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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第26話 うちの猫、初配信です

 落ち着かない。


 さっきから何度も同じ画面を確認している。


 カメラは映ってる。


 音も入ってる。


 配信の設定も昨日確認した。


 ニャルが料理する場所もちゃんと画面に収まっている。


 たぶん大丈夫だ。


 というか、昨日一回試し撮りしてるんだから、大丈夫なはずだ。


 それでも落ち着かない。


「……よし」


『まだか?』


 後ろから声がした。


 振り返ると、ニャルがいつもの料理台の上に立っている。


 足元には今日使う食材。


 ホーンラビットの肉。


 ゴブリンポテト。


 妖精ニンジン。


 ケイブマッシュルーム。


 昨日の試し撮りでも似た食材を使ったけど、今日は少し濃いめのシチューにするらしい。


 ニャルにとっては、配信よりそっちの方が大事みたいだ。


「もうちょっと待って」


『さっきも聞いた』


「初めてなんだから仕方ないだろ」


『昨日も撮ったぞ』


「昨日は撮っただけ。今日は人が見るんだよ」


『そうだな』


 それだけだった。


 俺はこんなに緊張してるのに。


 ニャルはいつもと何も変わらない。


 包丁の位置を確認して。


 食材を並べて。


 鍋を確認して。


 尻尾をゆっくり揺らしている。


「ニャル、緊張しない?」


『何で?』


「これから知らない人が見るんだぞ」


『料理を?』


「うん」


『じゃあちゃんと作る』


「……それだけ?」


『焦がしたら困る』


 そういう意味じゃない。


 でも、ニャルに聞いた俺が間違っていた気もする。


 こいつは昨日からずっとそうだ。


 配信が始まっても、やることは料理。


 終わったら俺たちと食べる。


 それ以上でも、それ以下でもないらしい。


「悠真、そろそろ始めたら?」


 母さんがキッチンの外から声をかけてくる。


「分かってる」


「さっきから十分くらい分かってるって言ってるわよ」


「……今度こそ始める」


 もう一度だけ確認する。


 配信タイトル。


 カメラ。


 マイク。


 画面。


 大丈夫。


 俺はマウスへ手を伸ばした。


「じゃあ、始めるぞ」


『うん』


 クリックする。


 画面の表示が変わった。


 配信中。


「…………」


 始まった。


 本当に始まった。


 俺は画面を見る。


 視聴者数。


 ゼロ。


「…………」


『始まった?』


「始まった」


『じゃあ料理するぞ』


「ちょ、まだ挨拶――」


 ニャルはもう包丁を浮かせていた。


「早いって!」


『腹減ってる』


「昨日と同じじゃん!」


 包丁がホーンラビットの肉へ下りる。


 とん、とん、とん。


 小さな猫が二本足で立ち、その横で包丁が勝手に浮いている。


 俺にとってはもう見慣れた光景だ。


 毎日見ている。


 でも。


 これ、知らない人が見たらどう思うんだろう。


 画面を見る。


 視聴者数。


 ゼロ。


「……まあ、最初だしな」


『何が?』


「いや、何でもない」


 そもそも始めたばかりの知らないチャンネルだ。


 いきなり誰かが来る方がおかしい。


 ニャルはまったく気にせず料理を続けている。


 ホーンラビットを切り終える。


 ゴブリンポテト。


 妖精ニンジン。


 ケイブマッシュルーム。


 専用包丁がニャルの周りを動き、次々に食材を切っていく。


 俺はカメラじゃなく、直接ニャルを見ていた。


 やっぱりすごい。


 包丁を作ってもらってから、動きが前よりずっと自然になった。


 ニャル自身は小さいのに、包丁だけがすいすい動く。


 耳は真剣そうに前を向いている。


 尻尾はゆっくり揺れている。


 かわいい。


 いや、料理してるから格好いいのか?


