第21話 デザートだって立派な育成飯です
バターが溶ける。
その上へ月光リンゴを並べた瞬間、甘い香りがふわっと立ち上った。
「ニャル」
『なんだ』
「まだハチミツ入れてないよな?」
『まだだ』
「もうめちゃくちゃ甘い匂いするんだけど」
分かる。
俺もさっきから鼻が忙しい。
焼けていくリンゴの匂いだけで、尻尾が勝手に揺れていた。
――――――
花蜜の森から帰った日の夕方。
調理台の上には、今日持ち帰った食材が並んでいる。
月光リンゴ。魔蜂ハチミツ。エルフハーブ。
肉でもない。魚でもない。いつもの野菜とも違う。
これまで俺がダンジョンから持ち帰ってきた食材とは、かなり方向が変わった。
「今日何作る?」
悠真が冷蔵庫を開けながら聞いてくる。
『夕飯とデザート』
「デザート?」
『うむ』
「ニャル、デザートも作れるんだ」
『料理だからな』
「いや、お前なら作れると思ってたけど。何か今まで肉とか魚の印象強くて」
確かに最近はそうだった。
ホーンラビット。
ケイブマッシュルーム。
ケイブサーモン。
岩ガニ。
美味いものばかりだ。
でも甘い物だって好きだし、前世では普通に作っていた。凝った菓子を専門にしていたわけではないが、家庭で食べる程度なら問題ない。
何より今日は月光リンゴと魔蜂ハチミツがある。
焼かない理由がない。
『まず夕飯』
「そっちからなんだ」
『デザートから食ったら飯入らなくなるだろ』
「ちゃんとしてる……」
『当たり前だ』
料理猫を何だと思っている。
――――――
主菜にはホーンラビットの肉を使う。
せっかくなので、花蜜の森で採ってきたエルフハーブも合わせることにした。
葉を軽く洗い、香りを確かめる。青っぽさのある爽やかな匂いで、鼻へ近付けると少しだけ耳が動いた。
「いい匂い?」
『うむ。肉に合いそう』
「食べてないのに分かるの?」
『鑑定でも相性は分かる。あとは料理して確かめる』
それが楽しい。
安全に食べる方法が分かるのと、実際にどう料理すれば一番美味いかは同じじゃない。そこから先は俺が考えるところだ。
新しい包丁を浮かせる。
宮本に作ってもらった、俺専用の包丁。
エルフハーブを細かく刻むために刃を下ろすと、思った場所へぴたりと入った。何度使っても気持ちいい。
細かく。
さらに細かく。
「それ、本当に気に入ったな」
『いい包丁だからな』
「宮本さんに毎日言ってそう」
『毎日は会わない』
「そういう意味じゃない」
刻んだエルフハーブをホーンラビットの肉へ合わせる。普通の調味料も使って味を整え、そのまま少し馴染ませる。
フライパンへ肉を置けば、じゅうっと油の弾ける音がした。
肉の焼ける匂い。
そこへ、いつもとは違うハーブの香りが重なる。
「おお」
悠真が分かりやすく反応した。
『どうだ』
「何か店っぽい匂いする」
『店っぽいって何だ』
「こういうハーブ使った料理、家でそんな食わないし」
それはそうかもしれない。
俺も前世では毎日ハーブを使っていたわけじゃない。
でも、あるなら使う。
食材が増えれば料理も増える。
いいことだ。
――――――
「ただいまー」
玄関から真琴の声がした。
「母さん帰ってきた」
『ちょうどいい』
「何が?」
『三人分ある』
「最初からそのつもりだっただろ」
当然。
飼い主の家族なら、食べられる日は一緒に食べればいい。
少ししてキッチンを覗いた真琴は、フライパンと調理台、それから宙に浮いている俺の包丁を順番に見た。
「あら。今日もやってるわね」
『おかえり』
「ただいま、ニャル。今日は何?」
「花蜜の森ってダンジョン行ってきたんだよ」
「また新しいところ?」
「うん。今日はハーブとかリンゴとか蜂蜜」
悠真が説明すると、真琴の視線が調理台へ向かう。
