第24話 配信機材より、その箱が気になる
ユウマが何かに夢中になっている。
昨日からずっとだ。
飯を食い終わったあともスマホを眺めていたし、寝る前にも何やら調べていた。今日になってからも、朝からスマホと睨み合っている。
原因は分かっている。
配信だ。
『そんなに難しいのか?』
「ん?」
ソファに座っていたユウマが顔を上げる。
俺はその隣で、画面を覗き込んだ。
知らない機械がたくさん並んでいる。
カメラというのは分かる。
昨日、マコトが俺を撮っていたスマホにも同じようなものが付いていた。
ただ、画面に並んでいるものは形も大きさも値段もバラバラだ。
「難しいっていうか、種類が多すぎるんだよ。カメラだけじゃなくて、パソコンもあった方がいいみたいだし」
『料理が映れば何でもいいだろ』
「よくない」
『そうなのか?』
「ニャルを撮るんだから、ちゃんとしたやつがいい」
何が違うんだ。
俺は料理をする。
カメラはそれを撮る。
それで終わりじゃないのか?
「実物見に行った方が早いな」
『俺も行くのか?』
「当然」
なぜ当然なんだろう。
料理するのは俺だけど、機械を使うのはユウマなのに。
まあ、今日はダンジョンへ行く予定もない。
家にいても昼寝をするくらいだ。
『分かった』
「よし。じゃあ行こう」
ユウマが立ち上がる。
その顔は、ダンジョンへ新しい食材を探しに行く時の俺みたいに少し楽しそうだった。
配信って、そんなに面白いんだろうか。
俺にはまだよく分からない。
ただ、ユウマが楽しそうなら、それでいいか。
◇
「どんな配信を予定されていますか?」
店に入ってしばらくすると、店員が俺たちに声をかけてきた。
ユウマはさっきからカメラが並んだ棚の前を行ったり来たりしている。
俺から見ると、どれも同じような黒い箱だ。
大きさが違う。
形もちょっと違う。
値段はかなり違う。
でも、それくらいしか分からない。
「猫を撮ります」
ユウマが答えた。
店員が俺を見る。
「ああ、ペット配信ですか?」
「料理する猫です」
「……料理?」
店員の目がまた俺へ向いた。
「にゃ」
俺はとりあえず鳴いておく。
ユウマ以外の人間には、俺の念話が通じるとは限らない。
店員は少し考えてから、営業用らしい笑顔に戻った。
「ええと……猫ちゃんが食べているところを?」
「違います。作る方です」
「作る方」
「はい」
「猫ちゃんが?」
「はい」
店員が俺を見る。
俺も店員を見る。
なんだ。
そんなに変か?
料理くらい猫だってする。
いや、普通の猫はしないか。
俺はするから忘れていた。
「このくらい小さいんですけど、ちゃんとピント合います?」
ユウマが俺を示す。
「動き回ってもぼやけない方がいいです。あと毛並みもちゃんと映るやつで」
『料理が映れば何でもいいだろ』
「毛が潰れて見えるのは嫌だな……」
『聞いてるか?』
「包丁とか鍋も動くから、動きにも強い方がいいですよね?」
聞いてない。
店員はまだ少し戸惑っていたが、仕事だからなのか、すぐにいくつかのカメラを紹介してくれた。
ユウマが一つずつ話を聞いていく。
画質。
ピント。
明るさ。
手ぶれ。
何とかレート。
知らない言葉がいっぱい出てくる。
途中から俺は聞くのをやめた。
近くの棚に置かれている炊飯器の方が気になる。
あれなら飯が炊ける。
カメラより役に立つ。
「これなら、小さい被写体にもかなり合わせやすいですよ」
「毛並みは?」
「室内でも十分綺麗に撮れると思います」
「尻尾とか動いてても?」
「設定次第ですが、問題ないですよ」
「耳がぴくって動くのも?」
「……大丈夫だと思います」
店員が俺を見る。
なんとなく目が合った。
ちょっと困っているように見える。
『大変だな』
「にゃ?」
「いえ、何でもありません」
どうやら鳴き声しか聞こえていないらしい。
頑張れ。
うちの飼い主は、たまにこうなる。
「最高級のものまでいかなくても、料理を配信するならこのあたりで十分だと思いますよ」
「じゃあ、これにします」
ようやく決まったらしい。
俺は少し安心した。
と思ったら、今度はパソコンだった。
「これもいるのか?」
「にゃ」
「ニャル?」
『いや、何でもない』
どうせ聞こえない。
ユウマは店員と一緒にパソコン売り場へ移動していく。
俺も後をついていった。
それからしばらく。
また知らない言葉がたくさん出てきた。
ユウマは真剣だ。
ダンジョンで魔物を見ている時より真剣なんじゃないかと思うくらいだ。
俺は途中で近くにあった椅子へ座った。
尻尾を身体に巻きつける。
少し眠くなってきた。
昨日も思ったけど、配信というのは準備が大変なんだな。
料理なら腹が減ったら作ればいい。
肉を焼く。
野菜を煮る。
魚を捌く。
食べる。
美味い。
そっちの方がずっと分かりやすい。
「ニャル、終わったぞ」
