第30話 猫に魚を料理させるとこうなります
魚がある。
昨日取ってきたばかりの魚だ。
銀色の鱗。
丸々した身体。
腹を開けば、淡い桃色の身。
銀鱗マス。
その隣には、透明な水晶クラゲもある。
どっちも今日食う。
『ユウマ』
「何?」
『まだ?』
「まだ」
『もう料理できるぞ』
「知ってる。でも配信の準備がまだ」
『昨日から待ってる』
「昨日帰ってすぐ食べようとしてたじゃん」
『魚だからな』
「理由になってないって」
なるだろ。
魚だぞ。
せっかく取ってきたんだから、早く美味くして食べるべきだ。
俺はいつもの調理台の上で銀鱗マスを見る。
鼻を近づける。
魚の匂い。
耳が前を向いた。
尻尾が揺れる。
「ニャル」
『何?』
「近い」
『確認してる』
「さっきも確認してたじゃん」
『大事だからな』
ユウマがカメラを調整しながら、こっちを見る。
「まだ食うなよ」
『食わないぞ』
「本当に?」
『料理してから食う』
「そこは信用してる」
当然だ。
せっかくの魚を、そのままかじるなんてもったいない。
ちゃんと料理した方が美味い。
銀鱗マスは、脂が多い魚じゃない。
その代わり、身の旨味が強い。
焼けばふっくらする。
なら、バター。
それからエルフハーブ。
香ばしく焼いた皮にバターを絡めて、爽やかな香りを足す。
絶対美味い。
水晶クラゲは逆だ。
味そのものは淡泊だから、こりこり、ぷるぷるした食感を活かしたい。
触手を取って、傘をよく洗って、さっぱりした味で和える。
二つとも料理する。
二つとも食う。
完璧だ。
「よし。準備できた」
『始める?』
「始める」
ユウマが配信開始の操作をする。
俺は銀鱗マスを見る。
「ニャル」
『何?』
「カメラじゃなくて魚しか見てない」
『料理するからな』
「まあ、いつも通りか」
画面の向こうに誰がいるのかは、俺には分からない。
コメントも見ていない。
でも、ユウマが画面をちらっと見て声を上げた。
「お。もう来てる」
『そうか』
「前より早い」
『そうか』
「もう十人超えた」
『魚切っていい?』
「うん」
なら始める。
――――――
最初は銀鱗マス。
昨日捕まえた時にも鑑定したけど、料理する前にもう一度見る。
食える。
美味い。
ただし、腹の中にある黒い膜は取る。
そこだけ少し危ない。
専用包丁を念動力で浮かせる。
魚の腹を開く。
内臓を取り除く。
すると、腹の内側に黒っぽい膜が残った。
「これが昨日言ってたやつ?」
『うん』
「危ないところ?」
『そのまま食うと舌とか喉がぴりぴりする』
ユウマが俺の言葉を聞いて、カメラの向こうへ説明する。
「この黒い膜は、そのまま食べると舌とか喉に刺激があるみたいです。なので、ここはちゃんと取り除きます」
それから画面を見る。
「あ、これ気になる人多いみたい」
『何て?』
「『そこ取れば食べられるの?』だって」
『食べられるぞ』
「ちゃんと全部取るんだよな?」
『うん』
「黒い膜を残さず取って、きれいに洗えば食べられるそうです」
包丁を使って、黒い膜を丁寧にこそげる。
残さない。
それから腹の中をきれいに洗う。
これでいい。
「普通に魚捌いてるように見えるな」
『魚捌いてるからな』
「いや、そうなんだけど」
『何だ?』
「前の配信でジャガイモの芽取った時も思ったけど、危ないところ取ってるって知らなかったら、普通の下処理にしか見えないなって」
『普通の下処理だぞ』
危ないところを取る。
洗う。
食えるところを美味くする。
料理だ。
ユウマがコメントを見る。
「『知らないで自分でやるのは怖いな』」
『それはやめた方がいい』
「だよな」
『どこが危ないか分からないなら食うな』
ユウマが頷いてから、カメラへ向けて言う。
「ニャルも、危ない場所や処理方法が分からないものは食べない方がいいって言ってます。見た目が似てるからって、同じ処理で大丈夫とは限らないので」
それは大事だ。
銀鱗マスは黒い膜を取ればいい。
でも、見た目が似ている別の魚も同じとは限らない。
知らないものを適当に食うのは駄目だ。
処理を終えた銀鱗マスを切り分ける。
皮は残す。
焼いた方が美味そうだから。
切った身を見れば、やっぱりきれいな桃色だ。
『美味そう』
「まだ生だぞ」
『生でも美味そうなものは美味そうだ』
「コメントも同じこと言ってる」
『分かってるな』
「『猫が魚見てる顔じゃん』とも言われてるけど」
『料理する顔だぞ』
「たぶんみんなにはそう見えてない」
何でだ。
真面目に料理してるのに。
次は水晶クラゲ。
容器から出す。
透明な傘が、ぷるんと揺れた。
「昨日のやつだ」