月光リンゴを見て、少し目を丸くした。
「これリンゴ?」
『月光リンゴ』
「きれいね。ちょっと光って見える」
淡い光沢のある実は、家の照明の下で見ても普通のリンゴとは違って見える。
俺は胸を張る。
『あとで焼く』
「デザートまであるの?」
『うむ』
真琴が笑った。
「最近、うちの食生活すごくない?」
「俺も思う」
『いいことだろ』
「いいことよ。帰ってきたら猫が夕飯とデザート作ってる家なんて、そうそうないと思うけど」
そうなのか。
普通の家の猫は料理しないらしいからな。
知ってる。
――――――
夕飯は、ホーンラビットとエルフハーブの香草焼き。
そこへ簡単な付け合わせを添えた。
「いただきます」
『いただきます』
「いただきます」
悠真が最初に肉を食べる。
「うまっ」
いつも通り、分かりやすい。
「これ好きだわ。いつもの肉なのに全然匂い違う」
『エルフハーブ』
「これが?」
『うむ』
真琴も一口食べ、ゆっくり頷いた。
「香りがいいわね。さっぱりしてるから食べやすい」
『魚にも使える』
「もう次考えてるの?」
『当然』
ケイブサーモンへ合わせてもいい。
魔晶岩塩とエルフハーブで焼く。
バターを使ってもいい。
そこへ少し紅香晶。
いや、最初は混ぜすぎない方がいいか。
「ニャル、止まったぞ」
『考えてる』
「飯食いながら次の飯考えるのやめない?」
『大事だ』
「ニャルらしいわねえ」
真琴が笑いながら俺の皿を少し近くへ寄せてくれた。
ありがたい。
俺は自分の分を食べる。
美味い。
ハーブが強すぎず、肉の味を消していない。最初にしてはかなりいい。
でも。
今はまだ前座だ。
俺の視線は食事の途中から、もう月光リンゴへ向いていた。
――――――
「ニャル、まだ食べ終わってないぞ」
『食べてる』
「リンゴ見ながら?」
『確認してる』
「何を」
『デザートを』
「まだ作ってないだろ」
うるさい。
楽しみなんだ。
俺は自分の分をきちんと食べ終えてから、再びキッチンへ向かった。
月光リンゴ。
鑑定で食べ方を確かめた実を洗い、新しい包丁で切る。
すっ。
刃が入る。
中の果肉は普通のリンゴより少し白く見え、切った断面から甘い香りが立った。
「一個で足りる?」
悠真が聞く。
『二個使う』
「増えた」
『悠真が食うから』
「俺のせい?」
『育ち盛り』
「またそれ」
真琴が後ろで笑っている。
「実際、悠真最近すごく食べるものね」
「いや、ニャルが出す量が増えたんだよ」
『残す?』
「食べる」
なら問題ない。
俺は二個分の月光リンゴを切る。
自分の分は少しだけ。
体が小さいから、悠真と同じ量は食べられない。
それは少しだけ損した気分になる。
特にデザートは。
――――――
フライパンへバターを落とす。
じわっと溶けて、表面に小さな泡が出始める。
そこへ月光リンゴを並べた。
じゅっ。
水分が弾け、甘い香りが一気に広がる。
「うわ、すご」
「いい匂いね」
悠真と真琴が同時に反応した。
当然だ。
俺も反応している。
鼻が勝手に動く。
焼き色がつくまで待つ。
待つ。
『…………』
「ニャル」
『なんだ』
「近くない?」
『見てるだけ』
「フライパンに顔近付けすぎ」
『見えない』
「抱こうか?」
『いらない』
俺は台の上から十分見える。
たぶん。
月光リンゴの縁が少しずつ色づいてきたところで、ひっくり返す。
柔らかくなり始めているが、崩れてはいない。
そこへ。
魔蜂ハチミツ。
黄金色の蜜を少量垂らす。
熱へ触れた瞬間、花のような甘い香りが強くなった。
「にゃ」
出た。
「今鳴いた?」
『鳴いてない』
「鳴いたよね?」
『ハチミツが音出した』
「絶対違う」
「悠真、そっとしておいてあげなさい」
