第22話 うちの飼い主、ちゃんと育ってます
悠真の剣が、一体目のゴブリンを斬り抜けた。
返す刃で二体目の棍棒を弾き、そのまま身体を沈めて横へ抜ける。背後から三体目が振り下ろした棍棒は、半歩動いただけで空を切った。
速い。
しかも、余裕がある。
『悠真、右』
「分かってる!」
三体目へ振り向くより先に、悠真は剣を引いていた。
踏み込む。
一撃。
最後のゴブリンが倒れ、洞窟の中が静かになった。
「……よし」
悠真が息を吐く。
俺は少し離れた場所で、その姿をじっと見ていた。
『うん』
「何?」
尻尾が勝手に機嫌よく揺れる。
『ちゃんと育ってる』
――――――
久しぶりの緑葉の洞窟だった。
正確には、そこまで長い間来ていなかったわけじゃない。家から近いし、普段の食材を取りに来るならここが一番便利だ。
ただ今日は、いつもの浅い場所で夕飯を拾って帰るだけじゃない。
少し奥へ行く。
昨日、悠真が言った通り、どれくらい強くなったのか確かめるためだ。
「今の三体、前だったら結構きつかったと思う」
『そうだな』
「一体ずつなら普通に倒せてたけど、囲まれると余裕なかったし」
『今は余裕あった』
「自分でも分かる」
悠真が剣を軽く振る。
「身体が動くんだよな。次に何すればいいか分かってても、前は身体が追いつかない時あったけど」
『今は?』
「かなり動く」
それならいい。
剣の振り方そのものを俺が教えたわけじゃない。悠真は俺と会う前から半年くらい探索者をやっていたし、戦うための基礎は持っていた。
そこへ身体が追いつくようになった。
美味い飯を食って。
また探索して。
また食って。
少しずつ。
「ニャル、何でそんな満足そうなの?」
『育てたから』
「俺を?」
『うむ』
「俺、自分でも結構頑張ってるんだけど」
『知ってる』
悠真が頑張っているから、飯を食わせる意味がある。
何もしないやつに食わせて勝手に最強になるなら、それは育成とは少し違う。
自分で剣を振って。
探索して。
帰って飯を食う。
その積み重ねだ。
『だからちゃんと育ってる』
「……何か子供扱いされてる気がする」
『飼い主扱いだ』
「それもどうなんだろうな」
何か問題があるのか。
――――――
少し奥へ進むと、見慣れた緑葉の洞窟にも違いが出てきた。
植物が少し濃い。
通路も広くなり、枝葉の間から見えるものが増えている。
俺は足元を見ながら歩く。
「ニャル、今日は転ぶなよ」
『転ばない』
「花蜜の森で転びかけただろ」
『あれは根が悪い』
「今日も根あるけど」
『見てる』
今度はちゃんと見る。
ここは俺にとって冷蔵庫みたいなものだが、冷蔵庫の奥まで全部見たことがあるわけではない。
いつもの場所なら、ゴブリンポテト。
妖精ニンジン。
ケイブマッシュルーム。
運がよければホーンラビット。
だいたい献立の予想がつく。
でも、奥へ行けば違うものがあるかもしれない。
『悠真』
「ん?」
『強くなると便利だな』
「急にどうした?」
『もっと奥に行ける』
「まあ、それを確かめに来たし」
『奥に行くと新しい食材がある』
「そっちか」
そっちだ。
強くなる。
奥へ行く。
食材が増える。
料理が増える。
また食わせる。
もっと強くなる。
いい循環だ。
「ニャルの中で、俺が強くなる理由が食材寄りになってない?」
『最初からそうだぞ』
「否定しないんだ……」
もちろん真琴を治すためにも強くなってもらいたい。
そのことは忘れていない。
でも、美味いものが増えるのも大事だ。
――――――
途中でホーンラビットが飛び出してきた。
角を前にして、一気に悠真へ突っ込む。
初めて見た時は、俺も食材として見るより先に、その勢いに少し驚いた。
今の悠真は違う。
剣を構える。
ぎりぎりまで引きつける。
身体を横へずらしながら、角を避ける。
そのまま一閃。