 でもかわいい。


 どっちもだな。


 そんなことを考えていると。


 画面の端で数字が変わった。


「あ」


 一人。


 誰か来た。


 知らない誰かが、今ニャルを見ている。


 俺は思わず画面をじっと見る。


 でもコメントはない。


 しばらくすると、その一人も消えた。


「……あ」


『どうした?』


「いや」


 ちょっと残念だけど、仕方ない。


 またゼロ。


 ニャルは何も知らないまま、切った食材を並べている。


 そのうち。


 一人。


 今度は消えない。


 二人。


 三人。


 少しずつ増えた。


 そして。


『猫?』


 ――じゃない。


 声はしない。


 画面に文字が流れた。


 コメントだ。


『猫?』


 初コメント。


 来た。


 俺は思わず画面へ顔を近づけそうになった。


 でも、すぐニャルへ視線を戻す。


 料理中だ。


 今は包丁も動いている。


 コメントをじっくり読むより、そっちを見ていたい。


 もう一度だけ画面をちらっと見る。


『ちっさ』


 増えてる。


 俺は少し笑った。


「ニャル」


『何だ?』


「猫? だって」


『ヌッコだぞ』


「だよな」


 視聴者にはニャルの返事は「にゃ」としか聞こえていない。


 だから俺が付け足す。


「猫じゃなくて、ヌッコっていうテイムモンスターです」


 またコメント。


『ヌッコ?』


『立ってない?』


『二足歩行してる』


 そうなんだよ。


 立つんだよ。


 かわいいだろ。


 言いたい。


 でもニャルが鍋を動かし始めたので、そっちを見る。


 いつもの鍋がふわりと浮く。


 火の上へ置かれる。


 ニャルが生活魔法で火をつけた。


 鍋が温まるのを待ってから、ホーンラビットの肉を入れる。


 じゅうっ。


 肉の焼ける音がマイクにも入った。


 脂の香りがこっちまで漂ってくる。


 ニャルの鼻がぴくっと動いた。


 昨日もやってた。


 やっぱり今日もやってる。


 画面を見る。


『包丁浮いたんだけど?』


『え?』


『今鍋も浮かなかった?』


『CG?』


 来た。


 そうなるよな。


 俺だって最初にニャルが料理してるところを見たら、たぶんそう思う。


「CGじゃないですよ。ニャルが念動力で動かしてます」


『念動力?』


『テイムモンスターってこんなことできるの?』


『料理してんの?』


「料理してます」


 ちょっと誇らしい。


 俺が作ってるわけじゃないのに。


 いや、だってニャルだし。


 うちのニャルが料理してるんだから、ちょっとくらい誇らしくてもいいだろ。


『ニャル』


「ん?」


『肉』


「あ、ごめん」


 コメントに気を取られていた。


 ニャルが切った食材を指している。


 俺は邪魔にならない位置へ皿を寄せる。


『ありがと』


「うん」


 危ない。


 コメントも気になるけど、ニャルの邪魔をしたら本末転倒だ。


 俺は画面から少し意識を外す。


 配信はしている。


 でも俺までずっと画面を見ている必要はない。


 ニャルが料理している。


 まずはそれを見ていよう。


 肉の表面に焼き色がつく。


 そこへゴブリンポテトと妖精ニンジン。


 ケイブマッシュルーム。


 水を加えて煮込んでいく。


 ことこと。


 鍋の中で具材が揺れる。


 少しずつ匂いが変わっていく。


 焼いた肉の香ばしい匂いに、野菜とキノコの匂いが混ざる。


 ニャルは鍋の中を真剣に見ていた。


 カメラなんて完全に忘れてるんじゃないかと思う。


 たぶん忘れてる。


 視聴者数を確認する。


 七人。


「お……」


 増えてる。


『何だ?』


「七人見てる」


『そうか』


「七人だぞ?」


『うん』


「知らない人が七人もニャル見てるんだぞ?」


『料理見てるんだろ?』


「まあ、そうだけど」


『じゃあちゃんと作らないとな』


 やっぱりそっち。


 俺は画面をちらっと見る。


 コメントがいくつか増えている。


『ちっちゃい手で料理してる』


『かわいい』


『尻尾動いてるのかわいい』


『耳ぴくぴくしてる』


 俺は思わず反応した。


「かわいいですよね」


『何が?』


