第28話 それ、本当に食べて大丈夫なの?
「これ、結構気にされてるな」
ユウマがスマートフォンを見ながら言った。
俺はその隣で、今日使う食材を確認している。
ホーンラビットの肉。
ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
この前とほとんど同じだ。
今日はこれを煮込む。
ユウマたちも気に入っていたし、俺も美味かった。
『何が?』
「ダンジョン食材。本当に食べられるのかって」
『食べられるぞ』
「それは俺も知ってる」
『じゃあ何を気にしてるんだ?』
「俺じゃなくて、見てる人が」
ユウマがスマートフォンを俺に向ける。
昨日も見たコメントが並んでいた。
俺は少しだけ見て、すぐ食材へ視線を戻す。
食べられるのか。
食べて大丈夫なのか。
毒はないのか。
そんなことがいくつも書いてあるらしい。
『ちゃんと処理すれば食えるぞ』
「その『ちゃんと処理』が気になるんじゃない?」
『普通に料理するだけだぞ』
「その普通を知らないんだって」
『そうなのか?』
「ニャルにとっては当たり前なんだろうけど」
そう言われても困る。
ゴブリンポテトは芽を取る。
妖精ニンジンは葉の付け根を落とす。
ケイブマッシュルームは根元を切って、余計なものを落とす。
ホーンラビットだって、食うところと食わないところを分ける。
それから洗ったり、切ったり、焼いたり、煮たりする。
料理するなら普通だ。
「今日さ、それも説明しながらやってみない?」
『ユウマが?』
「俺が?」
『俺の声、聞こえないだろ』
「あ」
忘れていたらしい。
『聞かれたら答えるぞ』
「俺が通訳するってこと?」
『うん』
「それならいつも通りか」
『いつも通りでいいだろ』
「そうだな」
ユウマが頷く。
それなら問題ない。
俺は飯を作る。
ユウマは必要なら喋る。
昨日と同じだ。
『腹減った』
「まだ始まってないから待って」
『早く始めろ』
「はいはい」
ユウマがカメラを確認する。
昨日より少しだけ手際がいい。
俺は調理台の前で待つ。
ゴブリンポテトがある。
肉がある。
キノコがある。
早く作りたい。
「よし」
ユウマが俺を見る。
「始めるぞ」
『うん』
配信が始まった。
――――――
「こんばんは。『ニャルの台所』です」
今日はちゃんと最初に挨拶できた。
ユウマが。
俺はその横でゴブリンポテトを見ている。
「今日は、この前の配信で結構質問があったので――」
『切っていい?』
「まだちょっと待って」
『腹減った』
「分かったから」
コメントが流れ始めている。
昨日より最初から人がいるらしい。
ユウマが一度画面を見て、それから俺を見る。
「この前使ってた食材について、食べて大丈夫なのかって質問が多かったんですけど」
『大丈夫だぞ』
「ニャルが大丈夫だって」
コメントが増える。
「でも、何でもそのまま食べられるわけじゃないです。これ、ダンジョン食材なんですけど、ニャルには安全な処理方法が分かるみたいで」
『みたいじゃないぞ。分かるぞ』
「分かるそうです」
それならいい。
「じゃあ、ニャル。やっていいぞ」
『やっとか』
俺は包丁を浮かせる。
宮本に作ってもらった俺専用の包丁。
柄を握らなくても、念動力なら思った通りに動いてくれる。
まずゴブリンポテト。
水で表面を洗い、土を落とす。
ころころ転がしながら状態を見る。
一つ。
芽が出ている。
包丁の先を入れて、芽の周りごとくるりとえぐる。
そのまま次へ。
「ちょっと待って、ニャル」
『何?』
「今のところ、何で取ったの?」
『芽?』
「コメントで『そこ捨てるの?』って」
『捨てるぞ』
「何で?」
『毒あるから』
「……毒?」
ユウマの声が少し大きくなった。
俺は顔を上げる。
『あるぞ』
「これ?」
『芽のところ』