真琴まで笑っている。
仕方ないだろ。
匂いがいい。
これは猫とか関係ない。
たぶん。
――――――
蜂蜜が焦げないうちに火を調整する。
表面に軽い焼き色がつき、月光リンゴから出た果汁とバター、それから魔蜂ハチミツがフライパンの中で混ざっていく。
少しだけ煮詰める。
とろり。
リンゴへ絡む。
『よし』
「できた?」
『まだ』
「何が足りない?」
『味見』
「やっぱり」
必要だ。
絶対に必要だ。
一切れからほんの少しだけ切り取り、冷ます。
猫舌だからな。
少し待つ。
待つ。
『もういい?』
「俺に聞かれても」
『熱いかな』
「だから俺に聞かれても」
恐る恐る食べる。
しゃく。
「にゃっ」
今度は普通に出た。
美味い。
表面は柔らかくなっているのに、中には少し食感が残っている。熱を入れたことで月光リンゴの甘さが強くなり、魔蜂ハチミツの花っぽい香りが重なっていた。
バターのコクもいい。
『成功』
「顔で分かった」
『もう一回確認する』
「今ので成功って言ったじゃん」
『念のため』
「減らす気だ」
『料理人の確認だ』
「はいはい」
もう一口。
美味い。
完成。
――――――
皿へ盛り付ける。
悠真は多め。
真琴は普通。
俺は小さめ。
『…………』
「何?」
『俺の少ない』
「お前その体で俺と同じ量食ったら大変だろ」
分かっている。
分かってはいる。
「ニャル、欲しかったら私の一切れあげる?」
『……いいの?』
「いいわよ」
『真琴』
「何?」
『好き』
「あら」
「母さんずるくない?」
何がだ。
食べ物をくれる人は大事にする。
真琴は笑いながら、自分の皿から一切れを半分にして俺の方へ分けてくれた。
いい人だ。
「俺もあげようか?」
『悠真は食え』
「俺だけ扱い違わない?」
『育てるから』
「はいはい」
三人で食べる。
悠真が一口食べた瞬間、目を見開いた。
「うまっ!」
知ってる。
「何これ。普通の焼きリンゴよりめちゃくちゃ美味くない?」
『月光リンゴと魔蜂ハチミツ』
「ハチミツすげえな」
『リンゴもだ』
「両方か」
真琴もフォークで一口大に切り、口へ運ぶ。
「美味しい。甘いけど、くどくないわね」
『焼いたリンゴの酸味が少し残ってる』
「これ、お店でデザートに出てきても嬉しいわ」
俺の耳が立つ。
『本当?』
「本当本当」
嬉しい。
俺は自分の分を食べる。
さっき味見した。
でも、皿に盛ってみんなで食べるのはやっぱり違う。
料理は食ってもらって完成だからな。
悠真が二口目。
三口目。
早い。
『ゆっくり食え』
「美味いんだって」
『まだある』
「おかわりしていい?」
『いいぞ』
即答した。
嬉しい。
やっぱり、作ったものをおかわりされるのはいい。
自分が食べるのも好きだ。
でも、大切なやつが美味そうに食べているのを見るのもかなり好きだ。
――――――
「最近さ」
真琴が食後のお茶を飲みながら、テーブルを見る。
「本当に食卓変わったわよね」
「ニャル来る前?」
「そう。前も普通にご飯は作ってたけど、ダンジョンで採ってきた魚とか、変なキノコとか、今日みたいな光ってるリンゴなんて出なかったもの」
『変なキノコ』
「ケイブマッシュルームね」
「それにニャルの料理、どんどん種類増えてるし」
悠真が言う。
確かに。
最初はある食材で普通の飯を作った。
それから炒め物。
スープ。
魚料理。
カニ。
今はハーブと果物と蜂蜜。
そして専用包丁まである。
俺自身も少しずつできることが増えている。
『まだ増えるぞ』
「頼もしいわね」
「母さん、そのうち普通の夕飯じゃ満足できなくなるぞ」
「もうかなり危ないかも」
『普通の飯も作る』
「それはそれで食いたい」
『じゃあ作る』
