第18話 その素材で作るの、包丁?
黒鉄堂は、思っていたより普通の店だった。
もっとこう、剣や鎧がずらっと並んでいて、火花が飛び散っていて、筋肉のすごい人たちが大声で話しているような場所を想像していた。でも実際に悠真に連れられて来た店は、古い木の看板が掛かった、昔からそこにありそうな建物だった。
ただし、入口の横に立てかけてある物は普通ではない。包丁や工具に混じって、剣、短剣、盾まである。
『ここ?』
「ここ。黒鉄堂」
『鍛冶屋だな』
「だからそう言ってるだろ」
中から、かん、かん、と金属を叩く音が聞こえてくる。
俺は収納の中に入れてある鉱石を思い浮かべた。岩鉄坑道で悠真が頑張って掘った、高品質らしい鉱石だ。
これが、いい包丁になる。
たぶん。
「入るぞ」
『うむ』
悠真が引き戸を開けた。
――――――
店の中には金属と油の匂いがあった。
壁には剣や短剣、それから見たことのない金属製の道具が並んでいる。奥の棚には包丁もあった。武器ばかりではないらしい。
少し安心する。包丁を作ってほしいと言って、完全に場違いということはなさそうだ。
「すみませーん」
「聞こえてる」
奥から低い声が返ってきた。
しばらくして出てきたのは、がっしりした体格の男だった。年齢は犬飼より少し上に見える。作業着の袖を肘までまくり、手には細かな傷がいくつもあった。
男は悠真を見て、それから俺を見る。
じっと見る。
『……にゃ?』
「珍しいの連れてるな」
「ニャルです。俺のテイムモンスターで」
「そうか」
終わった。それだけだった。
犬飼なら、この時点でもうしゃがんで毛並みを確認している。この人は違う。俺を二足歩行する小さな猫として一度見たあと、すぐ悠真の方へ視線を戻した。
「何の用だ」
「あ、えっと。ダンジョン素材で作ってほしい物があって」
「素材は」
短い。ものすごく短い。
悠真が俺を見る。
「ニャル」
『出す』
収納から、岩鉄坑道で採った鉱石を取り出す。
ごとん。
店の台の上へ置いた瞬間、男の目が変わった。さっき俺を見た時より、明らかに真剣だ。
「……どこで採った」
「岩鉄坑道です」
「自分で?」
「はい」
男は返事もせず鉱石を持ち上げた。表面を見て、角度を変え、指先で軽く叩く。しばらく完全に無言になったので、俺と悠真は顔を見合わせた。
『止まったぞ』
「たぶん考えてるんだろ」
「聞こえてる」
「すみません」
聞こえていた。
男は鉱石を台へ戻した。
「悪くない」
それだけ言って、今度は悠真を見る。
「これなら剣にすればかなりの物になる」
「やっぱり?」
「全部使う必要はないが、素材としては十分だ。短剣でもいい。今の装備から替えるなら――」
「違います」
悠真が言った。
男が止まる。
「違う?」
「俺の武器じゃないです」
そして俺を見る。
男も俺を見る。
俺は胸を張った。
『俺のだ』
「……猫の?」
『うむ』
念話が届いた瞬間、男の眉が少しだけ動いた。
「喋るのか」
『念話だ』
「そうか」
また終わった。もっと驚かれると思ったのに。
蓮なんか初めて聞いた時、「え、今頭の中に声したんだけど?」とかなり驚いていた。この人は一言で済ませた。
どうやら、喋る猫より目の前の鉱石の方が気になるらしい。俺としても、その方が話は早い。
男は俺を見る。
「で、何作る」
『包丁』
沈黙。
さっきまで即答だった男が、初めて完全に止まった。
俺も待つ。悠真も待つ。
「……包丁?」
『うむ』
「これで?」
『うむ』
男が鉱石を見る。俺を見る。もう一度鉱石を見る。
「もう一度言え」
『包丁』
「包丁でいいんだな」
『いい包丁が欲しい』
間違っていない。
昨日ケイブサーモンを捌いた時、今の包丁では骨の周りが少し扱いにくかった。これからもっと大きな魚や、硬い食材を見つける可能性もある。
俺には強い剣より、よく切れる包丁の方が必要だ。
男はしばらく俺を見ていた。やがて、
「分かった」
『作れる?』
「まだ分からん」
即答された。作れると言ってくれる流れじゃないのか。
「素材がいいからって、何にでも向くわけじゃない。包丁にするなら調べる」
『なるほど』
「硬けりゃいい刃になるわけでもない。用途次第だ」
そう言って、男は鉱石の表面を指でなぞる。
無駄だとは言わなかった。普通なら剣になるような素材だと言ったのに、包丁に使うこと自体を笑いもしない。
「宮本さん」
悠真が少し迷いながら口を開いた。
「本当にいいんですか? 結構いい素材なんですよね?」
「いい素材だ」