「ニャルが」


『そうか』


 反応が薄い。


「かわいいってコメント来てる」


『そうか』


「もっと喜んでもよくない?」


『何を?』


「かわいいって」


『よく分からない』


 ですよね。


 知ってた。


 俺はもう一度コメント欄を見る。


『飼い主の方が嬉しそうで草』


『即答した』


『猫より飼い主が喜んでる』


 ……見られてる。


 そりゃ配信してるんだから、俺の声も聞こえてるよな。


「いや、だってかわいいんで」


『ユウマ』


「ん?」


『味見する』


「あ、はい」


 ニャルが小皿を引き寄せる。


 煮汁を少し取る。


 そのまま口には入れない。


 ちゃんと冷ます。


 猫舌だから。


 俺は何度も見てきたけど、初めて見る人にはどう見えるんだろう。


 ニャルが小皿をじっと見つめている。


 まだ熱いらしい。


 ちょっと待つ。


 鼻を近づける。


 また待つ。


 ようやく舐めた。


 尻尾がぴんと立つ。


『うん』


「どう?」


『美味い』


 俺は頷いた。


「美味いって」


 コメント欄を見る。


『かわいい』


『尻尾w』


『味見してる』


『ちゃんと冷ましてた?』


『猫舌なの?』


「猫舌です」


『ヌッコだぞ』


「ヌッコだけど猫舌だそうです」


『そこ訳すんだ』


「だってちょうど質問来てたから」


 ニャルは首を傾げたあと、すぐ鍋へ意識を戻した。


 コメントを聞けないから、何を言われているかは俺が伝えない限り分からない。


 でも、それでいいと思う。


 料理している時のニャルに、ずっとコメントを聞かせる必要もない。


 俺も全部を追わなくていい。


 たまに見る。


 必要なら伝える。


 それくらいでちょうどいい。


 視聴者数は十人になった。


 十一人。


 一人減って十人。


 また十二人。


 数字が動くたびに、ちょっと気になる。


 でもニャルは知らない。


 鍋しか見ていない。


 しばらく煮込んだあと、ニャルが調味料を加える。


 少し混ぜる。


 もう一度味見。


 耳がぴくっと動いた。


『よし』


「できた?」


『もうちょっと』


 まだだった。


 俺は笑う。


 画面をちらっと見る。


『美味そう』


『腹減ってきた』


『普通に料理上手くない?』


『これ食いたい』


 あ。


 これはニャルに言いたい。


「ニャル」


『何だ?』


「美味そうって」


 ぴくっ。


 耳がこっちを向いた。


『そうだろ』


 さっきまでと違う。


 明らかにちょっと嬉しそうだ。


「かわいいって言われた時より反応いいじゃん」


『料理してるんだから、美味そうって言われた方が嬉しいだろ』


「まあ、そうかもしれないけど」


 でもかわいいんだよ。


 料理が美味そうで。


 しかもかわいい。


 最高じゃないか。


『ユウマ』


「何?」


『皿』


「はい」


 俺はすぐに用意する。


 ニャルが鍋の火を止めた。


 蓋を開ける。


 白い湯気がふわっと立ち上がる。


 ホーンラビットの肉。


 柔らかく煮えたゴブリンポテト。


 妖精ニンジン。


 ケイブマッシュルーム。


 とろみのついたスープが具材に絡んでいる。


 匂いだけで腹が鳴りそうだ。


『できた』


「完成?」


『うん』


 俺はカメラの画面を見る。


 ちゃんと映っている。


 盛り付けられたシチュー。


 その横に立っているニャル。


 コメントが流れる。


『うまそう』


『飯テロ』


『食べたい』


『猫が作ったの信じられん』


『食べるところも見たい』


 そのコメントを見て、一瞬だけ手が止まった。


 食べるところ。


 昨日、決めた。


 料理するところまでは見せる。


 でも食べるのは俺たちの時間。


 ここを変えるつもりはない。


「じゃあ、今日はここまでです」


『え』


『終わるの?』


『食べるとこ見たい』


『実食は?』


「食べるところは配信しないので」


 俺は答える。


「料理が完成したら終わりです」


 少しだけ緊張した。


 初配信で、見てくれている人に「見せません」と言うのは変かもしれない。


 でも、これは最初から決めたことだ。