『うん』
「画面だと本当に透明だな」
ユウマが少しカメラの位置を調整する。
俺は触手を見る。
ここには麻痺毒がある。
『触手は食わない』
「昨日も言ってたな」
『根元から取る。ここには麻痺毒があるから、残したら駄目だぞ』
ユウマが俺の念話を聞いて、すぐに視聴者へ伝える。
「この触手には弱い麻痺毒があるそうです。食べるのは傘の部分だけで、触手は根元から全部取り除きます」
触手を残さないよう、傘との境目を確認する。
包丁で切り離す。
食べる傘には触手を残さない。
それから、たっぷりの水でよく洗う。
表。
裏。
ひだの間。
丁寧に。
「コメントで『クラゲまで食うの?』って」
『食えるからな』
「食べられるそうです。ただし、今やってる下処理は必要です」
「『ダンジョンのクラゲとか怖すぎる』」
『触手は危ないぞ』
「うん。触手には麻痺毒があるので、そのまま食べるのは駄目です」
危なくないふりをする必要はない。
危ないところは危ない。
でも、どこが危ないか分かって、ちゃんと取れば食える。
昨日の銀鱗マスもそう。
水晶クラゲもそう。
洗い終わった傘を切る。
包丁が透明な身を通るたびに、ぷるぷる揺れる。
「うわ、すごい食感してそう」
『こりこりするぞ』
「もう食べた?」
『まだ』
「じゃあ何で分かるの?」
『鑑定で分かる』
「ああ、なるほど。食感も鑑定で分かるのか」
でも、実際に食った時にどう感じるかは別だ。
楽しみだ。
切った水晶クラゲを器へ入れる。
さっぱりした味付けを作って、和える。
透明な傘に調味料が絡む。
派手じゃない。
でも美味そうだ。
少し置いて味をなじませる。
「『猫がクラゲの和え物作ってる』」
『そうだぞ』
「『情報量が多い』」
『何が?』
「俺も分からない」
分からないならいい。
水晶クラゲはこれで少し待つ。
次。
魚だ。
――――――
フライパンを用意する。
銀鱗マスの水気をきちんと取る。
下味をつける。
焼く。
皮が熱い面に触れた瞬間。
じゅうっ。
『……』
いい音。
魚の脂と香りが立つ。
鼻が動いた。
「ニャル」
『何?』
「今、鼻すごい動いた」
『匂いするからな』
「コメントも気づいてる」
『魚焼いてるから仕方ない』
「『耳も前向いた』って」
『聞いてるからな』
「何を?」
『焼ける音』
「完全に猫じゃん」
『ヌッコだぞ』
大事だから言っておく。
ユウマが笑う。
「はい。ヌッコだそうです」
魚の皮が焼けていく。
焦らない。
何度も触らない。
焼き色がつくまで待つ。
でも匂いは待ってくれない。
どんどん美味そうになる。
尻尾が動く。
止めようとする。
動く。
仕方ない。
魚だからな。
頃合いを見て返す。
皮にきれいな焼き色がついている。
『いい』
「いい色」
身の側も焼く。
それからバター。
フライパンの上で溶ける。
魚の香りに、濃いバターの匂いが混ざった。
『……美味そう』
「今、普通に言ったな」
『美味そうだからな』
エルフハーブも加える。
爽やかな香り。
魚。
バター。
ハーブ。
三つが混ざる。
さっきより美味そう。
「コメントすごいぞ」
『何て?』
「『飯テロ』」
『まだ食ってないぞ』
「そういう意味じゃない」
『じゃあ何だ?』
「見てるだけで腹減るってこと」
『分かる』
「作ってる本人が一番腹減ってそうだけど」
それも分かる。
火の入り方を見る。
身がふっくらしてきた。
焼きすぎない。
脂が多くないから、焼きすぎればぱさつく。
ちょうどいいところで火から外す。
でも。
ちゃんとできているか確認しないといけない。
小さく身を取る。
熱い。
冷ます。
猫舌だから。
少し待つ。
食べる。
『……美味い』
ふっくらしている。
脂で押す味じゃない。
噛むと魚の旨味が出てくる。
そこにバター。
エルフハーブの香り。
合う。
「どう?」
『美味い』
「よかった」
でも、もう少し確認した方がいい。
別のところを小さく取る。
冷ます。
食べる。
『うん』
「ニャル?」
『何?』
「二回目だよね?」
『確認』
「一回目で美味いって言ったじゃん」
『場所が違う』
「そういうもの?」
『そういうものだ』
身の厚いところも確認した方がいい。
火の入り方が違うかもしれない。
少し取る。
冷ます。
食べる。
「ニャル、それ三回目」
『確認』
ユウマが画面を見た。
「『確認多くない?』」
『必要だ』
「『猫だから仕方ない』」
『ヌッコだぞ』
「『料理猫、魚に弱いのか』」
『弱くない』
「味見三回してるけど」
『料理人として確認してる』
「料理人として必要な確認だそうです」
何かおかしいか?
