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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第35話 猫専用鍋、完成

 待っていた。


 ずっと待っていた。


 黒鉄堂に鍋を頼んでから、何度台所を見回したことか。


 いつもの鍋だって悪くない。ちゃんと料理はできるし、今まで何度も美味いものを作ってきた。


 でも、あの鍋があれば。


 もっとたくさん煮込める。


 もっと楽に動かせる。


 そして、もっと美味いものが作れるかもしれない。


 そんなことを考えていた俺のところへ、ついに連絡が来た。


「ニャル! 宮本さんから連絡だって!」


 ユウマがスマートフォンを見ながら、嬉しそうに声を上げる。


「鍋、できたってさ!」


『行くぞ!』


「早い早い! まだ出かける準備してないから!」


『早くするんだ!』


「はいはい!」


 俺は玄関へ走った。


 尻尾が勝手に立つ。


 耳もぴんと立つ。


 今なら、いつもより高く跳べそうな気がする。


 ……いや、跳ばないけどな。


 今日は鍋を取りに行く日だ。


 怪我なんかしている場合じゃない。



     ――――――



 黒鉄堂に入ると、いつもの鉄と油の匂いがした。


 奥から聞こえていた金属音が止まり、しばらくして宮本が顔を出す。


「来たか」


『鍋!』


「挨拶くらいしろ」


『こんにちは! 鍋!』


「……おう」


 ユウマが横で笑っている。


「こんにちは、宮本さん。すみません、朝からずっとこんな感じで」


「だろうな」


 宮本は特に気にした様子もなく、俺たちを作業台へ案内した。


 そこには、大きな布をかけられたものが置いてある。


 俺の耳がぴくりと動いた。


『それか?』


「ああ」


 宮本が布を取った。


 現れたのは、鈍い銀灰色の鍋だった。


 飾りはない。


 派手な模様もない。


 底はしっかりしているけど、側面はすっきりした形で、縁にはわずかに青黒い色が見える。


 左右には短い持ち手。


 上には、ぴたりと収まった蓋。


 大きすぎず、小さすぎず。


 ユウマたちの食事をたっぷり作れそうな、立派な鍋だ。


『おお……』


「すごいな、これ」


 ユウマが感心したように覗き込む。


 俺は作業台へ飛び乗り、鍋の周りをぐるりと歩いた。


 表面は滑らかで、余計な出っ張りがない。縁の補強も、引っかかりそうなところは丁寧に仕上げられている。


 宮本が言った。


「均熱晶鉄を本体に使って、柔鋼石で縁と底を補強してある。熱の回り方と重さを見て、厚みも調整した」


『いいな』


「まだ使ってねぇだろ」


『見たら分かるぞ』


「料理は見た目だけじゃねぇんだろ」


『……そうだな』


 む。


 その通りだ。


 宮本が少しだけ口元を緩めた。


「ほら、動かしてみろ」


『うん!』


 俺は念動力を伸ばし、鍋全体を包み込むように意識した。


 ゆっくり持ち上げる。


 ふわり。


 鍋が作業台から離れた。


『……軽い』


「えっ、そんなに軽いの?」


 ユウマが驚く。


 いや。


 違う。


 実際の重量が極端に軽いわけじゃない。


 でも、持ち上げた時の感覚が違う。


 どこを支えれば安定するか、すぐに分かるんだ。


 鍋の底を水平に保つのも、少し傾けるのも、余計な力がいらない。


『動かしやすい!』


「だろうな」


 宮本が頷いた。


 俺は鍋を右へ動かし、左へ戻した。


 少し高く上げて、ゆっくり下げる。


 今度は傾ける。


 戻す。


 くるりと向きを変えてみる。


 思ったところで、ぴたりと止まった。


『おおっ!』


「ニャル、楽しそうだなあ」


『すごいぞ、これ!』


 俺は蓋にも念動力を伸ばした。


 蓋を持ち上げ、鍋の横へ移動させる。


 軽い。


 でも、薄っぺらい感じはしない。


 蓋を少し斜めにしてから、元の位置へ戻す。


 かちゃん、と静かな音がした。


 きれいに収まった。


『いい!』


「蓋の縁も合わせてある。少しずらして置けるようにな」


『覚えてたのか』


「注文だろ」


 宮本は当たり前のように答えた。


 そうだった。


 俺が頼んだんだ。


 煮込みの時に蒸気を逃がしたいって。


 それを、ちゃんと形にしてくれた。


『宮本、ありがとう』


「礼は使ってからにしろ」


 宮本は鍋を指さした。


「中身入れた時が本番だ」


『分かってる』


 鍋は料理するための道具だ。


 空っぽで動かせるだけじゃ意味がない。


 肉を入れて。


 野菜を入れて。


 スープをたっぷり入れて。


 それでもちゃんと使えるか。


 早く確かめたい。


「じゃあ、帰ったら早速使ってみる?」


『もちろん!』


 俺が答えると、ユウマが笑った。


「せっかくだし、配信でお披露目する?」


『いいぞ』


 新しい鍋の初仕事だ。


 美味いものを作らなきゃな。



     ――――――



 家に帰ると、俺はさっそく台所へ向かった。


