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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第2話 謎猫ヌッコ、爆誕

 殻の隙間から、まず小さな耳が出てきた。


 ぴく、と動く。


「……耳?」


 次に、丸い頭。


 そして、殻の縁へちょこんとかかった小さな前足。


 どう見ても。


「猫……?」


 俺が呆然としている間にも、卵の中の何かは一生懸命に身体を押し出していた。


 ぱき。


 ぱきぱき。


 小さな身体が動くたびに殻が割れ、テーブルの上へ欠片が落ちていく。


「お、おお……頑張れ」


 思わず応援してしまう。


 もう少し。


 あと少し。


 最後に大きめの殻を頭で押し上げて。


「にゃっ」


 ころん。


「うわっ!」


 卵から抜け出した小さな身体が、そのまま前へ転がった。


 俺は慌てて両手を差し出す。


 ぽすっ、と手のひらへ収まった。


「……軽っ」


 いや。


 それより。


 俺の両手の中にいる生き物を、改めて見る。


 猫だった。


 たぶん。


 小さな耳。


 丸い顔。


 柔らかそうな毛。


 細い尻尾。


 全長は、頭から足先まで入れても二十センチくらいしかない。


 普通の子猫とは体つきが少し違う気もするけど、猫と言われたら猫にしか見えない。


 その猫が、俺の手のひらの上で顔を上げた。


「にゃ?」


 目が合う。


「…………かわいい」


 強いモンスターが出てくれたら嬉しい。


 さっきまで確かにそう思っていた。


 戦闘が得意な奴。


 探索を助けてくれる奴。


 できれば俺より強い奴。


 百万円の卵を売らずに孵したんだから、ちょっとくらい夢を見てもいいだろうと。


 でも。


「いや、かわいいな……」


「にゃ」


 仕方ない。


 かわいいものはかわいい。


 俺が指先で頭をそっと撫でると、小さな猫は逃げなかった。


 むしろ少しだけ頭を押しつけてくる。


「お前、人に慣れるの早くない?」


「にゃー」


「そうかそうか」


 何がそうかなのか自分でも分からない。


 ただ、かわいい。


 それでいい気がしてきた。


 ……いや。


 よくない。


 俺は探索者だ。


 こいつは俺がモンスターエッグから孵したテイムモンスター。


 かわいがるのはもちろんいいとして、探索者としては冷静に見ないといけない。


「ちょっと立てるか?」


 両手をテーブルへ下ろす。


 小さな猫は俺の手から降りると、四つ足で――。


「……ん?」


 立たなかった。


 後ろ足で立った。


 すくっ、と。


「え?」


 二本の後ろ足で立ったまま、猫は自分の身体を見下ろしている。


 右の前足を上げる。


 左も上げる。


 尻尾を見るためなのか、その場でくるりと回る。


「いや待って」


 普通の猫じゃない。


 少なくとも、俺の知っている猫はそんな自然に二足歩行しない。


 小さな猫は数歩歩いた。


 てち。


 てち。


 てち。


「歩けるんだ……」


「にゃ?」


「しかもなんか普通に歩いてるし」


 本人――いや、本猫? は当たり前みたいな顔をしている。


 でも。


 改めて探索者として見ると。


「…………」


 二十センチ。


 小さい。


 すごく小さい。


 ゴブリンの棍棒なんて当たったら、たぶん一発で吹き飛ぶ。


 牙も爪もあるにはあるんだろうけど、少なくとも見た目からは強そうな気配がまるでない。


 俺は期待を込めて、もう一度じっと見る。


 猫も俺を見る。


「にゃ」


「……かわいいけど」


 一拍置いて。


「探索者としては外れかなぁ……」


「にゃっ?」


 猫の耳がぴんと立った。


「いや、ごめんごめん。お前が悪いわけじゃないから」


 なんとなく抗議された気がして、慌てて頭を撫でる。