ホーンラビットは悠真の横を通り過ぎ、数歩先で倒れた。
「よし」
『早い』
「今のは結構きれいにできた」
『前よりずっと』
「そう?」
『前ならもっと慎重だった』
悠真は倒したホーンラビットを見る。
「まあ、こいつの動きにも慣れたしな」
『それも成長だ』
「ニャル、本当に今日は褒めるな」
『確認しに来たからな』
「いつもそれくらい褒めてくれてもいいんだけど」
『飯の時褒めてる』
「俺が食ってるだけじゃん」
『よく食う』
「それ褒め言葉?」
褒めている。
育ち盛りには重要な能力だ。
ホーンラビットを収納へ入れる。夕飯の肉は確保。
でも今日は、これで終わりじゃない。
『もうちょっと奥』
「行けそう?」
『悠真が』
「俺基準なんだ」
『俺は戦わないからな』
「知ってる」
悠真が笑いながら、俺の頭を一度撫でた。
撫でる必要はない。
……まあ、今日よく働いているから許す。
――――――
さらに進んだ先で、俺は足を止めた。
『ん?』
「どうした?」
『あれ』
洞窟の壁際。
枝葉の間に赤い実が見える。
最初は普通のトマトかと思った。でも、近付いてみると表面に薄い金色の光沢があった。
小さな実じゃない。
普通のトマトより少し大きいくらい。
「トマト?」
『たぶん』
「ダンジョンの?」
『それは確実』
「じゃあ食えるかは確実じゃないな」
進歩したな。
以前なら、俺が食材を見るたびに「食べるの!?」だったのに。
『待て。見る』
鑑定する。
頭へ情報が入ってくる。
俺の耳が立つ。
『食える』
「やっぱり」
『サンライトトマト』
「サンライト?」
『名前はそう』
赤い果実の表面に浮かぶ金色の光沢をもう一度見る。
確かに、名前には合っている。
鑑定で分かる範囲では、果実を料理に使える。扱いも難しくない。
そして。
トマト。
『使いやすい』
「そこ?」
『煮ても焼いてもいい。ソースにもなる』
「もう献立考えてる?」
『うむ』
ホーンラビット。
サンライトトマト。
ケイブマッシュルームも少し取ってある。
煮込み。
いい。
魔晶岩塩もある。
エルフハーブを合わせてもよさそうだ。
「ニャル」
『なんだ』
「めちゃくちゃ尻尾動いてる」
『新食材だからな』
「強くなった俺を見た時より動いてない?」
『気のせいだ』
「絶対嘘だ」
どっちも嬉しい。
比べる必要はない。
俺は熟していそうなサンライトトマトをいくつか選び、収納へ入れた。
その瞬間、何となく分かった。
これだ。
悠真が強くなれば、今まで行けなかった場所へ行ける。
そこで新しい食材が手に入る。
その食材を俺が料理する。
悠真が食う。
また育つ。
かなり単純。
でも。
すごくいい。
――――――
帰り道は、来た時よりさらに楽だった。
悠真も自分の調子が分かったらしい。無理に先へ進もうとはせず、今日はここまでと決めて戻る。
『もっと行けそうだった』
「行けそうだから帰るんだよ」
『なんで?』
「余裕あるうちに帰る方がいいって、岩城さんにもずっと言われてる」
『なるほど』
それは正しい。
食材欲しさに飼い主を壊したら意味がない。
『じゃあ今日は帰る』
「素直だな」
『夕飯あるし』
「やっぱり飯じゃん」
収納にはホーンラビット。
サンライトトマト。
ケイブマッシュルーム。
途中で採ったゴブリンポテトも少し。
十分だ。
『緑葉の洞窟、やっぱり便利だな』
「ニャルにとって本当に冷蔵庫だよな」
『今日は奥の棚まで見た感じ』
「ダンジョンを冷蔵庫の棚で表現するなよ」
でも近い。
いつもの食材を取りに来られて、少し奥へ行けば違うものまである。
これから悠真がもっと強くなったら、さらに奥も見られる。
何があるんだろう。
楽しみだ。
――――――
家へ帰ると、俺はすぐキッチンへ向かった。
「休まなくていい?」
『平気』
「俺より元気じゃん」