『ん……』
顔を上げる。
いつの間にか少し寝ていたらしい。
ユウマの足元には、いくつかの箱があった。
『買ったのか?』
「買った。これでかなりちゃんと撮れるはず」
『そうか』
「反応薄いなあ」
『だって俺は料理するだけだろ?』
「そうだけどさ」
ユウマは苦笑した。
でも、すぐに買ったばかりの箱を見て嬉しそうな顔になる。
そんなに欲しかったのか。
俺が専用包丁を手に入れた時と同じようなものかもしれない。
そう考えると、少し分かる気がした。
『早く帰るか』
「お、ニャルもやる気になった?」
『腹減った』
「そっちか」
当たり前だ。
買い物に付き合ったんだから、帰ったら飯だ。
◇
「結構買ったわねえ」
家へ帰ると、マコトが箱を見て目を丸くした。
「必要なものだけだよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんなのね」
ユウマが買ってきたものをリビングへ運び込む。
大きな箱。
少し小さい箱。
さらに小さい箱。
細長い箱。
いろいろある。
俺はその中の一つを見つめた。
「まずパソコンから出すか」
ユウマが一番大きな箱を開ける。
中から機械を取り出す。
さらに何かを取り出す。
袋を外す。
白い緩衝材を外す。
そして。
空になった箱が残った。
「…………」
いいな。
俺は近づいた。
ちょうどいい。
深さもある。
広すぎない。
狭すぎない。
身体を丸めたら、かなり収まりが良さそうだ。
「次はカメラ――ニャル?」
前足を箱の縁にかける。
中を覗く。
問題なし。
俺はひょいっと身体を持ち上げ、そのまま箱の中へ入った。
『おお』
いい。
予想通りだ。
四方を壁に囲まれている感じが落ち着く。
新しい段ボールの匂いも悪くない。
くるりと一周してから腰を下ろす。
尻尾を身体に巻く。
完璧だ。
「ニャル」
『何だ?』
「今見てほしいの箱じゃないんだけど」
『でもいい箱だぞ』
「そうじゃなくて」
『ユウマも入るか?』
「入れないよ」
そうか。
大きさが足りない。
かわいそうに。
俺は箱の中からユウマを見上げた。
ユウマは買ってきたカメラを片手に、なんとも言えない顔をしている。
「こっちは結構したんだけどな……」
『その箱はタダだったぞ』
「そういう問題じゃない」
マコトが笑い出した。
「いいじゃない。ニャルちゃん、気に入ったみたいだし」
「配信用の機材買いに行ったのに、一番喜んでるの箱なんだけど」
「猫だもの」
『ヌッコだぞ』
「そこはちゃんと違うのね」
俺はヌッコだ。
猫によく似ているけど、猫じゃない。
ただ。
箱が好きなのは否定できない。
なんでかは俺にも分からない。
箱を見ると入りたくなる。
ちょうどいい箱ならなおさらだ。
「ほら、ニャル。カメラ」
ユウマが俺へ向ける。
『近い』
「ちゃんと映ってる」
小さな画面に、箱へ入った俺が映っている。
確かに綺麗だ。
耳の先も、髭も、毛も見える。
昨日マコトのスマホで撮った映像より、細かいところまで分かる気がする。
「ほら、毛並みもちゃんと映ってる」
『料理は?』
「それはこれから試す」
『じゃあまだ分からないじゃないか』
「ニャルが綺麗に映るのは分かった」
『料理を配信するんだろ?』
「ニャルが料理するところを配信するんだよ。だからニャルが綺麗に映るのも大事」
よく分からない。
でもユウマが満足しているならいいか。
俺は箱の中で丸くなった。
「あ、寝る気だ」
『眠くなった』
「せめて設定終わるまで起きててよ」
『俺が起きてても設定は終わらないだろ』
「正論……」
そのあともユウマはパソコンとカメラを触り続けた。
俺は箱の中から眺めていた。
途中で何度か眠った。
目が覚めても、まだやっていた。
配信って本当に大変なんだな。
◇
「で、どこで撮るの?」
マコトの言葉で、ユウマの手が止まった。
「どこって?」
「配信する場所。ニャルちゃんが料理するならキッチンでしょ?」
「ああ、そうだな」
俺も箱から顔を出す。
それなら話は早い。
『キッチン以外でどうやって料理するんだ?』
「まあ、そうなるよな」
ユウマがカメラを持ってキッチンへ移動する。
俺も箱から出た。
少し名残惜しい。
あとでまた入ろう。
三人でキッチンを見ながら、どこにカメラを置くか考える。
俺がいつも料理する場所。
包丁を使う場所。
鍋を置く場所。
火を使う場所。
全部がある程度見えないと困るらしい。
「ここならニャルの手元も映るかな」
『俺の邪魔にならなければどこでもいいぞ』
「それは絶対。料理の邪魔になる場所には置かない」
ユウマがすぐに答える。
それならいい。
俺にとっては配信より料理の方が大事だ。
カメラのせいで包丁を動かしにくくなったり、鍋が置けなくなったりするのは困る。
「あと、あんまり家の中が映りすぎない方がいいわね」