ユウマがコメントを見る。
俺も少し待つ。
「えっと……『やっぱり毒あるじゃん』」
『あるぞ』
「『食べて大丈夫なの?』」
『だから取っただろ?』
「……なるほど」
何がなるほどなんだろう。
俺は次のゴブリンポテトを見る。
これは少し皮が緑になっている。
そこだけ厚めに剥く。
「そこも?」
『ここも』
「毒?」
『うん』
「じゃあ、そこ以外は?」
『食える』
ユウマが画面へ向き直る。
「芽とか、皮が緑になってるところに毒があるみたいです。そこを取れば食べられるって」
コメントが流れる。
「『普通のジャガイモみたい』」
『そうだぞ』
「え?」
ユウマが俺を見る。
『ジャガイモも芽は取るだろ? マコトもやってるぞ』
「……そうだけど」
『同じだ。危ないところを取れば食える』
何を不思議がっているんだろう。
マコトが普通のジャガイモを料理する時だって、芽があれば取っている。
ゴブリンポテトもそれと同じだ。
芽を取る。
緑になっているところがあれば厚めに剥く。
あとは普通に料理すればいい。
「『それだけ?』って」
『それだけだぞ』
「もっと特別なことすると思ってたみたい」
『何で?』
「ダンジョン食材だからじゃない?」
『でも、ジャガイモだって危ないところは取るだろ?』
「まあ、そうだな」
俺には、そっちと何が違うのかよく分からない。
食べられないところを取って、食べられるところを料理する。
ただそれだけだ。
「『じゃあ何で食用じゃない扱いなんだ?』だって」
『知らない』
「ニャルでも知らない?」
『そこが危ないって知らないからじゃないか?』
「……ああ」
ユウマが少し考える。
「全部危ないと思ってたら、食べようとはしないか」
『食べないなら、どこが危ないか調べないんじゃないか?』
「それもそうか」
俺にはよく分からない。
食えるかどうか分からないなら、鑑定すればいい。
でも、ユウマたちは俺みたいに食材のことを鑑定できないらしい。
だったら知らなくても仕方ない。
次は妖精ニンジン。
表面を洗う。
葉の付け根から少し下まで、包丁を入れる。
すとん。
上の部分が落ちる。
「今のも?」
『ここは食わない』
「危ない?」
『少しだけ。ちゃんと落とせば平気』
ユウマがコメントへ説明する。
俺は残った根の部分を切っていく。
鮮やかな色の断面が並ぶ。
甘い匂いが少しする。
そのまま食いたい。
でも今日は煮込む。
煮た方が甘くなる。
次はケイブマッシュルーム。
傘を見る。
軸を見る。
根元を見る。
石突きの周りには洞窟の菌糸が少し残っている。
そこをまとめて切り落とす。
「『キノコもそこ捨てるの?』」
『根元は食わないぞ』
「そこも毒?」
『食うと腹痛くなる』
「だそうです」
またコメントが増える。
「『普通に石突き落としてるようにしか見えない』」
『そうだぞ』
「『特殊な処理じゃないの?』」
『普通だぞ』
俺は首を傾げる。
さっきから同じことを聞かれている。
危ないところを取る。
洗う。
切る。
火を通す。
普通だ。
「ニャルにとっては、本当に普通なんだな」
『料理だからな』
「俺も今まで何回も見てたけど、そこに意味があるって知らなかった」
『言ってなかった?』
「聞いてない」
『そうか』
「母さんも知らないと思う」
『マコトは料理しないだろ?』
「するよ! 普通の料理は!」
『ダンジョン食材の』
「ああ、それはしない」
なら、言わなくてもよかった。
ダンジョン食材を料理するのは俺だ。
ユウマとマコトは食べる。
俺がちゃんと処理すれば、それで問題ない。
「今までニャルだけ分かってればよかったから、説明する必要なかったのか」
『聞かれなかったし』
「そうだよなあ」
ユウマが画面を見る。
「『猫しか知らない調理法』」
『ヌッコだぞ』
「そこはちゃんと訳すんだな、ってコメント来た」
