第25話 カメラが回っても、猫は猫
腹が減った。
俺はキッチンの前で座りながら、さっきからずっとユウマを待っている。
ユウマは忙しそうだ。
昨日買ってきたカメラを動かして、少し右へ向ける。
画面を見る。
今度は左へ向ける。
また画面を見る。
少し上。
少し下。
また画面。
『まだか?』
「もうちょっと」
『さっきもそう言ってたぞ』
「今度こそもうちょっと」
俺は尻尾をぱたんと床へ落とした。
今日は昨日決めた通り、実際に俺が料理しているところを撮ってみるらしい。
本当の配信ではない。
まずはちゃんと撮れるか確かめるための、試し撮りだ。
それは分かっている。
分かっているけど。
『腹減った』
「分かったって」
ユウマが苦笑する。
「でも、ニャルが料理始めてから『映ってませんでした』じゃ困るだろ?」
『料理は食えるぞ』
「俺たちしか見られないじゃん」
『いつもそうだろ?』
「そうだけど!」
何が問題なんだろう。
俺が飯を作る。
ユウマとマコトが食べる。
美味い。
いつも通りだ。
それで十分だと思う。
「ニャルちゃん、完全に配信よりご飯ね」
マコトが笑いながらキッチンへやってきた。
『飯は大事だぞ』
「にゃ」
「ほら、何か言ってる」
「たぶん飯が大事って言ってる」
『正解』
「当たった」
ユウマがちょっと嬉しそうにする。
最近、俺が鳴いただけでも何を言っているか分かる時があるらしい。
念話を使わなくても通じるなら、その方が楽だ。
俺はもう一度カメラを見る。
『それで、まだか?』
「待って。ニャル、いつものところ立ってみて」
『ここか?』
「そう」
いつも料理をするために使っている台へ上がる。
俺の身体は二十センチくらいしかない。
人間用のキッチンは、そのままだと何をするにも大きすぎる。
今では俺が料理しやすい位置も、道具を置く場所も決まっている。
「よし。そこなら全身入ってる」
『手元は?』
「入ってる。包丁動かすところも大丈夫そう」
『鍋は?』
「そっちも……うん、大丈夫」
それならいい。
俺にとって大事なのはそっちだ。
耳が綺麗に映るとか、尻尾が映るとかはどうでもいい。
包丁と鍋と食材が見えれば、料理しているところは分かる。
「でもニャルがこっち向くと、もう少し顔が――」
『もう作っていいか?』
「……はい」
やっと許可が出た。
俺はすぐに収納から食材を出す。
今日は試し撮りだから、新しい料理を考えるつもりはない。
何度も扱った食材で、いつも通り作る。
ホーンラビットの肉。
ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
どれももう見慣れた食材だ。
初めて見た頃は、ダンジョンで拾ってきたものを本当に食っていいのかと思った。
今では違う。
どう切ればいいか。
どう火を入れればいいか。
どれと合わせれば美味いか。
だいたい分かっている。
今日はこいつらを煮込む。
「じゃあニャル」
『ん?』
「カメラ回すぞ」
『うん』
ユウマが何かを操作する。
カメラについている小さな明かりが点いた。
「……回った」
『そうか』
「…………」
『何だ?』
「いや」
ユウマが俺を見る。
「始まってるぞ?」
『聞いた』
「その……何かないの?」
『何か?』
「ほら、挨拶とか」
『誰に?』
「カメラに」
俺はカメラを見る。
黒い。
丸いところがこっちを向いている。
『こんにちは?』
「なんで疑問形なんだよ」
『返事しないぞ、こいつ』
「カメラだからな」
『じゃあ料理する』
「切り替え早いな!」
だって腹が減っている。
俺は専用包丁を念動力で浮かせた。
すっと手元へ寄せる。