 すると耳はすぐ元へ戻った。


「でも、何ができるんだろ」


 見たことのないモンスターなら、まず確認だ。


 俺は目の前の小さな猫へ鑑定を使う。


 鑑定結果に出た種族は――。


「……ヌッコ?」


 思わず読み上げる。


 猫ではない。


 ヌッコ。


「何それ」


「にゃ」


「お前に聞いても分かんないよな」


 聞いたことがない。


 半年間探索者をしているし、テイムモンスターについてもそれなりに調べた。


 有名な種類なら、名前くらいは知っている。


 でもヌッコなんて種族名は一度も見た記憶がなかった。


 俺はスマホを取る。


「ヌッコ、モンスター……っと」


 検索。


「……出ない」


 言葉を変える。


「ヌッコ、テイムモンスター」


 検索。


「これも違う」


 さらに。


「ヌッコ、猫」


 検索結果を上から下まで眺める。


 それらしい情報はない。


「マジで何なんだ、お前」


 視線をスマホから上げる。


 小さな猫――ヌッコは、いつの間にかテーブルの端まで歩いていた。


 下を覗き込んでいる。


「危ないぞ」


 俺が言うと。


 ぴた。


 止まった。


「……ん?」


 ヌッコが振り返る。


「にゃ?」


「今、分かったのか?」


 試しに手を出す。


「こっち来い」


 てちてちてち。


 来た。


「え」


 俺の手の前まで来る。


 ちょこん、と座る。


「いや、偶然……か?」


 普通の動物だって、人の声や雰囲気である程度は反応する。


 生まれたばかりにしては妙に賢い気はするけど。


「……まあいいか」


 今すぐ全部分かるわけでもない。


 何より、孵ったばかりだ。


 俺は小さな身体を両手ですくい上げる。


「とりあえず、お前は今日からうちの子だからな」


 ふわっと軽い身体が手のひらに乗る。


「母さんにも言われたし。変なのが生まれても最後まで面倒見ろって」


「にゃっ」


「痛っ」


 前足で指をぺしっと叩かれた。


「変って言ったの怒った?」


「にゃ」


「……やっぱ分かってない?」


 分からない。


 分からないけど。


 俺は少し笑った。


「まあ、変でも何でもいいよ」


 今度は優しく頭を撫でる。


「元気に生まれてきたしな」


 ヌッコは俺の指を見上げて、それから目を細めた。


 尻尾の先が、ゆっくり揺れた。


 ――――――


 さて。


 状況を整理しよう。


 俺は猫になった。


「にゃ」


 声まで猫だった。


 もう一度、自分の前足を見る。


 小さい。


 肉球がある。


 指を開こうとすると、前足がふにっと広がる。


 後ろを見る。


 尻尾がある。


 意識して動かすと左右に揺れた。


 頭の上では、さっきから耳が勝手に音を拾っている。


 目の前の少年が椅子を引く音。


 スマホを置く音。


 部屋の外から聞こえる小さな生活音。


 人間だった頃より、ずっと細かい。


 なるほど。


 猫だ。


 いや、さっきこいつの鑑定で確認された種族名はヌッコだったか。


 猫型の何からしい。


 しかも二足歩行できる。


 試しに立ってみたら普通に立てたので、その辺はあまり困らなさそうだ。


 俺は自分の足元を見る。


 二本足。


 小さい。


 ものすごく小さい。


 目の前の少年と比べると、洒落にならないくらい小さい。


 さっき手のひらへ乗せられた時なんて、身体がほとんど収まっていた。


 ……まあ。


 猫か。


 なら、猫として生きればいいか。


 前世では人間だった。


 日本で生まれて、普通に学校へ行って、普通に働き始めた。


 料理が好きで、ゲームも好きだった。


 その記憶は残っている。


 でも今、鏡がなくても分かるくらい俺の身体は猫だ。


 だったら今の俺は猫。


 それでいい。


 悩んだところで人間の身体が戻ってくるわけでもないし、猫の身体が嫌なわけでもない。


 むしろ。


「ほら」


