第11話 親友がうちの猫を見に来た
インターホンが鳴った。
「来たか」
俺が玄関へ向かおうとすると。
とてとて。
先にニャルが歩いていく。
「お前も迎えに行くの?」
『俺を見に来るんだろ』
「まあ、そうだけど」
昨日。
もふもふ堂から帰ったあと、蓮からメッセージが来た。
『お前んちの猫、見に行っていい?』
学校でも何度かニャルの話はしていた。
モンスターエッグから猫が生まれたこと。
名前はニャル。
小さいこと。
妙に賢いこと。
それから。
普通なら食べられないダンジョン食材でも、ニャルには危ない部分や正しい処理方法が分かって、安全に食べられるよう料理できること。
最初に話した時の蓮は、
「いや、それ本当に食って大丈夫なのか?」
と、当然の反応をしていた。
俺だって最初は同じだったから、そこは何も言えない。
ただ。
実物のニャルを見せるのは今日が初めてだ。
「一応言っとくけど」
『なんだ』
「たぶん驚くぞ」
『何に?』
「全部」
『失礼だな』
「自覚ないの?」
ないらしい。
ニャルは普通の顔で玄関前に立つ。
二足で。
その時点で普通の猫ではないんだけどな。
俺は扉を開けた。
「よ」
「おう」
蓮が片手を上げる。
学校帰りのままらしく、制服姿だ。
「急に悪いな」
「別に。入れよ」
「お邪魔しま――」
蓮の声が止まった。
視線。
下。
俺の足元。
そこにはニャル。
二十センチくらいの小さな猫。
二本足で立って。
蓮を見上げている。
「…………」
「…………」
数秒。
蓮が俺を見る。
もう一度ニャルを見る。
そして。
「……何だその猫」
「ニャル」
「名前じゃなくて」
『俺だ』
「…………」
蓮が固まった。
「え?」
『ニャルだ』
「待て」
蓮が手を上げる。
俺を見る。
「今、頭の中に声したんだけど?」
「するよ」
「するよ、じゃないんだよ」
もう一度ニャルを見る。
「二足歩行してるんだけど」
「するよ」
「だから!」
『四本でも歩けるぞ』
「そういう問題じゃねえ!」
予想通りだ。
俺は笑いを堪えながら蓮を中へ入れる。
「とりあえず上がれって」
「いや待て。俺まだ玄関で情報量に負けてる」
『大丈夫か?』
「お前が原因だよ!」
ニャルの耳がぴくっと動く。
なんで怒られたのか分かっていない顔だ。
――――――
「ヌッコ?」
「そう」
「種族名?」
「そう」
「そんなモンスター聞いたことねえぞ」
「俺も聞いたことなかった」
リビング。
蓮はソファへ座って。
その正面。
テーブルの上にニャルが座っている。
完全に観察会になっていた。
「で、念話できる」
「できる」
「収納魔法も?」
「できる」
「生活魔法?」
「できる」
「念動力?」
「それも」
「戦闘は?」
「弱い」
『うむ』
「そこは自信持って認めるんだな」
蓮が笑う。
最初こそ驚いていたけど。
慣れるのが早い。
さすがというか。
こういう時、蓮は変に警戒しない。
「触っていい?」
蓮が聞いた。
『いいぞ』
「マジで本人に許可取れるの便利だな……」
手を伸ばす。
頭を撫でる。
「お」
もう一度。
「柔らか」
「だろ?」
「なんでお前が得意げなんだよ」
「ニャルだから」
「答えになってねえ」
でも。
分かるだろ。
撫でれば。
「…………」
蓮がニャルの耳の後ろを軽く撫でる。
「にゃぁ……」
「あ」
『なんだ』
「今の普通の猫っぽい」
『猫だからな』
「しゃべるし立つし魔法使うから忘れるわ」
俺は横から手を伸ばす。
ニャルの顎の下。
ここ。
「にゃ」
目が細くなった。
「ほら」
「何がほらなんだよ」
「ここ好きなんだよ」
『勝手に教えるな』
「別にいいだろ」
撫でる。
ニャルは嫌そうなことを言いつつ、逃げない。
むしろ少し顎を上げている。
蓮がそれを見て。
「お前、ほんとニャルに甘いな」
「そう?」
「そうだろ」
『そうか?』
「お前まで分かってないのかよ」
蓮が呆れる。
「学校で猫の話ばっかしてる時点で結構だからな?」