 新しい鍋を調理台に置き、蓋を外して中を覗き込む。


 内側もきれいだ。


 底から側面へ続く曲線には、引っかかるような段差がない。


 これなら、具材を混ぜる時も扱いやすそうだ。


「ニャル、何作る?」


『煮込み』


「おっ、いいね」


『具がいっぱいのやつ』


「俺、そういうの好き!」


 知ってるぞ。


 だから作るんだ。


 今日はホーンラビットの肉を使う。


 それにゴブリンポテト、妖精ニンジン、ケイブマッシュルーム。


 そして、サンライトトマト。


 肉と野菜をたっぷり入れた、トマト煮込みだ。


 ホーンラビットは、臭腺を含む危険な部分を取り除き、安全に下処理してある肉を使う。


 こういう確認は大事だ。


 美味い飯は、安全に食べられてこそ美味い。


「うわ、具材いっぱいだな」


『鍋が大きいからな』


「全部入る?」


『入るぞ』


 むしろ、入れるために作ってもらった鍋だ。


 ユウマが配信の準備を始める。


 俺はその間に、食材を調理台へ並べた。


 包丁を念動力で浮かせる。


 宮本に作ってもらった、俺専用の包丁だ。


 その隣には、同じ宮本が作った鍋。


 並べてみると、何だか嬉しい。


 俺の料理道具が増えた。


 しかも、どっちも俺の使い方に合わせて作られている。


『いいなあ』


「何が?」


『包丁と鍋』


「確かに。並べると職人さんの道具って感じするな」


『俺のだぞ』


「分かってるって」


 ユウマが笑う。


 そこへ、配信の準備が整った。


「よし、始めるよ」


『うん』


 俺は新しい鍋を、少しだけユウマの方へ寄せた。


 今日は、こいつが主役だ。



     ――――――



「こんにちは、悠真です。今日も『ニャルの台所』、始めます!」


 配信が始まると、少しずつコメントが流れてきた。


『待ってた』


『今日もニャルかわいい』


『何作るの?』


『包丁きた!』


 俺はカメラの前で、尻尾をひと振りした。


 挨拶だ。


 たぶん伝わるだろう。


「今日はちょっと特別です。新しい料理道具が届いたので、お披露目します」


 ユウマがそう言って、鍋をカメラに映した。


 すぐにコメントが増えた。


『鍋?』


『でかい』


『猫専用鍋?』


『鍋も同じ店?』


『装備更新が料理器具なの草』


 装備更新。


 そう言われると、確かにそうかもしれない。


 剣じゃない。


 鎧でもない。


 包丁と鍋だ。


 俺にはこっちの方が大事だけどな。


「はい、前に紹介した黒鉄堂さんに作ってもらいました。ニャルが念動力で使いやすいように調整してもらった特注品です」


『マジで猫専用なのか』


『こだわりすごい』


『そのうちフライパンも作りそう』


 ……フライパン。


 いいな。


 欲しい。


「ニャル、今ちょっと反応した?」


『フライパンも欲しい』


「やっぱり!」


 ユウマが笑う。


 コメント欄には、何かを察したらしい反応が流れていた。


『今フライパンに反応した?』


『次の装備決まったな』


『料理猫の成長方向が独特すぎる』


 まあ、今は鍋だ。


 まずはこいつを使いこなしてからだな。


「それじゃ、今日はこの鍋でトマト煮込みを作ります」


 ユウマが材料を紹介する。


 俺はその横で包丁を浮かせ、まな板の上に置いたゴブリンポテトへ向けた。


 ごろごろした煮込みにするから、具材は大きめに切る。


 ゴブリンポテトは、煮崩れしにくい大きさに。


 妖精ニンジンは、甘みをしっかり感じられるように。


 ケイブマッシュルームは、食感が残る厚さに。


 とん、とん、とん。


 包丁がまな板を叩く。


 切り口が揃う。


 やっぱり、この包丁はいい。


 思ったところへ刃が入るし、止めたいところで止まる。


 切るたびに気持ちいい。


『よし』


 次は肉だ。


 ホーンラビットの肉を、食べ応えのある大きさに切り分ける。


 大きすぎると火が入りにくい。


 小さすぎると、煮込んだ時の満足感が減る。


 ちょうどいい大きさがあるんだ。


「おお、今日の肉、結構大きいね」


『ごろごろ煮込みだからな』


 ユウマは俺の声を聞いて頷いた。


「今日は具材を大きめにして、食べ応えのある煮込みにするみたいです」


 コメントが流れる。


『もう美味そう』


『肉でかい!』


『これ絶対ご飯に合う』


 分かってるじゃないか。


 俺もそう思う。


 白いご飯と一緒に食べたら、きっと最高だ。



     ――――――



 いよいよ新しい鍋の出番だ。


 まずは少量の油を入れ、火にかける。


 俺は鍋の位置を確かめながら、じっと様子を見た。


 鍋底がゆっくり温まっていく。


 いつもの鍋なら、火の当たる場所から先に熱くなりやすい。


 でも、こいつは違う。


 底の広い範囲へ、じわりと熱が回っていく。


『おお』


「どう?」


『いい感じだ』


 まだ肉も入れてないけど、分かる。


 これは期待できる。


 十分に温まったところで、ホーンラビットの肉を入れた。


 じゅうっ!