「包丁に使っても?」
「何で駄目なんだ」
「いや、その……もったいないとか言われるかと思って」
宮本。どうやらこの人の名前らしい。
宮本は不思議そうに悠真を見た。
「包丁が必要なんだろ」
「はい」
「なら包丁に使う。剣が必要なら剣に使う」
ずいぶん単純だ。
でも、分かりやすい。
俺はこの人、たぶん好きだ。
――――――
「で」
宮本は俺を見る。
「どんな包丁が欲しい」
『切れるやつ』
「それは包丁なら当たり前だ」
『む』
確かに。
「何を切る」
『魚。肉。野菜。ダンジョン食材』
「範囲が広いな」
宮本が眉間へ少ししわを寄せた。
「一本で全部やる気か?」
『最初は』
「最初は?」
『必要になったら増やす』
「……そうか」
何か考え始めた。
俺の包丁計画は、まだ始まったばかりだ。
魚用。肉用。小さい食材用。硬い殻用。大きな骨用。
いずれ色々欲しくなる可能性がある。でも、最初から全部作ってもらう必要はない。まずは一番よく使う一本だ。
「今使ってる包丁は」
『家にあった普通の』
「どう持つ」
『持たない』
「……持たない?」
『浮かせる』
宮本の目が初めて、少し興味深そうに細くなった。
「やってみろ」
『包丁ないぞ』
「これ使え」
店の棚から一本、小さめの包丁を取り出して台へ置く。
もちろん勝手に刃を飛ばしたら危ないので、周囲を確認してから念動力を使う。
包丁がふわりと浮いた。
宮本は驚かない。じっと見る。
『こう』
ゆっくり横へ動かす。止める。角度を変える。柄を軸にする必要もないので、空中でくるりと回して刃先の向きを変える。
「もう一回」
『うむ』
今度は少し速く。前へ出す。止める。戻す。
宮本は俺ではなく、ずっと包丁を見ていた。
「手で持たないなら、柄はこのままじゃ邪魔か」
『邪魔?』
「人間用の形にする意味が薄い」
宮本が浮いている包丁へ手を伸ばす。俺は念動力を止め、台へ下ろした。
「普通は握った時のバランスを見る。お前の場合は違うな」
『違う?』
「重心。重量。刃の長さ。動かした時の慣性。そっちだ」
俺にはよく分からない言葉も混じっていたが、何となく意味は分かる。
今使っている包丁は、人間が手で握るために作られている。俺はそれを念動力で無理やり使っている。
なら最初から、念動力で動かす前提で作ればいい。
『軽い方がいい?』
「軽すぎても駄目だ。動かしやすくても、食材に負ける」
『重いと?』
「制御しづらくなるだろ」
『なる』
長く料理していると、念動力を使う分だけ疲れる。重すぎる物をずっと細かく動かすのはしんどい。
「普段、何本同時に使う」
『一本が多い。必要なら二本以上』
「複数使うのか」
『たまに』
「なら一本だけ重すぎても駄目だな」
宮本がまた黙る。
さっきから、この人は会話の途中でよく止まる。でも、話を聞いていないわけじゃない。むしろ逆だ。
俺の使い方を聞くたびに、頭の中で包丁の形を変えているらしい。その感じがちょっと面白い。
「人間用を小さくしても意味がねぇな」
やがて宮本が言った。
「お前が使うなら、お前用に作る」
俺の耳が立った。
『猫用?』
「違う」
即答。
「念動力で使う料理人用だ」
おお。
何か、いい。すごくいい。
俺は料理する猫だ。でも、包丁を使う時に大事なのは猫かどうかじゃない。どうやって使うかだ。
「ニャル、めちゃくちゃ気に入ってるだろ」
横で悠真が笑った。
『普通だ』
「尻尾」
見る。
揺れていた。
仕方ない。専用包丁。しかも俺の使い方に合わせて、一から作る。
楽しみに決まっている。
――――――
宮本は鉱石をもう一度持ち上げた。
「全部これで作るかは、調べてから決める」
『全部使わないの?』
「全部使えばいいってもんじゃない。包丁に向かない硬さなら別の素材を混ぜる。場合によっては使う量も減らす」
『せっかく採ったのに』
「余ったら返す」
『鍋に使える?』
「気が早い」
悠真が吹き出した。
「もう次の道具考えてるじゃん」
『余るならもったいないだろ』
「そういう意味じゃないと思う」
でも、鍋もいつか欲しい。フライパンもいい。
ダンジョン食材は普通の食材より変なものが多いから、道具を良くして困ることはないだろう。
宮本は俺たちの会話を気にした様子もなく、鉱石を台の奥へ移した。
「使ってる包丁、今度持ってこい」
『今?』
「今日はないんだろ」
『家』
「なら後で悠真に持ってこさせろ。重さを見る」
「俺が持ってくるんですね」
「飼い主だろ」
「まあ、そうですけど」
『よろしく』