「そんなしてないだろ」
「昨日も『ニャル用のベッド買った』って写真送ってきたじゃん」
「あれは新しく買ったから」
「その十分後に『でも箱に入った』って写真も来た」
「面白かったから」
「二枚目ちょっと嬉しそうだったぞ、お前」
「気のせいだろ」
『悠真もそれ使うのか』
「何が?」
『気のせい』
「ニャルの真似してるわけじゃないから!」
蓮が笑った。
くそ。
二対一みたいになってる。
いや。
ニャルは俺の味方のはずなんだけど。
「それで」
蓮がニャルを見る。
「普段何してんの?」
『飯作ってる』
「…………何?」
『飯』
「こいつ料理するの?」
「するよ」
「またその返し!」
今日何度目だろう。
仕方ない。
事実だから。
「待て待て。念動力とか生活魔法が使えるのは聞いた」
「うん」
「ダンジョンにも一緒に行ってるんだよな?」
「うん」
「それで料理?」
「うん」
「お前んちの猫どうなってんの?」
『普通だぞ』
「どこが!?」
ニャルは不思議そうに首を傾げた。
その仕草だけは普通に猫っぽい。
「……まあいいや」
蓮がソファにもたれる。
「今日、見れる?」
「料理?」
「うん」
俺はニャルを見る。
「どうする?」
ニャルの耳が立つ。
『そろそろ夕飯にするつもりだった』
「だって」
「見たい」
『食うか?』
「いいの?」
『作るなら三人分も二人分も大して変わらん』
「じゃあ食う」
返事が早い。
「遠慮ないな」
「親友んちで今さら遠慮する?」
「しないな」
「だろ?」
こいつ。
こういうところは昔からだ。
俺も蓮の家なら同じだけど。
ニャルがテーブルから飛び降りる。
着地。
とてとてとキッチンへ。
蓮がその後ろ姿を見る。
「……本当に行った」
「料理するからな」
「いや、まだ半分信じてない」
「見れば分かるって」
――――――
そして数分後。
「…………」
「…………」
包丁が宙を飛んでいた。
正確には。
ニャルが念動力で包丁を操っている。
まな板の上。
ケイブマッシュルームが。
すっ。
すっ。
一定の厚さに切られていく。
「料理までできんの?」
「だから言ったじゃん」
「できるっていうか」
蓮が指差す。
「俺より上手くない?」
『動くな。危ない』
「すみません」
怒られた。
蓮が一歩下がる。
「俺、猫に包丁の注意されたんだけど」
「料理中のニャルは真面目だから」
『普段も真面目だ』
「昨日、買ったベッドより箱選んだやつが?」
『あれは箱がよかった』
「ちゃんと理由あったんだ」
ニャルは相手にせず、料理へ戻る。
今日の夕飯は。
ホーンラビットとケイブマッシュルームの炒め物。
前にも作ってくれたやつだ。
俺は結構好きだ。
肉が柔らかいし。
キノコが肉の脂を吸って美味い。
最初はダンジョン食材なんて絶対食べたくなかったのに。
今じゃ。
「今日キノコ多め?」
『蓮もいるからな』
「肉も多くして」
『育ち盛りか』
「そう」
「何その会話」
蓮がこっちを見る。
「いつもこんな感じ?」
「だいたい」
「猫と夕飯の相談してる……」
『文句あるか?』
「ないけどすごいな」
フライパンへ肉が入る。
じゅうっ。
音。
少しして。
香ばしい匂いが広がった。
「あ」
蓮の顔が変わる。
「普通にめっちゃいい匂い」
『普通に、はいらん』
「悪い悪い」
肉へ焼き色がつく。
そこへ切ったケイブマッシュルーム。
じゅっ。
また音が強くなる。
キノコが少しずつ縮み。
肉から出た脂を吸っていく。
匂いも変わる。
「腹減ってきた」
「分かる」
『まだだぞ』
「分かってる」
ニャルの尻尾がゆらゆら動いている。
本人も匂いに反応してるんだよな。
真面目に料理してるけど。
鼻も時々ひくひくしている。
蓮も気付いたらしい。
「ニャル」
『なんだ』
「食いたそう」
『味見は必要だ』
「まだ味見って言ってない」
『…………』
「今食う気だったろ」
ニャルの尻尾が止まった。
分かりやすい。
「これ毎日見てんの?」
「うん」
「楽しそうだな、お前んち」