 気持ちのいい音が響く。


 肉の表面が焼け、香ばしい匂いが立ち上がった。


 俺の鼻がひくひく動く。


 いい匂いだ。


 でも、まだ食べない。


 今日は煮込みだからな。


 表面に焼き色がついたら、いったん肉を取り出す。


 次に妖精ニンジンとゴブリンポテトを入れ、鍋に残った肉の旨味を絡めながら軽く炒める。


 ケイブマッシュルームも加える。


 じゅう、じゅう。


 野菜の香りが、肉の香ばしさと混ざっていく。


『いいなあ』


「ニャル、もう味見したそう」


『まだだぞ』


「分かってるんだ」


 当たり前だ。


 ここで食べたら、煮込みの具が減ってしまう。


 ……一つくらいならいいかもしれないけど。


 いや、駄目だ。


 我慢だ。


 俺は尻尾を一度揺らして、サンライトトマトを加えた。


 赤い果肉が鍋の中で崩れ始める。


 鮮やかな色が、肉と野菜に絡んでいく。


 そこへ水を加え、取り出しておいた肉を戻した。


 じゅわっと音が変わり、湯気が立ち上がる。


 トマトの甘酸っぱい香りが広がった。


「うわ、いい匂い!」


『まだまだだぞ』


「これから煮込むんだもんな」


『うん』


 俺は鍋の中をゆっくり混ぜた。


 大きな肉。


 ごろごろした野菜。


 赤い煮汁。


 いい。


 実にいい。


 そして、ここからが新しい鍋の本領だ。


 火を少し弱める。


 鍋の中で、小さな泡が立ち始めた。


 ぽこ。


 ぽこぽこ。


 煮汁が静かに揺れる。


 俺は鍋の底の様子を確かめながら、しばらく待った。


 ……なるほど。


 いいぞ。


 鍋の一か所だけが激しく煮立つことが少ない。


 全体が穏やかに温まっている。


 これなら、大きな具材にもじっくり火を通せそうだ。


『いい』


「包丁の時も同じ顔してた」


『そうか?』


「うん。すごく満足そうな顔」


 ユウマが笑う。


 そんな顔をしているだろうか。


 自分では分からない。


 でも、尻尾が動いているのは分かる。


『いい鍋だからな』


「それは伝わってくるよ」


 コメント欄も賑やかだった。


『ニャルの顔w』


『めっちゃ満足そう』


『鍋を見つめる猫』


『完全に料理人の顔』


 料理猫だぞ。


 当然だ。



     ――――――



 煮込みは、ここからが楽しい。


 蓋をして、じっくり待つ。


 ただ待つだけじゃない。


 時々蓋を開けて、煮汁の量を確かめる。


 具材の様子を見る。


 必要なら軽く混ぜる。


 香りが変わってきたら、火加減も調整する。


 俺は念動力で蓋を持ち上げた。


 ふわりと湯気が広がる。


 肉の香り。


 トマトの甘酸っぱさ。


 野菜の甘み。


 それらが一つになって、台所いっぱいに漂った。


『おお……』


「すごい匂いだな」


 ユウマが思わず身を乗り出す。


 俺も鼻を近づけたくなる。


 でも、湯気は熱い。


 猫の鼻を近づけすぎてはいけない。


 ここは我慢だ。


 俺は鍋の中をゆっくり混ぜ、具材の火の通りを確かめた。


 ゴブリンポテトの角が少し丸くなっている。


 妖精ニンジンは、鮮やかな色を残したまま柔らかくなってきた。