「お前も当然みたいに言うなよ」
飼い主だからな。頼れるところは頼る。
「あと」
宮本が俺を見る。
「料理する時、困ってることがあるなら今言え」
『昨日、魚の骨の周りが切りにくかった』
「魚の大きさは」
前足を広げて示す。伝わりにくかったので、悠真がケイブサーモンの大きさを説明した。
「骨切り専用じゃなくていいんだな」
『今は一本で色々やりたい』
「なら刃を厚くしすぎない。細かい作業もするなら長すぎても駄目だ」
次々に決まっていく。
俺が何を切りたいのか。どう動かすのか。何が今の包丁で不便なのか。
宮本はそこだけを聞く。
俺が猫であることは、本当にどうでもいいらしい。
少し気になって聞いてみる。
『猫でも作るの?』
宮本がこちらを見る。
「何だ」
『俺、猫だけど』
「見れば分かる」
『依頼していい?』
「意思疎通できて、金払えて、使い方が分かってるなら客だろ」
あっさりした答えだった。
「依頼人が誰かは関係ねぇ。作れるかどうかだ」
それだけ言って、宮本はまた鉱石へ視線を戻した。
格好つけている感じはない。本当にそう思っているだけだ。
犬飼は、俺を猫として大事にしてくれる。毛並みを見たり、寝床を気にしたり、俺が嫌がることはしない。
宮本は違う。
俺が猫でも人でも関係ない。包丁を使うなら、その使い方に合う道具を作る。それだけ。
俺はこういう人も好きだ。
『宮本』
「何だ」
『いい包丁、頼む』
「作れる形にする」
いい返事だ。
「ニャル」
『なんだ』
「その顔、犬飼さんの時と全然違うけど、めちゃくちゃ懐いてない?」
『懐いてない』
「尻尾」
『これは包丁が楽しみなだけだ』
「はいはい」
悠真が笑いながら俺の頭を撫でる。
別に撫でなくていい。
……いや。
嫌ではない。
宮本はそんな俺たちを一度だけ見たが、何も言わなかった。
――――――
帰る前、宮本は預かる鉱石の量を確認し、紙へ何かを書き込んだ。
「設計して、素材見て、それから打つ。すぐにはできん」
『どれくらい?』
「決まったら悠真に連絡する」
『明日?』
「無理だ」
『明後日?』
「急かすなら作らん」
『待つ』
即答した。
いい包丁のためなら待てる。魚の時ほどではないが、待てる。
「ニャル、こういう時だけ素直だよな」
『料理道具は大事だからな』
「俺の言うこともそれくらい聞いてくれない?」
『聞いてるぞ』
「魚見た時も?」
『…………』
「黙った」
あれは別だ。魚は仕方ない。
宮本が小さく息を吐いた。笑ったのかと思ったが、顔は変わっていない。
「使ってみて合わなきゃ持ってこい」
『直してくれる?』
「違和感があるなら直す。道具は使えなきゃ意味がない」
『分かった』
完成して終わりじゃないらしい。俺が実際に使って、それで駄目なら調整する。
料理も似ている。作って、食べて、もっと美味しくできそうなら変える。
そう考えると、鍛冶と料理は少し似ているのかもしれない。
店を出る前に、俺はもう一度奥の台へ置かれた鉱石を見る。
あれが、俺の包丁になる。
ケイブサーモンも、今度はもっと楽に捌けるかもしれない。岩ガニみたいに硬い食材が増えても、そのうち専用の道具を作ればいい。
料理できるものが増えるほど、必要な道具も増える。
なんだ。
料理もまだまだ育てられるじゃないか。
『楽しみだな』
「そんなに?」
『うむ』
「包丁一本で?」
『一本目だ』
「……もう増やす気だ」
当然だ。
悠真が引き戸へ手をかける。
「じゃ、お願いします」
俺も宮本を見る。
『よろしく』
「ああ」
宮本は預かった鉱石へ手を伸ばしながら、最後に一言だけ言った。
「できたら呼ぶ」
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【ダンジョン食材辞典】
No.007
■名称
岩ガニ
■ニャル評価
★★★★☆
■見た目
碧水の地下湖の岩場に生息する大型のカニ。
大きく硬い殻を持っていて、見た目は名前通り岩みたいにごつい。
■おすすめ調理法
◎ 汁物
○ 茹で料理
○ 身を使った料理
■調理のコツ
殻がかなり硬いので、処理する時は道具があると楽。
汁物にするとカニの味がしっかり出るにゃ。
■メモ
ケイブサーモンと一緒に持ち帰って、汁物にした。
魚が主役の日だったけど、こっちもかなり美味かった。
硬い殻を見ると、もっといい料理道具が欲しくなるにゃ。
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