「まあな」
自然に答えた。
蓮が俺を見る。
少しだけ。
変な顔をした。
「何?」
「いや。別に」
何だよ。
それ。
その間にも料理は進む。
ニャルが少しだけ塩を振る。
フライパンを混ぜる。
肉。
キノコ。
立ち上る湯気。
『悠真』
「皿?」
『うん』
「はいはい」
もう慣れた。
棚から皿を出す。
三人分。
ニャル用は小さい皿。
それを見た蓮が笑う。
「専用になってる」
「昨日買った」
「ちゃんと使ってんじゃん」
『食器はいい』
「ベッドは?」
『箱もいい』
「ベッドの存在を否定するなよ!」
ニャルが料理を盛り付ける。
完成。
俺の皿。
蓮の皿。
ニャルの小さな皿。
「よし」
蓮が座る。
「食っていい?」
『熱いぞ』
「俺は猫舌じゃないから大丈夫」
『俺も猫舌じゃ――』
ニャルが止まる。
俺は見る。
蓮も見る。
『……冷ます』
「猫舌じゃん」
『うるさい』
俺たちは笑った。
――――――
「いただきます」
蓮が箸を伸ばす。
一口。
ホーンラビットの肉と。
ケイブマッシュルーム。
同時に口へ。
「…………」
『どうだ?』
ニャルが蓮を見る。
俺も見る。
蓮が噛む。
そして。
「うまっ」
ニャルの耳がぴんと立った。
「何これ」
もう一口。
「肉柔らか。キノコめっちゃ合うじゃん」
『そうだろ』
「え、これニャルが全部作ったんだよな?」
「俺は皿出した」
「お前ほぼ何もしてねえじゃん」
「助手だよ」
『皿係だ』
「降格してる!」
蓮が笑いながらまた食べる。
「でもマジでうまい」
『もっと食え』
「食う食う」
俺も食べる。
うん。
やっぱり好きだ、これ。
噛めば肉の旨味が出る。
キノコにもそれが染みている。
シンプルだけど。
ご飯と一緒に食べたくなる味だ。
「悠真」
「ん?」
「お前これ毎日?」
「毎日同じじゃないよ」
「そうじゃなくて」
蓮が箸を止める。
「ニャルが毎日飯作ってんの?」
「最近はだいたい」
「ダンジョンで食材取って?」
「うん」
「帰ってニャルが作って?」
「うん」
「お前が食って?」
「うん」
蓮が俺を見る。
「ずるくない?」
「何が!?」
「俺もこんな飯食いたいんだけど」
『来れば作るぞ』
「マジ?」
「ニャル、甘やかさなくていいから」
『一人分くらい増えても変わらん』
「聞いたか悠真」
「俺んちなんだけど?」
「ニャルの許可出たし」
「飼い主は俺!」
『蓮もいっぱい食うな』
「育ち盛りだからな」
『よし』
「意気投合すんな!」
何なんだ。
こいつら。
初対面だぞ。
でも。
悪い気はしない。
蓮がニャルの料理を美味そうに食べて。
ニャルがそれを見て嬉しそうにしている。
俺も嬉しい。
自分で作ったわけじゃないのに。
「悠真」
「何?」
「顔」
「何だよ」
「めっちゃ嬉しそう」
「別に」
「お前、自分が褒められたみたいな顔してるぞ」
「してない」
『してる』
「ニャル!」
裏切られた。
蓮が笑う。
「ほんとお前ニャル好きだな」
「……悪いかよ」
「いや」
蓮は少しだけ笑い方を変えた。
「いいんじゃね?」
それだけ言って。
また料理を食べる。
――――――
食後。
「ごちそうさま」
『うむ』
「何でニャルが偉そうなんだよ」
『作ったからな』
「それならいいか」
蓮がすんなり納得する。
俺は皿を片付ける。
戻ってくると。
「あ」
蓮が声を出した。
「何?」
「いや」
見る。
ニャルが。
蓮の隣で丸くなっていた。
料理で少し魔力を使ったからか。
眠いらしい。
こく。
こく。
頭が落ちている。
「寝そうじゃん」
「食後だしな」
「いつもこう?」
「割と」
俺はニャルを抱き上げる。
「にゃ……」
『何だ』
「寝るならこっち」
膝へ乗せる。
丸くなる。
背中を撫でる。
「にゃぁ……」
すぐ目を閉じた。
蓮が黙った。
「何?」
「いや」
またそれだ。
「今日それ多くない?」
「そう?」
「そうだよ」
蓮は俺とニャルを見る。
「何かさ」
「うん」
「思ってたテイマーと違うなって」
