第10話 飼い主より先に猫へ挨拶する店
翌日。
俺は悠真の肩の上から、スマホの画面を覗き込んでいた。
「ベッド」
『いらん』
「ブラシ」
『別になくても』
「食器」
『家にあるだろ』
「持ち運び用の……」
『肩がある』
「お前、全然買う気ないな?」
悠真が呆れた顔で俺を見る。
昨日の夜。
俺が悠真のパーカーの上で寝ていたら、
「そういえば、お前のベッドとか買ってないな」
と言い出した。
別に困ってはいない。
柔らかい場所なら寝られる。
パーカーも悪くなかった。
むしろ悠真の匂いがするから、かなり落ち着いた。
だから今日もあれでいい。
「昨日のパーカー、今日着ようと思ってたんだけど」
『別のを着ろ』
「俺の服を寝床として確保するなよ」
『早い者勝ちだ』
「家の中でそんなルール採用してないから」
仕方ないな。
飼い主がどうしても買いたいらしい。
画面には、テイムモンスター用の用品店が表示されている。
名前は。
『もふもふ堂』
「そう。テイマーの間じゃ結構有名らしい」
『ふむ』
「普通のペット用品じゃ合わないかもしれないしさ」
俺を見る。
「ニャル、ヌッコだし」
『ヌッコだな』
「そのヌッコが何なのか、未だに分かんないけど」
それは俺も分からん。
猫っぽい。
二足歩行できる。
魔法も使える。
料理もできる。
それで十分だろ。
「専門店なら、ニャルに合うのもあるかもしれないし」
『分かった』
「お、行く気になった?」
『ベッドは別にいらんけどな』
「買う」
強い。
こういう時の悠真は意外と譲らない。
俺は肩の上で前足を組んだ。
まあ。
見るだけ見てやるか。
――――――
『ここか』
「たぶん」
悠真が扉を開ける。
小さなベルが鳴った。
中には。
棚。
棚。
棚。
何に使うか分からないものまで、かなりの数が並んでいる。
小さな食器。
寝床。
首輪。
ブラシ。
大きなハーネス。
鳥用らしい止まり木。
スライムでも入れるのか、やたら丸い容器。
俺よりずっと大きい何かを想定したらしい装備まである。
『多いな』
「テイムモンスターって種類多いからな」
悠真が辺りを見回す。
「すみませーん」
「はいよ」
店の奥から男が出てきた。
俺たちを見る。
正確には。
悠真を一瞬見て。
その直後。
俺を見る。
「おお、ちっちゃいなあ」
「…………」
『…………』
男が俺の前へしゃがんだ。
「猫型……だよな? いや、立ってるな」
「いらっしゃいませより先なんですね」
悠真が言った。
「あ」
男が顔を上げる。
「いらっしゃい」
「今ですか?」
「悪い悪い。この子が気になってな」
再び俺を見る。
悪びれていない。
なるほど。
店名通りの人間らしい。
「名前は?」
「ニャルです」
「ニャルか」
男――犬飼は、すぐには俺へ手を伸ばさなかった。
まず。
「触っていいか?」
俺に聞いた。
『いいぞ』
「…………お?」
犬飼の手が止まった。
悠真が苦笑する。
「あ、ニャル、念話できます」
「念話?」
『頭の中に直接話してる』
「なるほどなあ」
犬飼は数秒だけ俺を見る。
驚いている。
でも。
「なら話が早いな」
『うん?』
「本人に聞けばいい」
それだけだった。
「え、それだけ?」
悠真の方が驚いている。
「何が?」
「もっとこう、しゃべった!? とか」
「ああ。珍しいとは思うぞ」
犬飼がもう一度こちらへ手を出す。
「で、触ってもいいんだよな?」
『いいぞ』
「よし」
頭を一度。
ゆっくり撫でる。
「おお。いい毛並みだな」
「にゃ」
手つきがいい。
変に力を入れない。
いきなり抱き上げない。
一度撫でて、俺が嫌がっていないのを確認してから次へいく。
こいつ。
猫の扱いがうまいな。
「で、今日はこの子の何を探してる?」
「とりあえず一式です」
「一式?」
「この前孵化したばっかりで」
悠真が指を折る。
「寝床と、ブラシと、食器。あとダンジョンにも一緒に行くんで、持ち歩けるものとか……」
「なるほど」
犬飼が俺を見る。
「種族は?」
「ヌッコです」
「ヌッコ?」
「知ってます?」
「いや」
即答だった。
「聞いたことないな」
変に知ったふりをしない。
犬飼は俺の身体を見る。
耳。
前足。
二足で立っている姿。
それから。
