第17話 料理猫、鉱山へ行く
『鉱山?』
俺は悠真のスマートフォンを覗き込み、画面に表示された名前をもう一度読んだ。
岩鉄坑道。
説明には、豊富なダンジョン鉱石、武器や防具の素材、魔導具に使われる金属――そんな文字が並んでいる。昨日、ケイブサーモンを捌いた時に感じた包丁の使いにくさを考えれば、確かに目的には合っている。
でも、一つだけ気になる。
『食材は?』
「包丁の素材探してるんだぞ、俺たち」
『それは分かってる。食材は?』
「そこ大事?」
『大事だ』
とても大事だ。
――――――
昨日のケイブサーモンは美味かった。ムニエルはもちろん、岩ガニの汁物もよかった。問題があったとすれば、大きな魚の骨周りを処理する時に、家にある普通の包丁では少し扱いにくかったことだ。
今までの食材なら困らなかった。でも、行けるダンジョンが増えれば、もっと大きな魚や硬い殻を持つ食材だって出てくるだろう。
なら、先に道具を良くしておいて損はない。
「普通に店でいい包丁を買ってもいいんだけどさ。せっかくならダンジョン素材で作ってもらうのも面白いだろ?」
出かける準備をしながら悠真が言った。
『作ってもらえるのか?』
「ダンジョン素材を加工できる鍛冶屋ならな。黒鉄堂って店があって、探索者の武器とかオーダーメイドで作ってる」
『武器屋?』
「今はそっちが中心みたいだけど、元々は包丁とか農具とか、普通の金物も作ってた店らしい。だから相談くらいはできると思う」
それなら期待できる。
俺は包丁を前足で握って使うわけじゃない。念動力で浮かせて動かす。人間とは使い方が違うから、その辺りまで相談できればありがたい。
「で、素材から持ち込むなら岩鉄坑道がいいんじゃないかって」
悠真が再び画面を見せてくる。
「鉱石が多いダンジョンだから」
『なるほど』
俺は説明欄を読み直した。鉱石、金属、武器、防具。
やっぱり食材の文字はほとんどない。
『……飯は少ないのか』
「まだ気にしてる」
ダンジョンへ行くのに、美味そうなものが少ない。
少し寂しい。
――――――
岩鉄坑道は、名前の通りの場所だった。
入口から少し進んだだけで周囲はほとんど岩。緑葉の洞窟みたいな草木はなく、碧水の地下湖みたいに水音が響いているわけでもない。むき出しの岩肌のところどころに金属質の光が走り、坑道の奥まで細い道が続いている。
『…………』
「分かりやすくテンション低いな」
『そんなことはない』
「尻尾下がってるけど」
言われて自分の尻尾を見ると、確かに少し下がっていた。
『気のせいだ』
「碧水の地下湖の時は入口からずっと揺れてたのに」
『あそこには魚がいた』
「正直だなあ」
仕方ないだろう。こっちは見渡しても岩ばかりだ。
食えるのか?
いや、普通は食わない。
俺は料理猫であって、石をかじる猫ではない。
「でも、こういうのも結構価値あるんだぞ」
悠真は壁へ近付き、表面に露出している鉱脈を見た。今日はいつもの剣だけでなく、採掘用の道具も持ってきている。
「鉱石を集めて売る探索者もいるし、装備の材料を自分で取りに来る人もいる」
『美味い?』
「食べない」
『じゃあ興味ない』
「包丁作りに来たんだって!」
そうだった。
目的はいい包丁だ。これがあれば、次にケイブサーモンを捌く時ももっと楽になる。さらに大きな魚だっていけるかもしれない。
魚を思い出したら、少しやる気が戻った。
「今、魚のこと考えただろ」
『なぜ分かった』
「耳立ったから」
耳は正直だ。
――――――
坑道をしばらく進んだところで、悠真が足を止めた。
「ニャル、前」
岩陰からゴブリンが二体出てくる。
場所は違っても、見慣れた相手だ。俺は戦いの邪魔にならないところまで下がり、悠真が剣を抜くのを見る。
一体目が棍棒を振り上げて飛び込んできた。
悠真は半歩横へずれて避け、そのまま踏み込む。剣が横へ走り、一体目が崩れた時には、もう次の相手へ身体が向いていた。
二体目の棍棒を剣で受け流し、空いた胴へ斬撃。
決着までが早い。
「よし」
『速くなってるな』
