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転生猫ですが、最弱テイマーをダンジョン飯で最強に育てます  作者: 悪癖


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第20話 甘い匂いのするダンジョン

 名前に嘘はなかった。


 花蜜の森へ入って最初に感じたのは、花の匂いだった。甘い。それも一種類じゃない。目の前には色とりどりの花が咲き、その奥には果樹らしい木々まで見えている。風が吹くたびに花と草、それから熟した果物みたいな香りが混ざって鼻へ届いた。


『悠真』


「何?」


『ここ、いいダンジョンだ』


「まだ入って三十秒くらいだけど」


『分かる』


「岩鉄坑道の時と評価速度が違いすぎるだろ」


 あそこは最初、岩しかなかったからな。


 こっちは入口から美味そうだ。


――――――


 花蜜の森は、緑葉の洞窟とはまた違った。


 あっちは洞窟の中へ草木が生えている不思議な場所だったが、ここは最初から最後まで森らしい。頭上には枝葉が広がり、足元にも草や小さな花が多い。少し進むだけで見たことのない植物が次々に現れるので、俺の首は右へ左へ忙しかった。


「ニャル、前見て歩けよ」


『見てる』


「今ずっと横見てたけど」


『横にも食材があるかもしれない』


「転ぶぞ」


『猫は転ばない』


 言った直後、草の根に前足を引っかけた。


「ニャル」


『今のは地面が悪い』


「抱く?」


『歩ける』


「はいはい」


 頭を一度撫でられた。


 必要ない。


 ……でも、まあいい。


 それより食材だ。


 この森は明らかに種類が多い。緑葉の洞窟でもゴブリンポテトや妖精ニンジン、ケイブマッシュルームなんかを見つけたが、ここは方向性そのものが違う。


 香りが多い。


 色も多い。


 目に入るものを見るたび、頭の中で料理へ変換されていく。


 あの葉っぱは肉に合わせられるか。


 あっちの実は煮たらどうなる。


 あの花は食えるのか。


「すごい楽しそうだな」


『普通だ』


「尻尾ずっと立ってるぞ」


『森だからな』


「そんな猫の習性あった?」


 ないかもしれない。


――――――


 最初に足を止めたのは、細長い葉をつけた草だった。


『待て』


「食える?」


『たぶん』


「その反応も慣れたな、俺」


 悠真が普通に隣へしゃがむ。


 最初の頃なら、ダンジョンで生えている草を俺が食材扱いするたびに「大丈夫なのか?」と警戒していた。今でも危険性はきちんと確認するが、少なくとも俺が何も考えず口へ入れようとしているとは思われなくなったらしい。