 ケイブマッシュルームには煮汁が染み込み、表面がつやつやしている。


 ホーンラビットの肉も、いい具合だ。


 もう少し。


 あと少し煮込めば、もっと美味くなる。


 俺は鍋を火から少し外してみた。


 中身が入った状態で、念動力を使う。


 ずしり。


 空っぽの時より、もちろん重い。


 でも、動かしやすい。


 どこを支えればいいのか、感覚がつかみやすいんだ。


 ゆっくり傾けても、鍋が不意にぐらつかない。


 中の煮汁が片側へ寄っても、姿勢を保ちやすい。


『おおっ』


「どうした?」


『中身が入ってても動かしやすい!』


「本当? よかったな!」


 ユウマが嬉しそうに笑う。


 俺は鍋を元の位置へ戻した。


 すとん。


 安定して置けた。


 すごい。


 宮本が言っていた意味が、今ならよく分かる。


 空っぽの鍋を浮かせるだけなら、今までだってできた。


 でも、料理中に動かすとなると話が違う。


 具材も煮汁も動く。


 重心も変わる。


 それを考えながら操作する必要があった。


 この鍋は、その負担が少ない。


 料理そのものに、もっと集中できる。


『宮本、すごいな』


「ほんとだね」


 ユウマが頷いた。


 配信のコメントにも、鍋の動きに驚く声が流れている。


『中身入ってるのに浮いた』


『安定感すご』


『鍋が空中で傾いてるの不思議』


『これが猫専用鍋……』


 そうだ。


 これが俺の鍋だ。


 俺の料理のために作ってもらった、特別な鍋なんだ。



     ――――――



 煮込みが仕上がる頃には、台所いっぱいにいい匂いが広がっていた。


 俺は最後に味を確かめる。


 トマトの酸味は、煮込むうちにずいぶん丸くなった。


 野菜の甘みが溶け込み、肉の旨味もしっかり出ている。


 少しだけ魔晶岩塩を加える。


 味がきゅっと引き締まった。


『よし』


「完成?」


『完成!』


 ユウマがカメラへ向き直る。


「できました! ホーンラビットとダンジョン野菜のごろごろトマト煮込みです!」


 俺は念動力で鍋の蓋を持ち上げた。


 湯気がふわっと広がる。


 赤い煮汁の中には、大きな肉と野菜がたっぷり。


 ごろごろした具材が、つやつやと光っている。


 コメントが一気に流れた。


『うまそう!!』


『肉でっか』


『トマト煮込み最高』


『ご飯ほしい』


『飯テロすぎる』


 分かる。


 俺も早く食べたい。


 ユウマが料理をカメラに映しながら、嬉しそうに話す。


「今日は新しい鍋のお披露目でした。ニャルもかなり気に入ったみたいです」


『気に入ったぞ』


 もちろん、この声は配信には乗らない。


 でも、俺の尻尾を見れば分かるだろう。


「またこの鍋でいろいろ作ると思うので、楽しみにしていてください!」


 コメント欄には、次の料理を期待する声が並んでいた。


『次も楽しみ』


『鍋料理シリーズ希望』


『猫の料理道具がどんどん増える』


『今日もかわいかった』


 俺はカメラの方へ顔を向け、尻尾をひと振りした。


 今日の挨拶だ。


 そして配信が終わった。


 よし。


 ここからが本番だ。


 飯だ!