「そう?」
『前より次の動きが早い』
昨日ケイブサーモンを食べたあと、悠真は身体が少し軽くなった気がすると言っていた。今日の動きを見れば、それが気のせいではなかったことが分かる。
踏み込みも、剣を戻す動きも滑らかだ。劇的に別人になったわけではない。でも、確実に少しずつ育っている。
悠真も軽く剣を振って感触を確かめた。
「確かに、前より楽かも」
『育ったな』
「嬉しそうだな」
『当たり前だ』
美味い魚を食って、飼い主が強くなる。何の不満がある。
「でも今日は戦いに来たんじゃないからな」
『分かってる』
「包丁」
『うむ』
「魚じゃなくて」
『その包丁で魚を切るんだ』
「結局そこにつながるんだな」
当然だ。
――――――
それからは壁に走る鉱脈を確認しながら進んだ。
悠真が採掘し、俺が収納する。石は重いが、収納に入れてしまえば持ち運びの心配はない。
「ニャルいると採掘めちゃくちゃ楽だな」
『遠慮せず掘っていいぞ』
「そう言うと思った」
素材候補は多い方がいい。
俺には食材以外の鉱石の良し悪しまでは詳しく分からないが、悠真は事前に調べた情報と見比べながら使えそうなものを選んでいる。最終的には鍛冶屋に見てもらえばいい。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に鼻先へ違う匂いが触れた。
『……ん?』
「どうした?」
さっきまで岩と土の匂いばかりだった。そこへ、ほんのわずかだが違うものが混じっている。
俺は壁際へ寄り、白銀色の細かな結晶が集まっている部分を見つけた。一見すると鉱石にしか見えない。
「何かあった?」
『ちょっと待て』
鑑定する。
情報が頭へ流れ込んだ瞬間、俺の耳が立った。
『食える』
「え?」
「今、食えるって言った?」
『言った』
「石を?」
『石じゃない。塩だ』
「塩?」
正確には、普通の岩塩ではない。
ダンジョン内部の魔力を少しずつ取り込みながら結晶化した、塩の鉱床。
『魔晶岩塩』
「急にダンジョンっぽい名前出てきたな」
『ダンジョン食材だからな』
採掘したものをそのまま舐めるわけにはいかない。表面についた岩や不純物をきちんと取り除く必要はあるが、処理すれば調味料として使える。
俺の尻尾が自然と上がった。
「めちゃくちゃ機嫌直ったな」
『塩は重要だぞ』
肉にも魚にも野菜にも使える。焼く時にも、煮る時にも、下味にも使う。
いい塩は料理の基本だ。
『持って帰る』
「包丁の素材より反応いいじゃん」
『どっちも大事だ』
「さっきまで岩しかないって顔してたのに」
『評価を改めた』
岩鉄坑道。
思っていたよりいい場所だ。
悠真も白銀色の結晶を眺めながら言う。
「これでケイブサーモン焼いたら美味そうだな」
俺はゆっくり振り返った。
『悠真』
「何?」
『分かってきたな』
「何が?」
『大事なことが』
「どうせ食い物の話だろ」
そうだ。
――――――
魔晶岩塩を見つけてから、坑道を見る目が少し変わった。
岩ばかりだからと油断できない。この中に料理へ使えるものが混じっている可能性がある。
しばらく進むと、今度は赤褐色の細かな結晶が混ざった岩肌を見つけた。近付くだけで、鼻の奥が少し刺激されるような香りがする。
『こっちも使える』
「また食材?」
『食材というより香辛料だな』
細かく砕いて少量使えば、料理へ香りを加えられるらしい。まだ実際に料理していないから、何に一番合うかは試してみないと分からない。
「石から香辛料が採れるのか……」
『ダンジョンだからな』
「最近その一言で何でも納得させようとしてない?」
『実際そうだろ』
じゃがいもみたいなものも生える。ゼリーもある。魚もカニもいる。
鉱石から調味料くらい、今さらだ。
『これも持って帰る』
「了解。……包丁の素材は?」
『忘れてない』
「本当に?」
『塩も香辛料も見つけたから、むしろやる気が出てきた』
「理由がおかしいんだよなあ」
おかしくない。
食材が少ないと思っていたダンジョンから、料理に使えるものが二つも出た。