『俺、今日歩いてただけだからな』
「俺は戦ってたんだけど」
『お疲れ』
「軽いなあ」
でも働いた飼い主には飯を出す。
それが俺の仕事だ。
収納から食材を出す。
ホーンラビット。
ケイブマッシュルーム。
ゴブリンポテト。
そして今日の新入り、サンライトトマト。
何を作るかは帰る途中で決めていた。
『煮込む』
「今日はシチュー?」
『違う。トマト煮込み』
「いいね」
悠真の反応が早い。
最初にダンジョン食材を料理した時、こいつはずっと心配していた。
食えるのか。
本当に大丈夫なのか。
死なないか。
今はもう。
今日何作る。
それだけ。
俺は新しい包丁を浮かせる。
サンライトトマトへ刃を入れる。
すっ、と切れる。
赤い果肉から水分がにじみ、青臭さの中に少し甘い香りが混ざった。
「それ、本当にいい包丁だな」
『うむ』
ホーンラビットも食べやすい大きさへ。
ケイブマッシュルームも切る。
包丁が宙を滑り、まな板の上で食材が次々と揃っていく。
その隣では鍋が浮く。
コンロへ移動。
生活魔法で少し水を足し、火加減を調整する。
「ニャル、ゴブリンポテト洗っといた」
『ありがとう』
「次何する?」
『皿出して』
「了解」
悠真も普通に動く。
俺が料理していることも。
包丁が浮いていることも。
鍋が勝手に動いていることも。
もう珍しくない。
これがこの家の夕飯だ。
――――――
「ただいま」
真琴が帰ってきた。
『おかえり』
「おかえり、母さん」
「ただいま。……あら、いい匂い」
ちょうど鍋から湯気が立ち始めたところだった。
サンライトトマトが煮崩れ、ホーンラビットとケイブマッシュルームへ赤いソースが絡んでいる。
少し離れていても、酸味のある匂いが分かる。
「今日は何作ってるの?」
「緑葉の洞窟で新しいトマト見つけた」
「また増えたの?」
『サンライトトマト』
「へえ」
真琴は着替える前にキッチンの入口まで来ると、鍋を覗いた。
「普通に夕飯ね」
『普通の夕飯だぞ』
「そうなんだけど」
真琴が笑う。
「ダンジョンで息子が取ってきた材料を、猫が浮かせた包丁で切ってるのよね」
「言われると全然普通じゃないな」
『美味ければいい』
「ニャルはそうよね」
その通り。
――――――
煮込みの味を整える。
サンライトトマトにはしっかり酸味があるが、加熱すると甘さも出てきた。
ホーンラビットの肉とも合う。
ケイブマッシュルームが汁を吸っているのもいい。
『味見』
「どうぞ」
悠真がもう止めない。
『……昔は止めたのに』
「何を?」
『味見』
「だって今さらニャルが変な物食わせると思ってないし」
そうか。
俺は一口分を少し冷まして食べる。
「にゃ」
美味い。
酸味。
肉。
キノコ。
いい。
『できた』
「うまそう」
「私も今日は一緒に食べようかな」
『三人分ある』
「さすが」
真琴が俺の頭を撫でる。
料理中なんだが。
でも完成したからいい。
――――――
三人で食卓を囲む。
「いただきます」
『いただきます』
「いただきます」
悠真がトマト煮込みを口へ運ぶ。
「うまっ」
いつもの第一声。
俺はそれを聞くだけで少し満足する。
「トマト結構濃いな。肉にも合う」
『うむ』
真琴も食べる。
「美味しい。こういうのなら普通に毎週食べたいかも」
『また取ってくる』
「すぐ食材調達の話になるのね」
『近いからな』
そのための緑葉の洞窟だ。
俺も自分の分を食べる。
美味い。
今日の新食材も当たり。
そしてその食材は、悠真が強くなったから取れた。
いい。
本当にいい。
「ニャル、今日ずっと機嫌いいよな」
『そうか?』
「洞窟でも尻尾揺れてたし」
「何かあったの?」
真琴が聞く。
悠真が少し得意そうに答えた。
「俺、前よりかなり強くなってた」
「あら」
「前ならきつかった数のゴブリンも普通に倒せたし、ちょっと奥まで行けた」