「分からんものを分かったふりして選ぶのが一番よくない」
『ほう』
「本人と相談しながら探すか」
『それがいい』
「だな」
普通に会話が始まった。
「……順応早いですね」
悠真が呟く。
「本人が話せるのに、飼い主だけに聞く理由ないだろ」
「それはそうですけど」
犬飼は立ち上がる。
「まず寝床から行くか」
『なくても寝られるぞ』
「寝られる場所と、落ち着いて休める場所は別だ」
『む』
「まあ見てみろ」
そう言って。
俺たちは寝床の棚へ向かった。
――――――
「これとかどうです?」
悠真が指差した。
ふかふか。
かなりふかふか。
見るからに高そうな寝床だ。
『柔らかそうだな』
「だろ?」
「いや、それはいらんいらん」
犬飼が即座に止めた。
「え?」
「この子には合わない」
「高いやつなのに?」
「値段と相性は別だ」
犬飼がその隣。
もっと小さい寝床を出す。
「今の体格ならこっち」
「結構シンプルですね」
「小さい子に深すぎる寝床は使いづらい。こっちなら自分で出入りしやすいし、洗うのも楽だ」
『入っていいか?』
「もちろん」
俺は中へ入る。
前足で踏む。
柔らかい。
でも沈みすぎない。
一周。
二周。
くるっと回って。
丸くなる。
「…………」
「…………」
『なんだ』
「いや」
悠真が口元を押さえている。
『なんだ』
「似合うなって」
『寝床に似合うも何もあるか』
「ある」
意味が分からん。
犬飼も俺を見る。
「気に入ったか?」
『悪くない』
「じゃあ候補な」
俺が出る。
悠真が値札を見る。
「あ、思ったより安い」
「高いの売りつけても、この子が使わなきゃ意味ないだろ」
「商売的には大丈夫なんですか?」
「まあ何とかなる」
本当に大丈夫なのか、この店。
――――――
「次、ブラシ」
『俺、自分で毛づくろいできるぞ』
「それでもいる」
「毛の状態見るのにも使えるからな」
犬飼が何種類か出す。
「毛質を見る限り、こっちかな。ニャル、試していいか?」
『いいぞ』
「嫌だったらすぐ言えよ」
『分かった』
背中を。
すっ。
ブラシが通る。
「…………にゃ」
もう一度。
すっ。
「にゃぁ……」
これは。
いい。
思ったより。
かなりいい。
「ニャル」
『なんだ』
「目、閉じてる」
『閉じてない』
「閉じてるよ」
『気のせいだ』
「その言い訳、まだ使うの?」
犬飼が手を止める。
俺の目が開いた。
『なんで止めた』
「嫌じゃないか確認しただけ」
『続けていい』
「はいよ」
すっ。
「にゃぁ……」
「買います」
悠真が即答した。
「まだ説明終わってないぞ」
「買います」
「ニャル見て決めただろ」
「これ以上分かりやすい判断材料あります?」
ないな。
認めたくはないが。
このブラシは買っていい。
――――――
次は食器。
「普段何で食べてる?」
「家にある小さい皿です」
「なら無理に変えなくてもいいが……」
犬飼がいくつか並べる。
「こっちの浅いのは?」
俺は覗き込む。
『食いやすそうだな』
「じゃあこれにしよう」
「早いな」
「毎日使うものだし」
悠真が食器を手に取る。
その後。
持ち運び用の用品も見る。
「普段の移動は?」
「だいたい俺の肩です」
『ここが楽だ』
「本人が平気ならそれでもいいな」
犬飼は頷く。
「ただ、人が多いところとか、長く移動する時用に一つ入れるものがあってもいい」
「やっぱ必要ですよね」
「常に入れっぱなしにする必要はない。ニャルが歩きたいなら歩けばいいし」
『うむ』
「疲れた時だけ使うでもいい」
それなら悪くない。
小型のテイムモンスター向けの移動用バッグをいくつか見る。
俺が中へ入る。
狭い。
暗い。
妙に落ち着く。
「…………」
「ニャル?」
『悪くない』
「お前、こういう狭いとこ好きなの?」
『別に』
「すごい落ち着いてるけど」
『気のせいだ』
「今日何回目だよ、それ」
犬飼が笑った。
「賢くても、こういうところは猫なんだな」
『猫だからな』
「そりゃそうだ」
変な言い方だが。
この人間は。
俺が話せるからといって人間みたいに扱おうとはしない。
だからといって。
話せるのに無視して、悠真とだけ相談するわけでもない。
猫として。
俺本人に聞いている。
その距離が。
妙に楽だ。
