第32話 その包丁、どこで売ってますか?
黒鉄堂に来るのは久しぶりだ。
扉を開けると、前と同じ匂いがした。
鉄。
火。
それから、何かを削ったような匂い。
料理をする場所とは全然違う。
でも嫌いじゃない。
「こんにちはー」
ユウマが声をかける。
少しして、奥から宮本が出てきた。
「おう」
『久しぶり』
「久しぶりです」
宮本はユウマを見て、それから俺を見る。
俺が持ってきた包丁へ視線を落とした。
「今日は何だ」
「包丁をちょっと見てもらおうかなって」
『あと鍋』
「ニャル、まだそっちは後」
『忘れたら困る』
「忘れないって」
宮本が俺を見る。
「鍋?」
『ほしい』
「……まあいい。まず包丁出せ」
ユウマが収納から包丁を出す。
正確には俺の収納魔法だけど、取り出したのは俺だ。
念動力で包丁を浮かせて、宮本の前まで運ぶ。
宮本は普通に手を出した。
俺が念動力を切る。
包丁が宮本の手に収まった。
刃を見る。
角度を変える。
光にかざす。
指先で慎重に刃の状態を確かめる。
前に作ってもらった時もそうだった。
宮本は、道具を見ている時はあまり喋らない。
「……使ってるな」
『毎日』
「見りゃ分かる」
俺は少し嬉しくなる。
ちゃんと使っているのが分かるらしい。
「欠けはねぇ。歪みもなし。変な使い方もしてねぇな」
『魚も切ったぞ』
「そうか」
『クラゲも』
「……何料理してんだ、お前ら」
「ダンジョンのクラゲです」
「そういう意味じゃねぇ」
何が違うんだ。
宮本はもう一度包丁を見る。
「手入れも問題ねぇ。このまま使え」
『分かった』
「よかったな、ニャル」
『うん』
宮本が作った包丁は使いやすい。
前に使っていたものより、ずっと思った通りに動く。
切る。
止める。
角度を変える。
細かく動かす。
念動力で使う俺には、それが大事だ。
『宮本』
「何だ」
『よく切れるぞ』
「そうか」
『使いやすい』
「そうか」
『魚もきれいに切れた』
「ならいい」
それだけ言って、宮本は包丁を置いた。
でも、ちょっとだけ機嫌がよさそうに見えた。
たぶん。
尻尾がないから分かりにくい。
――――――
「あ、そうだ」
ユウマが思い出したようにスマホを出した。
「これ聞こうと思ってたんですけど」
「何だ」
「最近、ニャルの料理を配信してて」
「配信?」
「料理してるところをネットで見てもらうやつです」
「ふうん」
興味なさそうだ。
ニャルが料理している。
それを配信している。
普通なら、もう少し何か聞くと思う。
でも宮本は聞かなかった。
そういうところは前と同じだ。
「それで、この包丁が結構映ってるんですよ」
「包丁使って料理してんなら映るだろ」
「そうなんですけど……」
ユウマがスマホを操作する。
昨日までに増えていたコメントを見せた。
「その包丁どこの?」
「猫用?」
「メーカー教えて」
「念動力用の包丁なんて売ってるの?」
そんな言葉が並んでいる。
「こういうの増えてて」
「そうか」
「配信で、この包丁どこのか聞かれてるんですけど」
「知らん」
「いや、宮本さんのですよ」
「知ってる」
「じゃなくて!」
ユウマが困っている。
宮本は本当に興味がなさそうだ。
「店の名前言っても?」
「好きにしろ。ただし注文増えても作れる数は増えねぇぞ」
「いいんですか?」
「隠す理由もねぇ」
宮本は包丁を指で示す。
「ただ、それと同じもん寄越せって言われても作らん」
「え?」
『何で?』
「これはお前用だろ」
俺を見る。
「使うやつが違えば、同じもん作っても意味がねぇ」
『そうだな』
「念動力の強さも、使い方も、何を切るかも違う。人間が手で使うならなおさらだ」
分かる。
この包丁は、俺が使いやすいように作ってもらった。
小さいから猫用なんじゃない。
俺が念動力で使うから、この形になった。
「じゃあ、店の名前を紹介するくらいなら?」
「好きにしろ」
「宣伝とかは?」
「いらん」
「即答」
「仕事増えても手は増えねぇ」
『宮本は一人だからな』
「そういうことだ」
宮本が頷く。
俺も頷く。
分かりやすい。
「なんかもっと、配信で紹介してくれるならぜひ、とかないんですか?」
「ねぇな」
「ですよね」
ユウマももう分かっていたらしい。
俺も分かる。
宮本はそういうやつだ。
有名になるとか。
たくさん見られるとか。
たぶん、あまり気にしない。
ちゃんと使うやつが来る。
何に使うか聞く。
それに合うものを作る。
それだけなんだと思う。
俺はこの店が好きだ。
――――――
『宮本』
「今度は何だ」