「どういう意味?」
「もっとこう」
少し考える。
「命令して戦わせるとか。そういう感じ」
「ああ」
「もちろん仲いいテイマーもいるけどさ」
蓮がニャルを見る。
「お前ら、普通に家族みたいじゃん」
「…………」
言われて。
俺もニャルを見る。
膝の上。
小さな身体。
最近は。
朝起きれば家にいる。
学校から帰れば迎えに来る。
一緒にダンジョンへ行く。
帰って飯を作ってくれる。
俺が食えば。
嬉しそうにする。
疲れたら俺の膝で寝る。
「まあ」
俺はニャルの背中を撫でる。
「そんな感じかも」
『……飼い主』
目を閉じたまま声がする。
「起きてた?」
『撫でるの止めるな』
「はいはい」
撫でる。
蓮が吹き出した。
「完全に甘やかしてんじゃん」
「ニャルが言ったんだから仕方ないだろ」
『そうだ』
「お前ら息合いすぎ」
でも。
蓮は笑っていた。
からかっている時とは少し違う。
何というか。
楽しそうに。
――――――
少しして。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「おう」
玄関まで見送る。
ニャルもついてくる。
眠かったくせに。
「ニャル」
『なんだ』
「飯、美味かった」
『また食わせてやる』
「マジでまた来るぞ?」
『食材があればな』
「じゃあ今度ダンジョンで何か持ってくるか」
「変なの持ってくんなよ」
「分かってるって」
靴を履く。
蓮が立ち上がる。
扉へ手を掛けて。
そこで。
一度止まった。
「悠真」
「ん?」
「モンスターエッグからニャル出たんだよな」
「そうだけど」
「そっか」
「何?」
蓮がニャルを見る。
ニャルも蓮を見る。
少しだけ考えて。
「俺もテイムモンスター、ちょっといいかもな」
「え?」
「いや」
蓮は笑った。
「戦力とかじゃなくてさ」
もう一度。
俺の足元のニャルを見る。
「こういう相棒いるの、楽しそうじゃん」
そう言って。
「じゃあな」
蓮は帰っていった。
扉が閉まる。
「…………」
『悠真』
「ん?」
『蓮も飼うのか?』
「まだ分かんないよ」
『猫か?』
「それも分かんない」
『魚を食うやつだといいな』
「なんでニャル基準なんだよ」
『分けてもらえる』
「食う気じゃん!」
ニャルの尻尾が揺れた。
もし。
蓮にもテイムモンスターができたら。
今度は。
二人と二匹で。
一緒にどこかへ行くこともあるのかもしれない。
それは。
少し楽しそうだ。
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【猫のレシピ帳】
Recipe.004
■料理名
ホーンラビットとケイブマッシュルームの炒め物
■使用食材(1人前)
・ホーンラビットの肉 …… 約100g
・ケイブマッシュルーム …… 適量
・油 …… 適量
・塩 …… 少々
■作り方
① ホーンラビットの肉を食べやすい大きさに切る。
② ケイブマッシュルームは根元を取り除き、食べやすい厚さに切る。
③ 肉を先に炒め、表面へしっかり火を入れる。
④ ケイブマッシュルームを加え、肉の脂を吸わせながら十分に加熱する。
⑤ 塩で味を整えて完成。
■味の評価
★★★★☆
柔らかい肉と、旨味を吸ったキノコの組み合わせ。
シンプルだけどご飯が欲しくなるにゃ。
■ワンポイント
ケイブマッシュルームは生食しない。
根元を落として、必ずしっかり火を通すこと。
肉を先に焼いてからキノコを入れると、
キノコが肉の旨味を吸って美味い。
■蓮の感想
「うまっ。
何これ、肉柔らか。キノコめっちゃ合うじゃん。
……悠真、これ毎日食ってんの? ずるくない?」
─ 今日のひとこと ─
一人増えても、食べてもらって
「うまい」って言われるのはやっぱり嬉しいにゃ。
でも悠真の分はちゃんと多めにする。
飼い主だからな。
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