『悠真』
「ん?」
『ここ、また来てもいいぞ』
「気に入った?」
『品揃えがいい』
「店主じゃなくて?」
『品揃えがいい』
「はいはい」
犬飼が俺を見る。
「また来いよ。使ってみて合わなかったら相談すればいい」
『分かった』
「体格とか好みが分かってくれば、もっと選びやすくなる」
そして。
悠真が持っていた別の高そうなブラシを見て。
「それ戻していいぞ」
「え」
「ニャルにはさっきの方が合う」
「こっちの方が高いですよ?」
「だから何だ」
『この店、大丈夫か?』
「俺も今ちょっと心配になってきた」
「余計なお世話だ」
犬飼は笑っていた。
――――――
帰宅。
「ただいま」
『ただいま』
「あら、おかえり」
真琴が袋を見る。
「いっぱい買ってきたわね」
「ニャル用品」
「見たい」
早い。
悠真と真琴が買ってきたものを出していく。
小さな寝床。
ブラシ。
食器。
移動用のバッグ。
他にも最低限必要そうなものをいくつか。
「これがベッド?」
「うん。店の人に選んでもらった」
「ニャルサイズね」
真琴が寝床を置く。
「かわいい」
『寝るものにかわいいも何もないだろ』
「あるのよ」
悠真と同じことを言うな。
「ニャル、入ってみて」
『店でも入ったぞ』
「家でも見たい」
仕方ない。
俺は寝床へ入る。
くるり。
丸くなる。
「ほら、かわいい」
「だろ?」
『…………』
なぜ二人とも嬉しそうなんだ。
俺が寝るだけだぞ。
まあ。
寝心地はいい。
悪くない買い物だった。
犬飼という人間も悪くなかった。
ブラシもある。
専用の食器もある。
移動する時に使えるものも増えた。
なるほど。
確かに。
前より生活しやすくなった気がする。
「じゃ、箱片付けるか」
悠真が言った。
箱?
見る。
買ったものが入っていた。
段ボール箱。
ちょうどいい大きさ。
四角い。
少し狭そう。
「…………」
寝床から出る。
「ニャル?」
近付く。
「どうした?」
前足を掛ける。
中を見る。
入る。
「…………」
落ち着く。
これは。
いい。
かなりいい。
隅。
壁。
囲まれている。
身体を丸めるとぴったりだ。
『ここにする』
「え?」
悠真が新品の寝床を見る。
俺を見る。
もう一度。
新品の寝床を見る。
「……そっち?」
『うん』
「ベッド買った意味!」
「ふふっ」
真琴が笑う。
「猫だものねえ」
『何がおかしい』
「何でもない」
悠真が箱の横へしゃがむ。
「せめて今日だけだからな」
『考えておく』
「絶対明日も入るやつじゃん」
箱の縁から頭を出す。
悠真の手が伸びてくる。
頭を撫でる。
「まあ、気に入ったならいいけど」
「にゃ」
いい飼い主だ。
その時。
ぴろん。
悠真のスマホが鳴った。
「ん?」
画面を見る。
「あ、蓮だ」
『誰だ?』
「友達」
悠真がメッセージを開く。
数秒後。
「…………」
『どうした』
「ニャル」
『なんだ』
悠真がスマホの画面をこっちへ向ける。
そこには。
『お前んちの猫、見に行っていい?』
と書いてあった。
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【ダンジョン食材辞典】
No.004
■名称
スライムゼリー
■危険度
★☆☆☆☆
■ニャル評価
★★★★☆
■見た目
半透明の水色をした、ぷるぷるのゼリー状食材。
スライムを倒したあと、核の近くに残る部分が食べられる。
触ると冷たくて柔らかい。
見た目は完全にゼリー。
■食用部位
核の近くにできるゼリー状の部分。
■危険な状態
未処理のまま食べるのは駄目。
そのままだと腹を壊す可能性がある。
■おすすめ調理法
◎ 甘みをつけて冷たいデザート
○ 冷製ゼリー
■調理のコツ
一度軽く湯へ通して、余分な成分を抜いてから使う。
そのあと甘みを足して冷やすと、
ぷるぷるした食感がそのままデザートになるにゃ。
■一人前
約200g
■メモ
最初に見た時からゼリーだと思ってたけど、
本当にゼリーになった。
冷たくて、ぷるぷるで、さっぱり。
飯のあとにちょうどいい。
スライムを見る目が少し変わったにゃ。
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