『鍋ほしい』
「それか」
忘れてなかった。
宮本は近くにあった椅子へ腰を下ろす。
「どんな鍋だ」
『美味いもの作れるやつ』
「全部そうだろ」
『そうなのか?』
「少なくとも料理用ならそういうつもりで作る」
それはそうだ。
でも、欲しいものはもう少し決まっている。
『いっぱい作りたい』
「量か?」
『うん』
ユウマを見る。
「何で俺見るの?」
『ユウマがいっぱい食う』
「俺のせい!?」
『育ってるからもっと食える』
「いや、食うけどさ」
宮本がユウマを見る。
「どれくらい食う」
「え、俺ですか?」
「鍋の容量決めるんだろ」
「……普通の高校生よりは、だいぶ」
『もっと』
「ニャル基準だと際限なく増えるから!」
『いっぱい食った方が育つぞ』
「知ってるけど!」
宮本は俺たちのやり取りを気にせず考えている。
「一人用じゃなく、最初から複数人分か」
『うん。ユウマとマコトと俺』
「分かった。他は」
『煮込み』
「おう」
『スープ』
「おう」
『下茹でもする』
「専用じゃなく、何にでも使える方がいいってことか」
『うん』
肉も。
野菜も。
キノコも。
魚も。
これから知らない食材を見つけるかもしれない。
何を煮るかなんて、今の俺には分からない。
『知らない食材にも使いたい』
「なら癖の強い形にはしない方がいいな」
宮本が少し考える。
「柄は?」
『いらない』
「だろうな」
話が早い。
普通の鍋には持つところがある。
でも俺は手で持たない。
念動力で動かす。
長い柄があっても邪魔だ。
「どう動かす」
『浮かせる。火から外す。傾ける』
「振るか?」
『料理による』
「鍋自体を回すことは?」
『あるかも』
「重さは?」
『軽い方がいい。でもいっぱい作りたい』
「そこが面倒だな」
宮本の顔が少し変わった。
嫌そうじゃない。
考えている顔だ。
「容量増やせば重くなる。薄くすりゃ軽くなるが、熱が偏るし歪みやすくなる」
『それは嫌だ』
「だろうな」
『熱が同じところだけ強いのも嫌』
「煮込みなら特にな」
俺は頷く。
鍋の底の一部だけ熱くなると焦げる。
逆に火が入りにくいところができても困る。
知らないダンジョン食材なら、なおさらだ。
加熱の仕方が安全性に関わるものが出てくるかもしれない。
『熱ムラ少ないのがいい』
「だったら普通の鉄じゃなくて、ダンジョン鉱物使った方が早い」
耳が動いた。
『何がある?』
「均熱晶鉄」
『きんねつしょうてつ』
「そうだ」
知らない名前だ。
食材じゃない。
でも覚える。
鍋になるなら大事だ。
「鉄に似た鉱物だ。暗灰色で、割った断面に銀色の細けぇ結晶模様が出る」
『銀色』
「ああ。こいつは熱を一ヶ所に溜めにくい。受けた熱が全体へ回りやすい」
『鍋にいい』
「いい。急に熱くしたり冷やしたりしても、普通の鉄より歪みにくい」
いい。
かなりいい。
『それにする』
「まだ最後まで聞け」
『聞く』
「良い素材だが、その大きさの鍋を全部それで作ると重い」
『駄目だ』
「だから補強に別のを使う」
『何?』
「柔鋼石」
また知らない名前。
「青みがかった黒い鉱物だ。均熱晶鉄より軽い。それでいて粘りがある」
『粘り?』
「硬いだけじゃなく、衝撃を受けても割れにくいってことだ。歪みにも強い」
『鍋落としても?』
「程度による」
『落とさないぞ』
「ならもっといい」
宮本は近くの紙を引き寄せる。
簡単に鍋の形を描いた。
「本体は均熱晶鉄。縁と底、負荷がかかるところに柔鋼石を使う」
『軽くなる?』
「全部を均熱晶鉄で作るよりはな。強度も上げられる」
『いい』
「念動力で動かすなら、取っ手は最低限でいい。お前が力を掛けやすい場所も考えて形を決める」
『包丁みたいに?』
「そうだ」
それがいい。
人間用の鍋を小さくするんじゃない。
俺が使うための鍋。
でも作る量は小さくない。
ユウマがいっぱい食うから。
『作って』
「素材がねぇ」
『取ってくる』
「早ぇな」
『どこ?』
宮本が俺を見る。
それからユウマを見る。
「岩鉄坑道」
「……またあそこですか?」
「前に持ってきた鉱石見りゃ、お前らがどの辺まで行ってるかは大体分かる」
前に包丁の材料を探したところだ。
岩ばっかりだった。
でも、魔晶岩塩もあった。
紅香晶もあった。
食えるカニもいた。
悪くない場所だ。
「前と同じ辺りで取れます?」
「取れなくはねぇ。ただ、量と質を揃えるなら、もう少し奥だな」
『どれくらいいる?』
「均熱晶鉄は原鉱で五キロ」
『五キロ』
「柔鋼石は二キロ」
『二キロ』
合わせて七キロ。