『大事だからな』
俺は胸を張る。
猫じゃない。
ヌッコだ。
次はホーンラビット。
今日使うのは、もう食用に分けてある肉だ。
だから、そのまま食べやすい大きさに切っていく。
「ホーンラビットは?」
『もう処理してあるぞ』
「どこが危ないの?」
『角の根元の近く』
「肉じゃなくて?」
『そこに臭い出すところがあるだろ。あれは食うな』
「食べたら?」
『痺れる』
「怖っ」
包丁を止めてユウマを見る。
『ちゃんと取れば肉は平気だぞ』
「分かってるけど、初めて聞いた」
『聞かなかったからな』
「そうだけど」
コメントも少し速くなったらしい。
ユウマが目で追っている。
「『じゃあ肉自体に毒があるわけじゃないの?』」
『ないぞ』
「危ない部分をちゃんと切り離せば、普通の肉として食べられるそうです」
『美味いぞ』
「それも言っておきます。美味いそうです」
『そうじゃなくて、ユウマも食っただろ』
「俺も美味いと思います」
それならいい。
俺は肉を切り終える。
包丁を置く。
下処理は終わり。
「……こうやって見ると、本当に普通だな」
『ずっと言ってるだろ』
「ダンジョン食材だから、もっとこう……すごいことしてるのかと思われてたんだろうな」
『すごいこと?』
「魔法で毒消したりとか」
『しないぞ』
「だよな」
少なくとも、今日の食材にはいらない。
危ないところを取れば食える。
ちゃんと火を通せば食える。
それだけだ。
俺は鍋を用意する。
油を引いて、火をつける。
ホーンラビットの肉を入れると、
じゅうっ。
いい音がした。
鼻が勝手に動く。
肉の焼ける匂いが広がる。
「ニャル、鼻」
『何?』
「動いてる」
『匂いするからな』
肉の表面に焼き色がつく。
ひっくり返す。
また、じゅうっと鳴る。
コメントのことはもうあまり気にならない。
今は鍋を見る。
次にゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
順番に入れていく。
水を加える。
煮立ってきたら火を調整する。
白い湯気が立つ。
肉の匂いに、キノコの香りが混ざる。
腹が減る。
『まだかな』
「作ってる本人が待ちきれなくなってる」
『ユウマは腹減ってないのか?』
「減ってる」
『じゃあ早く煮えろ』
「鍋に言って」
言われなくても見ている。
ゴブリンポテトに火が入っていく。
妖精ニンジンも柔らかくなる。
スープにケイブマッシュルームの旨味が出てくる。
もう少し。
ユウマがその間にコメントを見た。
「『普通の料理にしか見えない』」
『普通の料理だぞ』
「『毒ある食材使ってるの忘れそう』」
『もう取ったからないぞ』
「そうなんだよな」
ユウマが少し笑う。
「最初から最後まで危険な食材ってわけじゃないんだ」
『食えるところを食材にするんだろ?』
「なるほどな」
俺は鍋を見る。
そろそろだ。
少しスープを取る。
そのまま口へ――。
熱い。
待つ。
「ちゃんと冷ましてる」
『熱いからな』
ふう。
少し待つ。
もう一度。
舌に乗せる。
肉の旨味。
キノコの旨味。
ニンジンの甘さ。
ゴブリンポテトのとろみも少し出ている。
美味い。
尻尾が上がる。
「『尻尾上がった』」
「『美味いやつだ』」
「『分かりやすい』」
ユウマが笑う。
『美味いぞ』
「美味いそうです」
『もうできた』
「じゃあ盛り付けるか」
器を用意する。
ホーンラビットの肉。
柔らかくなったゴブリンポテト。
色のいい妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
そこへ熱いスープを注ぐ。
湯気が立つ。
完成。
「『うまそう』」
「『普通に食べたい』」
「『これなら自分でも作れそう』」
最後の言葉に、俺の耳が動いた。
『作るのか?』
「そう書いてる人いる」