 目の前の少年が指を伸ばしてくる。


 頭を撫でられる。


「…………」


 悪くない。


 もう一度撫でられる。


 耳の後ろ。


「…………にゃぁ」


 今の声は忘れよう。


「はは。そこ気持ちいいのか?」


 少年が嬉しそうに笑う。


 うん。


 かなり気持ちいい。


 猫、思ったよりいいな。


 それにしても。


 どうやらこいつが、俺を卵から孵したらしい。


 俺はモンスターエッグから生まれたテイムモンスター。


 そして卵を孵したこいつが、俺の飼い主になる。


 だいたいそんな関係らしい。


「名前、いるよな」


 少年が急に言った。


 俺は顔を上げる。


「いつまでもヌッコって呼ぶのもなあ。種族名だし」


 それはそうだ。


 俺にも前世の名前はあった。


 でも今さら、それを名乗る気はない。


 前世は前世だ。


 今の俺は猫。


 わざわざ「実は元人間です」なんて話す理由もない。


 信じてもらえるかも分からないし、説明も面倒だ。


 何より。


 俺は目の前の少年を見る。


 まだ名前も知らない飼い主。


 さっきから何度も撫でてくる。


 強そうじゃないと少し残念そうにしたくせに、俺がテーブルの端へ行けばすぐ「危ない」と止めた。


 変でも何でも面倒を見るとも言った。


 少なくとも、悪い奴ではなさそうだ。


 なら。


 新しい名前をもらって、この少年の猫として生きる。


 それで十分だ。


「猫っぽい名前……」


 少年が腕を組む。


「にゃ」


「んー」


 考えている。


「にゃー」


「急かすなって」


 急かしたつもりはない。


 鳴いてみただけだ。


 というか、人の言葉を口にしようとしても「にゃ」になる。


 喉の構造が違うらしい。


 これはちょっと不便だな。


 少年はしばらく真剣に悩んでいたが、やがて俺を見る。


「……ニャル、とかどうだ?」


 ニャル。


 俺は首を傾げる。


「いや、なんとなく。猫っぽいし」


 ものすごく凝った名前ではない。


 でも呼びやすい。


 俺はもう一度、頭の中で転がしてみる。


 ニャル。


 悪くない。


「気に入らない?」


「にゃ」


 俺は少年の伸ばした指へ、自分から頭を寄せた。


「……気に入ったってことでいい?」


 たぶんな。


 少年の顔がぱっと明るくなる。


「よし。じゃあ決まり」


 そして俺を両手で持ち上げる。


 高い。


 人間だった時なら何でもない高さなのに、この身体だと景色が一気に変わる。


「今日からお前はニャル」


 少年は俺を目の高さまで持ち上げて、笑った。


「俺は朝倉悠真。よろしくな、ニャル」


 朝倉悠真。


 悠真。


 飼い主の名前を覚える。


「にゃ」


「うん。返事してるようにしか見えないんだよなあ」


 悠真が俺をそっと胸元へ抱える。


 思ったより温かい。


 腕の中も安定している。


 俺は少し身体の力を抜いた。


「……ほんとにちっちゃいな」


 頭を撫でられる。


「これで二足歩行するんだもんな」


 また撫でられる。


「しかも言ったこと分かってるっぽいし」


 さらに撫でられる。


 こいつ、撫ですぎじゃないか?


 まあ気持ちいいからいいけど。


「ニャル」


「にゃ?」


「お前さ」


 悠真が少しだけ真面目な顔になる。


 俺は耳を向けた。


「さっき『危ない』って言ったら止まったよな」


 ほう。


 気付いていたか。


「『こっち来い』って言ったら来たし」


 まあ、普通に意味が分かったからな。


 悠真はしばらく俺の顔を見る。


 俺も見返す。


 沈黙。


 それから。


「……ニャル、俺の言ってること分かる?」


 分かる。


 だから俺は、ごく普通に答えた。


『分かるぞ』


 悠真が固まった。


「……え?」


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