 ニャルが俺たちのために作ってくれた飯まで、全部見せる必要はない。


『冷めるぞ』


「あ、うん」


 ニャルにはもっと単純な理由もあるらしい。


 俺は笑った。


「ニャルも早く食べたいみたいなので」


『そうだぞ』


 視聴者には「にゃ」としか聞こえていないはずだ。


 コメントが流れる。


『かわいい』


『飯優先w』


『また見たい』


『おつ』


 また見たい。


 その文字が目に入った。


 胸の奥が少しだけ熱くなる。


 俺はニャルを見る。


 本人はもう料理しか見ていない。


「……じゃあ、ありがとうございました」


 これでいいのか?


 配信の終わり方って。


 分からない。


 まあいい。


「またやると思います」


『早く』


「はいはい」


 俺は配信終了のボタンを押した。


 画面が切り替わる。


 終わった。


「…………」


『終わった?』


「終わった」


『食うぞ』


「ニャル、食おう!」


 今度は俺の方が早かった。


     ◇


「うまっ」


 一口目で声が出た。


 ホーンラビットの肉が柔らかい。


 煮込んだスープには肉とケイブマッシュルームの旨味が出ていて、ゴブリンポテトはそれをしっかり吸っている。


 妖精ニンジンの甘さもいい。


 熱い。


 でも美味い。


「やっぱりニャルの料理、美味しいわね」


 母さんも笑っている。


『だろ?』


 ニャルの尻尾が上がった。


 さっき配信で「かわいい」と言われた時はほとんど反応しなかったのに。


 美味いと言われたらこれだ。


「ニャル」


『ん?』


「初配信、十人以上見てたぞ」


『そうか』


「コメントも結構来た」


『そうか』


「また見たいって人もいた」


『そうか』


「……興味ない?」


 ニャルがシチューを食べる。


 猫舌だから、俺たちより少し冷ましてある。


 小さな口で肉を食べて。


 飲み込んで。


 それから俺を見る。


『美味い?』


「え?」


『今日の飯』


「めちゃくちゃ美味い」


『ならいい』


 尻尾がゆらりと揺れた。


 ああ。


 本当にこいつは変わらない。


 十人見ていても。


 百人見ていても。


 たぶん最初に気にするのは、俺が美味いと言ったかどうかなんだろう。


 俺はもう一口食べる。


「うん。やっぱうまい」


『いっぱい食え』


「食べる」


『おかわりもあるぞ』


「食べる」


「悠真、即答ね」


 母さんが笑う。


 俺も笑った。


 初配信は終わった。


 すごい人数が見てくれたわけじゃない。


 何か大事件が起きたわけでもない。


 最初は誰もいなかった。


 途中から一人、二人と増えて。


 最後には十数人。


 それだけだ。


 でも。


 今日初めて、俺と母さん以外の知らない誰かが。


 料理をしているニャルを見た。


 かわいいと言った。


 料理が美味そうだと言った。


 また見たいと言った。


 それだけで、俺には十分だった。


 だって。


 世界一かわいいヌッコなんだから。


 もっと知られていいに決まってる。


『ユウマ』


「ん?」


『手止まってるぞ』


「あ」


『冷める』


「食べます」


 ニャルに言われて、またスプーンを動かす。


 配信が終われば、いつもの夕飯だ。


 カメラはもう回っていない。


 コメントもない。


 ここにいるのは、俺と母さんとニャルだけ。


 それでいい。


 配信では、料理するニャルを見てもらう。


 終わったら、三人で食べる。


 今日やってみて、やっぱりこれが一番いいと思った。


「ニャル」


『何だ?』


「またやろうな」


『いいぞ』


「次、何作る?」


『まだ今日の飯食ってるだろ』


「それもそうか」


『まず食え』


「はい」


 俺はシチューを口へ運ぶ。


 美味い。


 次の配信がどうなるかは分からない。


 何人が来るのかも分からない。


 でも今日。


『ニャルの台所』に、初めて知らない人がやってきた。


 たったそれだけの、小さな一歩。


 俺には、それがちょっと嬉しかった。

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