 鑑定。


 頭へ情報が入ってくる。


『エルフハーブ』


「名前からしてハーブだな」


『うむ』


 香草系のダンジョン食材。


 葉を少し近くで嗅ぐと、すっきりした青い香りが鼻へ抜けた。癖はあるが嫌な匂いじゃない。


 肉。


 まずそれが浮かぶ。


 ホーンラビットへ合わせてもいい。魚へ使うのもありだ。刻んでソースへ入れる。スープの香り付け。焼く前の肉へ揉み込んでもいいかもしれない。


『使える』


「その顔、もう何か考えてる?」


『肉焼く』


「早い」


『魚にも使う』


「増えた」


『スープも』


「まだ増える?」


 増える。


 俺は状態のいい葉を選び、必要な分だけ採って収納へ入れた。まだ森へ入ったばかりなのに、もう一つ。


 花蜜の森。


 やはりいい場所だ。


――――――


 そのあと少しだけモンスターにも出会った。


 花の多い場所を抜けようとしたところで、羽音が近付いてくる。


「来るぞ」


 悠真が剣を抜いた。


 俺は少し距離を取り、周囲を見る。飛んできたのは大きな蜂型のモンスターだった。


『蜂』


「見れば分かる!」


 二体。


 悠真は一体目の突進を横へ避けると、すれ違いざまに剣を振るった。返す動きでもう一体へ向き直り、飛び込んできたところを迎え撃つ。


 少し前なら、飛ぶ相手にはもっと慎重だった気がする。


 今は余裕がある。


 相手の動きを見て。


 避けて。


 当てる。


 無理に追いかけない。


 短いやり取りで二体とも倒れた。


「ふう」


『余裕だな』


「前よりはな」


『育ってる』


「それ言う時、本当に嬉しそうだよな」


『育ててるからな』


「俺、植物か何か?」


『飼い主』


「もっと普通に扱って?」


 普通に大切に扱っているぞ。


 俺は悠真へ近付き、怪我がないことを確認する。問題なし。


 それから。


 鼻が動いた。


『ん?』


「どうした?」


 甘い。


 花とは違う。


 もっと濃い。


 俺は匂いの方向へ歩く。


「ニャル?」


『こっち』


 木々の間を少し進むと、太い幹のそばに蜂の巣らしいものがあった。


 さっきの蜂。


 これか。


 中を確認する。


 とろりとした黄金色。


『ハチミツ』


「マジ?」


 鑑定。


 魔蜂ハチミツ。


 ダンジョンに生息する蜂から採れる蜂蜜。


 名前の時点でもう勝っている。


『取る』


「即決」


『当然』


 甘味。


 今までの料理にも砂糖や普通の調味料は使ってきた。でも、ダンジョンそのものから採れる甘味はまた別だ。


 肉へ薄く塗って焼く。


 ソースへ混ぜる。


 果物にかける。


 パンがあればそのままでもいい。


 デザート。


『…………』


「ニャル?」


『忙しい』


「何もしてないだろ」


『頭の中が』


「料理?」


『うむ』


 やりたいことが一気に増えた。


 困る。


 いや、困らない。


 嬉しい。


――――――


 魔蜂ハチミツを安全に持ち帰れる分だけ確保し、さらに森を進む。


 その頃には俺の中で、このダンジョンの評価はかなり高くなっていた。


 エルフハーブ。


 魔蜂ハチミツ。


 まだ二つなのに、料理の方向が一気に増えている。


 今まで多かったのは、肉、野菜、キノコ、魚。


 それだけでもかなり料理はできる。


 でもハーブがあれば香りを変えられる。


 蜂蜜があれば甘味を使える。


 料理というのは、食材が一つ増えるだけで一品増えるわけじゃない。組み合わせが増える。


 ケイブサーモンとエルフハーブ。


 ホーンラビットと魔蜂ハチミツ。


 ゴブリンポテトへハーブを合わせてもいい。


 魔晶岩塩もある。


 紅香晶もある。


『……すごいな』


「何が?」


『料理増える』


「まだ食ってもないのに?」


『食える方法は分かる』


「そうだった」


 悠真が笑う。


「最近さ」


『なんだ』


「強そうなモンスター見つけるより、ニャルが食材見つけてるの見てる方が面白いかも」


『なんで?』


「分かりやすいから」


『何が』


「楽しそうなのが」


 そうか?