     ――――――



「お待たせー!」


 ユウマが食卓に皿を運ぶ。


 マコトも席について、料理を見て目を細めた。


「まあ、美味しそう。今日はずいぶん具が大きいのね」


『ごろごろ煮込みだぞ』


「ふふ。名前の通りね」


 俺は自分の分を、少し冷ましてから用意した。


 熱いものを慌てて食べるのは危ない。


 猫の舌は大事だ。


 ユウマが皿を覗き込み、嬉しそうに言った。


「いただきます!」


「いただきます」


『いただきます!』


 ユウマはまず、大きなホーンラビットの肉を口に運んだ。


 ひと噛み。


 ふた噛み。


 その目が大きくなる。


「うまっ」


 よし。


 いい反応だ。


「肉、すごく柔らかい! トマトの味もちゃんと染みてる!」


『だろ?』


「うん! これめっちゃ好き!」


 ユウマは続けてゴブリンポテトを食べた。


「うわ、こっちも美味い。ほくほくしてるのに、ちゃんと形が残ってる」


『煮崩れしないようにしたぞ』


「最高!」


 次はマコトだ。


 妖精ニンジンを一口食べ、ゆっくり頷いた。


「ニンジンが甘いわね。トマトの酸味とよく合ってる」


『うん』


「お肉の旨味も出てるし、スープまで美味しい」


 マコトはそう言って、もう一口食べた。


 俺も自分の分を味わう。


 まずは肉。


 柔らかい。


 噛むと旨味がじわっと広がる。


 トマトの甘酸っぱさが肉の風味を引き立て、後から野菜の甘みが追いかけてくる。


 いい。


 すごくいい。


 次はケイブマッシュルーム。


 噛むと、染み込んだ煮汁がじゅわっと出てきた。


 これも美味い。


 俺は思わず目を細める。


 新しい鍋で作った、最初の料理。


 大成功だ。


「ニャル、すごい満足そう」


『美味いからな』


「うん。ほんと美味い」


 ユウマが皿を持ち上げた。


「おかわり!」


『あるぞ』


「やった!」


 新しい鍋には、まだ煮込みがたっぷり残っている。


 そう。


 これだ。


 これがやりたかった。


 三人で食べても、ユウマがおかわりできる。


 しかも、温かい料理をまとめて作れる。


 俺は念動力で鍋を少し傾け、ユウマの皿へ具材と煮汁をよそった。


 中身が減っても、鍋の姿勢を保ちやすい。


 最後まで扱いやすい。


『いい鍋だなあ』


「ニャル、今日それ何回目?」


『何回でも言うぞ』


「ははっ。そっか」


 ユウマはおかわりした煮込みを、美味しそうに食べ始めた。


 マコトも笑っている。


 俺も、もう少し食べよう。


 鍋が大きくなったんだ。


 遠慮する必要はない。


 ……いや、食べすぎには気をつけるけどな。



     ――――――



 食事が終わってから、俺は台所へ戻った。


 きれいに洗われた新しい鍋が、調理台の上に置かれている。


 隣には、いつもの包丁。


 どちらも宮本が作ってくれたものだ。


 俺は鍋へ前足を伸ばし、軽く触れた。


 ひんやりしている。


 さっきまで、あんなに美味い煮込みを作っていたのに。


 何だか不思議だ。


『いい仕事したな』


 もちろん、鍋は返事をしない。


 でも、いいんだ。


 俺には分かる。


 今日の料理は、いつもより作りやすかった。


 鍋の中の様子を確かめる余裕があった。


 火加減も調整しやすかった。