魚料理だぞ。
ちゃんと美味くできているか確認するのは大事だ。
「『じゃあ四回目も確認する?』って」
『……』
魚を見る。
まだある。
「ニャル?」
『しないぞ』
「今ちょっと迷っただろ」
『迷ってない』
尻尾が動いた。
何でこういう時だけ勝手に動くんだ。
ユウマが笑っている。
「『尻尾は正直』だって」
『誰が言った?』
「コメント」
『……そうか』
「伝えなくてもよかった?」
『うん』
「ごめん」
まあいい。
料理はできた。
――――――
銀鱗マスの香草バター焼きを皿へ盛る。
皮には香ばしい焼き色。
身はふっくら。
上からバターとエルフハーブの香り。
隣には置かない。
水晶クラゲのさっぱり和えは別の器だ。
別の料理だから。
透明なクラゲが調味料をまとって、つやつやしている。
『できた』
「完成です」
ユウマがカメラへ料理を見せる。
俺はその横から見る。
美味そう。
早く食いたい。
「コメント、『普通に店で出てきそう』」
耳が動いた。
「『魚めちゃくちゃ美味そう』」
『そうだろ』
「美味そうって言われてるぞ、ニャル」
『ちゃんと焼いたからな』
「『クラゲも気になる』」
『こりこりするぞ』
「こっちはこりこりした食感らしいです。俺もまだ食べてないですけど」
『もうすぐ食う』
ユウマが笑う。
コメントがまた流れたらしい。
「『食べるところ見たい』」
『駄目だぞ』
「早いな」
『料理できたから終わりだろ?』
「うん。いつも通り」
ユウマが画面へ向き直る。
「じゃあ今日も料理が完成したので、ここまでです」
俺は料理を見る。
冷める。
魚は温かいうちに食いたい。
「『食レポしてほしい』」
『ユウマ』
「分かってる」
「『一口だけ』」
『ユウマ』
「分かってるって」
「『猫が食べるところ絶対かわいい』」
『ユウマ』
「はいはい!」
ユウマが笑いながら画面を見る。
「食べるところは配信しません。これから普通に夕飯なので」
『冷めるぞ』
「ニャルが冷めるって急かしてるので終わります」
『限界じゃないぞ』
「三回味見したけど」
『確認だ』
ユウマが俺の声を聞いて、また笑う。
「味見じゃなくて確認だそうです」
またコメントが流れる。
ユウマが少し笑った。
「『確認なら仕方ない』だって」
『分かってるな』
「都合いいコメントだけ気に入るなよ」
配信を終える挨拶。
ユウマが操作する。
画面が切り替わる。
「終わった」
『食うぞ』
「やっぱ限界じゃん」
――――――
マコトも呼んで、三人で食べる。
配信が終われば、いつもの夕飯だ。
カメラもない。
コメントもない。
目の前には、俺が作った料理がある。
「いただきます」
『いただきます』
「いただきます」
最初にユウマが銀鱗マスへ箸を伸ばした。
皮を割る。
ぱりっとした音。
中から、ふっくらした桃色の身が見える。
バターとエルフハーブの香りがもう一度広がった。
ユウマが口へ入れる。
「うまっ」
尻尾が上がった。
さっき味見した時より。
たぶん、上がった。
「身ふわっふわ。バター合うな、これ」
『そうだろ』
「脂すごい魚じゃないのに、全然物足りなくない」
『魚の味が強いからな』
「皮も美味しい。香ばしいし」
分かってる。
ちゃんとそこまで考えて焼いた。
マコトも食べる。
「本当。身がやわらかいわね。エルフハーブも魚に合うのね」
『肉だけじゃないぞ』
「これ好きかも」
尻尾がまた動く。
いい。
美味いならいい。
「次、クラゲ食べよ」
ユウマが水晶クラゲを取る。
透明な傘。
口へ。
「……お」
『どう?』
「面白い。ぷるぷるかと思ったら、ちゃんと歯ごたえある」
マコトも食べる。
「こりこりしてる。さっぱりしてるから、魚のバター焼きのあとにちょうどいいわね」
『美味い?』
「美味しい」
『よし』
俺も食べる。
こりっ。
『……おお』