昨日買ってきたカメラがあっても、包丁の感覚は何も変わらない。
ゴブリンポテトを置く。
包丁を落とす。
とん、とん、とん。
一定の幅で切り分ける。
次は妖精ニンジン。
こっちは少し小さめ。
ケイブマッシュルームは食感が残るように厚めにする。
ホーンラビットの肉も食べやすい大きさに切っていく。
「ニャル」
『ん?』
「カメラ、あっち」
『知ってる』
「一回くらい見ない?」
『今包丁使ってるぞ』
「ですよね」
ユウマが諦めた。
料理中に余所見する方が危ないだろ。
俺は切り終えた食材を並べる。
次は鍋。
念動力で持ち上げ、火にかける。
生活魔法で火加減を調整。
まず肉の表面を焼く。
じゅうっ。
鍋に触れた肉から、いい音が上がった。
『……いい匂い』
「今、鼻動いた」
『動くぞ』
「撮れてるかな」
『知らない』
焼けた肉の匂いが広がる。
耳より先に鼻が反応する。
仕方ない。
美味そうな匂いなんだから。
肉の表面に焼き色がついたところで、野菜とケイブマッシュルームを加える。
水を入れ、煮込んでいく。
鍋の中から、ことことと小さな音が聞こえ始めた。
浮いていた蓋を念動力で動かし、鍋へ乗せる。
あとは少し待つ。
「ニャル」
『何だ?』
「カメラ回ってるの、忘れてない?」
『回ってるんだろ?』
「うん」
『じゃあ大丈夫だ』
「大丈夫なのかな……」
何が不満なんだ。
ちゃんと料理している。
カメラも回っている。
問題ない。
煮えてくると、肉と野菜の匂いが混ざり始めた。
蓋を少し浮かせる。
湯気がふわっと上がる。
俺は鼻を近づけた。
『うん』
いい。
もう少し。
味見用の小皿を念動力で引き寄せる。
煮汁を少し取って冷ます。
猫舌だから、ここは大事だ。
熱いまま口に入れると味どころじゃなくなる。
十分に冷めたところで舐める。
『……美味い』
尻尾が勝手に上がった。
「今の絶対撮れた」
『何が?』
「味見した瞬間」
『味見は必要だぞ』
「うん。必要。すごく必要」
なぜかユウマが満足している。
味見をしたのは俺なのに。
もう少し塩を足す。
軽く混ぜる。
火を弱める。
最後にもう一度味を見る。
今度はちょうどいい。
『できた』
「お、完成?」
『皿』
「あ、はい」
ユウマが皿を出す。
俺は鍋から料理を盛り付けた。
肉。
ポテト。
ニンジン。
マッシュルーム。
煮汁もたっぷり。
湯気と一緒に、温かい匂いが立ち上る。
うん。
いつも通り美味そうだ。
「じゃあ撮影終了っと」
ユウマがカメラを止めた。
『終わりか?』
「終わり」
『じゃあ食うぞ』
「ちょっと待って」
『なんでだ』
「映像確認するから」
『飯が冷める』
「すぐ見るから!」
俺は皿を見る。
湯気が出ている。
今が美味い。
『先に食えばいいだろ』
「ちゃんと撮れてるか気になるんだよ」
『俺は飯の方が気になる』
「分かってる!」
マコトが笑っている。
「先にちょっとだけ確認したら? ニャルちゃん、このままだと食べ始めちゃうわよ」
『食べるぞ』
「ほら」
「分かった、最初だけ!」
ユウマが急いでパソコンを操作する。
画面に、さっきのキッチンが映った。
俺も近くへ行って覗き込む。
映像の中に俺がいる。
包丁が浮いている。
食材が切られていく。
鍋が動く。
思っていたより綺麗だ。
「おお……ちゃんと撮れてる」
「いいんじゃない?」
マコトも横から覗き込む。
「ニャルちゃんもちゃんと映ってるし、手元も見えるし」
「だよな」
ユウマが嬉しそうだ。
俺は画面を見る。
映像の中の俺は、ずっと料理をしている。
カメラをほとんど見ていない。
途中で鼻が動いた。
耳も動いた。
味見をした時には尻尾まで上がっている。
『俺、尻尾こんなに動いてたのか』