マコトが言う。
「そうだな。キッチン全部じゃなくて、ニャルが料理してるところ中心で」
「それがいいと思う」
『俺はいつもここで料理するぞ』
「じゃあ決まり」
ユウマが頷く。
「配信はここ。うちのキッチン」
『分かった』
場所は決まった。
これで終わりかと思ったら、ユウマがまたパソコンの前へ戻った。
「次は名前だな」
『名前?』
「配信するところの名前。チャンネル名」
『ユウマの名前じゃ駄目なのか?』
「駄目」
即答だった。
「俺じゃなくてニャルの配信なんだから」
『俺の?』
「そう」
別に俺の配信というつもりもないんだけどな。
俺は料理するだけだ。
「世界一かわいい料理ヌッコチャンネル……」
「長い」
マコトが即座に止めた。
「じゃあ『世界一かわいいニャルの――』」
「世界一かわいい、を外しなさい」
「なんで?」
「自分で付ける名前じゃないでしょ」
「でも事実だし」
『何の話だ?』
「ニャルはちょっと黙ってて」
『なんでだ』
俺の名前を決めているんじゃないのか。
ユウマはパソコンへいくつか文字を打ち込んでは消す。
「『天才料理ヌッコ・ニャル』」
「盛らないの」
「料理は上手いよ」
「そういう問題じゃないの」
「じゃあ『超絶かわいい料理猫――』」
「だから盛らない」
マコトがどんどん消していく。
俺はそのやり取りを眺めながら首を傾げた。
そんなに難しいのか?
『ニャルの料理でいいんじゃないか?』
二人がこっちを見る。
「……それだとちょっとそのまますぎるかな」
「でも、そのくらいでいいんじゃない?」
マコトが考える。
「料理する場所なんだから……『ニャルの台所』とか」
「ニャルの台所」
ユウマが繰り返す。
俺も頭の中で考えてみる。
ニャル。
台所。
俺が料理する場所。
『分かりやすい』
「ニャルもそう思う?」
『何をするところかすぐ分かる』
「じゃあ、これにするか」
ユウマが文字を打ち込む。
画面に名前が表示された。
『ニャルの台所』。
なんだか本当に俺専用の台所ができたみたいだ。
実際にはマコトの家のキッチンだけど。
「よし」
ユウマが満足そうに頷いた。
「これで名前も決まった」
「結局、一番普通の名前になったわね」
「分かりやすい方がいいだろ」
「さっきまで『世界一かわいい』って入れようとしてたの誰?」
「それも分かりやすいと思うけど」
「はいはい」
マコトが笑う。
俺はもう一度画面の文字を見る。
『ニャルの台所』。
配信というものはまだよく分からない。
知らない人に料理を見せて、それで何が楽しいのかも分からない。
でもユウマは楽しそうだ。
マコトも楽しそうにしている。
それなら、とりあえずやってみればいい。
俺はいつも通り、美味い飯を作ればいいんだから。
「じゃあ明日、試しに撮ってみるか」
ユウマが言った。
『明日の飯を?』
「そう」
それなら話は簡単だ。
『分かった』
明日は何を作ろう。
冷蔵庫に何が残っていたか考える。
肉。
野菜。
魚もまだあったはずだ。
せっかくなら美味いものがいい。
いや、せっかくじゃなくても美味いものを作るけど。
「ニャル、何かやる気出てきた?」
『明日の飯を考えてる』
「やっぱりそっちか」
『配信するんだろ?』
「するよ」
『なら美味いもの作らないとな』
ユウマが少し黙った。
それから笑う。
「うん。そうだな」
話が終わったので、俺はリビングへ戻る。
さっきの箱はまだ置いてあった。
誰にも取られていない。
『よし』
「ニャル?」
箱へ入る。
くるりと一周。
身体を丸める。
やっぱりいい。
明日の飯は、明日考えればいいか。
「……その箱、捨てられないな」
ユウマの声が聞こえた。
捨てる?
俺は顔を上げる。
『駄目だぞ』
「分かった、分かった。取っとくから」
なら安心だ。
俺は尻尾で鼻先を隠した。
配信に必要なカメラとパソコン。
ユウマはずいぶん気に入ったらしい。
俺も今日、一つ気に入ったものができた。
いい箱だった。
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【ダンジョン食材辞典】
No.012
■名称
エルフハーブ
■危険度
★☆☆☆☆
■ニャル評価
★★★★☆
■見た目
花蜜の森で採れる香草系のダンジョン食材。
料理に使うと、肉などの食材へ爽やかな香りを加えられる。
■食用部位
葉。
■おすすめ調理
肉料理の香り付け。
ホーンラビットの肉とも相性がよく、香草焼きにするといつもの肉が一気に違う料理になる。
■ニャルのメモ
肉は焼くだけでも美味い。
でも香草を使うと、同じ肉でも匂いが全然変わる。
ユウマも気に入ってた。
こういう食材が増えると、作れる料理も増えるから楽しい。
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