「無茶はしてない?」
「してない。余裕あるところで帰ってきた」
「ならいいわ」
真琴はそれ以上止めない。
ただ、少し安心したように笑った。
「ちゃんと強くなってるのね」
『うむ』
俺が答える。
『ちゃんと育ってる』
「何でニャルが誇らしげなのよ」
「俺も今日それ言った」
三人で笑う。
俺はもう一口食べる。
最初は、弱い飼い主だと思った。
だから育てようと思った。
飯を作った。
食わせた。
強くなった。
また食材を取りに行った。
それを何度も繰り返した。
今では、前よりずっと奥へ進める。
新しい食材まで持って帰れる。
俺の包丁も新しくなった。
料理も増えた。
蓮とレオもいる。
犬飼も宮本も知っている。
いつの間にか、ずいぶん色々増えた。
でも。
家へ帰って。
飯を作って。
悠真が「うまっ」と言う。
そこは変わらない。
俺はそれでいい。
――――――
食事が終わったあと。
真琴はソファへ移動したが、俺はキッチンへ戻った。
「ニャル、何してる?」
『明日の分』
「まだ料理するの?」
『サンライトトマト残ってるから下処理だけ』
「手伝う?」
『容器出して』
「はいよ」
悠真が棚から保存容器を出す。
俺は包丁を浮かせる。
サンライトトマトを切る。
鍋を動かす。
少し火を入れる。
生活魔法で温度を調整する。
特別なことは何もない。
いつものことだ。
悠真もその横で普通に皿を片付けている。
「ニャル、そこ跳ねるぞ」
『分かってる』
「毛についたら取るの大変だからな」
『大丈夫』
「前足こっち」
『まだ料理中』
「終わったら拭こうな」
過保護だ。
そんな俺たちを、真琴がソファから見ていた。
少しして。
何か音がする。
俺は耳だけそちらへ向ける。
『何してる?』
「ん? 別に」
真琴がスマートフォンをこちらへ向けていた。
「母さん、撮ってる?」
「ちょっとだけ」
『俺?』
「うん」
何でだ。
料理しているだけなのに。
真琴は画面を見ながら、少し位置を変えた。
俺は気にせず包丁を動かす。
切る。
鍋へ入れる。
生活魔法で火を調整する。
「……すごいわね」
『何が?』
「こうやって画面で見ると、余計に」
真琴がスマートフォンを悠真へ見せる。
「ほら」
「……ああ」
「何?」
『見せて』
悠真が俺の方へ画面を向けた。
そこには、小さな猫が映っていた。
二本足で立って。
真剣な顔で鍋を見ている。
その前では包丁が宙に浮き、横では鍋が勝手に動いている。
『俺だ』
「そうだな」
『料理してる』
「そうだな」
それだけだ。
毎日見ている光景。
でも真琴は画面と俺を何度か見比べたあと、少し考えるように首を傾げた。
「……これ、配信したら人気出るんじゃない?」
「配信?」
「にゃ?」
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【ダンジョン食材辞典】
No.013
■名称
サンライトトマト
■危険度
★☆☆☆☆
■ニャル評価
★★★★☆
■見た目
赤い果実の表面に、薄い金色の光沢があるトマト系ダンジョン食材。
緑葉の洞窟の少し奥で発見。
切ると果汁が多く、トマトらしい青い香りの中に少し甘い匂いがある。
■食用部位
熟した果実部分。
■おすすめ調理法
◎ 肉やキノコとの煮込み
○ トマトソース
○ 焼き料理
■調理のコツ
表面をよく洗ってから使う。
加熱すると酸味が少し丸くなって甘みが出るので、煮込み料理に使いやすいにゃ。
■一人前
1~2個程度。
■メモ
悠真が強くなったから、いつもより奥まで行けた。
奥まで行ったから、これを見つけた。
つまり飼い主を育てると食材が増える。
やっぱり育成は大事にゃ。
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