『ちゃんと危ないところ取れよ』
「そこ大事だな」
ユウマがカメラへ向く。
「もしダンジョン食材を自分で扱うなら、見た目が似てても普通の食材と同じだと思わないでください。ニャルには安全な処理方法が分かってるので、俺たちはそれに従ってます」
『分からないなら食わない方がいいぞ』
「ニャルも、分からないなら食べない方がいいって」
うん。
それは大事だ。
俺は分かるから料理する。
分からないものまで適当に食べる必要はない。
「じゃあ、今日はここまでです」
コメントが流れる。
「『食べるところは?』」
「『今日も見せないの?』」
「『味が気になる』」
ユウマが俺を見る。
俺もユウマを見る。
『食うぞ』
「はい。食べるところは今日も配信しません」
そう言ってユウマが笑う。
「ありがとうございました」
『早く』
「今切るから」
配信が終わった。
――――――
「うまっ」
ユウマが一口食べて、すぐ言った。
よし。
俺も食べる。
配信中に味見はしたけど、ちゃんと器に入れて食べるのは別だ。
ホーンラビットの肉は柔らかい。
噛むと旨味が出る。
ゴブリンポテトはほくほくしていて、スープをよく吸っている。
妖精ニンジンは甘い。
ケイブマッシュルームも美味い。
「今日も美味しいわね」
マコトも食べている。
「これ、配信であんな説明してたけど、私も知らなかったわ」
『何が?』
「ニンジンの上のところとか、キノコの根元とか。いつも普通に切ってたでしょう?」
『食わないところだからな』
「そうなのよね。見てるだけだと、本当に普通のお料理なのよ」
「俺もゴブリンポテトの芽とか、単にそういう切り方なんだと思ってた」
『危ないから取ってたぞ』
「今知った」
ユウマがスープを飲む。
「でもさ」
『何?』
「こうやって俺たち普通に食べてるし、別に何ともないんだよな」
『当たり前だろ』
「ニャルがちゃんと料理してるから?」
『うん』
危ないところは食べない。
食べられるところを料理する。
それだけだ。
「美味しいしね」
マコトが言う。
俺の尻尾が少し動く。
やっぱりそれが一番大事だ。
食えるだけじゃ駄目だ。
美味い方がいい。
「おかわりある?」
『あるぞ』
「やった」
「悠真、今日も早いわね」
『いっぱい食え』
「食う」
ユウマは今日もよく食う。
いいことだ。
いっぱい食って、もっと育て。
――――――
飯を食い終わってから、ユウマはまたスマートフォンを見ていた。
最近よく見る。
『またかわいい?』
「それもある」
『美味そう?』
「それもある」
『じゃあ何?』
「これ」
俺はユウマの横へ行く。
でも画面は見ない。
読んでもらう。
「『ダンジョン食材って、ちゃんと処理すれば食えるのあるんだな』」
『あるぞ』
「『知らなかった』」
『美味いぞ』
「『他のダンジョン食材も見たい』」
耳が動いた。
『他の?』
「うん。結構ある」
『何が見たいって?』
「ちょっと待って」
ユウマがコメントを探す。
「肉以外とか、野菜以外とか……」
『果物もあるぞ』
「それは前に食べたな」
『甘いぞ』
「うん」
ユウマがさらに画面を動かす。
「あ」
『何?』
「魚料理も見たいって」
ぴくり。
耳が勝手に動いた。
『魚?』
「うん。魚」
魚。
焼く。
煮る。
蒸す。
揚げる。
いろいろできる。
前に行ったところには、まだ捕まえられなかった奴もいた。
それに、全部見て回ったわけじゃない。
「……ニャル?」
『魚』
「やっぱりそこに食いつくんだ」
『魚料理、見たいんだろ?』
「コメントではね」
『なら仕方ないな』
「その顔で言う?」
『何が?』
「いや、いいけど」
ユウマが笑っている。
俺は悪くない。
見たいと言われたからだ。
魚料理を。
そう。
だから仕方ない。
俺の尻尾が、さっきより大きく揺れた。