収納魔法があるから、持って帰るのは問題ない。
問題は見つけることだ。
『どうやって見つける?』
「均熱晶鉄は、普通の鉄鉱石より少し明るい灰色をしてる。割れた面を見ろ」
『銀色の模様?』
「そうだ。細かい銀色の結晶模様が全体に広がってる。良いやつほど模様が細かくて均一だ」
『黒いところは?』
「少ない方がいい。別の鉱物が混ざった斑点もな」
覚える。
明るい灰色。
断面に細かい銀色の結晶。
黒い筋や斑点が少ないもの。
「触って比べるのも手だ」
『触る?』
「周りの岩より温度が偏りにくい。慣れりゃ分かる」
なるほど。
見て。
触る。
それでも分からなかったら鑑定する。
これなら探せそうだ。
『柔鋼石は?』
「黒っぽい岩の中に、青黒い帯みてぇに入ってる」
『青黒い』
「光を当てると鈍く青く光る。良いやつは割れ方にも特徴がある」
『どうなる?』
「ぱきっと細かく砕けるんじゃなく、少し粘る。曲がるような感じで割れる」
ちょっと面白そうだ。
石なのに粘る。
見てみたい。
「ただし、見分けるために何でもかんでも割るなよ」
『何で?』
「採掘する前に魔物来たら面倒だろ」
「そこなんだ」
ユウマが笑う。
宮本は真面目だった。
「必要な分だけ取れ。なるべく不純物の少ない塊で持ってこい」
『分かった』
「均熱晶鉄が五キロ。柔鋼石が二キロ」
『覚えた』
「俺も覚えとくよ」
『ユウマも探せ』
「もちろん」
俺一人じゃ鉱石を掘るのは大変だ。
採掘はユウマ。
見つけるのは一緒。
収納は俺。
前と同じだ。
「でも、前より奥まで行く必要ある?」
ユウマが聞いた。
「量と品質を揃えたいならな」
「やっぱりか」
「良いの作りたいならな」
『行こう』
「即決だな」
『いい鍋ほしい』
「ダンジョンの奥に行く理由が鍋なんだよなあ」
『大事だぞ』
「まあ、ニャルならそうだよな」
ユウマは笑っている。
嫌そうじゃない。
なら決まりだ。
また岩鉄坑道へ行く。
前より少し奥。
均熱晶鉄。
柔鋼石。
それを取ってくる。
宮本に渡す。
鍋を作ってもらう。
新しい鍋。
何を作ろう。
煮込み。
スープ。
肉。
魚。
知らない食材。
いっぱい作れる。
ユウマにもいっぱい食わせられる。
「ニャル」
『何?』
「もう料理のこと考えてるだろ」
『うん』
「まだ鉱石も取ってないぞ」
『先に考えてもいいだろ?』
「いいけど」
宮本が包丁を俺へ返す。
念動力で受け取る。
やっぱり動かしやすい。
「次来る時は素材持ってこい」
『持ってくる』
「なるべく良いやつな」
『分かった』
「無茶して死ぬなよ」
『分かってる』
ユウマも頷く。
「ちゃんと帰ってきます」
「ならいい」
宮本はそれだけ言って、店の奥へ戻ろうとする。
「あ、宮本さん」
「何だ」
「店の名前、配信で言いますね」
「好きにしろ」
「注文増えても?」
「作れる数は増えねぇ」
「分かりました」
最後まで同じだった。
俺は包丁を見る。
これを作った店。
次は鍋。
まだ材料すらない。
でも。
『ユウマ』
「ん?」
『次の休み、岩鉄坑道な』
「分かってるよ」
『五キロと二キロ』
「それも覚えてる」
『いいやつ探すぞ』
「おう」
新しい料理道具のために、ダンジョンへ行く。
武器じゃない。
防具でもない。
鍋だ。
俺にはそっちの方が大事だった。
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【猫のレシピ帳】
Recipe.010
■料理名
水晶クラゲのさっぱり和え
■使用食材(1人前)
・水晶クラゲの傘 …… 約100g
・酢 …… 適量
・醤油 …… 適量
・砂糖 …… 少々
■作り方
① 水晶クラゲの触手を根元から完全に取り除く。
② 食用になる傘を、ひだの間まで丁寧に水洗いする。
③ 水気を切り、食べやすい大きさに切る。
④ 酢、醤油、砂糖を合わせた調味料で和え、少し置いて味をなじませる。
■味の評価
★★★★☆
『ぷるぷるしてるのに、噛むとこりこりする。さっぱりしてて美味い』
■ワンポイント
水晶クラゲの触手には弱い麻痺毒があるため、必ず根元から完全に取り除く。
傘は味が淡泊なので、濃すぎる味付けよりも食感を活かしたさっぱりした味付けが合う。
■悠真の感想
「面白い。ぷるぷるかと思ったら、ちゃんと歯ごたえある」
─ 今日のひとこと ─
『魚のあとに食うのもいいぞ。こりこりする』
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