「動いてるよ。普段から」
『知らなかった』
「自分じゃ見えないもんな」
確かに。
尻尾が動いているのは分かるけど、どんな動きをしているかまで見たことはない。
「でも、本当に何も変わらなかったわね」
マコトが言う。
「カメラ回ってるのに、いつものニャルちゃんそのまま」
『何を変えるんだ?』
「ほら、カメラの方を向いたり」
『料理中に?』
「挨拶したり」
『最初にしたぞ』
「疑問形だったけどね」
『駄目なのか?』
「ううん」
マコトが笑う。
「このままでいいんじゃない? 普段のニャルが一番かわいいし」
『そうなのか?』
「そうよ」
かわいいかどうかは、やっぱりよく分からない。
でも普段通りでいいなら楽だ。
配信のために変なことを覚えなくていい。
料理を作る。
それをカメラが撮る。
終わったら食べる。
それなら俺にもできる。
「あれ?」
ユウマが画面へ顔を近づけた。
「どうしたの?」
「ここ」
ユウマが少し巻き戻す。
映像の中で、俺が味見をしている。
『……美味い』
そう言ったところだ。
でも、パソコンから聞こえてきたのは。
「にゃ」
俺の鳴き声。
そして、その直後。
「今の絶対撮れた」
ユウマの声。
俺の言葉は入っていない。
『昨日と同じだな』
「やっぱり念話は録音できないみたいだな」
さらに少し前へ戻す。
ユウマが「カメラ回ってるの、忘れてない?」と聞く。
画面の俺が答える。
「にゃ」
そしてユウマが、
「うん」
と普通に返している。
しばらく映像が進む。
また俺が鳴く。
ユウマが返事をする。
また鳴く。
また返す。
「……画面だと悠真、一人で猫と普通に会話してるみたいね」
マコトが言った。
「ほんとだ」
『実際に会話してるだろ』
「俺たちはそうなんだけど、これを見る人にはニャルの念話が聞こえないからな」
なるほど。
知らない奴が見たら、俺はずっと「にゃ」と鳴いているだけなのか。
『別にいいんじゃないか?』
「まあ、全部訳す必要はないよな」
『訳す?』
「ニャルが言ったことを、俺が見てる人に伝える」
『全部?』
「いや。必要な時だけでいいと思う」
ユウマが考える。
「料理の説明とか、ニャルが何か伝えたい時とか。それくらい」
『それならいい』
いちいち全部言われるのは面倒だ。
俺が『腹減った』と言うたびに、知らない奴らへ「ニャルが腹減ったって言ってます」と説明されても困る。
……いや。
それくらいなら別に困らないか。
でもやっぱり必要な時だけでいい。
「じゃあ、それも決まりね」
マコトが言う。
「ニャルちゃんは普段通り。悠真が必要な時だけ通訳」
「うん」
『分かった』
これで試し撮りは終わりらしい。
俺はすぐに料理の方を見る。
まだ湯気は出ている。
『食うぞ』
「はいはい」
「今日は撮らないの?」
マコトが聞く。
「食べるところは撮らないって決めたから」
ユウマが即答した。
そう。
ここからは配信じゃない。
飯だ。
◇
三人でテーブルを囲む。
ユウマの前には大きめの皿。
マコトの前にも一皿。
俺の分は小さい。
身体の大きさが違うんだから仕方ない。
でも美味いものはいっぱい食いたい。
『いただきます』
「いただきます」
「いただきます」
ユウマが最初にホーンラビットの肉を口へ入れた。
俺はその顔を見る。
噛む。
飲み込む。
そして。
「うまっ」
よし。
尻尾が立つ。
「肉やわらかい。ポテトも味染みてる」
「ほんと。いつもの食材なのに、やっぱり美味しいわね」
『だろ?』
俺も自分の分を食べる。
ホーンラビットの肉は柔らかい。
煮汁を吸ったゴブリンポテトはほくほくしている。
妖精ニンジンの甘さもいい。
ケイブマッシュルームからも旨味が出ている。