 具材を大きくしても、じっくり火を通せた。


 道具が変わると、料理も変わる。


 前に包丁を作ってもらった時も、そう思った。


 今度は鍋だ。


 これから作れる料理が、また増える。


「ニャル?」


 ユウマが台所を覗き込んだ。


「まだ鍋見てたの?」


『うん』


「ほんとに気に入ったんだな」


『うん』


 ユウマがしゃがんで、俺の頭を撫でた。


 耳の後ろを撫でられる。


 ……うん。


 気持ちいい。


「これからも美味しいもの、いっぱい作ろうな」


『もちろん』


 俺は喉を鳴らした。


 その時、ユウマのスマートフォンが小さく鳴った。


「あれ?」


 ユウマが画面を見て、少し驚いた顔をする。


「今日の配信、いつもより見られてるみたい」


『そうなのか?』


「うん。アーカイブの再生も増えてる」


 へえ。


 鍋がそんなに珍しかったのか。


 まあ、猫が鍋を浮かせて料理してるんだから、珍しいか。


「コメントも増えてるなあ」


 ユウマが画面を眺めながら笑った。


 俺はその隣で、もう一度鍋を見上げる。


 今日も美味い飯が作れた。


 ユウマもマコトも喜んでくれた。


 それで十分だ。


 でも、俺たちの料理を楽しみにしてくれる人が増えるのも、悪くない。


 俺は尻尾をゆっくり揺らした。


 その頃。


 今日の料理配信のアーカイブは、いつもより少し広い範囲へ届き始めていた。


 おすすめ動画の一覧に並んだ、小さな猫と大きな鍋の映像。


 その一つを、まだ俺たちの知らない誰かが開いた。


 画面の中では、俺が念動力で鍋の蓋を持ち上げている。


 赤い煮込みから、白い湯気が立ち上っていた。



     ――――――



【猫のレシピ帳】


Recipe.011


■料理名

ホーンラビットとダンジョン野菜のごろごろトマト煮込み


■使用食材(1人前)

・ホーンラビットの肉(安全に下処理したもの) …… 約120g

・ゴブリンポテト …… 約100g

・妖精ニンジン …… 約60g

・ケイブマッシュルーム …… 約50g

・サンライトトマト …… 約150g

・水 …… 約100ml

・調理用油 …… 少量

・魔晶岩塩 …… 適量


■作り方

① ホーンラビットの肉は食べ応えのある大きさに切る。野菜も大きめに切り揃える。

② 鍋で肉の表面を香ばしく焼き、いったん取り出す。同じ鍋で野菜とキノコを軽く炒める。

③ サンライトトマトと水を加え、肉を戻して蓋をする。具材が柔らかくなるまで、穏やかな火加減で煮込む。

④ 肉と野菜の旨味が煮汁に馴染んだら、魔晶岩塩で味を整える。


■味の評価

★★★★★


大きな肉を噛むと旨味がじゅわっ。トマトの甘酸っぱさと野菜の甘みも最高だ。ごろごろした具材は、見ているだけで腹が減る。


■ワンポイント

ホーンラビットは危険な臭腺とその周辺を適切に取り除いた肉を使うこと。具材を大きめに切り、強く煮立てずじっくり火を通すと、肉は柔らかく、野菜も煮崩れしにくい。


■悠真の感想

「うまっ! 肉が柔らかいし、トマトの味が染みてて最高! これ、ご飯と一緒にいくらでも食べられる!」


─ 今日のひとこと ─


新しい鍋、最高!

いっぱい作れる。動かしやすい。美味い。

ただし、悠真のおかわりも増える。そこは計算しておくこと。


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