しかも今日は、道具の素材まで手に入る予定だ。
鉱山も悪くない。
――――――
さらに奥へ進み、いくつかの鉱脈を調べたところで悠真が立ち止まった。
「ニャル、これ良さそう」
『どれだ』
指差した先には、青みを帯びた銀色の鉱脈が走っていた。他の場所より光沢が強く、岩の中に金属の塊が埋まっているように見える。
食えない。
それは分かる。
でも、今日の本来の目的はこっちだ。
「この辺で採れる鉱石の中じゃ、結構いいやつのはず。武器とか防具にも使われるって」
『包丁にできる?』
「そこは鍛冶屋に聞かないと分からないけど、素材としてはいいと思う」
『なら取る』
「即決だな」
『いい武器になるなら、いい包丁にもなるかもしれない』
「普通はそういう発想しないと思う」
『包丁も刃物だ』
「それはそうだけど」
悠真は笑いながら採掘道具を構えた。
硬い。
何度も金属音が坑道へ響き、そのたびに岩の表面が少しずつ崩れていく。俺は周囲を警戒しながら、ときどき採れた欠片を収納へ入れる。
『疲れたか?』
「まだ平気」
『昨日の飯、効いてそうだな』
「たぶん。前だったらもう少し腕に来てたかも」
『よし』
「やっぱりそれも見てたのか」
『ついでだ』
包丁の素材を集めながら、悠真の成長まで確認できる。
悪くない。
しばらくして、大きめの鉱石が岩壁から外れた。
「取れた!」
『見せて』
悠真が持ち上げた鉱石は、表面こそ岩に覆われているが、内側には青銀色の金属質な部分がしっかり残っていた。
鉱石の加工方法までは俺の鑑定では分からない。でも、今まで家で使っていた包丁とは明らかに違うものが作れそうだ。
『これで包丁作ろう』
「武器にしたらかなりいい物になるかもしれないぞ?」
『包丁もかなりいい物になる』
「迷わないなあ」
『これで魚が切れる』
「結局魚」
『肉も切れる』
「はいはい」
『硬い野菜も』
「料理全部じゃん」
『だから包丁がいい』
悠真は少し考えるように鉱石を見て、それから俺へ差し出した。
「じゃあ、これも持って帰ろう」
『うむ』
収納へしまう。
今日の成果は、包丁用の高品質な鉱石。それから魔晶岩塩と香辛料に使えそうな鉱物。
来る前は、食材が少ないダンジョンなんて少し寂しいと思っていた。
でも違った。
ここには料理そのものだけじゃなく、料理を支えるものがある。味を増やす調味料と、道具を作る材料。
それに気付けば、岩ばかりだった景色も悪くない。
『また来てもいいな』
「最初と全然違うじゃん」
『いいダンジョンだった』
「現金だなあ」
『評価は新しい情報に合わせて更新するものだ』
「言い方だけ賢そう」
失礼な。
俺は賢い猫だ。
悠真は周囲を見回してから、採掘道具を片付けた。
「とりあえず今日は十分だろ。目的の素材も取れたし」
『塩もある』
「香辛料もな」
『うむ』
満足だ。
あとは、この鉱石が本当にいい包丁になるかどうか。
それを確かめに行けばいい。
悠真は剣を収め、俺を見る。
「じゃあ、黒鉄堂行くか」
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【ダンジョン食材辞典】
No.008
■名称
魔晶岩塩
■危険度
★☆☆☆☆
■ニャル評価
★★★★☆
■見た目
岩鉄坑道の岩壁にできる白銀色の塩結晶。
周囲の魔力を少しずつ取り込みながら結晶化しているため、普通の岩塩よりわずかに光沢がある。
■食用部位
白銀色の結晶部分。
■おすすめ調理法
◎ 肉・魚の下味
○ 焼き料理
○ スープや煮込み
■調理のコツ
採取したまま使わず、付着した岩や不純物をきちんと取り除いてから使う。
まずは少量ずつ使って、普通の塩との味の違いを確かめるにゃ。
■一人前
調味料として適量。
■メモ
鉱山で見つけた食材第一号。
魚を焼く。
肉にも使う。
スープにも入れる。
塩は地味に見えて重要にゃ。
たくさん持って帰りたい。
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