うん。
美味い。
俺はもう一口食べる。
やっぱり、こっちの方が大事だ。
カメラにどう映ったかより、ちゃんと美味くできたか。
ユウマとマコトが美味いと言ってくれたか。
俺にとっては、それが一番だ。
「ニャル」
『ん?』
「さっきの映像、かなりよかったよ」
『そうか』
「包丁浮いてるところも綺麗に映ってたし、味見してるところもかわいかった」
『そうか』
「尻尾ぴーんってなってた」
『そうか』
「反応薄くない?」
『それより』
俺はユウマの皿を見る。
もうかなり減っている。
『美味いか?』
「めちゃくちゃ美味い」
『ならいい』
「……そっちの方が嬉しそうだな」
当たり前だ。
料理したんだから、美味いと言われる方が嬉しい。
かわいいと言われても腹は膨れない。
美味い飯なら腹も膨れる。
それに、俺が作った料理をユウマが美味そうに食べていると、それだけで満足する。
ユウマは残っていたポテトを口へ入れた。
「これ、もう一杯ある?」
『あるぞ』
「おかわり」
『よし』
俺はすぐに立ち上がった。
「ニャルちゃん、嬉しそうね」
『いっぱい食え。育て』
「今、何て?」
マコトが聞く。
「たぶん、いっぱい食えって」
『半分だけだ』
「違った?」
『まあいい』
俺はユウマの皿へおかわりを盛る。
たくさん食べろ。
美味い飯を食って、もっと強くなれ。
そうすれば、また新しい場所へ行ける。
新しい食材も見つかる。
そしたら俺が、また美味いものを作る。
配信が始まっても、そこは変わらない。
俺は料理する。
ユウマが食う。
美味いと言う。
それでいい。
◇
食後。
ユウマはまたパソコンの前に座っていた。
俺は腹がいっぱいになったので、その隣で丸くなる。
昨日もらった箱へ入りたかったけど、今日はユウマの近くで寝ることにした。
「画角よし。音もよし。ニャルもよし」
『最後のは何だ』
「一番大事なところ」
『料理は?』
「もちろんよし」
『ならいい』
目を閉じる。
眠い。
腹いっぱい食べたあとは、やっぱり眠くなる。
「……じゃあ次、本当にやる?」
ユウマの声が聞こえた。
目を少しだけ開ける。
『飯作るだけだろ?』
「まあ、そう」
それなら、今日と同じだ。
カメラがある。
知らない奴らが見る。
それだけ。
俺がやることは変わらない。
『じゃあやる』
ユウマが笑った。
「決まりだな」
『ん』
今度こそ目を閉じる。
次は本当に配信するらしい。
でも、その前に。
次の飯を何にするか考えないとな。
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【猫のレシピ帳】
Recipe.008
■料理名
ホーンラビットとエルフハーブの香草焼き
■使用食材
・ホーンラビットの肉
・エルフハーブ
・調味料
■作り方
①ホーンラビットの肉を食べやすい大きさに整える。
②エルフハーブを使って香りをつける。
③肉の中までしっかり火を通しながら、表面を香ばしく焼く。
④焼きたてを食べる。
■味の評価
★★★★★
香ばしく焼いたホーンラビットの肉に、エルフハーブの爽やかな香り。
いつもの肉でも、香草一つでかなり印象が変わる。
■ワンポイント
エルフハーブは入れれば入れるほどいいわけじゃない。
肉の匂いまで消さないくらいがちょうどいい。
■悠真の感想
「これ好き。肉だけで焼くのと全然違うな」
─ 今日のひとこと ─
美味い肉はそのままでも美味い。
でも、もっと美味くできるなら試したい。
作れる料理が増えるのは楽しい。
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