悠真が笑った。
これでいい。
ダンジョンへ行って。
食材を見つけて。
家へ持ち帰って。
料理して。
みんなで食う。
普通になってきた。
かなりいい普通だ。
――――――
食器を片付けようとしたところで、悠真がふと手を止めた。
「……あれ?」
『どうした』
「いや、何かまたちょっと調子いい気がする」
俺も止まる。
『どんな?』
「うーん……今すぐ何がって言うほどじゃないけど。前にもあった感じ」
それなら。
たぶん。
『育った?』
「かも」
悠真が軽く肩を回す。
「次ダンジョン行ったら分かるかな」
『分かる』
俺の尻尾が少し上がる。
デザートでも育つ。
肉じゃなくても。
魚じゃなくても。
甘いものを美味しく食べても、悠真は少しずつ強くなるらしい。
『いいな』
「何が?」
『デザート』
「そこ?」
『美味いし、育つ』
「最高じゃん」
『うむ』
悠真は残っていた月光リンゴを見た。
「もう一皿食ったらもっと――」
『今日は終わり』
「何で!?」
『食いすぎ』
「さっきおかわりいいって言ったじゃん」
『一回はな』
「育ち盛りじゃないの?」
『限度がある』
育成は大事。
でも食わせれば食わせるほどいいという話でもない。
明日また食えばいい。
「ニャル、俺には厳しくない?」
『飼い主だからな』
「意味分かんない」
大事だからだ。
――――――
片付けが終わる頃には、俺は少し眠くなっていた。
料理で念動力を使ったからというのもあるが、腹が満たされると眠くなる。
仕方ない。
猫だからな。
「眠い?」
『まだ寝ない』
「目細くなってるぞ」
『なってない』
悠真に抱き上げられる。
抵抗はしない。
そのまま腕の中へ収まると、ちょうどいい温かさだった。
「次の休み、どこ行く?」
『花蜜の森』
「また?」
『まだ食材ある』
「確かに全部見てないけど」
行きたい。
でも。
悠真が少し考えてから別のことを言った。
「その前にさ。久しぶりに緑葉の洞窟のちょっと深いところ行かない?」
俺の耳が動く。
『深いところ?』
「うん。最近かなり身体動くし、前より行けると思う」
なるほど。
そういえば。
最初に悠真と行ったのも緑葉の洞窟だった。
あの頃より、何度も飯を食った。
何度も強くなった。
俺も悠真の戦いをずっと見てきた。
なら。
一度、ちゃんと確かめてみてもいい。
俺は悠真の腕の中で顔を上げる。
『どれくらい育ったか確認するか』
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【猫のレシピ帳】
Recipe.007
■料理名
月光リンゴの蜂蜜バター焼き
■使用食材(1人前)
・月光リンゴ …… 1/2~1個
・魔蜂ハチミツ …… 大さじ1程度
・バター …… 適量
■作り方
① 月光リンゴを食べやすい大きさに切る。
② フライパンでバターを溶かし、リンゴの両面をじっくり焼く。
③ 表面に焼き色がついたら魔蜂ハチミツを加える。
④ 果汁とハチミツを軽く煮詰め、リンゴへ絡めて完成。
■味の評価
★★★★★
焼いて甘くなった月光リンゴに、魔蜂ハチミツの花みたいな香りが合う。
温かいうちに食べるのがおすすめにゃ。
■ワンポイント
ハチミツを入れたあとは焦がさないように火を強くしすぎない。
リンゴは柔らかくしすぎず、少し食感を残すと美味いにゃ。
■真琴の感想
「甘いけどくどくなくて美味しい。これ、お店でデザートに出てきても嬉しいわ」
─ 今日のひとこと ─
俺の皿は小さい。
身体も小さいから仕方ない。
でも真琴が一切れくれた。
真琴はいい人にゃ。
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