さっき魔法使っただけで床にぺたんってなっただろ」


『戦わないぞ』


「でも危ないって」


『収納使える』


「それは助かるけど」


『念話もできる』


「それも助かるけど」


『俺がお前を育てるって決めた』


「話つながってる?」


『育てるなら、まず現状を見ないとな』


 ゲームだって、ステータスだけ眺めて育成方針は決めない。


 実際にどう戦うのか。


 何が得意なのか。


 どこで困っているのか。


 見ないと分からない。


 それに。


 ダンジョン。


 かなり気になる。


「……絶対、俺から離れない?」


『離れない』


「勝手にどっか行かない?」


『行かない』


「魔法も無茶して使わない?」


『努力する』


「そこは約束しろよ!」


 悠真が頭を抱えた。


 だが、完全に断る顔ではなくなっている。


 もう一押しだ。


 俺は悠真の膝へ前足を乗せた。


 見上げる。


「にゃ」


「…………」


 尻尾を一度だけ揺らす。


「にゃ?」


「……ずるくない?」


 何がだ。


 俺は猫として普通にお願いしただけだ。


 悠真はしばらく耐えていた。


 そして。


「分かったよ」


 勝った。


「明日、ギルドでニャルを連れていっていいか聞いてみよう」


『よし』


「ただし、ダメって言われたらダメだからな」


『分かった』


 ダンジョンか。


 この世界に来て、初めての探索。


 何があるんだろうな。


 俺はまだ知らなかった。


 翌日。


 そこへ行った俺には。


 悠真が半年間通い続けてきた場所が、まるで別のものに見えることになる。


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