 自分では普通に探索しているだけだ。


「魚見つけた時とか、今日の蜂蜜とか。めちゃくちゃ顔に出るし」


『猫の顔はそんなに変わらない』


「耳と尻尾で全部分かる」


『見るな』


「無理だろ」


 尻尾を前足で押さえる。


 悠真が笑った。


 何が面白い。


 俺は真面目に食材を探しているだけだ。


――――――


 森の奥へ進むほど、果樹が増えていった。


 見たことのない実もいくつかある。


 全部を持って帰りたいところだが、鑑定しながら一つずつ確認していたら一日では足りない。


 今日は目立つものから。


『悠真』


「また見つけた?」


『あれ』


 少し離れた場所に一本の木がある。


 枝に実がなっていた。


 リンゴに似ている。


 でも、普通のリンゴとは少し違う。


 表面に淡い光沢がある。


 木漏れ日が当たるたび、月の光を思わせる柔らかな輝きが浮かんでいた。


「きれいだな」


『食えるかな』


「最初に出る感想それ?」


『大事だ』


 近付く。


 鑑定。


 情報が入った瞬間、耳が立つ。


『月光リンゴ』


「へえ」


『食える』


「その声で分かる」


 果物。


 ちゃんとした果物だ。


 今までも野菜はあった。


 デザートもスライムゼリーを使って作れた。


 でも、果物そのものが加わると一気に世界が広がる。


 切って食べる。


 煮る。


 焼く。


 蜂蜜を合わせる。


 バター。


 そうだ。


 バター。


 俺はじっと月光リンゴを見る。


「また考えてる」


『焼く』


「リンゴを?」


『うむ』


「そのままじゃなくて?」


『そのままも食べる。でも焼く』


 バターで焼く。


 魔蜂ハチミツをかける。


 少し香りを足してもいい。


 薄く切るか。


 半分にするか。


 丸ごとなら時間がかかる。


 いや、最初は厚めのくし切り。


 表面だけ少し焼いて、中に食感を残す。


『……いいな』


「何が?」


『まだ秘密』


「絶対料理じゃん」


『料理だ』


「隠す意味あった?」


 ない。


 俺は届く高さにあった月光リンゴを一つ採る。


 両前足で抱えるには少し大きい。


 ずしりとした重さ。


 鼻を近付けると、ほんのり甘い果物の香りがした。


「食うなよ」


『食わない』


「今、口開きかけなかった?」


『匂い嗅いだだけ』


「本当に?」


『本当だ』


 まだ食わない。


 ちゃんと料理したい。


 ……一口くらい味見は必要かもしれないが。


――――――


 その後も、俺たちは花蜜の森をゆっくり歩いた。


 戦闘は何度かあったが、どれも長引かなかった。悠真が周囲を警戒し、必要な時だけ剣を抜く。その間、俺は植物や果実を見つけては足を止める。


「探索の役割、完全に分かれたな」


『いいだろ』


「俺、護衛と荷物係?」


『荷物は俺が収納する』


「じゃあ護衛だけ?」


『採取も手伝ってる』


「それならまあ」


 俺は料理担当。


 悠真は戦闘と採取担当。


 ちょうどいい。


 帰る頃には収納の中へ、エルフハーブ、魔蜂ハチミツ、月光リンゴが入っていた。


 量だけなら、もっとたくさん採れたダンジョンもある。


 でも今日手に入ったものは、今までとは種類が違う。


 甘味。


 果物。


 香草。


 この三つだけで、今まで作っていた料理まで変えられる。


『悠真』


「ん?」


『次の飯、忙しいぞ』


「食うだけの俺にも関係ある?」


『ある』


「何するの?」


『いっぱい食う』


「いつも通りじゃん!」


『育ち盛り』


「便利だな、その言葉」


 便利じゃない。


 事実だ。


 悠真にはもっと育ってもらう。


 でも、それより先に。


 美味いものを食わせる。


 そっちが大事だ。


 森を出る前、俺は収納からさっき採った月光リンゴを一つだけ取り出した。


 淡い光沢のある実を前足で抱え、もう一度眺める。


 魔蜂ハチミツもある。


 バターもある。


 新しい包丁もある。


 頭の中では、もうフライパンの上で焼けるリンゴの姿まで見えていた。


『これ、焼いたら絶対美味い』


──────────────

【ダンジョン食材辞典】


No.010


■名称

魔蜂ハチミツ


■危険度

★☆☆☆☆


■ニャル評価

★★★★★


■見た目

花蜜の森に生息する魔蜂が作る、黄金色のハチミツ。

とろりと粘りがあり、花の香りが強い。


■食用部位

巣の中に蓄えられたハチミツ部分。


■おすすめ調理法

◎ 果物やデザートにかける

○ 肉料理の甘味付け・ソース

○ 飲み物や焼き料理の甘味付け


■調理のコツ

巣の破片などが混ざらないよう、採取したあと一度きれいに濾して使う。

香りが強いので、料理に使う時は少しずつ加えると扱いやすいにゃ。


■一人前

大さじ1程度を目安に料理へ使用。


■メモ

甘い。


そして料理に使える。


果物にも肉にも使える。


月光リンゴと合わせる予定。

もう美味しい気がするにゃ。

──────────────


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