思っていたより歯ごたえがある。
でも硬くはない。
ぷるぷるしてるのに、噛むとこりこり。
面白い。
さっぱりした味も合う。
『美味い』
「ニャル、それ好き?」
『好き』
「分かりやすいな」
魚も食べる。
やっぱり美味い。
味見で三回食った。
でも、今食う方がいい。
ユウマとマコトも一緒だから。
「今日、コメントすごかったな」
ユウマが食べながら言う。
『そうなのか?』
「魚見てるニャルがかわいいって」
『そうか』
「味見三回してるのもかわいいって」
『確認だぞ』
「それは何回言っても変わらないんだ」
『必要だからな』
「あと、銀鱗マスの処理について聞いてる人も結構いた」
『そうか』
「水晶クラゲも。どこが危ないとか、どうやって食べるとか」
『ちゃんと見てたんだな』
「うん。前よりダンジョン食材目当ての人、増えてるかも」
それは少し嬉しい。
かわいいと言われるのは、よく分からない。
でも。
美味そう。
料理上手い。
どうやって食べるんだ。
そういうのは分かる。
俺が美味いと思ったものを、他のやつも美味そうだと思う。
それはいい。
「でも今日、一番コメント盛り上がったの、ニャルが三回味見したところだったけど」
『……料理の配信なのに』
「料理してる猫の配信だからな」
『ヌッコだぞ』
「はいはい」
ユウマがもう一切れ魚を取る。
『美味い?』
「うまい」
『いっぱい食え』
「食う」
即答。
よし。
魚を食わせる。
クラゲも食わせる。
いっぱい食わせる。
育てる。
それでまた、もっと先へ行く。
昨日だって、前に行った場所より先へ進んだから、新しい魚を見つけた。
まだ碧水の地下湖には奥がある。
もっと魚がいるかもしれない。
もっと美味いものも。
「ニャル」
『何?』
「何か悪い顔してない?」
『してないぞ』
「次の魚のこと考えてた?」
『……』
「図星じゃん」
『まだ奥あるからな』
「まず今日の食え」
それはそうだ。
俺は銀鱗マスを食べる。
美味い。
やっぱり魚はいい。
配信中に三回確認した。
コメントで美味そうとも言われた。
料理が上手いとも言われた。
それも悪くない。
でも。
「うまっ。これもう一切れ食っていい?」
『いいぞ!』
これが一番いい。
俺が作ったものを、ユウマが食う。
美味いと言う。
もっと食う。
それで育つ。
配信を始めても、そこは何も変わらない。
『ユウマ』
「ん?」
『クラゲも食え』
「食ってるって」
『まだあるぞ』
「魚も食べたい」
『両方食え』
「忙しいな!」
マコトが笑った。
俺は尻尾を揺らしながら、次の銀鱗マスをユウマの皿へ置いた。
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【猫のレシピ帳】
Recipe.009
■料理名
銀鱗マスの香草バター焼き
■使用食材(1人前)
・銀鱗マス …… 1切れ
・エルフハーブ …… 適量
・バター …… 適量
・塩 …… 少々
■作り方
① 銀鱗マスの内臓を取り除き、腹腔内に残る黒い膜をきれいにこそげ取ってから、よく洗う。
② 食べやすい大きさに切り、水気をしっかり拭いて塩を振る。
③ 皮目から香ばしく焼き、裏返して身にも火を通す。
④ 焼きすぎる前にバターとエルフハーブを加え、香りをまとわせて仕上げる。
■味の評価
★★★★★
『皮は香ばしくて、中はふっくら。バターも合う。魚は美味い』
■ワンポイント
銀鱗マスは脂が多い魚ではないため、火を入れすぎると身がぱさつきやすい。
腹腔内の黒い膜は残さず除去すること。
■悠真の感想
「うまっ。身ふわっふわ。バター合うな、これ」
─ 今日のひとこと ─
『味見は必要だぞ。三回くらい』
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